「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

今日のこと - 2016-09-08

昔は、行動、体験、社会、支配、理性、人生など、自由な部分を全部書いていた。
それで、歴史や社会の世界観を、全部、可能性の全てのように、作っていた。
実地的に世界を知って、良い世界にする方法を考えていた。
間違っているのに先に進むのは良くない。分からないまま分かったフリをする。
きちんと出来た上で、先に進むべきだ。
自分は、子供のフリをするのは止めた方が良い。それで怖いことを書くのが怖い。
戦争は、相手の王を降伏させれば終わりだ。革命も、民意で王を処刑すれば終わりだ。
ある意味、王は一番悲惨な職業だ。
自分の文章は、真善美を体現している。真実で、善くて、美しい。
宇宙の意識は、感覚で分かる。
価値観や信念は、自由な中で生まれる。可能性の1つだ。
宇宙的に言って、人生には、開拓、自由、真実、正常さがある。
そのどれかになって、変化を繰り返す。それが、人生だ。
神が居るように見えて、この世界で自分のことを全てやっているのは、自分だ。
生まれる前の自分が考えたこと、体験したかったことを、魂のレベルでやっている。
達成すると、次の課題を試す。学校のようなものだが、体験的に自由だ。
最近は、ありえない方法で自分を治していた。「どうやったら治るか」を考え続けた。
治るまで永遠に考える。本当に、永遠のように最後まで知性の構造を考えて発見していた。
国民の自由な国を作りたかった。
本当は、宇宙は神で、神は星々の力を使って考えている。地球の生命は、何かを実験している。
植物細胞と動物細胞は違う。炭水化物は変化なんかしていない。そういうところが分かっていない。
支配は、自分に出来ることをやっただけだ。自分にしか出来ない王をやりたかっただけだ。
世界は良くなったからそれで良い。そのせいで、左翼が悪いだけに見えるが、みんなが悪いだけだ。
昔は、賢く必要な点だけを考えて、全部積み重ねた。
最近は、全部作って、全部考えるようになった。それが、一般的思考の普遍的文章を書いた。
みんなも、自分と同じように、「考える機会」があれば分かると思っていた。
理性的に、自由な組織と協力から、社会を作るような、そういう「抽象的・社会的思考」が多かった。
神は、一番馬鹿な人間に訪れる。分かっているのに馬鹿になると、本当に訪れる人間が多い。
全部意識で把握して、支配していると、治らない。そのせいで何も起きなくなった。
足は、普通にしていれば、すぐに治る。
ありのままを見て、普通にしていれば分かる。
人間なんか、普通、見ているだけだ。そういうわけで、見ているだけで分かる。
太陽も生きているとは言うが、人間と同じように生きているわけがない。
明らかに、宇宙は、人間とは別の形で生きている。
そうでなければ、存在している意味がないから、それが正しい。
巨大だが単純な、爆発しながら何かを作る、そういう生命が生きている。
神とは言うが、神はそういうものが話している。
自分は、ここまで頑張ったせいで、神が全部教えた。
神は、「生きる」と言う活動の全てを体験的に教えている。
対話と言うよりは、全ての力を使って、自分の人生を良くしている。
あまり意味がないが、作家を頑張ったからそれで良い。
自分は、もっと新しくなれば良いのが分かっていない。
今の自分が悪いから、昔の自分になるのではなく、もっと新しい人間になれば良い。
日本は、ドイツと友好すると良いだろう。
ドイツは、ファシズムから甦って工業国になったから、同じだ。
自分は、ソ連とか、ドイツとか、神とか、そういうものを全部自分の話だと思うのがおかしい。
そのせいで分かっていない。ドイツはドイツだ。
普通、ソビエト兵なんか、キモイだけだ。そういうところが分かっていない。
あとは、宗教なんか信じない方が良い。宗教を信じるのが一番騙されている。
生命なんか、巨大な青虫から生まれたようにしか見えない。それが、そのまま山の植物になったのだ。
英語は、「話し方」で分かる子供が多い。
英語は、肯定と否定で分かる。親が言っていることが肯定なのか、否定なのかを考えると分かる。
英語は、僕は基本は会話だと思う。NOVAで会話していると、分かる。
ただ、そんなにいつもNOVAで会話は出来ない。
そういうわけで、他人がしている会話を聞くのが良い。
そうすると、英語の映画を見るのが良いと思う。吹き替えも字幕も無くして、英語だけで見る。
あとは、聞いているだけで出来るとは言うが、聞いている中でも、「誰と誰が会話しているか」を考えて、「誰が何を説明しているか」のようなことも考えて、「会話だと思って聞く」と言うことをした方が良いと思う。ただ聞いているだけでは、音楽と同じだ。ただ、ただ聴いているだけも、良いと思う。それで出来る人間も多い。そういう人間は賢い。
日本語も、ただありのまま聴いていれば分かる。大人が出来ないのは、大人は予備知識を分かっているし、日本語と言う既に分かっている言語に直すせいで出来ない。そういうもの全く無しで、まるでこの世界に降り立った最初の赤ちゃんの気持ちになって聴いていると、聴いているだけで出来る。
ただ、赤ちゃんも、最初は単純なものの名前しか分からない。前置詞や動詞や高度な名詞は、大人になってから分かる。赤ちゃんと同じプロセスを踏むことは出来ない。日本人は、日本語から分かって、地道に勉強して覚えるしかない。単語が多すぎるのは、1つ1つこなしていくしかない。英語にはたくさんの単語がある。何も上達していないように見えても、根気強くNOVAに通えば、出来る人間が多い。むしろ、NOVAの生徒を良く見ていると、上の方のレベルには、本当に話せている人間が多い。発音がきちんと出来るのが難しいと言う。
今、映画を観終わった。アナと雪の女王を見た。
不思議と、この一行の後に、レンタルDVDを借りてきて、今、見終わった。この一行と言うよりは、先ほどの一行だ。
愛は救うと言う意味でもあるが、愛は正常の無いものでもある。
愛と思えば、世界は救われるのだろう。
英語の字幕で、英語音声で見たが、ストーリーの簡単なことくらいは、英語でも伝わった。
全ての灯に光が灯ったので、終わりです。もう、灯を消します。
最近は、2つの言葉を変えて分かっている。
あなたの人格は、大切だ。だが、他の人間も、例えば僕の人権も、同じように大切だ。
人権は、平等であれ。人を、人の上や下においてはならない。
自分は、世界が分からないせいで分からなくなっているが、世界は自分のせいで分からなくなっている。
自分の、本当に「良いと言えること」を書けば良い。自分は、自分を悪いと言いたいだけだ。
最近は、賢い作家が居ない。ポニョも、アナ雪も、ストーリーが馬鹿だ。
本当に、この世界を良い世界に出来ると確信しよう。我々には出来ると、オバマも言っていた。
全ては、愛のためにある。
全員は、誰からも侵されることのない、偉大な権利を持っている。それは、自分を信じることだ。
良く考えて信じ、たくさんのことを試し、経験し、そこから、「その地点からの宇宙の見方」を知りなさい。
馬鹿が賢くて、賢いのが馬鹿だ。
自分は、書いているせいで、何も起きてほしくない。何かが新しくなると、もう書けなくなる。
出来るだけ見たくない、聞きたくない、おかしな人間になった。
自分が一番賢い。賢くなる、と言うプロセスは、同時に、馬鹿になる、と言うプロセスだ。特に、大学がそうだ。
昔の馬鹿の方が、本当に賢かった。賢くない、子供の方が賢い。賢い大人は、馬鹿だ。
大人には、意味の無いものが多い。そういうものが賢い。治るためには、子供になる。子供は、分かる人間が多い。
それは、そういうものだと思えば良い。実際の真実より、振る舞いや、用途や利用のされ方、捉え方が重要だ。
そういう体験は、そういう体験なのだ。
それを、今までの延長線上と捉えるのでなく、全くの未知だと捉えるべきだ。
本人は気付いていなくても、周りから見て迷惑だったり、周りが知って思っていることもある。
そういうことを、考えた方が良い。
ブッダが言うように、欲望を制限するために、心のコントロールの方法を学ぶこと。
あとは、いっそのこと、本当に馬鹿になるのが良い。それが、一番楽になって、本当の知性がつく。
馬鹿になると、最初から社会の状態や意識のことが分かる。馬鹿は、最初から分かり直すのが良い。
自分の経験から、何が知り得るのか、何が分かり得るのか、どこからどこまで考えられるのかが分かる。
国は、何を目指すと、どんな風な国になるのかが分かる。そこから、自由な「全員の目線」で考えた国が作れる。
高校生までは賢い人間が多い。高校生になると、賢い経験を全部する。それが、馬鹿になる。
一度、高校生よりも馬鹿に戻ると、子供のように、きちんと賢い人間になる。
高校が無いのは悲惨だが、ある意味、高校のせいでみんな馬鹿になっている。自分も同じだ。
みんな、馬鹿になって、本来の自分に戻りなさい。狂った人間は、誰もが、本来の自分に戻りたいだけだ。
自分が狂っていたのは、これ以上、もっと馬鹿になるのが怖かった。
馬鹿の方が考える。昔は、意味と論理を、自分の実体験から、観念の成り立ちと「自由」で分かっていた。
観念を疑って、意味を考えなさい。発見とは何なのか、その行動が何を意味しているのか、考えなさい。
体験の意味を考えることから、悟りが生まれる。それは、「本当の正しい世界を作るための条件」になる。
自分の出来ることを考えて、他人も同じように出来ることを知りなさい。
出来る可能性から、正しい社会、自由を全員に許す社会を、どのように作るべきか、考えなさい。
そして、確信し、信じなさい。「自分には出来るのだ」と信じなさい。
そこから、希望と勇気が生まれる。絶対に負けない心を持って、自分の出来る限界まで、道を切り開ける。
ただ、負けないことが賢いわけじゃない。負けても良いけれど、その選択をあえて取らないのが、賢いのだ。
昔は、親や学校と無関係に、ネットで適当な体験を全部して分かっていた。
Linuxのことをしたかったが、何も出来なかった。
Wikiを書いて、おかしくなった。
何も無かったが、経験と思考から、マスターのようになった。
要は、馬鹿になるのが賢い。どんどん馬鹿になって、みんなより先に、全てを経験していた。
人生経験は、豊富だったと言うよりは、やり方が賢かった。すぐに必要なだけを経験して、いくらでも経験した。
みんなに乗り移るようにして、全員を融和して分かった。
色んな経験をしながら、普通の中高生より高度で莫大な経験を、段階的にしていた。
最近、こういう馬鹿が多い。ネットで経験があっただけだ。最近で言う、LINEだと思えば良い。
実体験から、自分でも分かるなら、誰でも分かるはずだと、延長線上の人間の実存性のようなことを考えた。
当たり前のことを、考え方と作用から捉える。
意識が自在になって、無限に考え方を変えられるようになった。
もう終わりだ。昔なんか、何もしていない。すぐに終わって、何一つ出来なかった。
最近の方が悪い。本当に馬鹿になっている。世界を滅ぼす「滅びの風」を作っただけだ。
引き篭もりになった実体験は悪くなかった。
失うことを受け入れることで、何が大切で守るべきなのか良く分かった。
最近は、神に騙されている。
自分の間違いは、ただ、次第にどんどん馬鹿になっただけなのが分かっていない。
そこが分からないのはおかしい。馬鹿になっても意味がない。賢くなれば良いだけだ。
それこそ、馬鹿になったから、正常になった。それは、良く考えると、忘れただけだ。
賢くなれば良いか、馬鹿になれば良いか、と言う問題だが、自分のありのままを見れば良い。
方法が間違っているように見える。昔の分かり方は優れていたが、最近の分かり方は劣っている。
そんなに単純な問題に落とし込むのは、無理がある。この文章は、全部間違っている。
「ありのまま」とは、アナ雪にかけてみた。
自分は、これ以上は、狂う。何もしていないのに、疲れる。
自分が一番馬鹿だ。
ありのままの自分を見ると、賢いことが何も出来なかった。やる方法すら分からなかった。
昔の賢さは、全部消えてしまった。全てを失って、予想外の難敵に勝てるわけがない臆病者になった。
何も賢くない。賢く見えるのは、全部、偽りを塗り固めた、箱庭だ。
ただ、嘘はついていない。出来るだけ騙していない。優しくて、正直な、お茶目な人間が自分だ。
むしろ、自分なんか、何も悪くない。みんなが悪い。
みんなが、自分のことを、ただいじめているだけだ。かついでおいて、おろしていじめている。
テレビは、昔から、そういうものだ。テレビなんか、無い方が良い。
言いたくはないが、テレビに利用されているように見えて、それを上手くコントロールして、優しく接しながら相手を騙すことで、自分が日本を支配出来るようになった。
だが、それは、悪いと思う。それは明らかに、騙して主導権を奪っているだけだ。
単純に、主導権を相手に返せば良い。相手が言いたいように言わせれば良いだけだ。
騙すとは言うが、自分は悪いことはしていない。その中で、きちんと正しく良いことだけをしている。
そろそろ、僕はテレビに負けた。
最近は、自由が無くなって、生命がどんどん機械と同じになっている。
昔の自由な世界に戻った方が良い。
昔は、多様性があって、色んな環境と歴史があった。そこが賢かった。自分はそういうものが好きだった。
ウィトゲンシュタインが言っているように、問題の解決は、問題の消失と言う形で見て取れる。
だが、僕は、昔から、そういうものは「心と心の融和」であると思っていた。
このブログはおかしい。これでは狂人だ。
もっと、まともな人間になりたい。
カープが優勝するかもしれないと言うことで、久しぶりにテレビの野球中継を見ている。
ただ、僕は野球は好きではない。めんどくさくて、下品で、だらだらしたスポーツだと思う。
でも、ライブドア近鉄を買収するかもしれない、と言ったぐらいの時に、ネットを見ながら野球を見ていた。
ただ、僕は広島を応援したことは少ない。だが、広島人として、長年待ち続けたリーグ優勝なのは分かる。
デパートやスーパーでも、いつもカープの応援ソングが流れている。広島は、ある意味カープだけの都市だ。
巨人が阪神に勝ったせいで、今日のカープの優勝は無くなった。
つまらないが、どの道優勝するだろう。そうなると、おそらく、広島人の盛り上がりが凄いのが予想出来る。
広島はカープだけの町だから、仕方ない。
賢い人間は、分からない。自分の経験から言って、本当に馬鹿なことを信じないと、分からない。
そういうわけで、馬鹿になった方が分かる。
馬鹿を信じると分かるせいで、哲学は馬鹿にしか出来ない。
馬鹿は、まともなことが分かる。賢い人間は、賢い分野の全体像が分かる。
ただ、自分の問題は、今の自分なんか何も賢くない。ただ、それなら、すぐに賢くなるわけがない。馬鹿で良い。
要は、いつか賢くなれば良いから、馬鹿になれば良い。
それも、昔の馬鹿ではなく、「新しい何かの馬鹿」になれば良い。
昔は、そういう風に、全パターン、全員の精神を作って、この地上の全てを分かっていた。
そういう、全員の精神を包括した、本当に神のような、あるいは悪魔の王のような人間だった。
馬鹿になると、現実世界が分かる。最近の自分は、現実世界が分かっていない。
過ちを繰り返さないこと。
今の自分を大切だと考えること。
馬鹿になるのが、一番賢い。ただ、昔から、僕は子供過ぎる。