「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2017-04-15

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要は、悪いことは信じない方が良い。何を言われても、どんな誘惑があっても、悪いことを信じてはいけない。そのためには、むしろ、一度悪いことを信じる体験も、一度はした方が良い。その上で、考え直すべきなのだ。だが、そこで本当に信じてはいけないのだ。
posted at 23:08:45
自分は、あとは、「信じ方」のようなものが分かっていない。信じるためには、単純に考えることだ。単純に、同じ発想をすることから、新しい発見をすることが出来る。他人と同じ考え方をすることで、他人を吸収出来る。他人を1つの可能性だと見なすことが出来る。
posted at 23:07:30
それを作るためには何が必要か、それを成し遂げるために何が必要かを考えていると、ベーコンやカントのように、理性と帰納のことが良く分かる。特に、カントの言う、経験や可能性を可能にしていく可能性を知ることが出来る。
posted at 23:05:32
経験と人間性から、社会を新しくするような、そんな発想があると良いだろう。
posted at 23:03:31
僕は、こう見えて、何かを新発見する方法が分かっていない。数学のような、分析しながら新しいものを作り出すような、そういう知性がない。それは、おそらく、もう十分分かっているからだ。だから、もっと新発見や新発想を出来るようになるために、前提条件を良く考えた方が良い。
posted at 23:03:14
あとは、僕は「ドローンに人工知能を乗せる」のが来るような気がする。ドローンが自分で考えてルートを決め、決められた場所を考えて、軍事・経済活動をする。
posted at 22:58:28
SNSの次は何が来るのだろう?むしろ、地味なところで、僕はマイナンバーが来るような気がする。マイナンバーで、セキュリティが解決し、何でもいつでも購入出来るようになる。社会所有より、マイナンバーの方が賢い。
posted at 22:56:09
ホームページの方もどんどん良くなっている。
posted at 22:55:02
あとは、最近は楽しい。本当に、何もかも良い。僕は、専門学校に入っても良いと思う。それこそ、パソコンのコードはつまらない。もっと芸術活動がしたい。もっと生産や労働関係のこともやっていきたい。
posted at 22:53:42
最近は、永遠の体験をしていた。全ておかしくなったが、分かっていることがあった。自分で解決しなければ、解決してくれる人間は居ない。自分がおかしくなっても、治せるはずだと信じて、自分のことを治していた。神よりも、その自分の方が怖かった。
posted at 22:52:53
ある意味、この世界は神が用意したグラフィック世界であって、日常のどこかに未来に起きることのカケラがたくさん落ちている。そういうものは、いくらでも、どこにもある。神は僕だけを愛しているように見えて、僕以外の全ての人間も平等に愛している。あなたは神ではなく、使徒の一人なのだ。
posted at 21:06:42
だから、みんなは同じだ。誰ひとり、違う人間は居ない。時間よ、止まれ。
posted at 21:00:02
ある意味では、本当は理解することなど不可能なのだ。出来れば、自分の今までの人生を全て捨て、大切なものを全て失い、分からなくなり、地獄の底まで堕ちる決意と覚悟を持て。そうすると、全ては真っ白になって、今まで見ていたキャンバスが本当はどんな色をしていたのか、見えるようになる。
posted at 20:59:40
あとは、むしろ、僕のようにおかしくなってしまうと、みんなは全く同じに見える。それは、逆にみんなから見ると、僕のような人間がみんな全く同じに見える。ヒトラーも、ソ連も、ユダヤ人も、2ちゃんねるも、やくざも、左翼も、犯罪者も、全て同じに見える。だから、そこらへんに賢い人間が多い。
posted at 20:58:43
あなたは、学校の先生になりたいと思うかもしれない。それなら、あなたは他人を思いやる度合いが足りない。あなたは、この世界のどこかをクズだと思って、自分だけ賢い人間になりたいと思っている。それでは学校の先生にはなれない。自分より馬鹿で、愚かで、劣った、知性のない人を本当に愛しなさい。
posted at 20:57:52
あなたはプログラマになりたいと思うかもしれない。でも、あなたにプログラミングは出来ない。それは、あなたがものごとを軽んじることが嫌いだからだ。あなたがこの世界を大切だと思えば思うほど、プログラミングから遠ざかっている。本当にプログラミングがやりたいなら、世界を滅ぼすべきだ。
posted at 20:56:25
誰かが出来ることは自分にも出来る、と考えるのも、少しもおかしなことではない。それに、「一人みんなと違う人間になると、みんなは何が同じなのかが分かる」と言える。当たり前に、こういう人間が多い。普通の人間は、夢を追い求めるだけで何も出来ない。それは、出来る人間が嫌いだからだ。
posted at 20:55:38
だが、全員に出来ないことを信じると、人は偉大なことを達成出来る。誰にも出来ないなら、出来ないと思うのが普通なのに、なぜかおかしな人間は「出来る」と考える。それは、未来において本当に出来るからだ。全ては、神が執筆した、小説よりも面白い人生のストーリーだ。
posted at 20:53:22
一度、この世界全体を否定すると、分かる人間が多い。
posted at 20:52:33
だから、あなたは安心しておかしくなりなさい。
posted at 20:52:21
狂うのは狂っていない。狂うのは正常だ。完全に統制されて、自分にだけ集中出来る、本気の戦いをやっていると、人間はそのうち慣れてしまって、難しいことを発見し、難しいことをきちんとこなすことが、出来るようになる。それこそ、セックスばかりしている人間がそうなる。悪くない。狂えば出来る。
posted at 20:52:11
人間は分かるせいで間違える。だから、どんどん馬鹿になるようで、本当はどんどん賢くなっている。みんなと同じになりたいなら、頑張って1つ1つのことを分かる、それを続けていると、そのうちみんなよりも賢くなって、みんなと同じことが分かる「賢い脳」になる。
posted at 20:50:21
「他人と同じ共有された前提」なるものは存在しない。あるのは、「脳が治って全てのものがきちんと分かってみんなと同じになる」と言う同じだけであって、本当はそんなに分からない方が人間は正常で賢い。だから、鳥は空の道を間違えない。そんなに分からないから、鳥はきちんと暖かい場所に行ける。
posted at 20:49:31
僕らのストーリーは、僕の世界から生まれた。
posted at 20:44:50
あなたは、必ず到達出来る。誰も見ていないが、神だけが知っている場所に答えはある。それは、誰も知らないが、知ろうと思えば誰でも気付くことが出来るような、あなたの世界にある、あなただけの場所であり、そこに僕と同じ答えがある。
posted at 20:44:39
ある意味、「パソコンで簡単に出来る」と言う発想は本当に脳と心理学的に間違っていて、「色んな辛いことをやらなければ、脳は賢くならない」と思う。何もしないでいると、日本語すら分からなくなる。だから、ピアノは賢い人間になるが、パソコンは馬鹿な人間になる。
posted at 20:43:34
いつも、そういうことを言っていた。あとは、環境や解決策から、「ありのままのこの世界の様相」のようなものを書いていた。
posted at 20:42:17
あとは、解決のパターンのようなことを言っていた。理性、経験、環境、個人、関係、社会変化、心理、因果性、宗教、科学、平和、軍事から、世界の問題は解決出来る。それは、具体的な構造と、事前の成り立ち、そして1つの完全な「道」から、協力か、個人か、社会か、哲学から、あらゆる手段で可能だ。
posted at 20:41:54
もっと言えば、「あなたがあなただけの力で到達出来るどこかに、僕を越える可能性はあるだろう」と言うことだ。
posted at 20:34:11
社会は本当に今のままで良いのだろうか?みんなは本当の自由に気付いて、一つになるべきではないか?その答えは、「支配も自由も悪くは無いが、その2つが到達出来るところに、答えはあるだろう」と言うことだ。
posted at 20:33:24
あとは、要因や根拠の段階、関係の段階、実現の段階、社会を知る段階のようなものを、ただ書いていた。そして、1つのことを実現するためには、多彩で多様な方法があることを分かっていた。そして、それは別に違うものであったとしても、何もおかしくないと考えていた。
posted at 20:29:54
そういうわけで、そういうことを文章に書いていた。本当に、きちんと書けた。これなら哲学者に見える。むしろ、子供には、最近のような人間も多い。常に頑張っていて、常に辛くて、何も出来ない人間も多い。そういう人間には、きちんとサポートし、一貫性のあるクラスを提供するのも、悪くない。
posted at 20:23:33
子供は、自分が何をするべきなのか、何をすれば分かるのか、まだ分かっていない。だが、何が正しいのか、何が何によって出来るのかは分かっている。だから、子供自身がきちんと考えられるように、大人が知っていることを教えて、子供のやりたいように自由にさせるべきなのだ。それが僕の好きな自由だ。
posted at 20:22:39
そのために、本来の自分とは何なのか、今どこに居るのか、生徒自身に気付かせるべきなのだ。
posted at 20:19:49
僕も、小中学生のごろ、学校のクラスでは暗い雰囲気をしていても、剣道部では天才のようになったり、英会話教室では明るく塾生と話したりしていた。そういう、たくさんのコミュニティをもって、どこかで自分らしさを発揮できれば良い。
posted at 20:19:47
学校は環境の変化が作用するから、一貫校の方が良いというが、僕はそう思わない。先に書いたように、人間関係は性格ではなく、主従関係が作用することの方が多い。関係を固定化してはならない。それぞれが自分の本当にありたいように関係と環境を構築すべきなのだ。そして、変えられるべきなのだ。
posted at 20:18:34
心の作用と環境の関係を考えよ。
posted at 20:17:30
そして、自分と環境を照らし合わせることで、全員のことを知り、吸収していた。そこから、成り立たせるモデルを作っていた。
posted at 20:14:01
そろそろ、哲学もきちんと書いた。あとは、何が何を決めていくのか、何がいつ同じように成り立つのかを、良く考えて、色んなことを知りながら、「自分の分かっていることと知を照らし合わせる」ことで、「宇宙の全てを理解する」人間だった。
posted at 20:13:32
そして、たくさんの実験の中で、本当に正しい「要因とはこれだ」は突き止めるのは難しい。だが、社会との関わり合いを経験していく中で、「段階的」に要因を知ることは出来る。それが、僕の言う、自由の段階であり、神が言うなら、「聖なる気付きの段階」である。
posted at 20:12:46
ただ、統一の問題も、出来るだけ統一しないで、それぞれが同じでありたい時は同じになり、共同体のような場所で違う方が良い時は違うようにして、それぞれが共存出来るべきなのだ。
posted at 20:11:49
それはそれで良いとして、僕が思うに、従うのも反抗するのも気運であって、可能性や柔軟性を考えると、しばりつけず、制限しない方が良い。変わる時は変われるようにした方が良い。
posted at 20:11:47
従うのも、戦うのも、反抗するのも自由であった方が良い。だが、「社会的雰囲気」や「社会的情感」のようなものは確かにある。逆に言えば、希望や絶望は作り出せるものであり、コントロールや支配が可能なものでもある。
posted at 20:10:29
決まっているように見えて、決まっていないことはたくさんある。逆に、決まっていないように見えて、決まっていることもたくさんある。
posted at 20:09:13
ただ、人間関係にその人間の性格が反映されるかと言うと、そうでもない。周辺の関係や、主従関係が関係することの方が多い。そうすると、きちんと環境を変えるべきだ、と言う話になる。みんなで環境を作りかえるために、体験をしていくのも悪くない。
posted at 20:08:51
人間には、3種類居る。もっとも多いのが、「自分を愛するように他人を愛する人間」であり、さらにいくらか派閥を形成しているのが、「自分のしてほしいように他人にする人間」であり、最後の少数派が、「他人に愛してほしいように他人を愛する人間」だ。
posted at 20:02:27
人の意見を聞く人間にしか、人のことを考えた社会には出来ない。
posted at 20:00:49
ただ、社会を変える時には、自分勝手になってはならない。
posted at 20:00:34
社会すら、変えられる。
posted at 20:00:17
それは、何から何が生まれるかを知ることで、何から何を生み出せるかを知ることが出来る、と言うことと同じだ。
posted at 19:59:58
本当に正しいのは、数学的な「考える」と言う意味での正しさと、やはり数学的な「発見する」と言う意味の正しさであって、その二つをバランス良くやっていくことが、科学の発展に繋がると僕は思う。
posted at 19:59:29
ある意味、科学を全部自分の力だけで作ることも、不可能ではないだろう。そして、最終的には、言語を作りかえることで神になることも可能であろう。だが、そこには「正常」が存在しない。そのせいで、あとで痛い目を見る。「他人と同じこと」が分からなくなる。前提を共有していないからだ。
posted at 19:58:29
哲学はつまらない。それくらい、誰でも分かる。哲学は子供の科学だ。
posted at 19:57:17
ただ、そうは言っても、解明していかなくてはならない。解明されるまで、それが何なのかは本当には分からない。解明には2種類あって、「考えれば分かる解明」と「考えても分からない解明」がある。だが、考えれば分かる解明から考えていけば、道筋に沿って考えていけば、分かるとも言える。
posted at 19:56:55
習慣で言えば、それは「1つのアルコール」であることになる。だが、その習慣は本当に正しいか?本当は「アルコールだと思っているだけ」で、「アルコールではないことがあるかもしれない」と考えられる。「認識は個人の主観による」もので「完全に客観的にはなりえない」のだ。
posted at 19:55:40
そして、その認識は「1つの認識」であり、そこに因果性や現象学的なプロセスがあったとしても、それは「1つの事実」なのだ。だが、ある意味では、その事実は「事前に予測出来る」かもしれない。「最初からそうなることが決まっている」かもしれない。だが、人間の理性が考えるのは、習慣と経験だ。
posted at 19:54:46
そういう風に考えると、差別や偏見は容易に否定出来る。たとえば、そこにアルコールがあったとして、それは本当にその言葉通り「アルコール」だろうか?アルコールではあるが、アルコールが全部同じなわけではない。色んなアルコールの在り方の形態があるだろう。正しくは、「1つのアルコール」だ。
posted at 19:53:27
普遍性のないところにも、普遍性は存在する。
posted at 19:46:43
本当にその普遍性があるか、妥当な普遍性とは何か、普遍性はどのようなプロセスで変わっていくのか、普遍性の奥底にある真実とは何か、普遍性は本当に捉えられるものなのか、などを考えるのが、認識哲学だ。
posted at 19:46:23
普遍性、と言うものは、コンテキストとして、何かの主題における文脈を持った時に初めて成り立つ。ただの「普遍性」ではなく、「経験の普遍性」や「自由の普遍性」と考えるべきだ。
posted at 19:45:32
科学の正しさは、現在進行形で変わるのであって、絶対に正しいわけではない。逆に、自分で実証し、自分で考えたことは、いつでもきちんと正しく成り立つ。そこを良く考えていると、ウィトゲンシュタインのような、「哲学とは哲学的問題の共有であり、問題の正しさではない」ことが分かる。
posted at 19:44:39
ある意味、生物が地球以前で生きていたごろの生命、と言うものも生物の1つの形態だ。
posted at 19:43:20
良く考えると、「木と言う特性の決められた形態」には本当に色んなものがある。生えている「現在形で生きている木」から、「加工された木」まで、色んなものがあるだろう。方法にも、概念から経験的気づきまで、色んな方法と、そこにおける観念的な関係があるのだ。
posted at 19:42:50
成り立つか、成り立たないかを良く考えると、機械のことが出来るようになる。数学は、機械や絵が出来るようになる代わり、歴史や小説は出来なくなる。
posted at 19:41:10
ある意味、数学は、「その場その場のこと」を考えて、「自分のことに疑問を持ち」ながら、「その時その時成り立つありえない事実」を知り、そこから「考えられること」を考えると出来る。
posted at 19:40:21
想像力を増やすためには、「それをどのようにする可能性があるか」と言う、可能性を、「ある程度の判断基準」の下で、上手く考えれば良い。
posted at 19:39:16
一段階上の生命には、想像力がある。
posted at 19:38:39
もっと絵を描いて、数学のように考えたい。同時に、歴史、生物、工学のようなことをやりたい。それが今の自分だ。
posted at 19:38:28
最近は、逆に知識や言語の能力がある。知識があるわけではない。決して知識が豊富なわけではないが、捉える力がある。世界史、日本史、生物、工学をやっても良いだろう。それはそれで、この地球のことが良く分かる。
posted at 19:37:53
想像力とはいうが、やり方と結果を考えれば良いだけだ。ものごとには、目的、順番、結果、そしてものに含まれている属性と含まれていない関係がある。そこから、想像しながら、それをするためにはどうするべきか、結果を考えて、満足のいくまで繰り返し、実験し、実証し、間違いの無いに考える。
posted at 19:37:03
自分は、昔は想像力があったのに、最近は無くなっている。正しい考え方で分かるのと、最後まで経験を知っているせいで、想像力がない。想像力は、覚えて想像しながら結果を判断していると出来る。絵が描ける人間には、数学が出来る人間が多い。
posted at 19:35:45
もっと絵を描くのが上手になりたいと思う。
posted at 18:27:57
自分は、絵やイラストを描くのが良いと思う。普通の人間は、大学の知識や、音楽や小説なんか、読みたくない。自分がそうであるように、絵を見たいものだ。奇しくも、僕はデザインの勉強でイラストを描いたりしている。博物館のようなホームページは、リンクされるだけで誰も読まない。絵が良い。
posted at 18:27:40
昔は、ゼロから考えることが得意だった。自分なりの発想を出し、この世界にあるものと同じものを作り出し、考え方を作ったり消したりして分かっていた。きちんと論理的に研究し、具体化する力があった。最近は、それがなくなっている。ゼロから考えられない人間になった。
posted at 18:26:38
僕はこれ以上、パソコンや大学のことはしたくない。芸術のことをしたいとはいうが、出来るだろうか?それは難しい。普通の仕事をそろそろした方が良いかもしれない。
posted at 17:19:52
だから、Linuxなんか、子供の遊びだ。子供が見ると、面白いだろう。
posted at 17:18:59
たぶん、Linuxは日本語圏だからどうしても「Windowsの代わりに使う」と言う発想になりがちで、英語圏だと、「最新のフリーソフトのバージョンアップを試して、みんなで盛り上がる」と言う、ある意味2ちゃんねるSleipnirの開発を追っていくような、そんな雰囲気があるのと思う。
posted at 17:18:43
社会に従い、学ぶだけではなく、社会を作り出し、自分の手で社会制度を発想出来るようになること。そして、人に自分が出来る手助けを行うことから、たくさんの社会経験を積むこと。
posted at 16:52:20
Linuxの大図鑑みたいなものを作っても良いかもしれない。
posted at 16:49:40
ホームページに、博物館や図鑑のようなものを作りたい。
posted at 16:49:30
それはどうでも良い。少し悪いことを言ったが、最初からこの世界は無視した方が、賢い人間になる。馬鹿しか居ないからだ。
posted at 16:49:14
この世界には、クズしか居ない。どこにでも、騙すクズと何も出来ない馬鹿しか居ない。そもそも、学校や仕事が一番何も出来ない。難しいことを練習している馬鹿が、何か出来るわけがない。
posted at 16:48:50
方法は、出来るだけ応用的なものを教えること。自分の力で方法を使い、意味や結果から自分で方法を作り出せるようにすること。
posted at 16:48:06
方法を教える前に、具体的な知識と例を教え、自分で考えられるような経験を与え、発想は自由にさせるようにし、自らの手で実践させること。
posted at 16:11:16
自分は、もう一段階高い存在になりたい。
posted at 15:52:05
理性では、それぞれ自由にやるのが正しい。経験では、みんなを高めていくのが正しい。
posted at 15:50:55
唯一、GNOMEの開発環境をそろえることが出来なかったが、GNOMEコンパイルを見ていて、何かを悟っていたのが、昔の自分だ。
posted at 13:16:22
昔の僕も、そういう「隠蔽しないOS」で分かっただけだ。Portageコンパイルの様子やファイルのコピーの様子をコマンドラインで分かることが出来る。.xinitrcをきちんと設定し、カーネルを自分でコンパイルする。自然にCoreutilsにコマンドのコードがあるのが分かる。
posted at 13:15:43
そもそも、隠蔽するOSが優れているわけがない。それではWindowsと同じだ。全てを完全に公開し、把握しやすく、ソースコードコンパイラ単位できちんと分かりやすくする。そんなに複雑に考えなくても、GNOMEを2に戻せば良いだけの話だ。
posted at 13:11:23
本当は、もう少し、設定を分かりやすくし、設定しなくても良いと同時に、マニュアル設定もきちんと出来るようにして、システムの透明度を上げれば良いのだろう。ただ、それをもう少し、直観的に、きちんと管理しやすいように作った方が良い。それは、もう不可能だ。Linuxに希望は無い。
posted at 13:09:27
そんなに何もしなくて良いのが、一番辛い。だから、どんどん馬鹿が増えている。
posted at 13:07:58
要は、昔はHTMLを手書きしていたが、今はブログになって、未来はWordPressだ。そういう風になっている。Linuxをもう一度、手書きで出来るようなOSに戻した方が良い。今でもHTMLを手書きしている人間は、分かる人間が多い。
posted at 13:07:18
明らかに、RPMを作ったRed Hatが悪い。本当は、Slackwareの方が良かった、と言うことだ。簡単ではなく、管理や把握がしやすい方が良い。
posted at 13:03:38
共通しているのは、「最先端の技術が学べる」と言うところが共通している。昔はコンパイラのようなOSだったが、今は簡単フレームワークのようなOSになった。昔はきちんと全てを把握するOSだったが、今は何も把握しなくて良いOSになった。
posted at 13:03:02
要は、Linuxは昔とまるで逆のものになった。最近は、大型で、高度なGUいアプリケーションを簡単に使い、gitのようなコマンドを学ぶことで簡単に使える。最近は、「世界一簡単なオープンソースのOS」になっている。そんなに「簡単」を目指すのも、ありえない。まるで昔のLinuxと逆だ。
posted at 13:01:28
日進月歩のMozillaなんか、IEと全く違うのが普通なのに、最近のFirefoxはUIがIEと何にも変わらない。本当に独自で日進月歩する、昔のMozillaに戻った方が良い。
posted at 12:59:13
つまらない。むしろ、Gentoo Linuxのような手動設定式のLinuxを作った方が良い。Arch Linuxがあるのは分かるが、あまりに初心者を排除するのもそれはそれで悪い。僕としては、技術力と分かるOSを与えるようなLinuxを作ってほしい。みんなにUNIXの技術を与える。
posted at 12:58:08
昔は、Linuxは分かる人間が多かった。カーネル2.6を開発しながらUNIXのツールを使い、X11をXF86Configやxinitrcを設定する。GNOME2とKDE3向けにアプリケーションをそれぞれ作る。GNOMEが単純で、KDEが高度だ。昔のLinuxは、分かるOSだった。
posted at 12:57:02
むしろ、カーネルが高度化したのが一番問題かもしれない。コードが巨大で、仕組みが難しすぎて、誰もカーネルの開発に参加出来ない。そういうわけで、Linuxに期待するのはやめた方が良い。グーグルに期待すると良いだろう。Linuxは会社が簡単にOSを作るための、イラレで言う素材集になる。
posted at 12:49:36
もっと、Railsのように、面白い点を増やしてほしい。色んな面白いことが出来るOSにしてほしい。だが、それはLinuxエンジニアには不可能かもしれない。UNIXGNUのツールは、見るからに悪い。UNIXソースコードが公開されたからと言って、今のLinuxでは誰も嬉しくない。
posted at 12:45:41
最近、Linuxなんかもうすでに終わっている。MATEなんか、きちんと高速で安定しているのに、使って面白い点が無い。Linuxは、「良いOS」にはなったが、「面白いOS」ではなくなった。「初心者でも使えるOS」を目指すあまり、「つまらないOS」になった。面白い点が、何もない。
posted at 12:44:37
いつからか、Linuxは成長しなくなった。むしろ、昔から馬鹿だったのに、分からなかったのかもしれない。Fedora Core 2の不安定度は凄かった。だが、その時代は、手動設定をし、開発者がカーネルを開発するために使うのが普通だった。だから、遅すぎるGNOMEでも賢く見えた。
posted at 12:43:31
Windows XPLinux 2.6は昔から良い戦いをしていた。IEMozillaは、Mozillaの方が味のあるデザインをしていた。GNOME 2は、きちんと動く代わり、遅かった。Fedora Coreぐらいの時代は、Linuxの方が安定していた。
posted at 12:42:21
ただ、Linuxが不安定な原因は、信頼性が無いことだけではない。OSとは本当にたくさんのソフトウェアで成り立っているシステムで、その全てを作るのは、オープンでも、ブラックボックスでも、難しいのだ。オープンだから、まだ信頼性のあるものが作れる。MSだって、いつも不安定だった。
posted at 12:30:43
マイクロソフトは馬鹿に見えて、今からきちんと賢い会社になる。OSや.NETを安定化させるのが終わったし、革新性も終わったから、今からはきちんと社会インフラの担い手になる。誰もが簡単に使えて、困ることが無いOSになる。
posted at 12:13:05
ある意味、コンパイラや言語の開発は、まだ開発者が作っているから、まだ分かる。OSやデスクトップの開発は、馬鹿が作っているようにしか見えない。
posted at 12:07:57
オープンソースでも、誰が開発しているのか分からない方が、信頼性が無い。
posted at 12:07:09
ある意味、ブラックボックスでも、開発している会社がどこなのか、きちんと分かっていた方が、信頼性がある。
posted at 12:06:49
コードの信頼性だけでは足りない。参加者の信頼性が必要だ。
posted at 12:06:12
ある意味、Windowsには「マイクロソフトと言う会社がやっている」と言う信頼性がある。Linuxにも、そういう、「信頼出来る開発企業」の参加が必要だ。Linuxには、公開性や透明性はあるが、信頼性が無い。
posted at 12:05:27
Linuxの良い点は公開性であって、誰が何をしているのかが分からなくなれば、Linuxは滅びるだろう。すでに、危険の兆候は出ている。
posted at 12:03:22
本当の真実とは、嘘か本当かではなく、公開するか公開しないかである。
posted at 12:01:52
本当の愛とは、多様性である。多様性を維持し、多様性を実現する愛を信じなさい。
posted at 12:01:04
全ての自由な経験から、哲学的なことを分かっていた。人間のことを全員知っていた。
posted at 11:49:57
昔は、発想から何でも実現出来る人間だった。
posted at 11:20:34
それぞれの知り得る範囲を考えながら、超越的な発想をしていた。
posted at 11:00:11
社会モデルは、自分の信じる人間性をどのように実現するか、と言うものだった。
posted at 10:58:11
昔は、それぞれの見える範囲、知り得る範囲のようなことを考えていた。
posted at 10:57:46
昔は、世界の全てを解決出来る人間だった。最近は、それが一瞬で出来る分かっている人間に変わって、世界を導いた。
posted at 10:57:23