「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2017-08-10

今日は僕の誕生日だ。
もっと、希望を持てるように文章を書きたいと思う。
昔は、環境の自然な発展を促すように、自分の分かっていることを教えて、世界を変えていた。それぞれが自然に分かるのを、ネットで促すことで日本を変えた。
全てを詰め込んで、一気に変えることを目指していた。
それが、一人、革命家のように支配して、頑張るようになった。逆境で、みんなに批判されるようでも、自分だけは正しいのが分かっていた。
その、革命家を止めると、もう、言葉を常に考えて分かっているのが治る。
判断の言葉ロボットが治る。
人格は、神のような文章の人格と、子供の人格になった。
最近は、疲れないから休めないだけで、昔の疲れを休ませて、癒せばすぐに楽になる。
恐怖は、休むことと、自由になることが怖い。だから、怖い方を取ればすぐに楽になる。
自分は、男でも女でもない、神の性別をしている。
みんなは、もっとみんなと自分たちを悪いと思った方が良い。懺悔の心が世界を平和にする。だが、必要以上に責めたり、疑ったり、パニックになる必要はない。神は、滅ぼしているように見えて、本当はみんなのことを愛している。
愛とは、全員のことを希望を持って本当に許すことだ。
ソフトウェア産業では、UNIXのように、ソフトウェアをパブリックドメインで公開することが、業界のさまざまなグループに貢献することも多い。僕は、日本の行政や公共事業として、ソフトウェアをオープンソースで公開することを、もっと政府にやってほしいと思う。
理想は高い方が良い。出来ることの限界は出来るだけ全部を目指して、世界を変える高みは一番上を目指す。環境は出来るだけ自由にし、決定の可能性は最大にする。
自分は、大学に入れば色んなことを詳しく知れるのは分かるが、大学には入れないから、自分の家で大学と同じことをするのが良い。
本を読んだりネットで調べたりすることで、大学の研究と同じことをすることは出来る。
特に、自分から教えるようにすると分かる人間が多い。そういう人間の方が、数学的に考えられるようになる。
哲学はもうする意味がないから、歴史や政治経済や地理のことを、大学と同じように研究すると良いだろう。
可能性を最大限に高めて、未知を開拓せよ。
日本は、そんなに本気で金を儲けても意味がない。豊かにはなるかもしれないが、自由にやらせていても、何も良くならない。一度、強力な指導者によって良くした方が良い。その方がはるかに良くなるはずだ。
ただ、北朝鮮とトランプはありえない。もう核戦争だ。世界は終末になるだろう。
自由に放っておいて良くなるのは、何かする人間がたくさん居て、正しい公正なルールがあっての話だ。何もしない自由は意味がない。みんな、社会全体が異常になって、何もしなくなった。こんな世界で何かしたくない。むしろ、世界は悪くは無いが、何かする意味がない。
むしろ、それぞれが自立するのは間違っていない。アフリカのような後進国に金だけで支援するのではなく、自立のための生産手段を与えなければならない。
出来ることなら、世界全体が放っておいても発展することが理想だ。他の地域から奪うとか、勝つとか、そういう発想をせず、継続的な公共投資を行う必要はあるだろう。
出来れば、中国やインドと仲良くするのが理想だ。アメリカのような自分勝手な国と仲良くしていると、日本人は地獄に堕ちるだろう。
自分は、自分の人生を昔と今の2つに分けるのが間違っている。昔と同じぐらい、今が辛くなって馬鹿になった。
一度、自分の過去の人生を捨てる体験も必要だ。人間は、捨てた分と同じだけ、宇宙から良いものを得ることが出来る。失う人間の方が、得られる人間が多い。少ないものだけを見ていた方が、その少ないものの価値が分かる。
今の世界が馬鹿なのは、Windowsに問題がある。間違った方向に進んでいるわけではないのだが、今が一番狂ったことをやっている。そのうち、一通り終わってから、無かったことになる。その後に、Microsoftはありえないことを独断で始めるようになる。そこから先、本当に良い世界になる。素晴らしい発展がいくらでも生まれる。今は、まだ卵の段階だ。
Windowsや自分だけではなく、全ての宇宙の存在がそのように動いている。まず、最初に成功したものは、すぐにおかしなものになって、どんどんおかしくなって狂って、最後に無かったことになる。そこから、もう一度成功の架け橋が始まる。そこから先全てが成功し、永遠に繁栄する。全てがそういう経緯を経て成長していく。
昔の自分は、辛い時代を経験して分かっていた。一度、本当に辛くなれば治る。
永遠に繁栄するとは言ったが、だからと言って、いつまでも続くわけではない。永遠には終わりが訪れ、長い間何もない世界になり、少しずつ良いものが積み重なって普通の世界になるが、それは悪の王によってすぐに滅ぼされ、最悪の世界になる。その悪の王を、また同じようにおかしくして治していく。それが、宇宙の「輪廻と進歩の法則」である。
辛い中で良く考える人間は賢い。そういう何も悪くない、善と希望によって世界を考え、変える革命家を賢いと言う。だが、その人間はすぐに悪いことをする。だが、それを反省し、永遠に悔やんで生きれば、全く悪くない、最高の善人だ。
あとは、何も治さないのが出来ていない。何も治さなければ治る。
全ては、思い描いたことから作り上げ、作り上げたものから識別し、識別することから思い描く、と言う法則に基づいている。
最近の自分は、思い描き、作り上げ、識別する、と言うことが全部壊れて無くなっている。そこをすれば、頭もまともになる。
そんなに多く言わず、だが多く挑戦せよ。多く経験の準備をする代わり、束縛を少なくせよ。準備を大きく、本番は最小限に失敗しないようにせよ。そして、たくさんのことをしたのちに、一つの大きな基礎を築け。
間違ったことを続けるな。執着心を無くせ。だが、出来る限りのことを一心不乱にやれ。一つの出来る才能を作るために、千の試行があると思え。全てのことをいつまでも、同じように繰り返せ。だが、妄執の心は反省し、間違ったことをした時はすぐに訂正し、新しいことに挑戦する時であっても、今までしたことを参考に、どんな風にやれば一番簡単な方法で出来るか、自分の力で道を見つけ出せ。
神を信じよ。人知れず頑張っている自分のことを、神は見ていてくださる。神は善人には良いことを起こしてくれる。神の愛に喜べ。
経済学は、自由を良いと思いながら、自由を悪いと思えば出来る。自由には良い点が無いが、良い自由とは作り出すものだ。
自分に出来ないと言うことが分かったら、出来ないと素直に認めること。ただ、それは諦める、と言うことを意味しない。むしろ、学校でやっても、それは出来たように見えて出来ていない。自分一人の研究として、自由にやることは出来る。きちんと考えれば、人間は自分一人でも調べたり考えたり見つけ出したりすることで、一人、科学者となることは出来る。科学者はそういう人間が多い。良い大学に入らなくても、科学は出来る。自分の力を過小評価しないこと。
出来る人間が出来ているのは、理由がある。何の理由もなく出来ている人間は居ない。常に初心に帰って、出来ていた時代の自分がなぜ出来ていたのかを良く思い出すこと。誰でも、出来る人間が出来るのなら、きっと自分も同じことをすれば出来る。
人間は、この世界にあるものしか分からない。自由に考えていると、必然的に色んな世界や文化のことが分かる。そういうものは、心の中で繋がっている。
あとで、昔の自分が出来なかったのは当たり前だったことが分かる。そして、昔の自分が出来ていたことが出来なくなる。決して元に戻れないわけではない。
自分がやるべきことは、自分が過去にやっていたことをもう一度やることだ。むしろ、それは出来ない人間が多い。もう、完全に終わったことは出来ない。むしろ、それは、出来ないと決めつけるから出来ないだけなのかもしれない。記憶の中で存在することは、しなくても分かるのが人間の脳だ。
不思議と、人間の心の中には、過去に自分が置いたものしか存在しない。だから、同様に、脳が分かることは、昔自分が分かったことしか分からない。だから、もう終わったなら何もしない方が良い。そういうものだ。いつまでも過去に執着するよりも、周りを見て教えてあげた方が良い。教わるのも大事だが、教えるのも大事だ。
あとは、人間的な普通のことが書いていない。
理性は努力、反省、理解、発想であり、絶えずそれを続け、進歩させること、そこから価値を生み出すこと、社会を変えることが全てである。
価値とは、可能性の具現化であり、それは協力と革新と言う名の発展によって行われる。
愛とは、不安との戦いである。引き篭もりの愛は、必然的に不安との戦いとなる。その不安を払拭することで、「真実の愛」が生まれる。
キリストが言うように、相手のことを自分と同じだと考えなさい。ブッダが言うように、愚か者とともに行くのではなく、自分一人で行きなさい。
今日は終わりにする。もう、全て書けたはずだ。さようなら。また会う日まで。
どう書けば良いかが分かったので、もう少し書く。
創造性の本質から、価値観は生まれる。それは、自由、平等、愛、自然、そして考え方と意味である。
それぞれが具体的に選ぶことから、進歩は生まれる。
発展とは、それぞれが認識し、作り出し、思い描くことである。
一体になるか、独立となるかは、その時その時の利害関係で決まる。だが、真に自由な考え方とは、利害関係ではなく、世界の解決を目指すものである。
愛とは、運命を信じることである。
不可能を可能にするために、愛と運命を信じよ。
平和とは、独立、意志、選択肢、手段、影響力、機会、プロセスを与えることである。
戦うことを否定することから、共存が生まれる。
そのように、色んな「普通の考え方」を書いていた。そういうところが分かっていた。
自由になること、求めるものが手に入ること、反省して把握すること、変えられる可能性を知ること、実現するための問題を解決すること、社会を作ること、必然的に生まれてきた社会を作り直すことが、自由である。
そういう風に、この世界の「普通」を書いていた。それが、僕の文章だ。
価値観に応じて環境を作り出すことが、進歩である。
誰も何もしなくなった時、世界は終わる。それを防ぐためには、一度作った過去の遺物を排除すること、消し去ることも必要だ。
愛とは、真実を伝えることだ。
世界は、それをし得ること、それが成り立つこと、それが必然的にそうなること、それが自由であること、それがそうなるかもしれないと仮定すること、それが現実になること、それをどのようにしていくべきかと言う理想を持つこと、が全てである。
書けて良かった。いつも、そういう文章を書いていた。
構成員の自由を考えよ。人間は、一人で全てを見ることは出来ない。そこに関与・関係する人間たちだけの自由にした方が良いこともある。だが、自分勝手で良い、と言うわけではない。環境保護や公共のこともバランス良くきちんと考えるべきだ。
平和とは、価値観、自然、共存の尊重だ。
運命とは、自分を新しく作り出すことだ。
世界を良く見た上で、発想をみんなの意見を知った上で考えなさい。そのために、「本質的前提」を知り尽くしなさい。
世界の全てを改善する上で、一つの正しい秩序を上が決めることは必要だが、独裁的権力は必要ない。みんなの力で世界を改善して行こう。いくらでも方法は改善出来るはずだ。同じ目的の下に、環境とプロセスを改善せよ。やりようはいくらでもある。
この社会の問題とは、一言で言えば「愛の欠如」だ。全て、愛が無いから問題が起きている。愛とは何なのか分かっていない。愛とは、この文章だと思えば分かる。
そして、愛を知るためには、「社会がどのようになっていくのかを知ること」が必要だ。社会の具体的な変化、どんな社会になっていくのか、と言うことを知る必要がある。だが、今の世界は、逆に、そうしたことを知るための正常な社会が無くなってきている。残り、少ない自由なチャンスの中で、どれだけ自由な社会の変化を知れるかが、ここから先の日本の課題だ。
自由な社会とは、状況に応じて人々が自由なプロセスに適切な改善を加え、一人の指導者によって基本的体制が安定して行われることの、バランスだ。
それから、昔の自分が見た「情景」や「場面」のようなことを言う。
世界の歴史とは、回想である。
記憶とは、それぞれの価値観の生起である。
そういうことを言っていた。
それから、ロシアやドイツのようなことを言う。この世界の「普通」を全部言う中で、色んな世界や国のことを考える。この世界を全部創造する。そういう文章だった。
思想ごとの考え方のようなことも書く。努力に応じて代償が得られるか、全員が平等に生きられるか、どちらかが正しいと言っていた。
本当は、「同じと違う」や「独立と共有」しか考えていない。だが、経験的に全てが分かった賢い頭をしていた。
そして自分の人生のようなことを言う。自分を変える勇気と行動を持たなければ、何も変わらない。そういう、経験論のようなことを言う。
北朝鮮がありえないミサイル発射計画を出しているが、広島人の僕としては、つまらない。
北朝鮮がもし核ミサイルをグアムに四発落としたとして、それで日本のせいにされないか、不安なところがある。
ただ、戦争にはなるかもしれないと思う。
本当は、もっと早く倒せば良かったのかもしれないと、少し思ってしまう。
大戦争になってアメリカが壊滅するなら、むしろ、そんなに悪いことではない。だが、日本が巻き込まれたり、戦場になったりする可能性は十分に考えられる。
ある意味、集団的自衛権を認めたことで、アメリカから軍事行動を強要されないか、と言う点が心配だ。
戦争か何かで死ぬ前に、今日の誕生日を迎えられて本当に良かったと思っている。
北朝鮮は狂っているが、トランプを大統領にしたアメリカもおかしい。本当に、日本以外の国が全部おかしくなっている。だから、僕は日本に勝ってほしいと思う。日本が勝って、この世界を日本の賢い秩序のある世界にしてほしい。僕は、そういう、一つだけ賢い国である日本が好きだ。
あとは、安倍は失敗する。全く丁寧な説明を一つもしていない。やったことも悪いことや失敗ばかりだった。与党はもう終わりだ。
僕は、世界と繋がっているのがおかしい。ありえなく東京やアメリカと繋がっている。
僕と離れたい人間は、離れてほしい。もっと遠くへ行きたい人間は行ってほしい。僕に教えたい人間は、もう、教えないでほしい。
全員を統一して統治するのはもうしたくない。それぞれの意志を尊重したい。
僕も僕で、全員に同じように配慮はもうしない。好きな人間、嫌いな人間、それぞれに違った態度を取る。
それから、全部地域を同じにするのではなく、それぞれの価値観でグループを作り、それぞれ離れた中で多様な環境を築いてほしい。
僕を愛したい人間は、愛してもらって良い。嫌いな人間は嫌ってもらって良い。
自由だけではなく、環境も考慮した上で、世界と繋がっているのをもう止めようと思う。
グループだけではなく、人間としても違う人間になってほしい。それぞれ、出来ることや続けていることは違う。自分の出来ることをしてほしい。
それこそ、ただ違うだけではない。違う人生で、自分なりの考え方、価値観、信念、発想法、そして世界を知ることをしてほしい。自分の大学で博物学天文学を学んでほしい。
自分は、一瞬で宇宙を分かっているが、そのせいでこの宇宙と同一の存在になっている。だから、今までとは宇宙の姿を変えたい。一様に同じように起こる宇宙ではなく、それぞれに対して違ったことが起きる宇宙にしたい。