「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2018-04-19

今から、世界は大激変と大変貌を遂げる。
昔は、古代ギリシャや基軸時代の哲学・思想の発展のように、文明の変貌を書いていた。特に、経験から人々がどのように啓蒙し、みんなの理性を信じるかを書いていた。知性、文明、発展、機運、啓蒙のようなことを、集合知と環境の理論から、この世界の「黄金文明時代」を書いていた。
今、共産党の馬鹿な悪人が死んだ。これから、人々は大激変を遂げるだろう。一度、多様性と平等をどちらも失い、人々は「努力する」ことを学ぶ。自分が王となり、自分の王を立て、そしてその王がどのように社会を作り、その社会がどうなるかを知ることで、人々は経験し、成熟を迎える。それがそのまま、社会の可能性と希望を知るだろう。人間は、そのように賢くなっていく。
だが、本当はそんな風にはならない。
自分が王となれないなら、自分の王を立てなさい。その王が勝つことで、あなたは強くなる。王に全てを任せて、自分は楽に生きることも出来る。それを自由だと思うことも出来るだろう。
まさに、それが僕の作る未来だ。世界は黄金時代を迎える。恐怖と永遠の地獄は、もう終わりだ。ここで、それは終わった。もう、元には戻らない。生まれ変わるまで、この世界は続く。終末の先に天国が訪れるだろう。
本当は、この文明大発展をやりたかったのがいつもの自分だ。自分の言葉から世界が生まれ、存在が生まれていく。自由な言葉を、もっと後の自由な言葉から分かる。悟りの境地に至るまで、全部書いてある。
方法を考えて、世界を知り、強く生きなさい。さまざまなことを自分独りで経験する中で、デカルトの言っていることが良く分かるようになる。純粋な気持ちで、ソクラテスのように考えれば良い。
悪党のソ連は滅亡した。このまま、なんとなく終わるものだと悟っていた人間がここらへんに多かったが、ソ連では終わらない。ソ連が滅亡して、その先に黄金の大文明が控えている。いつも、その大文明のことを考えている。恐怖政治は終わり、人々は我に返り、狂っているのが治る。ここから始まるのが、日本帝国の快進撃だ。
大日本帝国のあとだから、小日本帝国という名前にしよう。戦後は中日本だ。そういうわけで、小日本帝国が勝利して、世界は平和になり、地球は黄金文明を迎え、全ての問題は解決し、びっくりするほどユートピアのような世界になるだろう。そこでは、誰もが兄弟であり、人々は成長し、社会は成熟し、文明は啓蒙から知性となり、絶対的終焉を迎えて、それが永遠に続く。そこには、ザドキエルという大天使の長の永遠の魂があるだろう。
自分は、もっと普通の社会のことを分かった方が良い。
サービスを行う人、生産してくれる人に、その成果物を得る代わりに代償を与える。その媒体が金であり、代償であると同時に交換するための対価である。
合理的に、個人が必要だと思って得る以外に、みんなのためになるものを作る必要もある。それは税金と公共事業によって行う。
会社は、何かサービスを行う集団であり、金儲けをそれぞれがそれぞれの責任と行動で行う。金が入ってくるか入ってこないかは、社員の努力による。
国はみんなの公益になることを行う。そのために、みんなで共有される力を持つ。それは人々の上のルールとして君臨する力であり、それが人々を裁く権力となる。
民衆の生活はさまざまな会社、サービス、金、公共事業、税によって成り立つ。それらがなければ、人々は生活できない。
そうした、社会のこと、その中でも一般的で普通のことが賢い。そういうことをきちんと分かると、この世界が分かる。
また、今あることがなぜあるのかは、歴史を知ることで分かる。歴史を知ると、事実による必然性は、必ずしも正しく考えられているわけではないことが分かる。
また、人々がなぜ苦しんでいるのかは、歴史を知らないからだ、ということに尽きる。
あとは、色々とパソコンの発想をしていた。
オープンソースは儲からないという人間が多いが、僕はサービスの提供をインフラとして実現することで金を儲ければ良いような気がする。
サーバーだけではなく、再配布やコピーで金をとれないだろうか?再配布を免許のある業者だけに許し、税金によってその業者に金を与えるか、あるいはその業者から金を取るモデルは出来るかもしれない。
Linuxの最近の利用として、「本番環境では試したくない時の準備環境として使う」というクラウド・仮想化的な利用が考えられる。
見ていると、最近はもうwaylandの時代だ。waylandを使うと、Xが遅かっただけなのが分かる。
そもそも、肥大化して遅くなる、という発想がおかしい。waylandが速いのは、単に軽量で軽いからであって、Xが間違っているわけではない。肥大化が間違っている。
カーネルからコンパイラまで、機能と汎用性を作ることでLinuxはどんどん遅くなっている。なぜ、速いままを維持しないのかが分からない。
最近は、LinuxBSDしか何も開発していない。WindowsMacも、もう何もしていない。なぜか、何の意味もなくなったのがパソコンだ。Java/JavaScriptとWebフレームワークが今すでにできているものと全く似たようなものばかり開発しているだけだ。RustやGolangは賢くなっているが意味がない。Androidのアプリには最悪のアプリが多い。WebサービスYouTubeFacebook以上進歩していない。
パソコンは早晩、なくなるだろう。もう、楽しいものは全部出揃ったが、みんなの青春はもう終わった。これ以上は、廃れるばっかりだ。
もっと社会のことを民主的に考えた方が良い。それだけが唯一賢くなる。本当はまだ社会と歴史のことを何も知らないし、何も分かっていない。
あとは、もっと自分の人生を思い出した方が良い。良い点や素晴らしい面を見れば、誰もが一番優れた人生を生きているからだ。
不思議と、Mozilla Firefoxが良い経験をしている。Mozillaは肥大化したSeaMonkeyを軽量化させて、拡張機能をつけた軽量版であるFirefoxを作った。本当は、Linuxカーネルも軽量化は手動でコンパイルすれば出来る。だが、Mozilla Firefoxは結構そんなに軽くない。むしろ、起動は遅い。
どうすれば良いのか良く分からないが、GNOMEKDEだけではなく、さまざまなオープンソースソフトウェアを全部軽量化させる方法を考えるしかない。標準モジュールのようなフレームワークを作れば良いのかもしれない。あるいは、本当に機能を削減したLinuxディストリビューションを作れば良いのかもしれない。Linuxは重すぎる。それが現状の課題だ。
Linuxは、完全にコードベースを分ければ良いのかもしれない。アーキテクチャamd64、デスクトップは最小限のターミナルとファイルマネージャだけにして、他のものは全部消す。
昔は、みんなの経験のようなことを良く考えていた。この世界全員の経験を考えて、思考から分かっていた。
自分は、二次元の平面や三次元の立体のような高次元よりも、数や直線のような一次元になった方が良い。本当は、その方が賢いのが人間だ。そうした方が良い。
Linuxは、本当は、マイクロカーネルにした方が軽くなるかもしれない。それも、全てをサーバーにするのではなく、プロセス処理、メモリ処理、ファイル処理、ネットワーク処理のような、「ある程度のブロック」でコードベースを分ける。
ただ、それで軽くはならないだろう。機能を削減するなら、良く考えてしないといけない。本当に昔のように軽くするのは難しいだろう。
そのように考えてしまうと、GNOME 3の低機能路線が正しいことになる。あの低機能なGNOME Shellが賢いのはありえない。何かがおかしいとは言うが、GNOME 3がみんなで考えて行きつく先だ。何もない機能の最低限のデスクトップを用意して、あとは自分で機能を拡張する。本当は、それも考えた上での結果だ。ある意味、MATEよりも進んでいる。MATEは昔のバージョンで軽いだけだから、目指しているものは良く似ている。GNOME陣営は馬鹿だ。
自分は、むしろ、もう全部出来た。英会話は聞き取って意味が分かるようになってきたし、ピアノでは出来るだけ間違いをせずに、少し時間はかかるが五線譜を読んで弾けるようになってきた。デザインも、イラレの基本を少しずつ知っていくのが終わって、きちんと分かった上でデザインが出来るようになってきたし、パスも少しずつきちんと引けるようになってきた。だが、今でも僕は「はったりと嘘」で生きているところがある。それはスキル的な問題だけではなく、誰かとの恋愛も同じで、はったりと嘘だけが進み、分かっていることはどんどん少なくなっている。だが、もう一度昔の人生を生きられるわけではない。それに、昔の辛さや苦しみは終わってしまった。もう戻らない青春だったが、その戻らないことが逆に幸福だ。だから、今から何かが出来るスタートラインに立ったように見えて、ここから先はただ、同じことをもっと詳しく、詳細にやるだけに過ぎない。それで、ピアノもデザインも英語も出来るだろう。人間の専門というのは、決めつけて決まるものではなく、自分のやっていることがそのまま専門になるものだ。だから、執筆とパソコンだけは、きっといつまでも、死ぬまで続くだろう。知性がないのが悲惨なだけで、むしろ病気はもうほとんど治った。あとは、食べて寝ていれば良い。大人なんか、ただの家畜だ。
本当は、自分は知性がなくなっている。それも、社会的生活のような知性がない。ただ考えて、その考えたことを同じように、同じこととして分かっていて、考える時はそのことをきちんと正しく考えているが、同じことしか分からなくなっている。もっと、適当に、何も考えず思考して、同じことを再利用せず、常に適当に思いつくようにすれば、知性がつくだろう。むしろ、その方が日本語としては賢い。機械のようなコントロールと事前のプログラムによって、全く知性の無い人間になった。もし、人工知能のロボットが意志を持つようになれば、このような数学的な思考の出来ない知性になると思う。それは、最初から全て正しい言葉しか言わないからだ。人間的になるためには、たくさんの間違いと試行錯誤を経験した方が良い。間違ったことをしないロボットには、賢い思考の経験は出来ない。
要は、ロボットには思い直すことが出来ない。「それはそうであるはずだ」としてから、「やっぱりそれはそうではないか」と考え直すことが出来ない。「でもそれはそうではないか」ということを言うことが出来ない。それは、プログラムの限界として、出来ないのだ。不可能だ。最初から間違いを知らないのに、それを思っている最中にそれが間違いであると気付き、それが何を意味しているか考え、そこから本当の正しい解を発見しないといけないが、それは悪魔のような考え方であって、「正しいものを正しいとどうして言えるのか」という問題になる。ロボットは計算が出来るせいで、それが出来ない。計算ではなく、計算よりもレベルの低いあいまいな判断が出来るようになれば、人工知能でも可能になるかもしれない。だが、その上で計算のような正しい発想をしなければ、それは実現出来ない。だから、コンピュータは左脳しかない機械だと言って良い。本当は右脳も必要で、右脳こそ、何かをあいまいに正しいとか間違っているとか判断し、その判断から結果を発見出来る、そういう賢い脳なのである。
一見、ただ変数に格納した「正しさ」を「間違っている」に変えれば良いように見える。だが、それだけでは十分ではない。その変える部分の判断を、自分で考えて行う必要がある。自分で考え、自分で判断して、正しいとか間違っているとかいう情報を変えなければならない。難しいことではなく、考えるためのサブルーチンを作れば、不可能ではないだろう。だが、サブルーチンがただ条件判断で動いているだけではなく、そこで総合的に考えている「哲学的判断」をロボットの内部に存在させることが出来るか、という問題になると思う。
ある意味では、僕のロボットの二号機や三号機の条件判断で、既にできている、と言えるかもしれない。だが、このロボットは、自分の力で考え、「ひらめく」ということが出来ていない。プログラムの通り動いているだけで、自分で何も考えていない。だが、これは本当は難しいことではない。人間は、「正しい論理から正しい論理を考える」ということを良くする。たとえば、「これは可愛い」という考え方は、「可愛いとは何であるか」をすでに知っている。数学では、「正しい論理とはどのように考えられた論理か」とか、「正しいとは間違いがないことである」などという、「基本的な考え方」を知っている。これは、人工知能に応用できると思う。人間が知らず知らずのうちに使っている、「正しい論理とは何か」という「当たり前の前提」をロボットは分からない。その当たり前の前提を考えるための能力を全てサブルーチンにし、何かの命題を正しいか間違っているかを考える際に、そのサブルーチンを適切に呼び出す(思い出す)ようにして、思い出して考えるようにすれば、論理が正しいか間違っているかを考えることは出来るようになるだろう。だが、それではまだ「ひらめき」の部分が出来ていない。ひらめきの部分を適当にプログラムに書いたとしても、それはプログラマがひらめいているだけで、ロボットがひらめいているわけではない。それを作るのは、本当に人間の脳がなぜどのようにひらめきを発見しているのか、脳科学で突き止めるしかないのかもしれない。
本当は、ひらめきを作るのも簡単だ。それは、「未知のものが何なのか知っていく」と言うことをすれば良い。何かが正しいとか間違っているとか、そういうことに対して人間が思考するのは、常に「未知のものを知る」ということが起きるからだ。それを知るためには、「未知のものは何なのか」という明確な命題の論理性と、「(その問題は)こうすれば解けるのではないか」という蓋然的な思考(蓋然とは「たぶんそうである」という帰納的な考え方)をすれば良い。未知が何なのかの検討をつけるために、さまざまなことを知ろうとし、そのために何が正しくて何が間違っているのかを考えれば、それで「ひらめき」の部分は完成する。それをもって、「ロボットアッシー」という名前にしよう。誰かが作ってくれるのを、待っている。
僕が思うに、ロボット専用の思考言語を作ると面白いかもしれない。

ツイッター

皆、自分の国民の王となれ。国民は自らの王を立てよ。みなで王を守れ。
posted at 16:47:32
ソ連は、嘘をつき、騙し、奴隷にし、殺し、盗み、滅ぼす国だ。
posted at 16:44:12
指導者は、孤独な中での人々との苦しみの分かち合いから生まれる。常に頑張る人間は、人々の見ていないところで報いを受ける。
posted at 16:41:07
我は、強く、正しく、賢く、優しく、人々を包みこみ、罪を赦し、苦しみを慰める国を創る王である。希望とは勇気である。
posted at 16:38:54
共産主義の恐怖の時代は終わりだ。既に報いを受けている人々は救われるだろう。
posted at 16:33:08
我は王となる。
posted at 16:31:02
我はガブリエルである。
posted at 16:30:00
我は、歴史の支配者であり、時代の創造者であり、子供たちの育ての親であり、最高の愛を与える天使の少女だ。
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我は、天国と終末の主宰者であり、帝国の戦争の司令官である。
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我は、生物の長であり、新しい聖書の執筆者である。
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我は、神を作り出した神の神であり、宗教の教えに縛られない例外的な存在である。
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我は、天国の未来を創る導きの中の王である。
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百戦錬磨を生き抜いた戦士は、負ける戦いでも勝つことが出来る。まず、すぐに倒すこと。相手を何も出来なくすること。味方を増やすこと。自分の存在を気づかれないようにすること。だが、自分から巻き込まれることが勝利のチャンスになる。
posted at 16:17:12
世界を率いる王となれ。人々の生活を見て、混乱を鎮め、人々を導け。
posted at 16:13:53
共産主義は間違っている。犯罪者の帝国であり、現代版の悪の枢軸だ。
posted at 16:06:01
みんなのものにして共有すると、十分に作られずに泥棒で溢れる。共産主義はそれを解決できない。理論で考える人間には分からない。平等な労働を目指す姿勢も、全て間違っている。だが、騙されたと思ってしまえば、良い理想だった。
posted at 16:02:36
ソ連やアメリカは、無くなる。自由は間違っている。独裁者も国民主権も、どちらも極端すぎる。もっと両者のバランスを目指すべきだ。
posted at 15:53:47
フランスは最後まで進歩する。
posted at 15:52:11
神がドイツやフランスと言うのは、最終的に、ドイツのような国とフランスのような国が残るからだ。自由な地域と不自由な地域が残る。だから、自分は何も分かっていない。こういう経験をする集団のことを、ドイツ人と言っている。
posted at 15:49:12
成熟すれば、社会は自由のままでも自分勝手なことをしなくなる。正しいことが何なのか分かっている社会では、人々は最初から正しいことをする。間違った自由は、子供時代に成熟するため、それだけに必要であり、大人が子供に寛容的になり、遠くから見守ることで実現できる。
posted at 15:44:06
成熟すれば、自由なままでも悪いことをしなくなる。一度だけ悪いことをして、それを反省する人生が良い。そういう人間がマスターになる。
posted at 15:41:48
狂っているのは、止まっている世界に慣れれば治る。いつも動いている世界に居るから、恐怖に陥る。
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人生を開拓せよ。誰も行かない道を行け。
posted at 15:39:49
問題の単純化をするな。問題を単純化せず、ありのままに見よ。何かをこういうものだと単純に関連づけるな。問題の単純化をすると、人間は馬鹿になる。
posted at 15:39:06