「不思議だ」の日記【世界を蘇らせる魔法使い】

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2019-10-10

僕は革命家でも活動家でもないが、少し、思想めいたものを書いてみたいと思う。
この世界の平和のために必要なのは、「自由」である。自由には、3つの側面がある。
まず、一つ目は「潜在的可能性」である。私たちの社会には、潜在的な可能性がたくさんある。現実を度外視してみれば、この世界ではたくさんのやり方と制度の可能性が考えられる。それは理想だけではなく、現実を見た上で、「具体的な発想」から実現できる。そこにあるのは、「システム」と「手段の実現」である。
次に、二つ目は「自発的な助け合い」である。自由とは、強制されず、自ら強制することもしないことである。人々は、自らの意志と責任で、自発的に行動し、失敗すれば自分に返ってくる代わり、成功すればもっと色んなことができるように、その手段が手に入る。人々は自発的に手助けを行い、自分の関わる範囲で世界を変える。
最後に、三つ目は「権力への反抗」である。人間は、決して、権力の館に付き従うだけの生き物ではなく、自分たちの力で世界を変えられる。自分たちのための、自分たちによる、自分たちの社会を作ることができる。これはリンカーンの言っていたことの転用である。
そして、自由と宗教に言えることは1つ。それは、「絶対的権威など存在しない」ということである。
言ってしまえば、神を恐れる必要などない。あなたは神を殺し、自らが神となっても良いのである。
また、最近のアメリカの情勢は悲惨である。アメリカは、IT技術によって、「全員が狂った国」になる。そこにあるのは、「精神的な滅亡」である。彼らはどんどん、自らのやってほしくないことを他人にするようになる。元凶はIT技術Windowsであり、そのために、彼らはLinuxオープンソースに傾倒するが、それらが形を変えた同じものであることに気付かない。気付こうともしない。
僕が思うに、注意すべきはFacebookである。Facebookは、コミュニケーションの力を持って、個人情報を全世界から集めようとしている。
ここで、アメリカが企んでいるかもしれないことは3つある。
一つ目は、「新しい監視社会」である。個人情報を自らインターネットに公開することで、「自ら率先して監視される新しい監視社会」が到来する。彼らは、Facebookがいくら悪いことをしても、「自分たちの味方だ」と信じて疑わない。どんどんFacebookに情報をアップし、それによってアメリカ政府から簡単に監視され、管理される。
二つ目は、「敵の自然淘汰」である。彼らは操り人形となって、さまざまな間違っているとされるものを、「シェア」や「いいね」によって「拡散」し、少しでも失敗したものや、少しでもFacebookやインターネットに敵対的な発言したものをどんどん拡散し、シェアさせ、取り返しのつかない事態になるように導く。これによって、アメリカの価値観に逆らうものは即座に自然淘汰される。「全員によって監視される社会」を、インターネットと融和させたのである。
三つ目は、「実質的なアメリカによる植民地化」である。近年、イデオロギーの世界では、ほぼ民主主義だけが勝利したも同然であり、そうした人々は平和教育を受けている。彼らは、自国のために犠牲を出して戦うことを悪と信じ、独裁者に支配されないことを重要だと、小学生のごろから教えられ、テレビやマスコミによってそれは当然の価値観となっている。だが、アメリカはSNSの操り人形を、二つの種別に分ける。ひとつは、独裁者を悪いと信じて、自分の国の独裁者を否定し、倒そうとする「自由な左翼勢力」であり、もうひとつは、そうした左翼勢力を嫌い、自国の政府の言いなりとなった「右翼勢力」である。彼らは、独裁者を人権がないとして否定すると同時に、左翼のようなマイノリティや国内の弱者を反社会的勢力と言って否定し、どちらも反発し続ける。アメリカは、上手く彼らを利用して、自国のアメリカに反発する独裁国家、特に旧共産圏やイスラム圏を全て民主主義の国に変えて、日本のように犬にし、アメリカの実質的な植民地にするように企んでいるのだ。
彼らは、人種差別の愚かさと人権的でない暴言を、インターネット上でつぶさに見せつけられ、「戦争と人種差別は悪いものだ」と信じている。だが、実際のところ、彼らの本当の味方は自国の国民であり、本当の敵は白人や外国人である。白人は、彼らが上手く自国の王を潰して、自国民で分裂し、自然崩壊するように導く。自国のために戦争することも、白人や外国人を否定することも決して悪いことではないのに、彼らはそれを悪と信じている。結果、全ての国は民主主義に洗脳され、アメリカの実質的な植民地になる。
決して、アメリカは悪い国ではない。日本も、結局は同じことをしている。必要なのは、ソ連に傾倒することでも、Windowsを嫌悪することでもない。この世界を平和にするために何が必要か、それを、そうした全ての「汚れた大人たち」とは別個に、「純粋に」考える必要がある。正しいのは、「純粋な発想」である。
こうしてみると、ドイツが何をやりたかったのかが良く分かる。彼らはただ、そうした社会になるように「帝国主義者のふりをした猿芝居」をしただけである。
以上が、Facebookを使った大人たちの問題であるが、結局、Facebookがあってもなくても、そんな政治家や大人が居るのが悪いのであって、Facebookだけをとやかく言う必要もない。僕は、Google検索を使わず、DuckDuckGoという追跡しない検索エンジンを使っているが、Windowsを使っている時点で、そんなものはあってないようなものである。この世界は簡単には変わらないだろう。
また、もうひとつ言っておこう。戦うことは決して悪いことではない。神を信じて戦ったもの、あるいは神に支配されて神と戦ったものにしか、本当の宇宙の真実は分からない。また、精神病がなぜ治らないのかというと、戦うのが怖いからである。戦いとは言うが、「猫がひっかくぐらいの戦い」で良い。それくらいの戦いは無ければ意味が無い。それくらいをすれば、精神病は必ず治る。
全身にけだるさを感じる理由は、運動が足りないからである。運動は習慣となる程度するのは難しいが、手足をただ少しだけ動かしたり、あるいは皮膚をさすったりするだけで良い。それだけで、けだるさは治る。
文章については、あとは、「自由な中で何が起きるのか」のようなことを書いていた。宇宙人のような歴史を書いたり、環境と経験の経緯を書いていたりしたが、テーマはやっぱり「自由」で、「自由な中で人々が何を考え、どう生きるのか」のようなことを、自分の執筆のテーマにしていた。
手段や生産と労働、あるいは社会の創造や意識の変転、行為がどのように経験へと変わっていくか、アイデンティティや価値観がどのように形成されるのか、のようなことを全て書いていた。
そして、テレビやマスコミと戦っていた。彼は狂っていたが、神を信じたことが希望だった。もう、そうした昔の自分は全部書いた。もう忘れていい。
今日は良い日だ。全ての今までの肩に背負っていた荷物が下りた。本当のことを言えば、アメリカほど良い国は存在しない。アメリカは、きちんと「正義」を信じている。世界で、不当な人権侵害が絶対に起きないようにしたいだけである。日本が団結しても、アメリカと同じことをやる。正しいのは日本の安倍首相である。僕は安倍は好きではないが、嫌いでもない。一番の日本人の味方が安倍首相であることを日本人は気付いていない。同時に、安倍も気付いていない。安倍は、左翼の国民を自分たち右翼の敵だと思っているが、それら左翼は、正常で一般的な「純粋日本人」である。そこが、分かりあうことができれば、日本はアメリカと対等にやり取りのできる、世界でもっとも強い国になるだろう。だが、それも、決して正義ではない。日本がアメリカに勝ったところで、世界は変わらない。