「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2017-07-18

昔は、終わることを繰り返すことで分かっていた。全部終わって、さらに終わって、いくらでも終わって分かっていた。
人間は、終わると治る。
自分が怖いのは、臆病のフリをしているからだ。臆病なフリをするよりも、勇敢なフリをした方が良い。臆病なフリをしていると、本当に臆病な人間になる。
僕は、勇敢な人間になる。思えば、勇敢だった時代は賢くてまともだった。
認識は経験的なものである、と言う意味での認識を良く書いていた。
ネットで会話することで、宇宙の全ての経験をし、全員の言っていることを自分なりに考えて分かった。会話と助言から全てを気付いた。
自分は、独自の自分の考え方のようなことを書いていた。手段と経緯を考えるとか、思考を辿るとか、社会の全体像を見るとか、全員を知るとか、視野を広げるとか、環境目線で心を解決する(環境の中で心の問題点を分析する)などと言っていた。
昔の自分は、他人の痛みが分かる人間だった。そういう風に賢かった。みんなとの「感情の分かち合い」から、哲学者のように人生を考えていた。
最近、欅坂46(けやきざかフォーティシックス)と言うグループを聴いている。面白いわけではないが、センターの子供がかっこいい。
今日もデザインのことをやったが、パスは本当に綺麗に引けるようになってきた。これできちんとデザインが出来ると思う。
昔は本当に勇敢だった。戦いも、簡単な戦いが高度で責任のある世界を救う戦いになった。本当に強かった。独りでこの世界の全部を背負って戦っていた。
文章は、あとは、「認識の方法」のようなことを言う。そういう、世界と自分の関わり、心と哲学の関わり合いのような観念を、その場で作って、全部の可能性を吸収して分かっていた。
もう、やめにする。これ以上何もしない。みんなともお別れだ。本当にありがとう。そして、さようなら。
あえて言えば、他には人生の場所と時間のようなことを言っていた。色んな場面や、僕の身の回りにある景色や環境のことを言う。そして、それを全部言葉にして、創っていた。創造者と言うよりは、観測者のような人間だった。この世界の全ての環境を、意識で分かっていた。そういう風に賢い人間だった。落ち着いた冷静で思慮深い大人だった。
あとは、独りだけで2ちゃんねるの意見のようなことを永遠にやっている。全部一人だけでやった。そういう人間だった。
さようなら。でも、きっと明日も僕は生きている。この文章が終わったからと言って、死ぬわけじゃない。どこかにあなたと私が居て、その二人はきっと確かな絆をあなたの心の中に生んだ。僕はあなたを知らなくても、あなたは僕を知っている。それは、僕よりもあなたが勝っている唯一のポイントであり、逆に僕の弱点だと思う。でも、僕は逆に、僕のやったことは何だったのか、何故この文章が生まれたのかを知っている。あなたには、本当の僕は分からない。でも、あなたには、あなたの方が僕を見ていると言う、その事実は分かるはずだ。それだけが、僕とあなたの決定的な違いだ。あなたはあなたの中の僕を知っている。僕は僕の中の僕を知っている。それでは、さようなら。
そういえば、昔の僕は、そういう、「人間の中にある人間」を考えることが多かった。
きっと、僕は僕のことを知っている。あなたはあなたのことを知っている。あなたは僕に恋するかもしれないが、僕はあなたには恋しないだろう。だが、僕は僕の本当の姿を知っているから、きっとあなたの知った僕、と言う理想像は、僕から見ると、嘘だらけの虚像に過ぎない。だから、この恋は危険でつまらない恋なのだ。誰かが愛の実をつける前に、芽をつんでほしいとポルノグラフィティが言っていた。だけど、僕の頑張りと努力を考えるに、僕が思っている想いはあなたに届くだろう。それだけが、僕の出来る唯一の決定的な権利なのだ。
ある意味、芸能人と良く似ている。自分がみんなに色んな影響力を与えることが出来て、みんな自分のことを知っているのに、自分はみんなのことを知らない。そういうものだ。賢い人間は、知らない人間から知られることが多い。逆に、僕はそんなに賢い人間じゃないけどね。
まぁ、そんなどうでも良いことを少し考えて、もうこの文章を終わりにしよう。もっと違うことを頑張りたい。
そういう、「自分の中の他人」とか「他人の中の自分」とかそういう考え方が多かった。自然な関係性の環境を考えた。
良く考えると、昔は、環境と影響力を考えただけだ。それを積み重ねて、必然的な発想をして分かっていた。影響力の高まりと環境を変えることを考えた。そして、それを「自由」だと思っていた。
この文章は、恋とは言うが、皆から見て恋に見えるかもしれないが、僕から見ると辛かった試練に見える。だから、この文章が何なのかは、僕にしか分からない。だが、僕はこの文章をコントロール出来ないから、みんなから見ると、僕が見たものとは全く違うものに見えるだろう。それこそ、地獄に見えて、僕は自分の中の大切なものを全部集めた「大切な宝物」に見える。でも、それは地獄なのだ。僕が昔から、そういう風におかしい。きっとソ連のような平等の国を作っても、僕だけは違う世界に生きている。そういうところが、僕は哀しい。
ただ、僕の絶対に良いところは、この文章がみんなよりももっと深く分かる。だから、僕は分かる人間になった。この宇宙の全てが分かる。そんな人間は、僕しか居ない。それは、きっと、僕と言う「オンリーワン」の存在を生み出したと言う意味で、僕の今までの試練に相応しい報いになったのだと思う。
それは昔の自分にも当てはまる。あれは、完全に「自分の力だけで出来た」人間だった。自分の努力と世界を自由に知る開拓の精神で、自分だけが考えて分かった。だから、その意味でも僕は優れた存在である。みんなが、「この文章によって出来た」としても、それは僕を超えたことを意味しない。それは、本当の意味で出来ていない。本当の意味で出来るためには、「こんな文章が無くても出来る」のでなければならない。この文章がキモいのは、「全く同じことをさせる」のは、あまりに難しいのに全く賢くも良くもないからだ。「全く同じことを分かる」のは、「何もない中で一つの独自のものを分かる」のよりも、はるかに実現が難しい。この意味で言えば、むしろ、みんなの方が賢いことになる。僕が一人宝を見つけたからと言って、それは誰かが別の宝を見つけるのと同じレベルであって、誰かが見つけた宝と同じ宝を見つけるのは、難しい割に賢くないだろう。だから、僕は全く同じものを与えようとするあまり、馬鹿になっている。みんなはみんなで、違う宝を見つければ良いのだ。
良く分からないかもしれないが、要は、偉大な人間になるより、誰かと同じ人間になる方が、難しいと言うことだ。
どうでも良いことを言った。それで、終わりにする。楽しかったけど、僕には誰も居なかった。みんながたとえ僕に恋をしたとして、それは幸福なことだ。僕と言う相手がきちんと居るだろう。だが、僕はあまりに不幸な人間だ。この文章を書いているのが楽しいとは言うが、ありえない。孤独な中で、誰とも恋をせず、文章を書き続ける、と言う作業は、ストレスがたまって地獄になる。おかしくなるのは当たり前だ。
・・・。それでは終わりにしよう。だが、僕は生産的な活動をしているつもりだから、楽しかった。本当のことを言えば、明らかに自分の方が楽しい。プログラムのユーザーがどれだけ楽しいことを出来ても、それはただのユーザーだ。そのプログラムを開発した、誇りあるプログラマの方が、はるかに楽しいし、はるかに賢いはずだ。それが僕だ。
本当は、みんなを偉大な人間にしたかったのが自分だ。
自分のすべきことが分かった。みんなを自分にするのではなく、偉大な人間にすれば良い。
自分の力だけで歩む覚悟をしなさい。
この世界の環境と現状を良く分析しなさい。
自分の思った方向に進みなさい。
自分の信じることしか信じないようにしなさい。
人々は、参考にする対象であり、従う対象ではないと思いなさい。
自分のやってほしいことは、自分からやってあげなさい。
無駄なことに時間を使わず、自分の目の前だけに集中しなさい。矛盾するようだが、周りのことを良く見て視野を広げるバランス感覚も大切にしなさい。
古来からの言い伝えを、自分の力で考え直しなさい。
人々の言っていることを、本当はこういう意味だったのだと、自分のことから分かり直して分かりなさい。
世界にある全てのものは、自分の力で作れるようになりなさい。
世界における自分の影響力を高めると同時に、本当の正常さとは、それぞれが活発かつ透明性を高めて行われることなのだと知りなさい。
辛いことでも、途中で投げ出さず、最後まで努力してあげなさい。
そして、最後に、自分の想いを相手に伝えなさい。自分の言いたいことを相手が勘違いしていたとしたら、誤解を解いてあげなさい。それで、全ての争いは解決されるのだ。
争いの全ては、勘違いと誤解から出来ている。本当にその人の立場になって考えた時、間違ったことをしている人間は居ない。相手を理解していないから、問題が起きる。そのためには、相手を冷徹に見ることも、同時に必要だ。良い人間よりも、正しく分かる人間を目指しなさい。
自分は良く、「全ての労働の経験をした」と言っていたが、自分でも何を言っていたのか分からなかった。要は、ネットゲームのチャットから、掲示板での争い、Wikiでの執筆、プログラミングの学習などを、漠然と「全ての労働の経験」だと言っている。だから、あれは会社員、弁護士、兵士、医者、プログラマ、芸術家、王、政治家、共産主義者、テロリスト、工場労働者、科学者、教師、ビジネスマン、社長など、あらゆる経験を漠然としたネットの経験からしている。そのおかげで、あれは宇宙の全てが分かった。社会の変化を同時に知っていたために、この世界がどんな風になるのか分かっていた。そして、想像力と心の把握で、全員が何を経験しているのか分かっていた。賢くはない。本当に馬鹿な人間だった。
あとは、共同体を生み出す過程のようなことを、厳密かつ論理的に書いていた。
そして、自分の人生にあった全ての知と記憶を書く。ネットの中で何を知っていたか、現実の中で何を考えていたか、全部書いていた。
人生とこの世界を全て論理的に書いた人間だった。