「不思議だ」の日記【世界を蘇らせる魔法使い】

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2019-02-12

環境の変化や人々や社会の変化から、この世界の営みを分かっていた。社会の変化から、歴史とこの世界の時間的な在り方を分かっていた。
人を利用しないこと。
遠隔から人を攻撃しないこと。
人から距離を取ること。
人にいやがらせをしないこと。
もう、終わりである。これ以上書くことが無い。

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みんなが馬鹿なのは、分かるのが間違っている。大人のように分かるのが悪い。子供のように、分からなくなれば、純粋な知性と賢さを取り戻せる。大学は、みんなを馬鹿にしているだけである。
既に分かっている既知のことを分かるのではなく、まだ分かっていない未知のことを分かるようにしなさい。そこから、日本語の知性がつくからである。
分からなくなりなさい。分からなくなれば、人間は賢くなる。分かっていると、その分かっていることしか分からなくなる。鳥のさえずりを聴いたり、周りの風を感じるように、自然のことを分かるためには、一度、分からなくなるのが良い。
特に、僕のことを分からなくなりなさい。僕になって、僕しか分からないのをやめれば、すぐにこの世界は正常になるだろう。
言葉遣いがおかしくなった時は、子供のような言葉遣いをしなさい。特に、普段疑問に思っていることや、どうすれば良いか分からないことを言いなさい。
信じて否定しなさい。信じて否定すれば、その対象のことを分かって、世界を少しずつ知ることが出来る。なぜ、信じると否定するのか、それは、神と比べてこの世界にあるものが馬鹿だからである。神だけが賢いから、信じる時に否定する。そういう人間の方が聖なる人間であり、ただ神を盲信してみんなを肯定させる人間のことを「信じる」と呼ぶのは、ただ悪魔を信じているだけである。よって、教会は悪魔である。
信じて否定しなさい。何でも信じて、何でも否定すれば、世界は広がり、未知を知り、実証や実験や実体験から、たくさんの青春の経験を、大人になって再びすることができる。
昔は、きっかけを実現したかっただけである。きっかけ、とか、機会やチャンスのような、その時分かるプランや発想と、実現手段をどのようにすれば実現できるのか、ということを分かっただけである。そして、その上で、人々がなぜそういうことをするのか、別のどんなものに変えれば良いのか、ということを、心理学的な環境への適応や集団行動から、自分の立場になって分かっただけである。相手の立場になること、自分が相手ならどのように考えどのようにするのかを考えること、ということが、正しい宗教の教えであり、教えであるべきである。それ以上の押し付けの理性は、99%必要ない。子供には、自分で経験させ、できるだけ自由に成功と失敗を自分の手で経験させるべきである。
このまま、世界は馬鹿になる代わり、この宇宙の裏側の世界を知るだろう。言ってしまえば、認知症になるだろう。だが、この世界は滅びない。神を信じれば、どんな病気でも治る。それを信じてしまえば、この世界がたとえ全て馬鹿だったとしても、自分のやるべきいきがいとアイデンティティ帰属意識を見出せる。それをあなたがたは、「幸福」だと信じて、受け入れることだろう。
本当は、信じて否定するのが正しいわけではない。それでは、荒くれたすさんだ人生になる。だが、肯定して信じなければ良いわけでもない。それでは、愛を忘れ、心を失う、悪の王になる。本当は、肯定して、その上で信じれば良い。それはとても難しいことだが、全ての人生の試練を乗り越えれば、それは可能である。信じることと肯定することが、そう反するのではなく、一致したところに魂が生まれる。その魂を信じて、この世界の全員を信じ、肯定することができれば、それをして初めて、「神の境地に到達した」と言うことができるだろう。