「不思議だ」の日記【世界を蘇らせる魔法使い】

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

日記 2019-02-19

日々、つまらない日を惰性で生きている。
たまに、思いつくことを書いているだけで、何も賢くは無い。
つまらない。
パソコンはしたくない。そもそも、僕はWindowsを使っている。だから、Linuxのことは分からない。
それに、僕はIT系の会社に入っているわけでもなければ、プログラミングもしない。だから、プログラミングについても書けない。
それなのにLinuxに詳しいのは、不登校でパソコンばかりやっていた青少年だったからにすぎない。
もう、そういうパソコンは卒業したい。
大学の勉強もできない。そもそも、大学の学問のような内容は、大学に行かないと分からない。僕は高校すら分かっていない。
そうすると、絵や音楽もできない。絵も描かないし、ピアノも練習しないからである。
そのうち何か、書きたいとは思うが、本も読みたくない。もう、ほとんどの本は読んだ。これ以上読みたいと全く思わない。
こんな僕が何かできるように見えない。何をすれば良いのか分からない。
趣味はホームページの製作とYouTubeの楽曲を聴くこと。全く無意味だが、そんなことを毎日やっている。
ただ、希望の光は一応ある。それは、今行っているデザインの作業所に行くこと。僕は、絵も描けないど下手なデザイナーだが、Illustratorの使い方にだけは詳しくなった。
今日は、足の疲労骨折の件で、また整形外科の病院に行ってきた。足が動かないように固定する装具をつけるとのこと。また、父親が作業所に連絡に行ってくれて、作業所では車椅子が使えることになった。
僕は、足も悪いし、不登校だし、馬鹿だし、ニキビだし、虫歯だし、精神もおかしい、男なのか女なのか良く分からない悲惨な人間である。身体と精神の障害者であると同時に、親も嫌いである。つまらないほど、悲惨な人間になった。精神がおかしい関係で、よく疲れる。色んな学校には行っているが、ピアノと英会話はやめるにやめられなくなっている。だが、Illustratorをやったことだけは、無駄ではないと思う。知っていることは多いが、中途半端で、人並みと比べて全く詳しいわけでもない。Linuxやパソコンについて詳しいように見えて、工業大学にきちんと行っている人から見ると、オタクレベルの馬鹿知識しか知っていない。学歴も職歴もなく、馬鹿なせいで明らかに結婚なんかできない。そういう30歳である。
もっと、何かに詳しい賢い人間になりたいといつも思っているが、思うだけでは詳しくはなれない。学校にいけば良いのは分かるが、何をやりたいのか、興味が定まらない。本を読んで色んなことを知りたいとはいうが、全く読めない。読もうとすることができない。だが、知っていることややっていることは、決して少ないわけではない。特に、デザインの作業所にだけは毎日通っている。足が痛くはなったが、この作業所からどうにかして次へとつなげたい。
ただ、作業所とはいうが、本当はただの障害者施設である。高いレベルが求められるわけではないから、楽ではあるが、このままで良いわけが無い。なんとかして、何かが一流にできるようになるしかない。だが、そもそも、絵が描けるわけでない。描ければ良いのは分かるが、僕はパソコンのことをするだけで、ペンや絵の具を持とうと思わない。それは僕の性格から言ってできないのである。
おそらく、プログラミングもできないだろう。昔から、ITエンジニアを目指してはいたものの、プログラミングのようなことは全くできなかった。言語の本を買っただけで終わりだった。Linuxに詳しいのは、Gentooというディストリビューションのおかげである。あとは、ピアノもできない。文章を書いていたせいで、本当はすでに詩集出版で成功はしているのが自分である。文章を書くのが好きなのは、地獄になったからであって、何の意味も無い。こんな反抗者に意味が無い。
ただ、ここまで文章を書いたのはある意味才能である。そもそも、この文章を書かなければ分からない頭になった。それだけが僕のとりえである。僕から文章を書くことを取り除いてしまうと、ニート並みに馬鹿な何もない人間になるだろう。
何がきっかけで文章を書いたかといえば、本当は文章を書くことが目的ではなく、ただ世界と戦うようなことをしていた。悪いことはしていない。ネットに文章を書いて、みんなに見せ付けているつもりだっただけである。そこから文章を書くようになった。自分は何も賢くない。こんな人間は、馬鹿である。
デザインのことを、もっとやるために必要なのは、何か。それは、きっと、正常な精神や生活を取り戻して、正気に戻ることではないかと思う。そして、その上で、普通に、一般的な理性で考えればデザインはできる。そんなに知識を知っていても、そんなに経験だけが豊富でも、それだけでデザインはできない。きちんと普通のことが分かる理性がほしい。
何もできないなら、何もしなければいい。それは分かる。だが、常にすることがないと、つまらない。常に何もしないでアイドル状態をやっていると、頭と心が離れていって喪失状態になる。現実の三次元になれず、かわいそうなふりをしてだらけているのは、精神にも体にも良くない。何か、熱中できることがほしい。そして、それは僕の場合、この文章を書くこと以外に存在しない。だから、この人間は馬鹿なまま、何もできないのである。
本当は、繰り返し同じことをしていたいだけである。デザインが唯一できたのは、繰り返し、同じことをするのが好きだったからではないかと思う。だからといって、ピアノや絵ができないのは、想像力がなくて、やりたいことをできるほどのスキルがなくて、「できない」からである。それこそ、文章を書くのに前提となるスキルは要らない。自由である。そういう、簡単で自分の勝手にできることならできる。なぜか、ピアノや絵はできないのである。
ある意味、いつも同じことを繰り返しているせいで、一回一回の作業の完成スピードは早い。作業所でも、出来ることが決まってからやるのはものすごく早いのが僕である。それは、僕にとっては「簡単なことはとても簡単だが、難しいことはとても難しい」という、おかしな性格のせいではないかと思う。
昔は、この文章を書くのをやめればいろんなことができるのではないかと単純に考えていた。だが、結果、何を変えようとしても何も変わらなかった。今、やめようと思えばやめられる。だが、それをやめて、他のことができるだろうか、考えてみると不安になる。絶対に、99%できないだろう。この文章は書く。
自分が分かっていないのは、当たり前のことをただ考えれば分かる、ということである。当たり前にこの世界を考えれば、たとえば、今この時間に地球の全員が存在していることが分かる。そういう風に考えれば、世界は広がる。
本当のことを言えば、純粋に、願いだけをいうとしたら、もっとデザインのことがきちんとできるようになりたい。そして、それをかなえるために必要なのは、もっと「基礎や基本をきちんとすること」ではないかと思う。ペンツールでのベジェ曲線によるパスの引き方のようなことをもっときちんとできるようになれば、きっとデザイナーのようになれるはずである。
自分は、もっと自由に、自分の意志で考え、欲を持ち、願いやプライドを持って、「自分の生きたいように生きる」という発想が欠けていると思う。
特に、自分は本当は同性愛者ではないし、障害者でもないし、右翼でもないのである。そう、信じてもらえないかもしれないが、僕はそういうものとはまた違うのである。
僕は左翼だ。僕は民主主義者だ。
要するに、ドイツに洗脳されている。ドイツは、不確かな中で神のようなことを信じるようになる。ドイツというより、「女の思考回路に洗脳されている」と言った方が良い。
そもそも、宗教なんか信じない方が良い。宗教はアヘンにしかならない。神などいないし、神のような偉大な体験ができるはずがないのである。
そう、僕はただ、好きな人間を愛したいだけであって、それは同性愛ではない。僕はそもそも、障害者として最初から馬鹿だったわけでもなく、昔はものすごく賢い秀才だった。今、知性を失っているだけである。僕は右翼ではない。僕は右翼が嫌いで、右翼のようなものは見るだけで嫌いである。右翼に死んでほしい。そういう、普通の仏教徒である。キリスト教イスラム教も信じていない。だが、プライドがないせいで、なんでもかんでもそれで良いと受け入れてしまう。それが、間違っている。拒絶しても楽になるし、信じずに疑うことは悪魔には繋がらない。信じない人間は、賢い知性のあるまともな人間になる。