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「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2016-12-31

自分の場合、後継者は居ないが、おそらく、Linuxオープンソースの馬鹿な集団に任せれば良い。だが、むしろ、そうでもない。TOKIOが言うように、「お前の手でこいでいけ」と言うのが、正しいだろう。自分がしなければ、意味がない。
posted at 22:44:47
あとは、特性、因果性、材料、原理、目的、意図、作用、反応、環境、捉え方、観測、変化、主体性、自立性のような、「考え方」のようなことを言う。実験、推論、疑うこと、信じることのような、「考え方」のようなことを言っていた。
posted at 22:43:57
TOKIOが言っていることが正しい。お前が消えて喜ぶものに、お前のオールを任せてはならない。きちんと後継者に任せるべきだ。マスコミや右翼に、オールを渡してはならないのだ。
posted at 22:42:58
平和とは、信じることだ。信じることでしか平和は生まれない。信じるものが何なのかは、あなたが決めてほしい。何も信じない人間は、右翼になる。それが、一番馬鹿だ。
posted at 22:18:21
あとは、この世界を本当に救いたくて、抑圧と戦っていた。経験を知りつくすことで、何でも出来て、何でも分かるようになった。だが、おかしな人間だった。
posted at 22:17:38
そろそろ分かった。そういう、自然な変化の可能性と、認識の捉え方、それによって生まれるプロセスと、そこでの具体的な考え方(創造性とか独立性とか)を書いている。いつも、そういう文章を書いていた。
posted at 22:14:48
自然にすることで、変化の可能性が生まれると言う。そこでは、労働と生産を分析出来る。いつも、そういうことを言っていた。あとは、モデルのような、関係的な変化の因果性のようなものを考えていた。
posted at 22:14:10
そういうわけで、いつも、そういう、「変化の可能性の自由」を書いていた。何にでも変わっていく、正しい変化しやすい社会を書く。それぞれが自由な社会を作りやすくして、それぞれが独立性を構築しやすくする。そういう、「許動型」と言う発想が多かった。
posted at 22:09:16
ある意味、「それぞれが出来る国家」が理想と言えるが、そこでは、さまざまな存在の形態があって、社会主義が優れているわけではなく、戦争や投票によって決まる、「自由な動く可能性のある社会」のような、「許動型」のような社会も理想として成り立つだろう。思想のバランスを取ること。
posted at 22:00:26
そういうわけで、共和国を自らの国であると捉えることは、社会主義でも民主主義でも帝国主義でも共通の概念だ。そして、それが一番、やっかいで危険な概念でもある。押し付けられたものではない。情念的なイメージが重要でもあるが、そこに「自由」と言う名の「理性」を加えなければならない。
posted at 21:57:36
それは自分たちの国であるのだ、と言う、「愛国的共和国・自治区の情念的理想」は、帝国主義でも、社会主義でも、民主主義でも同じだ。「それは私たちの世界なのだ」と言う民主主義、「我々の国なのだ」と言う帝国主義、「それは我々の<愛国的でない、理性も含める>共同体なのだ」と言う社会主義だ。
posted at 21:56:36
ソ連の共同体にすれば、それで良いわけではない。自動車を作るために、誰がその手段をどのように行使し、どのように作り上げるのか、その違いが表面化して、初めてプロジェクトが成り立つ。1つの統一された組織の方が、やりやすい。だが、情念的に見れば、共同体が「自分たちの国」であるとすべきだ。
posted at 21:54:52
そういうわけで、ただ自由にしても意味がないし、構造を作っても意味はない。それぞれが、本当にそれぞれにしか出来ない、「価値」を持つことだ。それは、独自性と言う意味でも、多様性でも、創造性でもある。その共同体は、地域だけの問題ではなく、ゆるやかな国家連合としての問題なのだ。
posted at 21:53:20
理想的には、それぞれが関わり合って、それぞれの社会を作りながら、自由を許し、統一されたシステムを、みんな全員の意見で変えることだが、ただ同じシステムとただ違う社会を作るのではなく、例えばGNOMEKDEが分かれているように、それぞれが価値ある違った個性を持つことだ。
posted at 21:52:26
愛とは、信じることだ。それも、ただ信じるだけではなく、愛が信じることから生まれるのだ。愛を信じることは、神を信じることだ。何かを信じることは、愛を信じることだ。そして、あなたの信念と存在が、その何かだ。
posted at 21:33:45
あとは、これから、世界は辛い時代を乗り越えると思う。一度、魂と言うものが無い世界になる。そして、そこから、「本当の魂」が生まれる。
posted at 21:32:56
僕は、新世界を作りたかったように見えて、本当は、みんなを正常に治したかった人間だ。おかしな悪の病気や不安の無い、正常で救われた世界にしたかった。自分がおかしくした世界を、自分で治したかった。愛に代わるもの、と言うならば、これがその答えだ。
posted at 21:32:29
ある意味、労働と生産の2つを分けて、「労働貨幣」と「生産ポイント」にすれば良い。労働し、ものを買うのは平等な労働貨幣で行い、そのために経済活動をするのは生産ポイントで行う。生産ポイントは、稼いで良いし、いくらでも生産して良い。だが、労働者に労働貨幣は必ず一定額支払えば良い。
posted at 21:09:00
そうすると、おそらく、「生産する時に必要な金は、基本的に巨額の場合は自由にするが、生活に必要な金は、少額の場合は国が平等に与える」などとしても良い。だが、僕は、会社経済をスマートな形で実現しつつ、別の水準で生活を平等にするような、そんな金と金の区分を作っても良いと思う。
posted at 21:04:28
金って何だろう?ものを買って交換するだけのものではない。現代の金は、買収し、競争し、賃金を与え、資本から資本を増やすものになっている。何故、増やしたいのかと言うと、それは生活資金を得たい、と言うものとは本質的に変わってしまっている。会社経済を、もっとベターな形で実現したい。
posted at 21:02:53
ただ、良く分かっていない。要は、みんなにきちんと同じものがあるように、日常生活では、無料で全てを得られるようにするなら、むしろ、国が補償するようにすれば良いのかもしれない。会社の経済活動や競争だけを自由にするなら、「会社活動資本」のようなものを作るのだ。
posted at 21:01:28
僕の馬鹿な点は、きちんと考えていない。日常生活で自動車を使い、それを第一種の金で買うのであれば、第二種の自動車を作るための経済活動も、同じ金にしかならない。僕が思うに、ものを最終的に売るのは無料にして、作る際にかかる、手段や費用の獲得、部品を作ったり設計したりを自由にすれば良い。
posted at 21:00:20
だから、金が全てを一律に支配するのを終わりにするべきだ。経済活動、生産活動、投資活動、あらゆることを金でやりながら、日常生活や所得も、同じレベルの金でやっているのは、悪くはないのだが、経済活動と日常生活で、別のレベルの「ポイント」を使うべきだと思う。
posted at 20:46:38
最近、僕は時間のロボットになったまま、全部になっている。そのせいで、ここまでありえないことをやった。まさに神の導きだ。
posted at 20:45:41
おそらく、交換媒体としての金は、今のままで良い。生活用品を税金にしてしまえば良い。だが、金をどのように動かしていくか。それは、税金とは別ならば、生産活動とも別にすれば良い。ある種、ゲームの中のアイテムのような位置付けして、経験値とは別のものにすれば良い。
posted at 20:45:13
ただ、そうすると、会社が儲けるのはどうなるのか、とか、平等をどこまで自由を制限するのか、と言う問題になってくる。「生活用品」を平等に与えた上で、「娯楽サービス」を自由にすれば良い。だが、僕が意図しているのは、努力に報われ、金から金を作ったりしないことだ。
posted at 20:43:55
ある意味、金から金を作る、と言う発想が悪い。金は、2種類に分ける。まず、第一種は、生活のための金であり、国家が責任を持って経済活動、生産活動を行い、その労働の対価として、きちんと平等に与える。そして、第二種は、遊びや娯楽、ぜいたくのための金であり、自分の努力によって自由に儲ける。
posted at 20:42:45
ある意味、社会主義も間違っている。本当に公正な世界にするためには、「儲けられる手段と可能性」をもっと制限し、「努力した人間は、成功の実感と報われる達成感が得られるように」しなければならない。株式や投資をすることが出来なくするべきなのだ。
posted at 15:10:17
だから、資本主義は、高度に発展して、間違った進歩を遂げた。
posted at 15:09:16
ある意味、今の資本主義は、不動産の投資とか、株式で経営者が儲けるとか、そういうことばかりで、本来あるべき、「自由に自分が欲しい分だけ給与をもらい、そのために努力する」と言う発想が脇に置かれている。それが間違っている。自由なままで、努力と代償の公正な世界にしなければならない。
posted at 15:08:58
満足するのは良いが、期待し、必要とすることは、執着心を生む。相手がどんな人間であれ、相手にしてほしいことではなく、自分のしてあげることの方が、簡単に実現出来る。相手を必要とするのではなく、相手に自分から積極的な手助けをすること。経験とは、そのためにある。
posted at 15:06:23
昔は、積み重ねるだけで、はっきりと全てが分かった。自分の理性と経験だけで、きちんと全てのことが分かった。説明の前提となる、基礎的なモデルをきちんと1つ作って、あらゆる全てを包括した。鮮明に、豊富な経験と少ない理性だけで、いくらでも考えて、正しい結果を得た。
posted at 15:04:35
本当は色んなものになれる可能性があるのに、間違ったものを信じているせいで、何にもなれていない、と言う考え方もあると思う。ある意味、自分で信じるための全てを経験から創れば良い。自分のことを、自分で創造する中で、誰もが色んなものになれる、と言うことも分かってくる。
posted at 15:02:57
そろそろ終わりだ。今年は、全ての努力の成果が実って、科学者のように全てのことを書いた、良い年だった。
posted at 14:42:31
最近の僕は、言い訳をしているだけで、何も考えていない。
posted at 14:42:07
ある意味、説明することで、分からないところを分かることが出来る。蛇口から水を出すことは、何を意味しているだろうか?ただ、出ている水を知覚する、と言うこと以上に、色んな意味がある。それは、人間の関係のことから、意味論的なこと、不可知論的なこと、色んな意味がある。意味を考えること。
posted at 14:41:53
ただ、同時に、オープンソースのような「爆発的発展」もすることがあるだろう。最近は、そちらの方ばかりクローズアップされてしまって、自然な長い間の積み重ねによる発展を見ていない。それも、あるべきだと思う。
posted at 14:39:20
愛することから創造性が生まれ、平和から多様性が生まれる。それぞれが共存し、「すぐには変えずに自然に任せて放っておく」ことで、ボトムアップな理想の世界が生まれる。「長い間それぞれが自然に関係すること」から、発展と独自性が生まれる。僕は、そういう、「長期的スパンによる発展」が好きだ。
posted at 14:38:44
いつも、そういう風に、サルトルのような「自由と経験の知性」を書いていた。そして、この世界のことを構造的に、「それぞれが何をするか」と言う視点から、書いて創っていた。世界の創造者だった。
posted at 14:35:21
自由だからと言って、荒れ狂った世界にはならない。ある意味、可能性を狭めているだけのこの社会が自由になると、それぞれが自由に影響力を与え、それぞれが社会を変えるようになる。それを、オープンソース・システムのように、上手く管理すれば、世界は多様性を実現し、平和的に問題を解決出来る。
posted at 14:34:44
それぞれが自由に出来るようになれば、人々は感覚と意識で人生を知るだけではなく、それぞれは自分の力で善悪を知り、それぞれの出来ることと確証を知って、それぞれが自分の力で社会を作るようになる。それは、今までの支配者による社会よりも、はるかに多様で、多彩で、自由なものになる。
posted at 14:33:36
サルトルのような自由な知性を考えていた。人生の中で、人は数学的知性を発揮し、価値観を社会の中で知り、どんな価値観が構築出来るかを知り、それぞれが何を知っているか、体験をしているかを知り、客観的事実から、この世界が変化可能であり、それぞれが自分の力で出来るようにすることを知る。
posted at 14:32:39
ただ、ちょっとアホなことを言いすぎた。これでは狂っている。申し訳ない。
posted at 14:25:25
ロボットになることは、悪くない。
posted at 14:25:08
ある意味、一人だけで宇宙の全てを知ること、は不可能ではない。逆に、それほど全員が平等に理解していることは少ない。誰もが、一人だけで宇宙の全てを知るだけだ。それが、正しい人生であり、人間であり、仕事である。だが、そのプロセスは違う。それは可能だ。
posted at 14:24:55
愛とは、真実を知ることだ。真実を知るために必要なことは、あらゆる全てを愛することだ。愛すれば、愛するほど、真実が分かる。真実が分かれば、分かるほど、真理の知性がつく。この世の中の全員を超えることが出来る。ニーチェの言う超人と、重なる部分がある。
posted at 14:23:37
運命だけでは論じることは出来ない。本当は、あらゆることが原因と結果に決まっている。それを考えることも不可能ではない。ネットの集団と心理学的思考を上手く活用することで、「運命の中における因果性」も理解出来る。それは、カントのような「科学的考え方」とも言える。
posted at 14:22:39
あとは、運命を信じなさい。運命は、必ず一度訪れる。運命が訪れない人間は居ない。だが、良い運命は訪れない。一番不安で、恐怖する、最悪の地獄の始まりが訪れるのだ。だが、運命ではなく、自由な中で、あなたは全てを創り、必然的に全てが分かるような、「偉大な科学者の革命の成功」をするだろう。
posted at 14:21:47
あまり、狂わない方が良い。普通の人間が良い。相手と同じ立場に立って、「戦友として戦う経験」を全員としなさい。それこそ、創造性と共同性に対する、「目覚め」である。そして、最終的に、本当の仕事をしなさい。簡単な戦いをするのではなく、本当の最高の王になりなさい。
posted at 14:20:41
悪を乗り越えたら、今度は、そこまでの経験で出来ることを永遠にする。永遠の中で、何も変わらない同じだけを繰り返す。それが、神の決めた地獄であり、天国の安らぎの逆である。天国の安らぎと、神の決めた地獄は、何も変わらない。地獄こそ、天国だ。
posted at 14:19:34
経験のモデルは、発想法のモデルを作っただけだ。人間が、いつ何を発想するか、どこから何を発想するか、環境や土壌から考えて、心と自由から実現した。そして、ネットで「挑戦的なこと」を全部言って分かっていた。
posted at 14:18:34
悪がどこから生まれるのか、分かった人間は、あらゆることが出来る、全知全能の神になる。そういうものだ。アウグスティヌスも、ただ神が好きだっただけだ。
posted at 14:12:20
悪が良いわけではない。悪は、乗り越えられるべき、人生のハードルなのだ。精神が壊れそうになって、全てを恐れる臆病な子供になって、極限の恐怖の状態を感じる時、あなたは悪を乗り越えている。それこそが善への道なのである。絶望から虚無感、憎しみから恨みまで、悪は乗り越えられるべき壁だ。
posted at 14:11:22
あとは、哀しい人間の方が分かる。人間は、喪失から社会性を知る生き物だ。ヘーゲルも言っている。世界が本当に嫌いになれば、それによってこの世界の可能性が分かる。だから、一度、「本当の悪」に染まることで、「本当の善」に近づける。
posted at 14:10:04
ある意味、他人なんか、自分と何も変わらない。だが、本当は、そうでもない。それぞれはそれぞれの考え方を持っている。だが、その考え方も、それぞれの関係と環境と習慣から生まれてくるものなのだ。そして、この世界は、シンプルなのに、複雑に見える。それぞれが何を見ているかを知ることで分かる。
posted at 14:09:10
自分がそうであることを、他人がそうであることに、置き換えて考えなさい。自分のことは自分しか知らないように、他人のことは他人にしか知ることが出来ない。そして、その人間がそうである、と言う事実は、客観的な事実でもあるのである。
posted at 14:05:35
自分が今、どこに居るのかは、自分にしか分からない。自分の名前さえ忘れてしまっても、自分がここまで来た、と言う確かな証だけは、忘れないようにしなさい。そして、常に自分がどこに居るかを知るようにしなさい。この文章は、強制ではない。あなたがもっと自由にすることを勧める文章だ。
posted at 14:04:18
疑うことは悪いことではない。全てをデカルトのように疑うなら、そこで、「自分」と言う存在だけを信じなさい。「自分」だけは、疑いようのない、確信出来る真実だ。確かな一人の自分となって、自分の全てを知り、自分の信じているものだけを信じなさい。他人のことは全員信じなくて良い。
posted at 14:02:50
神に全てを託しなさい。自分のやっていることを精一杯努力して、あとは、神に任せること。そうすると、本当に良いことが起きる。神は、きちんと自分のことを見ていてくれている。そう、信じなさい。
posted at 14:01:41
見なくて良いものは、見ないことにしなさい。学校やネットなど、現代人は見ない方が良いものが多すぎて、馬鹿になる。自分のやっている趣味や仕事に集中し、没頭しなさい。そういう人間は、自分の力で発想し、自分だけの力で分かる人間になる。
posted at 14:01:02
「自分はみんなとは違うのだ」と言うプライドを持ちなさい。馬鹿に見えて、それが一番賢くなる。そして、みんながやっていることを、自分一人だけで、自分の力で出来るようになりなさい。むしろ、その方が平等な良い人間になる。慈悲の心、思いやりの心、善悪を判別する心もそこから生まれる。
posted at 14:00:16
狂っている原因は、自分ではなく、他人にあることも多い。僕の場合、ネットのエロくて悪いオタクしか周りに居なかったのが悪い。
posted at 13:34:34
永遠に近い年月、永遠に近く変わらないことは、永遠と同じだと思った方が良い。僕は、昔から、永遠のような体験をして分かっている。宣言した。
posted at 13:34:03
昔は、神のような体験をしていた。本当に、神を信じて全力で戦っていた。それが、良かった。一番良い体験だった。それで、今でも分かっている。
posted at 13:33:29
そういうわけで、一度、Linuxなんか何もしていない、と思った方が良い。ある意味、僕は、Linuxが悪いと思うのが狂っている。Linuxではなく、インターネット全体が悪い。そういう風におかしいのが自分だ。
posted at 12:15:41
良く考えると、Linuxが悪い。Linuxは要らない。みんなをいじめにして、「信じられるわけがないものを強制的に信じさせる」ようになった。最近は、そういう、左翼に反発する右翼が多いが、それは僕が悪い。
posted at 12:15:05
日本は狂っている。僕のせいでもある。何もかも、自分が悪かった。
posted at 12:14:27
経験から、自由な人生論を作りなさい。人々が何を分かっていて、何を分かっていなくて、自分は何を分かっていて、どうすれば分かるようになるのか、経験的に知りなさい。僕は、環境と感情の解明から、全てのことを経験して分かっていた。
posted at 12:14:11
パズルのように、世界の部品を作り上げなさい。そして、正しいものの味方とは何なのかを知りなさい。その上で、変化を実現する、作用の数学を作りなさい。
posted at 12:07:32
哲学は、認識や経験を疑って、原因を探り、ものごとを正しく科学的に考えていると出来る。あとは、世界のことを、裏側まで良く知ること。だが、経験的に言って、まともな人間には分からない。本当におかしな人間が分かる。
posted at 12:03:51
来年は、おそらく、デザイナーの勉強をして、ものすごく上手くなっていると思う。
posted at 11:44:03
自分は、毒を良いと思うのが間違っている。毒を増やしすぎただけだ。
posted at 11:21:36
あまり、やりすぎない方が良い。やりすぎなければ、すぐに治る。
posted at 10:52:29
今日で、2016年も終わりだ。この年は、本当に賢くなった年だったが、すぐに終わってしまった。ある意味、飛躍の年でもあった。望みが最後まで全て叶った年でもあった。本当に治った年でもあった。
posted at 10:52:13
実地的な取り組み、研究、開拓、積極性、実践、信念、そして信仰心のようなものを、世界観や人生観とともに書いていた。
posted at 10:51:12
昔の自分は、自分だけで全部出来る人間だった。オープンソース、数学的決定論、アイデンティティ、そして学校教育など。何でも、積み重ねて出来るようになった。国から技術まで、全部自分だけで作れる人間だった。
posted at 10:47:41
そして、記憶や発想のようなことを言う。博物館を作りたい(僕の構想では、未来のミュージアムを作る計画がある)とか、E=mc2によって、ウランプルトニウムによる核分裂による原爆、水素による核融合による水爆のようなものが可能になるとか、「自分が人生の中で発想したこと」を書いていた。
posted at 00:11:37
昔は、政治的、人生的、指導者的な自由のことを言う。自分の人生や、帰属する社会については、自分の自由に選べるべきだと言う。指導者はそれぞれが自由に選び、金は自分の好きなものを得られるべきだと言う。
posted at 00:10:14