「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

今日のこと - 2017-01-31

自分は、昔から、理論的に全部分かっているが、最近はそれが出来なくなっている。
分かるのが怖いのは、パソコンが怖いからだ。昔、パソコンで方法的に分かっていたのが怖い。
全部、そういう風に、昔あったものが怖くなって、出来なくなって、分からなくなっている。
日本語が分からないのは、昔、完全に日本語のことを分かっているからだ。
だから、自分は、そういう多重人格のそれぞれの分裂要素を、融和すれば良い。
一度、パソコンを消して、パソコン以外のことで、方法や論理や考え方のことを分かれば良い。
みんなは、自分のせいで、コミュニケーションが出来なくなっている。それは、自然体験をすれば良い。
自分は農園にも行っているが、昔はガーデニングのようなことをしていた。
そういう、自然な体験で、神やマスターのように分かっていた。みんなも、自然体験をすれば良い。
トランプは、壁を作るぐらいなら、その手間と金で、砂漠に緑を作った方が良い。
植物を植えて、太陽光発電システムを作る。壁なんか、作らなくて良い。
トランプは、メキシコに壁の費用を払わせると言っているが、そこには、「相手が悪いから、相手に責任を負わせる」と言う「責任転嫁」と、「自分たちの問題は相手が悪いのだ」と言う「一方的決め付け」の論理がある。そこから見えるのは、「自分たちの方が偉い」とか「強い」とか言った、強者の驕りであり、「いじめられる方が悪い」と言う、「いじめの正当化」だ。
だから、みんなで植物を植えよう。みんなで、地球を大切にする。ここからは、環境保護の時代だ。
良く考えると、国なんか、それぞれ大きくて強ければ良い。経済も王も、自由で民主主義の方が良い。ものなんか、名前と考え方で分かれば良い。作ると変わるぐらいしかない。誰でもそれくらいが分かるのに、多重人格のせいで自分だけ分かっていない。何故か、王の方が出来るようになった。こう見えて、きちんと賢い世界にするために守っている。それは出来る。昔のことが分からない。多彩な思考と経験をした、全てが分かった思弁哲学者なのに、覚えていない。そこがおかしい。悪いものは要らないし、一度分かったものも要らないからそうなる。だが、僕はパソコンのことが好きだったわけではない。本当にこの世界を考えるために、思考の手段にしていただけだ。もう一度、現状のことを考えれば良い。現状より賢くなるのが良いが、「ビールは酒」で分かる人間が多い。その方が賢いから、僕はそろそろスタートラインに戻れただけだ。
むしろ、トランプは、そういう悪い人間に見えて、結構良い人間だから仕方ない。僕は、むしろ、トランプは放っておけば良い人間になると思う。普通の人間の方が、自分より悪く見える。そういう風になっているのだと思う。
ただ、トランプは悪い。大統領令のせいで、何も悪くない人間が入国出来なくなっている。アメリカは、混乱の末に崩壊するだろう。だが、トランプは、本当はアメリカのことなんか、考えていないのではないか?最初から、崩壊させたかったのではないかと思う。そういう人間にしか見えない。
自分が分かっていないのは、昔なんか、ただ世界を変えたかっただけだ。今から、もう一度それを考えた方が良い。世界を変える、と思えば出来る。環境を守るとか、右翼が悪いとか、自由で理想になるとか言っていたが、そういう右翼は忘れた方が良い。それは、今の悪い自分を正当化したいだけだ。どこにも、悪いものが悪いだけの人間しか居ない。そういう右翼が、きちんと世界を変えると良くなる。日本はそういう右翼だ。まともに見えて、まともなだけ、一番悪い国になる。最近の人をいじめるだけのアメリカの方が良い国には、見えないが。ただ、時代によって考え方は変わってくる。昔は、EUなんかアメリカ対抗で、アメリカになりたいだけに見えた。アメリカは、EUのような、合衆国のような、自由連合のような国だった。それぞれの個性を尊重して、多様性のある平和で悪いことをしない国だった。今では、日本がそういう国だ。アメリカの方が、悪い帝国になっている。僕が思うに、理想なんか、考え方次第、目のつけ方次第だ。それぞれの可能性を高めるために、独立することも、移民を排斥して、自分たちだけでやることも、みんなで一緒になって、それぞれの力を協力させることも、独裁者のように、賢い人間が考えることも、全部同じで、全部違うのだ。矛盾はしないが、場合によっては、同時に成り立たないこともあるのだ。何を成り立たせれば、何が成り立たないのか、考える必要があるが、それは高度な国では考えられない。複雑な国は馬鹿だ。時には、単純で強い国の方が、良いこともある。単純なドイツのような国にすれば、支配者がそれぞれの分野に応じて良いことが出来る。矛盾はしない。同時に成り立たないこともある、と言うことだ。
一度、プロセスを作り続けるのをやめて、きちんとゼロから、何が成り立つ時は何が成り立たないのか、何をすることと何をすることが矛盾するのか、のようなことを考えた方が良いだろう。民進党共産党に多い。そういう風に考えると、きちんと社会のことが分かる。
ある意味、トランプが言っていることも、おかしくない。移民に労働者の権利が侵害され、富や雇用が奪われているのは確かだ。EUの帝国主義は、ソ連に見える。だが、本当はその2つは、同時に成り立たないだけで、自由と言う概念からすれば、矛盾はしていない。だから、移民を受け入れない、その土地ごとに土着した、そういう合衆国を作る、と言う発想になる。ファシズムが自由だと言うことになる。だが、概念を実際の世界で同時に成り立たせるのも難しい。ソ連のように全部やっていると、破綻して崩壊するのは当たり前だ。
ただ、僕が思うに、自由で平等な共同体の帝国は作れると思う。だが、その一般的なやり方で間違えることもある。それこそ、いつも書いていたのは、そういうことを「現実的に、実践的に、どういう風に成り立たせていくか」と言う、「政治的やり方」だ。それをいつも書いていた。それによれば、きちんとみんなの意見を聞いて、自然に考えれば、どんな人間のどんな意見も正当性があることになって、全部実現出来ることになる。だが、今の僕が見て、それは全く不可能だ。すぐに間違いを犯して、何も出来ない国になるだろう。そして、アメリカやソ連のように、完全に崩壊するだろう。そういう考え方をすることが、そもそも間違っている。メタ思考のフッサールは、馬鹿だ。
ある意味、人間はどこかで気付くべきだから、成功し続けるより、失敗し続けた方が良い。失敗する中で、どこかできっかけを持って、どこかで気付くべきなのだ。いつも自分の出来ることだけをやっていると、何も分からなくなる。いつも出来ないことを分かっていた方が、賢くなる。だから、昔の方が馬鹿なのに昔の方が賢い。そんなに分かるより、色んなことをして、気付いた方が良い。気付ける人間が賢いだけだからだ。ピアノも、イラストも、気付ける人間が出来る。天才には、成功より失敗が多いものだ。
ただ、僕が思うに、失敗しない人間を馬鹿にしない方が良い。人間は、成熟する中で、自然に失敗しなくなる。本気で頑張っていると、99.99999%ぐらい、完全に失敗しない人間になる。明らかに、失敗なんかするわけがない人間が天才だ。だから、天才には、失敗する天才と、失敗しない天才の二種類がある。だから、失敗しない大人には、良いことがある。失敗する大人には、悪いことしかない。
僕は、それを「分かる天才」と「出来る天才」と言うことにしたい。みんなの意見を聞きながら心をコントロールし、常に振り回されないように、見失わないようにすることも出来る。そして、最初から世界のことを遮断して、暗闇の中で自分なりの考えを持つことも出来る。だが、その2人が目指していることは同じで、「この世界の地図を作ること」を目指している。だから、2つの天才が居るわけではない。方法は違うが、誰もが同じ1人の天才のパターンを生きている。そしてそのパターンは、人の数だけ違う。だが、遺伝子的なものではなく、見ている方向が違うだけだ。男と女と言っても良いし、理系と文系と言っても良いだろう。
みんな、それぞれ違う。それを良いと言う人も居れば、悪いと言う人も居るだろう。最近の世界は、それすら自由に言えなくなっている。昔社会主義に起きたことが、今は民主主義に起きている。要は、環境と状況の違いから、社会主義が最悪になっただけで、資本主義でも同じ状況になれば、社会は同じように最悪になる。昔は、多角的に感覚を考えていた。多角的にモデルから認識で思想のようなことを考えていた。僕が思うに、日本人は、明治維新以来、外国の文化や外国人のことを、何か良いもののように考えているところがある。明らかにアメリカは馬鹿だし、それは日本と同じだ。日本人も、日本人が馬鹿に見える。アメリカも、馬鹿な国だ。ある意味、同化せず、闘えば良い。同じになるのを拒否して、きちんと自分の言葉を率直に相手に言えば良い。そこから、民主主義社会に意味がないことが分かるだろう。ただ、トランプが悪いわけではないが、人を間違いへと誘うような煽り立ては止めて欲しい。平和な保守社会を維持するべきだ。大変動なんか、要らない。僕は、テレビが悪いと思う。だが、テレビを悪いと言う人間は少ない。人間は、「自分が分かるための環境と手段」は守りたいものだ。だから、悪いものが多い。トランプは、もっと相手の意見を聞くように心がけた方が良いだろう。その方が、相手が何を見ているのかが分かる。そこから、作戦を練れば、日本にも勝てるだろう。日本には、「相手を馬鹿だと思う」思い込みが多いが、トランプは、「自分を馬鹿だと見せる」戦術が得意だ。日本にはそれで勝てるだろう。日本は、アメリカの文化を奪っている、と言う主張をすれば勝てる。日本は、そういう、文化をコピーする、と言うことに、劣等感を持っている。だが、それで日本が怒って、トランプは負けるはずだ。
最近は、全部意味がないから、スポーツにも意味がない。オリンピックも大して盛り上がらない。プロ野球で優勝しても何もない。ある意味、テレビ的な成功と言うものに、意味がなくなっている。テレビのような、みんなが見ている中でのムーブメントのようなものは、起きない。全部ネットが悪いように見えて、古代人から見ると、ネットの方がまだ普通の世界だ。みんなでテレビを見て、みんなで同じ番組で盛り上がる、と言う発想は、本来おかしい。もっと、それぞれが村を作って、村と村の部族が戦うのが普通だ。それに、自由も悪い。ここから先は、「自由だから許される、と言う発想はおかしい」と言う世界になる。トランプが帝国主義をやるが、それは間違っていない。昔の古代人と同じだ。戦後にテレビと経済成長があった、その時代の方が、はるかに意味がなかった。何もしなくても楽だ。それが間違っている。本当は、村と村が土地と財産を狙って、戦い続けるべきなのだ。そこから王が生まれ、村が生まれ、国が生まれる。そうなると、正常な世界になるのだ。僕のように、自由な社会を考える人間は、むしろ、多い。僕は、時間と構造を作って、あらゆる社会を包括的な説明で考えていたが、こういう馬鹿は昔から革命家になる。それと国が戦って、どちらかが神となる。だから、こういう馬鹿がユダヤに多い。神になることが出来た人間は、神になる。それこそ、昔から、古代の文字がない時代から、こうなるのが人間だ。
自由にすると、戦って良い世界になるだろうか?確かに、馬鹿にすることも、賢くすることも、自由だから、賢い人間の自由にし、馬鹿な人間は賢い人間が分からせるべきだ、と言うのは分かる。だが、僕が思うに、支配者が良いことをすれば良い世界になるし、支配者が悪いことをすれば悪い世界になる。自由で良いことをすることも、悪いことをすることも出来るが、支配で良いことをすることも、悪いことをすることも出来る。そこで考えられるのは、「権利の平等」ではないかと思う。それぞれが、平等に出来るようにすれば良い。そういう意味で、自由と平等は同じなのだ。王と平等も、同じなのだ。ある意味、自由にしても、それで馬鹿な人間が一人しか出来ないように行動をふるまうなら、それは支配者と同じだ。それがナポレオンであり、レーニンだ。ある意味、平等にしたから出来なくなる、と短絡的に考えるのはおかしいのだ。平等にするなら、自分は王や東大と同じぐらい、出来るようになる。それがユートピアに見えたから、ソ連と言う国があった。
ソ連は、普通、洗脳するのを悪いと言うが、それは、分かっている人間が自分と同じように分からせているだけで、そんなにおかしくはない。誰でも、賢い人間がきちんと分からせると、賢い人間と同じように分かる。ブッダも、同じようなもので、仏教が一番洗脳する。だから、共産党のように、洗脳するものには、全て分かっている人間が多い。ある意味、僕の文章がそういうものだ。だが、僕は支配するより、自由にするせいで、同じになるのではなく、全く違うになる。それは悪い。コミュニケーションや意志の疎通が出来なくなる。それが、僕だ。
僕が思うに、ソ連はそんなに指導者の考え方と同じにするのがおかしい。いくらか違っていた方が、多様性があって、強くなるのが分かっていない。ソ連は、ソ連共産党の考え方と全く同じにする。だから、色んなところで描かれているように、ソ連の国民は全く同じ顔をしている。良く分からないが、人民がきちんと分かっているのを「良い」と報道する。ソ連はありえない。殺すべきに見える人間が多いが、本当は、もう少し分からなくすべきなのだ。そんなに全てのことを、「自由に分かる」のが間違っている。いくらか、戦争して、統率した方が良い。ドイツ兵はまともだ。きちんと統率して自由にすると、誰でも一番強くなる。最悪のドイツ兵が正しい軍隊だ。僕が思うに、ソ連は多様性が無ければ自然にレーニンが生まれないのが分かっていない。だから、人工的なコンクリートのような国になる。同じ細胞をコピーしても意味がない。同じ環境をコピーすべきなのだ。同じ知覚にするのではなく、同じ仲間と一緒の世界にすべきなのだ。それが分からなかった。レーニンを神とあがめるのは、レーニンから見て全く間違っている。
ただ、僕はみんなを同じにしたいわけではなくて、僕はみんなを自由にしたいだけだ。それこそ、自由の方が本当に良い。右翼の方が良く見える。左翼なんか、普通、悪いことをして反抗しているだけだ。何もしない右翼の方が良い。北朝鮮なんか、戦争で倒せば良い。それがアメリカ的だ。軍隊にしても、軍隊に入らなければ死なないし、北朝鮮のような国がのさばっているのは、日本がきちんと相手を狡猾に倒さないからだ。昔の自分が自由が好きだったのは、自分の環境を守りたかっただけで、今考えると、むしろ、いつまでもあのままで居る方が間違っている。みんなが馬鹿なのは仕方ない。もっと、自由な世界を終えた後の人生、と言うものを考えた方が良い。
あとは、社会学のようなものが分かっていない。ある意味、客観的に考えながら、分かる範囲を分かるようにして、「社会を作る手段」のようなことを考えれば良い。そうするときちんと分かる。むしろ、神はもう死んだ。ソ連を分かったせいで、もう、全部分かった。神は死んだ。そして、自由に考えれば良い。自由な人間が、みんなを自由にすると、みんなも自分と同じように出来る。オープンソースだと思えば良い。個人でも会社でも、ソースコードは自由に使って良いが、成果は共有して欲しい。それと同じだ。自分が出来ることを、他の人間にも認める。そういう、キリスト教のような自由が一番正しい。そこから、世界のことを「驚きとともに実感する」ことで、全て、真理と可能性の原理を知ることが出来る。経験から可能性の原理が分かる。あとは、自分は他人との関わりが無さ過ぎる。昔から、ネットは見るし、色んな良い人間と絆を培ったが、それは匿名だった。ネットに意見を言うだけで、何も見ないのはありえない。もう少し友達を作った方が良い。僕の行っている作業所では、障害者の方が働いているが、この際それらでも良い。だが、むしろ、つまらない。この文章を書かなくなると、社会との接点が何も無くなる。怖いどころか、怖くない。何か、日本語をまだ分かっていたいのだと思う。知り尽くすことは、もう出来ない。人々のことなんか知りたくないし、テレビやネットも見たくない。知り尽くしていた昔は賢かったが、今の僕は、僕しか見えていない。自分のことだけで、精一杯だ。他人を助ける余裕はない。そして、自分のことだけが好きだ。自分で自分を愛している。レイプ画像魔でも、露出狂の裸陳列者でも、ヤリマンでも、変態オタクでも、僕は僕が好きで、自分自身が好きだ。
僕が思うに、自分が良くて、勝って、他人が悪くて、負ける、と言う関係は良くない。相手も良くて、自分も良い、そういう関係が良い。右翼が多いのは、おそらく、誰でも勝っている人間がかっこいいからだ。強者が勝つなら、良く見える人間が、昔多かった。僕が思うに、勝者なんか、何もかっこよくない。悪いだけだ。僕のように、適当に自分だけみんなより賢くなると、意味がないのが勝ち負けだ。勝ちたい人間なんか居ない。賢い人間は、勝ち負けに参加したくない。だから、右翼が馬鹿に意味がない人間になる。戦いなんかしない方が良い。僕は、みんなと社会の中で戦いたいとは思わない。自由な中で戦いたい人間は、おかしい。僕はテレビは嫌いだが、生意気なことを言うようだが、これでも僕はテレビと仲良くやりたい。テレビは、愛されているのに嫌われているから、怖くなっている。レディーガガと同じだ。トランプは、戦って勝っても面白くないのが分かっていない。ある意味、戦いにも意味がない世界になるだろう。イスラム教国が、「戦いには意味がない」と宣言すれば良い。ただ、イスラム教国が勝つ意味もない。全く、アメリカに勝ちたくない。トランプが勝手に勝てば良いが、それでみんなはトランプのことを無視するだけだ。トランプの問題は、差別を人格や自由意志の否定だと思っていないところだ。トランプは、差別を正当な区別だと思っている。この点では、自分も良く分かっていないところがある。人を見かけだけで差別するのは悪いが、そういうところがトランプには分からない。ある意味、トランプのような差別主義者も、本当に悪いわけではない。おそらく、トランプは自分に良い人間のグループに所属していたいから、みんなと同じように扱われたい、と言う欲求がそもそも分からない。そこが、おかしいのだと思う。ただ、みんなと同じように扱われないのは、寂しいものだ。多様性を受け入れる、と言う以前に、平等になってほしい。
ある意味、トランプのような差別主義者が多いのは、アメリカが多様性を重視する社会である、と言うそもそもの社会前提に問題がある。黒人やヒスパニックを同じように扱わない人間なんか、普通に多い。イスラム教徒は、テロリストの同類に見える人間の方が多い。だが、「多様性」と言う意味で、人種差別を撤廃しようとする。そこが、矛盾しているのだろう。本当は、それぞれの生存圏を区分けして、それぞれのグループが差別なく生きられるように、独立政府を作るべきなのだ。トランプが、心の底で分かっているのは、そういう独立政府を作って、イスラムイスラムで生きてほしい、と言う、「新しい平等」のような発想だ。だが、人種差別は良くない。本当に、この世界の全員が同じになれるような、そんな「融和の理想」こそ、本当の理想なのだと、思うわけである。
人種差別は、戦争、死、不自由、そして不当な優位性の主張など、様々な諸悪に通じている、「悪へと通じる道」のような悪だ。トランプは、それが怖くないのがおかしい。本人は、正義を持ってこの世界の全員を平等かつ自由に分かろうとしない。分からなくて良いと思っている。だが、差別は怖いが、本人が悲惨なのかもしれない。今まで、金持ちの経営者として、特別扱いしか経験してこなかった。それが、彼を差別へと駆り立てるのかもしれない。ツイッターが好きなのは、みんなと同じ、馬鹿な人間として、みんなと付き合えるから、なのかもしれない。僕も、過去に民族主義的な文章を書いていたから、他人事だとは思えない。トランプは、差別をして民族のことを分かる人間になると思う。
人種差別の怖い点は、自分の民族が相手を嫌うだけではなく、相手も自分の民族のことを嫌いになる。相当な覚悟と自信が無ければ、出来ない。だから、止めた方が良い。日本と和解したように、仲良くやれば良い。メキシコがどんなに悪くても、仲良くやるべきだ。それが出来ないのは、仕方ない。だが、相互理解の努力はしなければならない。ただ、一方的なレッテルで分からなくなるだけではない。一人の国民として、外国と仲良くし、相手のことを理解する義務のようなものがあるだろう。その、「国民的な和解と協調の信念」を失っている。それがトランプだ。
ただ、トランプは、むしろ、分からないわけではなくて、利用している。みんなが平等に扱うのではなく、「トランプが平等に扱う」ようになっている。それは、過去に平等に扱われなかった、「この世界に対する、平等に扱われなかったことへの、不信感」がある世代にウケている。トランプだけが、自分たちを平等に扱ってくれる。これまでの人生で出会った社会には、そんな人間は居なかった。だから、トランプ支持者に支持されている。そのために、選挙戦で言っていたような、人種差別的なスローガンを掲げ、声高に叫んでいる。そういう、「ナチのような平等」をやっている。だから、僕のようなLinuxファンに、トランプ支持者が多い。
そういう人間は、悪いことを言った方がウケる。世界と戦いたいだけだ。日本の2ちゃんねると何も変わらない。そういう、右翼がどんどん増えている。愛国心があるわけではなく、逆に、今までの社会に対する不満のようなものを全部ぶつける。だが、知識人が見ると、そういう不満は全部当たっていない。みんな、今のアメリカが悪い国に見えるが、アメリカは良い国だ。トランプ支持者は、そこが分かっていない。今のアメリカは良い国で、すでに偉大で、何も問題はない。辛い人間は、自分が悪い。
ある意味、トランプは保護主義的な経済政策はまともだ。雇用を増やして、貿易赤字を是正し、メキシコや中国や日本の製品に関税をかける。日本に良く居る、「食料自給率」と言う人間と同じだ。オヤジにも若者にも、そういう風にしたい人間が多い。保護主義こそ、経済を強くする、と言う主張は、安倍に対する共産党の意見にしか見えない。トランプは、そういうところがまともだから、下層民だけではなく、富裕層エスタブリッシュメント民にもウケている。だから、学者も馬鹿とは言わない。トランプの経済政策は、自立で、生産者の「生産力」そのものを強くする。アベノミクスと逆だ。トランプは、悪くないだろう。
これでは、いつものアメリカが分からないが、アメリカは冷戦以後、大きな政府と小さな政府、自由貿易保護貿易の対立が続いてきた。いつからか、イスラム圏と戦うようになった。そして、資本主義での矛盾が大きくなってきた。黒人の大統領であるオバマは、核兵器を無くすことは出来なかった。今のアメリカは、どうなっているのだろうか?本当にトランプ支持者が多いのか、あるいは、トランプを使って遊んでいるだけなのか?僕は、アメリカのことは分からない。だが、ITのことなら結構良く分かる。最近のWindowsは馬鹿だが、昔のITは良かった。
みんなが忘れているのは、「金は無意味だ」と言うこと。金を稼いでも、生活が出来るだけで、有意義なことをしているわけではない。ここで注意すべきなのは、「仕事は無意味ではない」と言うこと。仕事は、それぞれのやりがいとアイデンティティとして、あった方が良い。だが、金を稼ぐことは無意味なのだ。最低限の生活が出来るなら、老人になる前に、やりたいことをやりたいものだ。最近、作業所で働いて、給与を得ているが、金は無意味だと言うことが分かる。だが、「ネットも無意味だ」と言うことが、さらに分かるだろう。
精神は、治るようなことをすれば治る。今までを引きずっているのが悪い。
最近は、極限まで治して、書いて、学習して、続いていた。この宇宙の全てを作り、病気を治した。いつまでも、全て分かった上で、宣言し、導き、極限まで永遠に続く人間だった。
良く考えると、ホルモンを出せば良い。細胞を活性化させるホルモンを出すと、精神が治る。精神は、細胞全部にある。
自分は、この文章をドイツ語のように書いているが、話している言語はむしろフランス語だ。神が、フランス語のように話す。クレバーな言語と言うだけで、フランス語には見えない。これではドイツ人にしか見えないだろう。
ある意味で一番良かっただろうことは、ネットが自分のことを受け入れてくれたことだ。ネットの体験とコミュニティでの活動から、色んな新しいことが出来た。みんなは、そのために右翼になっているが、右翼ではない。きちんと、スラムの経験で分かった。世界の全てを見る、「眼力」のようなものがあった。それを、目覚めと言う。
ある意味、自由な社会との関わり合いから、判断基準がついて、社会をどうすれば良いかが分かった。弁論から、善悪まで、社会経験で分かっていた。