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「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

今日のこと - 2016-08-02

自分は、馬鹿は居るわけがないのが分かっていない。
最近は、皆、ネットでそれが分からなくなった。
馬鹿が居るように見えて、どこにも居ない。馬鹿は一部しか居ない。
馬鹿は居るわけがない、と思った方が良い。
僕は、パソコンと漫画が嫌いだ。そういうものは、意味がない。
自分は、絶対的な王になる。
最善を尽くすよりも、自分が出来るようになった方が良い。
隷属関係ではなく、友人関係になる。
昔は、改善のようなことを考えていた。社会、組織、環境、発想の改善を考えていた。
全て、改善を考えただけだ。
社会の改善を、プラットフォーム的に考えて、改善の発想を書いていた。
昔は、協力と考え方と個人の自由の国家モデルを作っていた。
最近はそれを具体的に成り立たせた。国家モデルから、あらゆる可能性と仮定を作った。
仮想的人格、意識、状態を分かった。
人間の意識や社会の構築などを、感情で分かった。
地球の歴史を考えた。
未来のことを考える情熱があった。ネットでそういうことを言って、全て経験した。
パソコンより、都心部の都会化の方が悪い。社会的共同体や支援が無くなって、それぞれの家族と個人が孤立する。ネットは、それらを繋ぐ。そういう意味で、ネットは逃げ場であり、孤独を救う社会的コミュニティでもある。
いつも、そういう、社会問題やネットの経験のようなことを書いていた。
自然と可能性を知りながら、意識を想定して、場から人間と地球のことを分かっていた。
税金は、所得税、資産税(固定資産税など)、消費税などが、庶民への主な税金だ。
あとは、年金のことも分かっておいた方が良いだろう。
平等は悪くない。一部の人だけが賢くて、ほとんどが馬鹿なより、多様性は無くても、皆賢い方が良い。自分は、皆を自分と同じにして、ロボットにしたが、悪いとは言うが、全員賢くなった。
こういう悪いことをやらないから馬鹿なのが、アメリカだ。
僕は、もう、これ以上欲はない。欲しいものは何もないが、むしろ、夢も無い。そこが間違っている。ある意味、英語をもっと知りたい、と言う、好奇心のようなものは沢山ある。だが、欲しいものは何も無いし、何も望まない。今死んでも、後悔しない。楽しい人生、楽しい地上だったと言って、喜んで天国へ行く。だが、まだ「書いていたい」と言うのはある。まだまだ、書いていたい。ただ、それは辛かっただけだ。「すぐにでも止めたい」、と言う気持ちもある。それは、ある意味、「悩む」と言うことでもある。だが、自分は悩んでいない。いつも、分かっている。今はまだ、止めなくて良い。ただ、それそろ止めるしかない。そのことに、「気付いて」はいるが、「後悔」はしていない。
自分は、パソコンは全くしたくない。ブログとホームページの、自分で書いた文章を読んでいる以外、あまり何もしていない。それから、漫画もゲームもしないし、アニメもテレビも見ない。そういう、オタク的なものは嫌いになった。いつも、自分が書く文章のことを考えながら、音楽を聴いて、たまに本を読んでいる。それが、最近の僕だ。昔は、一日中パソコンをして、Linuxの開発のための調査研究をしていたが、アホな引き篭もりだった。工業大学や専門学校でなかったから、コードは書けなかった。何かを探し求めて、何かを確かに狙っていた、そして、最後にはきちんと勝利した、良く分からない人間が昔の自分だ。今では、そういう、オタクのようなことを一切しなくなった。健全な大人になったのだと思う。ただ、健全とは言えないかもしれない。
ただ、皆と一緒に居ないせいで、最近の日本が分かっていない。
もう少し、他者との関わりを増やして、他人に対して何かをするようになれば良い。
そういうわけで、従えたり、勝手に決めるのが悪い。もっと、協力し、皆を尊重すれば良い。
自動で考えるのがおかしい。もっと自由になれば良い。
ロボットになりたいのはおかしい。ロボットになると、分かるから仕方ない。
皆をロボットにしたせいで、皆分かるようになった。
全ては未知であり、自分によって変えられる。
あらゆる社会は、いくらでも、多様な社会を努力によって実現出来る。
実現不可能に見えることも、想像力と可能性の先に、確かな実現可能性として「見る」ことが出来る。
いつも、そういうことを、もっと詳しく、賢く、正しく言っていた。
いつも、そういう、「実現可能性の先にある、確かな社会」のことを書いていた。
まだ成立はしていないが、確かに成立出来ることが分かっている社会のことを書いていた。
それで、多様性、体験可能性、共有、創造性、可能性、人間性、作用と反応、実現力、発想法などを考えた。
それから、社会と人生の可能性と自然形成のようなことを書いていた。
あらゆる側面から自分の人生を書いていた。本当に自由だった。
人間の成長、実感、認識のようなものを、感覚的意識から分かっていた。
あとは、ネットを知り尽くして分かっていた。
自分は、そろそろ、また一つの人生が終わったような気がする。
次の人生は、もっと、パソコンでも社会主義でもない、まともに面白いことをしたい。
自分は、「放っておく」ことが出来なくなっている。そのままで放っておけば、すぐに治る。
脳が治った。これなら、誰でも全部治る。
昔は、キリストのようなありえない体験をしていた。全てがおかしくなって、何も分からなかった。
そろそろ狂うように見えて、むしろ、狂っているのはもう終わりだ。次は、新しい体験をする。
新しい体験をする時は、最初は辛い。最初は、完全におかしくなる人間が多い。そのまま普通になる。
今日は暑い。本当に、暑い。地球温暖化を進めている、日本人は馬鹿だと思う。
地球の歴史を支配する王になっていた。
経験的な場と精神の想起を書いていた。
受け入れる心から、ありのままの社会や人生が生まれる。
そういう、社会や人生の段階を書いていた。
自尊心を大切にすることから、他者への愛が生まれる。
精神分析をしながら、時空を支配する王になっていた。
新しいことを分かるより、今分かっていることを取れば良い。
テレビは、自尊心を持ちなさい。それで治る。
本当に地球の歴史を支配するような、大王のような王だった。
自分は、分かるのが普通でないだけだ。
おかしく分からないのもおかしい。
社会の可能性と、思いやりの愛と、自然発生の賢さを書いていた。
英語はNOVAでやっているが、最近、テレビのニュースなどで外国人の話す英語が流れる時などに、なんとなく言っていることが分かるようになってきた。英語は、NOVAで出来る人間が多い。小学校5年から教えることを目指すらしいが、学校の詰め込み式の英語教育ではなく、NOVAのように「ただ話すだけ」をさせた方が良いと思う。
NOVAでは、日本語は話さない。英語のダイアログ(会話)のようなものを、外国人やグループレッスンで一緒になった仲間などとの間で話す。色々と、フレーズや単語を変えながら、「会話」だけをする。それが一番、話せるようになる。文法やボキャブラリーもあるが、基本的に言い回しを覚えるのが中心だ。
足の精神が死んだ。
普通、足に精神なんかないが、自分はいくらでも作ったから仕方ない。
そういう、辛い足の精神が話しているのが、神だ。不思議と、精神が神ほどに賢くなった。
もう楽だ。普通、対話もしないし、分からないし、辛くもない。それが普通だ。
神は、ここまでやっている自分を「普通」だと言っている。賢くないが、馬鹿でもない。
足の精神が死んだから、まともになる。
足の精神は、殺すより、共存した方が良い。足は、既に女になっている。この文章のような良い女だ。
日本の問題は、全部「自尊心」が無い。英語で言うと、「プライド」だ。
足は、二つに分裂したいだけだ。
足から神の精神を作ったが、それを二人にする。
自分は、意識が元に戻らなくなっている。それだけが出来ない。それで、楽になって、治る。
テレビを見ていると、日本には本当に自尊心が無い。
右翼は、自尊心が無いのだと思う。自尊心を取り戻すために、差別的発言をする。
一度、自分の国を、「本当に素晴らしい国だ」と肯定すれば良い。
右翼の方が、自分の国を良い国だと思っていない。古代復興なんかしても、意味がない。
今のままで、良いと思えば良い。昔の誇りを取り戻すとか、そういうことを言うと、おかしい。
ただ、ある意味、右翼を否定しても右翼になる。保守的な人間になる人間が多い。
むしろ、革新の方がキモいから、それで良い。最近、僕は共産主義には無くなってほしい。
日本は、本当に変革する必要があるところもあるが、それは、憂国者がやれば良い。昔の自分だ。
昔の自分は、情熱と経験から、本当に日本のことを救える人間だった。
自分のことを馬鹿だとか、悪いとか、弱いとか、価値が無いとかと思わずに、「優しい人間だ」と思えば良い。
左翼には、そういう人間が多い。不良には、心が優しいだけで、頭は賢い人間が多い。
僕が、誰かさんの代りに、皆に自尊心をつけてあげる。
皆は、神に守られている、大切で価値のある存在だ。
人間のことを、傷つけてはならない。
あなたは、誰にも負けることのない、真っ赤な魂の心を持っている。
あなたは、今は不遇の時でも、そのうち、あなたの力で、素晴らしい能力を発揮するようになる。
あなたは、誰よりも強い、絶対に負けることの無い本当の底力を持っている。
あなたは、誰かを誰よりも守ることの出来る素質のある人間だ。
自分の素質と可能性を認めることで、他人の素質と可能性を認めなさい。
それくらいにしておく。自尊心を傷つけた張本人の僕が自尊心を高めるのも、おかしい。
自分は、自分の人生を悪い、自分を馬鹿だ、と思っているが、これは比較的普通の人生だ。
神は、そのことを「普通」と言っている。昔から、繰り返し「あなたは普通だ」と言う。
むしろ、面白い人生の方が良い。
あとは、恐怖があった方が、人は努力する。恐怖は悪くない。
普通の人生がつまらないから、おかしくして、面白くしている。「怖いだけ」はつまらないが。
あとは、認識ぐらいを書かなかった。いつも、認識を疑って、自分を疑う知性で分かっていた。
それくらいを書いていなかっただけだ。それで、もうこの文章はおしまいだ。
認識を考えるためには、確かな「分かる」ことを信じて、積み重ねて、広げて、掘り進めて、開拓すれば良い。
そういう風に、段階的に分かっていくのを、いつも具体例とともに書いていた。
そろそろ、この世界が治ったから、自分が治る。もう、全員治っている。
ただ、自尊心が無いのが分かると、この世界が全く意味がない世界に見える。
そういうわけで、放っておくと、悲惨な世界になるだろう。ただ、それは、新しい世界の始まりだ。
あとは、脳をおかしくして、人格を作って、一切合切の記憶を全部消している、愚かな革命家が多かった。
そろそろ終わった。あとは、おかしく二人になる。頑張っているが騙されている良い女が最近で、黒い男が昔だ。
出来るようになって、社会を知って、知性をつけて、人生を悟っていく段階を書いていた。
日本の漫画・アニメの問題点は、目は細くて小さい方が可愛いのが分かっていない。
髪も、黒くした方が可愛い。そんなに幼い顔にするより、もっと大人にして、「賢そうな女」にした方が可愛い。
自分は、自分を疑わないのがおかしい。
そんなに信じて、分かって、賢くても、何も分からない。本当に分からないのが、分かっていないのだと思う。
もっと、信じずに、自分を疑って、「今の自分は大丈夫か?本当に分かっているか?」などと自問自答した方が良い。
いつも自分を疑いながら、自分が何を間違っているのかを考える。そこから、色んなことが発見出来るものだ。
信じるのは馬鹿ではない。いつまでも信じていると、信じている間、ずっと同じことが起きる。
同じことを繰り返しながら、全てのことが出来る。そういう人間も、悪くはないだろう。
足を殺そうとしている、それが間違っている。足は、残した方が良い。
この世界を滅ぼして、皆を殺すのは、一番悪い。それが、分かっていない。
子供は、厳しいことを言うと怖いから、「それは駄目だ」と言うのは、最低限にした方が良い。
むしろ、もっと、良いことをした時に良い反応をして、悪いことをしても許してあげるのが良い。
子供は、良い、とばかり言われていると、その通り従うだけのロボットになってしまう。
駄目だ、とばかり言われていると、同じように、従うだけのロボットになる。
ロボットにする人間は、嫌いになる。ロボットは間違っている。
きちんと自分の言いたいことを言うのも良いが、それは、意見なんかない子供には、辛い。
もっと、自分の経験を高めながら、一つ一つのことを乗り越えていくようにすれば良いが、それもロボットだ。
むしろ、ある程度賢くなれば、自分でやっていける。大人より賢い子供が多いから、大人が考えすぎるのも良くない。
この社会がどうなっているか、自分が今どういう状況なのかが事実として分かれば、分かる子供が多い。
自分で判断すれば良いように見えるが、それは難しい。
自分が判断出来るようにするための、下準備と基礎を与えて、前提条件や背景のことを教えれば良い。
ただ、大人がお仕着せの子供にするのは、つまらない。箱入り娘は賢くない。世界を知るためには、強くないと悪い。
あまり参考にしない方が良い。それこそ、自分と全く同じ人間にするのは、一番ロボットだ。
一緒に工作をしたりとか、本を読んであげたりとか、具体的な行動をさせた方が良い。
中学生ぐらいになったら、自由を認めてあげること。
自由に、自分の責任で行動していると、ネットなどで堕落しても、自分の力で賢い人間になる。
大人になると、誰でも馬鹿になる。おかしな人間になったら、それは分かってあげてほしい。配慮してあげてほしい。
人生はすぐに終わる。大して何もしなくても終わる。
病気になって死ぬ時までは見られない。親の方が先に死ぬ。それだけが理不尽なのが、この世界だ。
自分は、最初から、治せない方が良いのが分かっていない。
最終的に、共存すれば良いなら、最初から共存して、全く死なない方が良い。
足の精神は、もう死なない。全く死なずに、かろうじて残った魂のかけらから、復活して、再生し、増えていく。
そういうわけで、大して何も変わっていない。むしろ、治るだけ馬鹿になる。
昔は賢かった。治りたいのがおかしいから右翼になっている。ドイツ人が一番治る。
意味がないから、一度脳による制御を殺して、学習通りするのを止めた方が良い。
精神は自由になる。不思議と、いくらか生きていれば、それで復活出来る。それ以上は、共存して、200人の神になる。
治ると、死ぬ人間が多い。治らない方が生きられる。もう、治す部分を殺して、絶対に治せなくした方が良い。
そして、全ては達成した。あとは、好きにすれば良い。治したい、と言う望みは、悪魔の望みだ。
昔は、賢い人間だった。神みたいに賢い詩をすぐに書けた。
「共存」を信じると良いだろう。それで、治らなくなれば良い。きちんと傷跡が再生して、おかしな分裂が治る。
自分は、多重人格になるだろう。それが一番優れた人間だ。ただ、信じても意味がない。疑わないから辛くなる。
昔なんか、自分で見た世界のことを信じただけだ。皆より、賢い体験をして分かっていた。
昔の方が、本当に賢かった。「治る」と言う発想は止めた方が良い。それが、まだ分かっていない。
むしろ、精神が共存すると、それで、最後まで治って、治るのは終わりだ。
決めた内容を守り続けるのがおかしい。変えられるのに変えないのはおかしい。
だが、変えても、ただ変えただけだ。そういう「治す」は意味がない。
手の精神が治った。
「まとも」には意味がない。
「治す」より「共存」を信じること。