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「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

今日のこと - 2017-02-16

昨日と今日は、インタビューやテープ起こし、作業風景の写真撮影のことで、本当に忙しかった。
昔は、あり得ない考え方で国を考える。全員がそれぞれの文化を持つか、全ての国の文化を融和させることが理想だとか、そういう、あり得ない考え方をいつも書いていた。
目を良くするためには、離れたり近づいたりを、瞳の中で行うことだ。
滅ぼして、信じないと、人間は精神が良くなる。
成長するためには、信じないことだ。信じないのも、悪くない。
みんなのことが嫌いになった方が良い。僕は、好きで居たい自分のことが好きなだけで、みんなは好きではない。
もう神は信じない。全部神が悪い。これからは、信じない人間になる。
Adobeに金を払いたくはないが、Inkscapeを使ってみた感想では、ブラシが少なかったり、テキスト編集でフォントが足りなかったりと、残念ながら実用は出来ない。すでにInkscapeでイラストを描いたことはあるが、Illustratorを使わざるを得ない。
とりあえずまだ本の続きをやっているが、僕はもう少し違うことをやりたい。
人間は、親が嫌いになると成長する。
仕事には特別な技能が必要だが、僕はその特別な技能をつけたいと思う。何かのプロになれば良いが、特別な技能が欲しい。
賢い人間は悪い。賢い人間が賢いのは、悪いから、と言うことが多い。悪い人間が賢いだけで、自分は賢くない。そういう「怖い賢さ」を全部殺すと、頭の良い人間になる。
それから、みんなは、僕が嫌いになるより、みんなのことを嫌いになった方が良い。それから、頑張ってきちんとしなくて良い。僕は、頑張りすぎている。そんなに頑張らず、ゆるくやった方が出来ることもある。
自立と言うよりは、子供には一人、自由に出来る環境を与えて、自分で世界の中で行動し、自分で考える機会を与えるべきだ。そういう子供は、きちんと成長して、自立した大人になる。いきなり仕事をさせれば良いわけではない。きちんと自立した経験と行動をさせて、一つのことを継続し、勉強し、その上で自立させるべきだ。
最近分かったのは、会社にはあまり意味が無い。会社では、あまり意味が無い役割分担と納期を守るだけしかしないし、新入社員にはきちんと教えるが、結構何もしていない。自分の役割が与えられると、自分の仕事の役割があるから、休むわけにも、辞めるわけにもいかないが、金が貰えるのは良いが、会社は賢くない。楽とは言うが、格差は多い。平等の方が良いが、辛いのは悪い。
この書き方だと、Adobeに金を払わずにIllustratorを使っているように見えるが、会社の方では金を払っている。だが、家でも使いたいと思ったが、学生割引(一応僕は大学生)があっても、Illustratorは金がかかる。だから、Inkscapeを試した。僕が思うに、欧米の言語を使う人々は、Inkscapeでも使えるのかもしれない。だが、日本語のフォントが必要で、ブラシやパターンを自分で作らないような、僕のような見習いには、Inkscapeでバリバリに同等のイラストを描く力はない。
ちょっと、自分の会社に悪いことを言ってしまった。特に、今教えてもらっているデザインの先生たちに悪いし、役割分担を僕と一緒に頑張っているみんなに悪い。気分を悪くされたら申し訳ない。僕が言いたかったのは、「会社の仕事にはあまり意味が無い」と言うことだが、これもこれで悪いから、本当に申し訳ない。
僕は、今の会社や役割分担を否定しているわけでも、不満を持っているわけでもなくて、むしろ、自分のことを助けてくれながら、新しい経験をさせてくれて、自分の出来ないことを出来るようにしてくれて、そして「普通」が分かる環境、「普通」が経験出来る環境を与えてくれて、本当に感謝している。特に、病気のようなものも、この作業所に入ったおかげで、良く治った。楽しくて、何が大切で、何を考えないといけないのか、良く分かる。もちろんデザインの勉強も楽しい。会社やみんなに対するネガティブな気持ちは無いので、本当に申し訳ない。僕は、経済学のように「一般的理論」を考える前に、社会の現状と現実を良く知ることも大切だと思う。そこから、経済学を作っていくべきなのだと思う。
最近の僕の発見は、「言葉」を分かっても意味が無い。もっと「言葉の指す現実」を分かった方が良い。それから、「その時分かる」のは間違っている。もっと、「事前に分かる」ようにする。「具体的内容」より、「抽象的理論」を分かる。そういう風にすると良く分かる。だが、僕が日本語が分からないのは、むしろ、狂っているのが悪いから、狂わなければ良い。それから、僕は会社全般のことをけなすためにわざと悪い口調で言っただけで、本当はそういうことは思っていなくて、今の会社の役割分担や教育には、自分の未熟さを痛感しながら、誠意と尊敬をもってみんなとの仕事と学習に当たりたい。だから、むしろ、今こういう風に言ったのは失敗だったと思う。あとは、僕は子供のごろから「だ」ではなく「ある」と言う言葉遣いを使う。それは、この世界に何があるか、と言うことを確認している。