「不思議だ」の日記【世界を蘇らせる魔法使い】

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2019-03-29

僕は、この世界の自由を守るために、この世界の悪魔の王たちと戦う。
今度の戦いで、今度こそ、僕はこの世界を救い、本当の自由な世界にする。三度目の正直である。
僕は、これ以後の人生を、この戦いに捧げる。僕の人生の終わりまで、この戦いは続く。自分の全て、そして日本という国の持てる全ての力をもって、この戦いで永遠の自由な国を作る。
僕以外の誰一人として、これ以上、あらゆる形で、この世界を支配出来ない。この世界は、どんな権力者にも、どんな独裁者にも支配されない、自由な世界になる。
さあ、戦おう。準備はできているだろうか?今度の戦いでは、僕はもう馬鹿にならない。馬鹿になることなしに、この世界を倒して新しい世界にする。大人たちの「間違った自由」ではなく、「本当の自由」がここにある。グループが共同体になって分配するように、この国では自由な下でみんなで考えた「正しい社会形態」を作る。そのために、さまざまな試行錯誤と社会実験を繰り返す。大統領は、そうした社会における「新しい政策」を考えて実現するだけになる。国の内政や外交など「きちんとしなければならない政策」は、首相が行なう。首相はこの国を安定させ、滅びることなくこの国を成り立たせるだろう。
さあ、新しい戦いが始まる。ここから日本は新しい時代になって、全てが良くなるだろう。自由な思想と現実の国は切り離して考えなければならない。それは、今の自由主義の社会が全く自由ではないからである。もちろん社会主義も敵である。我々が勝利するまで、一切の受け入れられないもの全ては、敵と見做す。それによって、確かなリアリティとともに、我々のアイデンティティを保たなければならない。その指導者は僕である。
だが、これは革命ではない。これは、通常のアメリカやドイツが戦ったのと同じ、「戦い」であって、「革命」ではない。最初から、国を亡ぼしたいわけではない。自由のために世界と戦うことは、自由な民主主義を守ることに直結する。僕は安倍首相の支持者である。日本の自由主義者たちとともに、世界の自由のために戦う。アメリカは敵でも味方でもない。バランスを持ってつき合うべき、「良く監視すべき同盟国」である。
ボトムアップな「自由な社会における革新的な発想」を考えながら、同時にトップダウンな「国体政策」を考える必要がある。そこが難しいのが、革新政権の指導者である。だが、ここで言えることは、「人々の自由を防げてはならない」ということ。いくら人々を失望させ、心が離れていっても、人々を不自由にしようとは考えてはならない。人々を操ろうともせず、真剣かつ率直にきちんとした政権を提示することができれば、人々は支持する。ヒトラーはそれが出来る人間だった。彼を倒すために、そうした自由を考える必要がある。
多様性と自立を信じなさい。たとえば、スターリンのように、革命が勝ったからといって、独裁者の自分が統一し、全てを支配してはならない。それぞれの会社や役所が、自らの力で「自立」して行動するように促さなければならない。そのためには、簡単な目標と計画を与えること。その上で、それぞれを多様にし、「自由なままで競わせる」ようにしながら、その上で「社会実験」をしていかなければならない。そうでなければ、革新政権は成功しない。過去のしがらみは必要ないが、あてのない計画を立てることはできない。役人の力を上手く使って、きちんとした計画を立てること。もし失敗したら、国は会社が倒産するように、経済が破綻して滅亡する。そこには、独裁者の賛美だけでは消すことのできない、強い不信感が生まれ、政権はすぐに転覆するだろう。
そう、共産革命は失敗に終わるのである。僕は共産主義を信じない。ここから、そうした「悪」を倒す、「永遠の自由な国」を作る。そこでは、革命による成功など必要ない。今の日本人全員を味方につければ良いからである。僕の戦いは、あくまで「この世界の自由のための戦い」である。ロシアをやりたいわけではない。
自由な多様性から、環境を解決し、人々の本当に望む「問題解決のための道筋」を提示し、得ることができる。そのためには、「絶対に悪いことをしないこと」。それができる指導者は、たとえ人を誰も殺さなくても、戦いに勝つことができる。これはそうした、永遠の平和な戦いである。これを人は、「自由」と呼ぶだろう。
僕は、こう見えて、失敗しない人間である。ここ10年ぐらい、一度も失敗したことがない。それは、その前の10年で、「失敗とはどういうものであるか」を極めて豊富な経験で学び、「成功するために何が必要か」を熟知しているからである。それが僕の強みであり、弱みばかり見るよりも強みを見た方が、人には勝てる。自分のできないことは、他にやってもらえば良い。自分は、自分のできることだけをやれば良い。それなら何でも成功する。政治だけではなく、ビジネスでも、自分の強みだけを見る人間が勝つ。自分の弱みを隠そうとせず、周りに頼れば、必ず全ての知恵と力が集まって、その人間の周りには幸運と成功しか訪れなくなるのである。僕は戦いながら文章を書いていれば、それで良い。政治なんか、したくない。これこそ、本当の日本の勝利であり、自由の勝利である。既に、勝利するのは分かっている。その通りにすれば良いだけである。
僕は何も経験がないように見えて、戦いの経験だけは豊富にある。何をどうすれば戦いに勝てるか、ということは完璧に分かっている。そして、もうひとつ、科学的な発案の方法論を全て分かっているから、いつでも何にでも対応して、優れた解決策を見つけ出す。それだけができる人間だから、僕は王には向いていないが、軍師には向いている。僕は最高司令官になる。他の人間たちに、政治や経済のことをやってもらえば良い。
僕は、日本が好きである。日本に勝ってほしい。だが、僕自身に対する見返りのようなものは要らない。僕はオープンソースが好きなことでも分かるように、自分の成功や報酬は欲しくない。欲しいのは、自分の所属しているグループへと貢献し、それらが発展することである。勝利も求めていない。オープンソースの大きな特徴として、そもそも、シェアの拡大や競争の勝利などは目指していない。それよりも、もっと良いソフトウェアへと発展して成長すること、自らが必要とする機能を自ら作って、それが公式に取り込まれること、それを目指している集団である。一般ユーザーのことなど考えない。開発者である自分がユーザーだから、ユーザーに使ってほしいという考え方など存在しない。一切は自分のやりたいことをやるためにある。人々のやりたいことまで、叶えようとは思わない。僕の国が自由でなく平等になろうと、僕は構わないし、僕自身の名声もどうでも良い。僕は、この世界の自由のためにただ戦い続けるだけ、それだけである。同じかどうかは分からないが、オープンソースと良く似ている。自分のしたいことをやって、それが作られて世界に発表されていくのを好む。国を倒すことなど、考えていない。
ただ、僕が思うのは、みんなが僕を愛してくれているのを僕は知っていて、そして僕もみんなのことを同じ立場で愛しているのに、この愛が届かないのがもどかしく感じるだけである。米津玄師などに申し訳なく感じてしまう。だが、これは僕の勘違いかもしれない。だが、僕はそのうち有名になるだろう。そして、その有名になった時、逆に僕が何も書かなくなるのを、僕は既に知っている。つまらないのは、僕は米津玄師やAAAや絢香椎名林檎家入レオのことを愛しているのに、それが何をどうやっても自分の力では相手に伝えられないことである。そこが、つまらない。日常的にYouTubeを聴いているのに、なぜか伝わらない。つまらないから、この文章を書いて何とか伝えられれば、それで良いと思っている。ここに遺しておけば、いつか伝わるだろう。

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足は、菌を殺せば治る。
僕は、この世界の自由のために戦う。この戦いは、永遠に、死ぬまで続く自由のための戦いである。
もう、僕以外の誰一人として、この世界はあらゆる支配ができなくなる。
支配のない世界でも、たくさんの創造はできる。社会的な影響力と知の伝播が、価値と秩序を作る。社会は文明的に進歩し、経験と技術を継承する。
自由な共有と合意、自らの権利を放棄し、見返りを求めずに惜しみなく与えることで、世界は平和となる。愛と創造が世界の多様性を守る。
さあ、戦うのだ。ロシアなど、敵ではない。
グループごとに共同体を作り、必要なものを自分たちで分配すれば、自由な社会でもマイノリティを救うことができる。