「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

今日のこと - 2016-08-21

もう馬鹿を治さない。
生命は宇宙の精神だとか、どうでも良いことを書いていた。
手順を考えれば良い。何も出来ないのが、何でも出来るようになる。
昔は、想像力で、下準備や対処策を全パターン分かっていた。
パソコンは、何でも出来る人間が多い。
色んなものを吸収して分かっていた。経験と認識のモデルで対象を吸収した。
自覚すること。昔はそれで分かっていた。
子供は、生まれつき最初から可愛いせいで、自分が可愛いのが分からない子供が多い。
昔は、認識の方法とか、手段を与えるとか、「知る方法」や「社会を変える手段」を書いていた。
知るためにどうするか、社会を変えるためにどうするか、を考えていた。
最近、Webでオープン技術が増えているように、標準技術は特定の会社のものではない、オープンなものの方が良い。
そうすると、グーグルのアドセンスや、フェイスブックなどのSNSも、オープンにした方が良いのかもしれない。
ただ、GNULinuxは、見ていると、何もかも、辛いだけだ。
コマンド、設定ファイル(特にX)、インストール、デバッグなど、何もかも辛い。
そういう辛いだけは、馬鹿になる。無料とは言うが、辛いだけだから、止めた方が良い。
あとは、網羅するのは難しい。Xの設定ファイルと言っても、初期化やセッションの起動スクリプトもあるし、ツールチェインには、MAKEのようなものもある。テキストエディタプログラミング言語を含めると、Linuxだけの世界ではなく、Windowsにも範囲は及ぶ。Linuxの世界は広大だ。
だが、Linuxはそんなに複雑なシステムではない。むしろ、単純で、小さなシステムだと思う。
自分が歩き回っているのは、同じものを組み換えて分かっている。思考のパターンをやっている。
昔は、そういう、「思考のパターン」を、文章を書いて、神と言う名前の自分と対話しながらやっていた。
要は、昔と同じことを最後までやっている。
それが、最近のルシフェルだ。ミカエルを最初から最後まで、もう一度した。
もう歩き回るのが治った。楽だ。
怖いのは、神が終わって、全部分かるのが怖い。そんなにおかしな内容を分かりたくない。
ValaでOSを作る、と言う発想もあるかもしれないが、それはGLibをどの言語で書くのかが分からない。
あとは、社会がどのように変わっていくか、のような内容を、具体的に書いていた。
あとは、頭を繰り返し、ループのように使うのが悪い。無限ループのように頭が活動している。
基本的に、落ち着くこと。
昔は、傲慢ではなかったが、あまりに自分を偉いと勘違いしていたところがある。
ロシアの大統領になるとか、革命で自分が勝てるとか、ありえない思い込みが本当に多かった。
ただ、思い込みではない。自分で見て、自分がそこまで賢いように見えた。今考えると、何も賢くなかった。
それで、神のような存在と対話している。ありえない体験が本当に多かった。
あとは、判断でロボットのようになっているが、そのせいで知性が無い。
ポルノグラフィティが言っているように、前にも後ろにも進めず、ただ立っているだけなのが辛かった。