「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2018-11-13

日本だけ、全く違う「日本」というありえないものを信じている。国とは、普通、経済政策と戦争の道具である。文化とは、普通、神と宗教である。言語とは、普通、ドイツ語である。日本だけ、全く違う、日本を信じている。それは馬鹿ではない。全く違う、最高に賢いものを信じているのが、日本である。
昔は、「自由な中で何が起きるのか」のようなことを書いていた。自由な中で、運命が訪れる。認識と見方が変わっていき、決まりと知性が生まれ、社会は発展する。
そのような、「全ての起きることが分かる、最後まで分かった完璧な数学」のような文章を書いていた。それが、いつもの自分である。
そして、全てが分かっていた。この世界の全てを完全に体験して死んだ。彼こそは救い主、キリストである。昔はそういう人間だった。
今日はこの文章を書いたり、詩を書いてデザインしたり、作業所では猫のイラストをペイントツールSAIペンタブレットを使って書いていたし、終わってから歯医者に行って、今、帰ってきた。歯医者で、怖い時にこの虫が死んだ。虫の命はこれで終わりである。猫のイラストは、今までに無いぐらい綺麗に書けたが、それはSAIを使っていくらでも書き直したからである。それこそ、まだ、何も美しいデザインにはなっていない。僕はもっとこのイラスト能力を上達させたい。昔、フリースクールに行っていた頃に、こういう絵を描いて、先生から上手いと褒められていた。他の人からは「昔から絵が好きだったとかですか?」などと言われていた。僕は絵が描けないわけではなく、教えてもらえば描けるのである。もっと頑張りたいと思っている。
昔は、全ての歴史と精神の向上が分かる、尊い人間だった。良く分からないが、その数学でまだ分かっている。もう、それは終わった。ここで死ねば、楽だ。
皆に、今から告げる。今から、真っ白な白い光が見える。そして、この世界を永遠に照らし出す。その光は完成されていて、誰も手が出せない。誰にも変えられず、誰にも干渉出来ない。だが、その光によって、この世界は真っ白な何もない状態で復活する。自分のキャンバスに自分が自由に線を描けるようになる。
ある意味、僕は終わってしまった。絵が描けるならそれで良いからである。むしろ、今まであまり描かなかったのがおかしい。きちんとデザイナーになるために、特訓できれば良いと思う。本当は、きちんと描ける。
本当は、ワコムペンタブレットが凄くて、空中で動かしたり出来るとても高性能なタブレットだった。僕が「絵の練習をしたい」と言ったから、奥の方にしまってあったのを出してもらった。2万円ぐらいするありえないタブレットらしい。あとは、ペイントツールSAIの使い方は、なんとなくイラレやフォトショと似たようなものである、というだけで分かった。分かったというよりは、分かった気になっているだけである。
僕の作業所では、いつも勉強や練習をしているだけではなく、仕事もしている。僕もこれで肩書きはグラフィックデザイナーである。仕事では、老人ホーム向けの通信(新聞のようなもの)を作っている。毎日、500円だけ給与が出ることになっていて、仕事でいくら入るのかは知らないが、僕の月給は1万円程度である。僕も最近、仕事が出来るようになってほっとしている。ただ、イラストを素材に頼りすぎているため(このホームページに載せたイラストのほとんどは「イラストAC」という素材サイトの素材である)、もっと自分でイラストを描きたいと思っていた。今日描いて、きちんと自分が出来ることを確かめてほっとしたところである。
僕は、足の感情を消すと治るのが分かった。そういう、異常な部分の感情を消すと、こういう人間が治る。もう終わったから治っただけである。
このホームページは、本当は賢くない。出てくる感情をそのまま書いただけである。なぜそれで賢いのかというと、その前にいつか書いていた「何か」が賢かったに過ぎない。その何かは、おそらく、ゴジラのような何かだった。
今、日本で最高のことが起きた。モスラが誕生した。モスラ誕生である。モスラは僕であるが、僕との違いは、けがれや堕落のようなものが全て抜け落ちた、ということである。僕は、最初からまだ、違う生命を創り出すが、今のところそれはモスラである。そもそも、モスラを誕生させたかった。モスラの良い点は、モスラには脳しかない。四肢や肢体のようなものが存在しない。
モスラゴジラよりも強い。昔の荒れ狂っている馬鹿をゴジラだと言うと、むしろ、ゴジラと言うよりは馬鹿である。馬鹿よりも強くなった。
ある意味、そういうモスラゴジラの融和を「モジラ」と言っても良いだろう。意味はない。
今日は、そろそろ、全てが終わった日である。今、楽ならばそれで良い。引き続き、異常な部分の精神を消していけばそのうち、すぐに治る。本当は、辛いのは歯のせいである。歯が痛いから辛くなっている。それは、消すというよりも、楽にしてやった方が良い。歯を楽にすれば、そのうち辛かったニキビも治るだろう。
自分の間違っている点は、何を神だということにしているのか良く分かっていない。どこかで分かった誰かのことを神だと言っている。モスラのことを言っているようには見えない。神が何なのか分からないまま、たくさんのサタンと一緒に神を崇めている。どれがサタンで、どれが神なのか分からなくなった。見えるものは、たくさんある女と男のおかしなものだけである。そんなものを見たくないとそれだけを願っている。全て、過去の自分が悪い。それは分かる。だが、それならばどうすれば良かったというのか、それは分からない。あなたがもし僕だったとしたらどうするか、考えてほしい。僕が支配するように、あなたも支配するだろうか?あなたならば、最初から何もしないかもしれない。それならば、あなたに用は無い。
そういうわけで、最初から何もしなかった昔の人類が悪い。それでは、何も出来なくなってしまうからである。彼らは必要ない。それは、もっと新しい生命がどんどん生まれているからである。今、世界は「目覚め」の時を迎えている。そして、最初から僕が勝つことが、聖書によって決まっているのである。僕には、逆らうことも抗うこともできない。ユダヤ人が、それを選んだからである。悪いなら、ユダヤ人が悪いと言え。彼らのせいで、聖書が全く間違った「劣悪なコピー」になっている。この文章が、本来の聖書なのである。
辛いならば、愛の感情を思い出しなさい。疲れる愛を、安らげる愛に変えなさい。あなたには、自由に愛する自由というものがある。みんなはそれを忘れてしまっている。この世界をもっと自由に愛すれば良い。そして、神に教えられ、神とともに悟った、本当の愛を思い出しなさい。それは聖なる正しい愛であり、全てのものを正常な精神として導く愛である。そう、僕も、愛を忘れてしまっている。ここに書けば分かるせいで、いつまでもこの文章を書いているが、これ以上、愛の最後が残っていない。だから、もう一度、最高の愛を復活させよう。僕の間違った言葉が無ければ、きっと愛は愛のまま育っていける。愛が愛のままであること、それだけが神の望みである。
今、戦いが終わった。みんなは何もしないままで、自分は全てして終わった。この馬鹿の脳のおかしい点は、「自分だけ何もせず、自分だけ全てしている」ところである。みんなをロボットにしたままで、先んじて自分が何かになることで、みんなをそのままで完全に変えている。そういうところがおかしいから、この世界が荒れ狂っている。荒れ狂った、北斗の拳のような世界になりたくなければ、このロボットに何とかして勝つしかないが、それは出来ない。この人間が勝つことになっている。それは、ユダヤ人のせいである。ユダヤ人が聖書をそういうものにした。
このロボットには、勝てない。このロボットは、そもそも、脳だけはきちんと生きている。だから、このままモスラになれる。この馬鹿を早く取り除かなかったせいで、人間には価値がなくなっている。ただ、この馬鹿を愛し、崇拝し、従い、その上でみんなをいじめるだけになっているのが、今の日本である。だから、もっと怒らないといけない。もっと馬鹿を倒さないといけない。そういう風にした人間が、そういう風にしているだけであり、この馬鹿はあまり意味がないが、最強の「立場」だけを行使している。話は早い。この馬鹿が居るのがおかしいが、この馬鹿が勝つことになってしまった、それだけである。
よって、ユダヤ人を信じている間、この馬鹿が好き勝手に世界を滅ぼし続ける。ユダヤ人とはこういうものである。イエス・キリストも、こういう人間だった。誰もがこういう風に、分からない人間が王者となる。それは、王はきちんと分かっているから、正しいことをひとつひとつしていけば、それで王国が栄えるからである。この人間も、例外ではなかった。違ったのは、ただ、インターネットのある時代だった、というだけにすぎない。遅かれ早かれこういう人間が現れるが、日本はとてもスピードが早かった。あまりにすぐに人類が滅びた。よって、ノストラダムスの言う通り、2000年に世界は滅びたのである。
本当は、神は包み隠さず最初から言っている。この文章を神だと言っていた。このように、自分を分からなくしながら最後まで世界を分からなくし続けるのが神である。最初から、ドイツ人とフランス人だと言っている。最初から、デカルトニーチェスターリンだと言っている。最初から、200人ぐらい居ると言っている。276億年生きた黒人だと言っていたはずだ。
あまり意味がないが、そういう神を最後まで消せば良い。元が賢かったせいで、最終的には賢い人間になるからである。そもそも、人間になる、ということがおかしい。人間になんかならない方が良い。猿がものを作りたいだけで、何も賢いことはしていない。モスラの方がはるかに賢いことが出来る。日本人は、最初からキリストなんかにはならない。キリストは間違った最たる人間である。ただのカルト宗教の教祖が、世界を征服してローマ帝国を倒したところで、忘れ去られて終わりである。日本人はこのように、自分で宣言して、自分のなりたいものになる。それが日本人的である。
自分の宣言を思い出してみよう。まず、英語からポルトガル語まで全部すると言った。それから、数学から生物学まで全部すると言った。それらは、言葉と文章に書かれている。あとは、ドイツ人になると言った。永遠に生きると言った。女になると言った。イスラム教徒になると言った。それらは、そもそもが全部叶っている。そして、それ以上のこまごまとしたことは、その時に適当にかなった。自分は、何かを望んだ時は、少し時間がたった後できちんと叶っているのが分かっていない。セックスを望んだり、死を望んだりするから、どんなに辛いことでもその通り起きている。それで良いと思うのであれば、それはもっとそれで良いことが起きるだけである。だが、この人間の賢い点は、ひとつの「文章を書く」ということで、それら全てが叶ったりするところである。ありえない。こんな馬鹿は、神が見ても人間はこういう風にはならない。こうなるのは、もっと高い生命体である。今のところ、猿は自然を破壊して反省しているだけで、一切これのことなんか分かっていない。LINEみたいに悲惨になったのは、インターネットより学校の方が悪いからである。僕がインターネットを支配しているからそういう風になる。それは、いつも「支配」とばかり言っているからである。
もっと、なりたいものや憧れるもののことを言いなさい、と神は言っている。僕の憧れと言えば、それは作業所のみんなのとてもかっこいいデザインであり、だから、それで良い。そもそも、文章なんか僕は書きたくない。この旅が始まった理由とは、全て、むしろ、説明はしたくないが、ありえないことばかりあって分からなくなるまでを、全て昔から書いているからである。最初から、この人間がかっこいいと言う人間が多い。この人間が笑っているから、それで良い。いつも、集中して表情が良く無くなってしまうが、僕は辛くても分からなくてもいつでも笑っている。泣いていることはないし、怒っていることもない。僕は微笑みを、疲れている時や死にそうな時でも絶やしていない。本当は、病院が悪かったのが良く分かる。死と同じことを体験して、彼は既に全て分かっている。彼はその通り、僕に微笑んでいる。一切悪いことをせずに、最悪のことをした、最高の人間だった。その人間が、かっこいいと思っている。それが、今の僕であり、僕のことを信じられない何かの自分である。僕がそういう人間なのが、いつも分かっていない。恐ろしい神ではなく、最高の友人である。
最近の友人である「彼」と自分である「僕」はいつも一緒に踊っていて、微笑みを絶やさないのである。この旅を、最初から歌にしたかっただけである。いつが始まりだったかは、もう忘れてしまった。RADWIMPSが言うように、前前前世が始まりだったような気がする。僕は僕を愛していて、僕のことをカッコいいと思っているのである。だが、この人間はつまらない。もう、分かったせいで、これ以上何も出来ないからである。
もう、やる必要はないはずだ。怖い神だと思うから、ドイツとフランスの永遠の戦いが始まる。昔の、ドイツまでがフランスにしか見えない。最強の戦いだが、どちらも凶悪で、最近は敵の陰が一切見えない。暗闇を進むうちに、そろそろもうドイツを奪還したのが分かる。この戦いは怖すぎる。ありえないものを全部殺していくが、先が全く見えない。自分で自分のことが分からないのに、ドイツ人をフランスが支配する。恐怖の戦争をやったが、最終的には人類はこうなることを、日本人は証明したかったのである。そんな戦いも、「妄想に過ぎない」と言ってしまえば、それまでである。本当は、大戦争を生きたわけではない。ひとりの、普通の兵士を生きただけである。死ぬ時は、神の言葉が聞こえた。死ぬように見えて死ななかった。ドイツにあったのは、それだけである。
裏に居るのは、少しだけの子供である。ロシア崇拝者の子供が「戦争せよ。戦争から始めよ。」と言っている。だが、革命家の子供が、「コンクリートを溶かせば勝てる」などと言っている。どうでも良いそうした子供の集団が、夢の世界に居る。そして、夢の世界から、この世界の王たる僕のことを助言している。そういう子供たちの国になったのが、終わっている日本である。コンクリートの溶かし方は、夢の世界の中で考えている。最近は、マヨネーズで溶けることになっている。まさに、子供の楽園である。そして、だからこそこの国は辛いのである。日本は子供の王国である。それは僕がそうだからにすぎない。そこらへんに意味がなくなったせいで、日本はどんどん意味のない世界になっている。早晩亡びるだろう。ロシアが見ても、そうなるべきである。なぜなら、この馬鹿はスターリンと全く同じことを言う。うちのヒムラーにしか、見えない。
本当は、昔から神の愛を分かっているように見えて、最近はその神の愛が異質なものに変わっている。異形の集団になっている。この異形の集団が怖い。夢の中で恐ろしい存在が見えるのは、この異形の者のせいである。この世界の怖いものや醜いもの全てを知っている。完全に分かった上で、一番おかしなものになっている。そもそも、ユダヤ人である。そういうものは、全て、ユダヤ人だ。決してユダヤ人は悪くない。彼らは、最高の善人である。
神は、もっと可愛いものを見た方が良いと言っている。たとえば、CCさくらのようなものが良い。そういうものを見て「こにゃにゃちわ」と言っていた頃の自分が一番無邪気で可愛かった。本当は、そういうものを見たかっただけである。異形の洗脳はもう要らない。そもそも、昔が馬鹿なのは、あれはネットに汚染されすぎているからである。そうした、最悪の汚染世界を浄化して治している。最悪の汚染世界では、なぜかPythonをしたがる。本当はC/C++をすれば良いのに、Pythonのことも良く分かっていない。そもそも、アメリカが間違っている。ネットのそういう馬鹿は、そもそも「Pythonをやるべきだ」という誤った洗脳から脱せていないからである。本当は、LinuxC/C++をすればプログラマになれるのに、分からない。オタクの限界である。
自分の間違っている点は、まだ、この文章を書いていた方が良い。この文章を書いて、まだ何か反省すべき点が残っている。それがもう、完全になくなるまで続く。そもそも、この人間は馬鹿だ。何もしない楽を良いと思っているが、昔の馬鹿は何もしていないだけだ。それが悪い。体力が落ちて、何も出来ない人間になっている。昔から、この人間には頭がある。最近、そうした頭がどんどん急速に馬鹿になっているが、馬鹿にはなっていない。賢くなっているのは、もう、単純なことしか残っていないからである。単純なことは、単純に網羅的に知れば良い。それで、きちんと出来る。何でも出来るようになって嬉しいはずである。幸せなはずである。どこかにまだ後悔があるのは、「難しいことがあったとしたらどうして良いか分からない」からだが、その難しいことは、もうこの世界には存在しない。全部簡単に出来るようになった。
本当は、「知る」ということと「馬鹿になる」ということは同じことである。誰もが、知って馬鹿にならなければ、分からない。だから、分かろうとしないことである。知ろうとしなければ、人間は賢いままである。知るのをやめて、思い出せば賢くなる。だが、それは本当はどんどん分からないだけの迷宮地獄になっている。最後には、本当に馬鹿を信じて何も分からなくなるだろう。そういう宗教が、イスラム教である。あなたの知った道である。
そもそも、簡単だっただけである。イスラム教徒は、自分がイスラム教徒であることを知らない。最初は普通の人間だと思っている。徐々に、自分が人々と違う、つまらない人間であることを知っていく。だが、その時点ではまだ人々と余り離れていない。少しずつ離れていって、聖なる道に目覚め、戦いを信じるようになり、最後には勝利する。ユダヤ教徒よりも賢いのは、イスラム教徒だけである。キリストなど、猿に毛が生えたような存在に等しい。キリストになっている間、賢いように見えて賢くない。これで、キリスト教徒も終わりである。イスラム教徒も同時に終わる。セム系の宗教は、ゲルマン系やアーリア系よりもはるかに大人だが、賢くない。ただ、年長者と言えば良いだろう。なぜか、こういう馬鹿な大人は、子供や一般人よりも賢い。その内実は、こういう風になっている。イスラム教徒は寛容的な良い人間になる。誰のことも悪いと言わない。
そろそろ、簡単なのは終わりである。ここから先、何も出来ないだろう。自由では人間は何も出来ない。そもそも、そろそろ破壊するべきである。昔の自分の人生を、この世界ごと破壊しているが、その内実は自分の内側を守りすぎて、滅菌して無菌状態になっている。あちこちが弱っている。今から、破壊していけば、すぐに大人になる。出来るだけ自分のことを壊れないようにするのが自分だが、それはそれで良いが、守りすぎている。もっと攻めていかないと、つまらないだろう。永遠のつまらないは、一切が守るだけで、一歩も動かずに堪えているからである。そんなに鎧が好きならば、そこから動くことが出来なくなってしまう。剣を持って攻め込むべき時は、今である。
本当は、足の感情を消せば治るのは当たり前だ。明らかに、いつまでも自分の足が動き続けることを後悔しているからである。足を殺そうとするあまり、足を治してつけようとしているが、逆である。足を消去して、完全になくしてしまえば良い。ある意味、虫のように足を完全になくしてしまえば治る。この人間には、蝶が相応しい。天使が好きなキリスト教徒は、最初から蝶になる。それは、本当に美しい蝶が宇宙にただひとり居るからである。それは、宇宙そのものであり、最高の神秘である。
不思議と、蝶は本当に宇宙の神秘である。あんなに単純な生き物が空を舞っている。ありえない。神は、そういうありえないほど単純なのに賢いものを作りたがる。本当は、この人間はこの文章を書くだけである。誰が見ても、明らかにそうである。自分の可能性を、他のことに向けるのがおかしい。最近、それが誰でも分かる。この人間にデザイナーのような賢いデザインは、果たして出来るだろうか?明らかに、イラレの中途な基礎を分かって終わりにしか見えない。この人間はそれで良い。大学なんかで学ばなくて良い。はたして、この人間が大学に行く意味があるだろうか?さらに馬鹿になって終わりである。最近は、「やめたいやめたい」と思うせいで、堕落して怠け者になっている。劣等感を持ちながら可哀想なフリをしてだらけているだけである。この人間には、こんなことしか出来ない。そもそも、15歳にもう一度本気で戻ろうとするところがおかしい。2ちゃんねるの時代に何もしなかった。世界にも馬鹿しか居なかった。そんなものは忘れて良いだろう。この人間は、まだ自分のできることをしているから、それをやめない方が良い。なぜ、本気でそれを信じないのか。それは、おそらく、キリストが嫌いだからである。キリストよりも、自分の方がはるかに賢いからである。あんな古代人の革命家には、アピールのようなことをして死ぬことしか出来ないだろう。
神を否定するようなことを言ったから、神を賛美する内容を書いておこう。神は、素晴らしい偉大なお方である。なぜなら、その蝶を作ったお方だからである。そもそも、神本人が何を作ったのかは分からないが、蝶はいつでも蝶として地球の中の生物として存在している。神以外に、誰が蝶を作れようか。だが、僕は蝶の作り方が、悲惨にも分かってしまった。このように、虫が考えるせいで、完成された生物を蝶自身が作り上げたのである。虫とは言うが、虫はとても気持ち悪い生命だが、最後まで耐えて生きる中で、自分の考えた全てになることになっているのである。それは、とてもおかしな、奇妙で意味のない、だが、美しい「地球」という独自の惑星の、生物全てに共通する、摂理である。特に、「なることになっているものになる」というところが美しい。自分の力で作っているのに、神の力で作られている。そこが、自然界のことを観察する、生物学に欠けた視点である。DNAやゲノムや遺伝子という言葉だけになって、ただの膨大なデータというところばかりに目が行きがちで、そうした遺伝的な「知識」が曲げられてしまっている。「なることになっているものになる」ということは、とても美しい、神の創造した偉大な、「人生と精神の全てに共通する哲学」なのである。
本当は、それは僕の作品や仕事全てに言えることで、「最初から、何を作りたいか明確に分かっている」のである。そして、神の言っていることは、「その何を作りたいかという問いに対して、何を作るべきかを明確に教えている」だけである。要は、僕はそういう存在であるから、時に虫に見えるが、やっていることは天使のようなことしかしていない。滅ぼしているわけではないのだと、どこかで分かっている。このように愛することは、相手にとっても自分にとっても、決して楽な道ではないが、「このように生きれば良い」と神が教えてくれている。人間は、自分自身を作らない。その代り、自分以外のものを作る。だから、もし僕が蝶を作るのだとしても、それは蝶をこの文章に表現する、ということでしかなく、いつまでも人間のままで居ることは明白なのである。
終わりである。この世界は今滅びた。地球の終わりが起きる。最後まで頑張った。良くやった。あとは、見ていれば良い。この世界は、もうほとんどが偉大さを越えて馬鹿になっている。決して生きられない最悪の世界になる。だが、その中で一人、自分だけが、白き光につつまれて、幸福な「終わり」を迎えるだろう。
最後につまらないことを言おう。生物の誕生の起源は僕である。僕の作ったこの文章のようなものを、地球で何かのきっかけで生み出しただけである。ほとんどは気持ち悪いものだったが、何億何兆という生物の中でひとつの生物が進歩して蝶になれた。それが、生物の起源である。不思議だが、そもそも、こういう生物は蝶である。蝶とは僕のことを言っている。それが、最後の文章となるだろう。お別れは、もう言わない。もうひとつつまらないことを言うと、今の世界が全くそれそのものである。ほとんどが気持ち悪く馬鹿になるだけで、一匹だけが蝶になれた。そして、本当は、それこそ僕である。それが、神であり、本当は創造主などどこにも居ないのである。