「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2016-06-06

ワードからコピー

社会の決まりを、経験から体得的に分かっていた。
社会を分析して、調べて、段階的に考える、分析の能力があった。
社会のことを救える経験があった。救世主のようだった。
自分は、今から左翼になる。皆も左翼になる。左翼になって怒るようになる。
左翼になると、楽に賢くなる。右翼は、馬鹿なのに分かる。
自分は、生物学をしたい。最近、生物学に関心がある。生物学は、一番賢く見える。
数学、物理、生物、工学をしたい。理科のことがやりたい。
生物の参考書を少し読んだが、学校の勉強には意味がない。意味がないから馬鹿になる。
見ていると、日本は本当に左翼になると思う。
あとは、勉強なんかしなくて良い。学校の勉強は、意味がないから悪い人間になる。何故か、内容は一番賢いのに、読んで覚えたりする意味がない時点で、馬鹿になる。
そういうわけで、学校の勉強は、賢いだけ、悪い。
もっと、普通のことを知った方が良い。意味のない勉強をしていると、悪人になる。
自分が一番賢いのは、哲学と歴史の本を読んで、パソコンをやっているからだ。
学校は忘れた方が良い。もっとマシな勉強をして、本を読めば、賢い。
ただ、学校もそんなに悪くない。生物学の本は、見るからに賢いのに、やると意味がない。
学校の勉強も、内容は賢いのに、勉強すると意味がない。
何故か、賢いものが馬鹿なようにしか見えない。一番賢いものと、馬鹿に付き合うだけだ。
学校なんかしない方が良い。
自分は、哲学と歴史をやるのが良い。それが一番賢い。
それこそ、生物学なんか、難しすぎる。あるいは、生物の図鑑でも見れば良い。
教科書とは言うが、教科書とどう付き合っていくかは、難しい問題だが、どうでも良い。
むしろ、学校は忘れた方が良い。学校は、悪い人間を養成しているだけだ。
もっと、きちんと賢い人間になるためには、自分なりに、自由に行動し、経験するべきだ。
学校をやっていると、一番賢いものを馬鹿にする人間になる。そういう人間が馬鹿だ。
生物学者や大学生にそういう人間が一番多い。そういう風に、馬鹿になるのが、左翼だ。
自分は、哲学と歴史をやることにする。それが一番まっとうだ。学校は要らないのが賢い。
そういうわけで、生物学者になりたいのなら、止めた方が良い。
哲学は悪くない。ただ、哲学も哲学で、馬鹿なところがある。歴史も歴史で馬鹿だ。
自分は、経済学や心理学もすれば良い。そこらへんなら出来るように見える。
理系が馬鹿なのは、良く分からない。一人だけ賢い生物学者になっても、意味がない。
ただ、生き物のことを良く知っていると良いのは分かる。それは、色んな本を読めば良い。
身体の構造と働きとか、細胞の核とか、そういうことを分かりたいなら、止めた方が良い。
それこそ、それらが賢いのは誰でも分かる。賢く見えて馬鹿だから、止めた方が良い。
何故か、Linuxと同じなのが、そういう、賢い生物学の知識だ。
生物学が賢いのは分かる。人間の機械より、はるかに賢いものを地球が作っている。
ただ、それはおかしい。狂っているように見える。生物学なんか、本当に要らない。
生物学者も、身体の構造と働きしか分かっていないように見える。
自分を賢いと思った方が良い。自分は賢いから、このまま哲学と歴史をすれば良い。
それで良いと思う。むしろ、心理学や経済学は、今まで通りやれば良い。それが賢い。
むしろ、哲学は終わったから、社会科だけをすれば良い。数学もすれば良い。
コンピュータが、不思議と、良い分野だ。オープンソースのような、自由な組織が分かる。
昔は、僕も自由が好きだった。そういう、自由に自発的、個人主義的に考えるのが賢い。
あとは、右翼より左翼の方が良い。勉強がしたいと、右翼になる。それが一番おかしい。
むしろ、経済もそろそろもう良い。普通、池上彰だ。ああいうものが経済学だ。
歴史と数学と物理だけをやれば、誰でも賢くなる。
経済学もしたいなら、結構それが一番良い。経済学、歴史、数学、物理が良い。
むしろ、学校は無視して良い。それらが一番賢い。
要は、社会のことを知りながら、数学的なことを考えれば良い。それなら出来る。
もっと1つのことをじっくりと考えれば良い。それで、物理や関係のことが分かる。
誰でも、数学的に考えるから、数学的に考えれば良い。
たまに、実験したり、思考したりすれば良い。
政治家や役人が馬鹿なのは、税金でやっているからだ。自分の金でやらないから、自分の行動に意味がなくなって、悪くなる。誰でも、意味がないことしかしていないと、悪い人間になる。政治家や役人は、実費か、寄付か、民営企業などでの金儲けなどでやれば良い。そうすると、良くなる。そういうことを言う人間が多い。
あまり意味がないが、あとは、社会や心のことから、人間精神の発達のようなことを、数学的に考えれば良い。色んなことを本質的に考えていると、ヘーゲルと同じになる。
昔は、普通の人間のことを良く考えていた。普通の人間が、何をしたら分かるのか、のような、普遍的経験のようなことを考えれば良い。何を経験すると、普通の人間は分かるのか、そういうことを考えれば、自由な社会像と人間像が見えてくる。
あとは、むしろ、社会と数学は考えることにして、引き続き、哲学と歴史をすれば良い。
社会制度は、皆の力で変えられた方が良い。それくらいから自由を考えれば分かる。
あとは、皆がどういう風になると、何が分かるか、それを、自由になる経験から考えた。
昔は、心や経験を全部把握して分かっていた。
昔は、原始人ならこういう状況でどういう行動をするか、などを考えていた。それは、原始人ではおかしいから、子供だったとしたらどう行動するか、のように考えれば良い。
そういうわけで、もっと過去の自分なら、どういう風に考えるか、考えると良い。
言いたいのは、普遍的なそれぞれの人間がどう行動するか、のようなことを考えれば良い。それこそ、客観視をすると良く分かる。相手の立場になれば良いだけだ。
キリストが言っていることと良く似ている。隣人のことを自分のように愛せと言う。
昔から、賢い人間は、そういう風に、普遍的な他者や社会のことを考える。
あとは、普通のものを全部作っていると分かる。
想像力を作れば良い。豊かな普通の想像力を作ると分かる。
そんなに賢いものがあっても意味がない。人間は、賢くないものが沢山あった方が分かる。
賢いものは要らない。大学の生物学なんか、ただの馬鹿だ。何も賢くない。
人生経験や、活動のようなことを言っていた。自分の成長を全部言っていた。
子供は、自分で考えるようにすると、賢くなる。あとは、馬鹿なことをすれば賢くなる。
自分は、動いているものを見ると、死ぬのが怖い。何も見ていないからそうなる。
皆と一緒に居ると、治る。精神が治って、まともになる。子供と居るのが良い。
世界ではなく、自分の方を動かしているが、それが悪い。
マイクロソフトの問題は、技術をゴミのように作っては捨てていく。それで滅びるだろう。
学校なんか、しなくて良い。哲学も悪い。社会科をすれば良いようで、賢くない。
何度も繰り返しやっていると、楽になる。
切れ目なくやるのは悪い。王のように世界を導いて、自分が分からなくなった。
ロボットの戦闘員を止めた方が良い。それが辛い。
きちんと、繰り返し、学習したことをやれば良い。そこから、経験論の哲学が分かる。
繰り返しやるのを、行動と言う。
する前に、良く考えること。パソコンのことをすると良い。
引きこもりの経験で、全て分かっていた。全員分の青春のようなことを知っていた。
自分は、ただ繰り返しすれば良い。それで楽になる。狂っているのが治る。
もう過ぎ去った、昔の体験を、思い出して、繰り返し学習すれば治る。それで、楽になる。
本当に分かってしまうと、普通のことなんか、どうでも良くなる。
そのせいで、楽なのが、今の自分だ。
環境とか、世代とか、人間と人間をわけ隔てているものとか、経験とか、そういうものから、それぞれの分離的、必然的な、それぞれの世界の因果性を分かっていた。
社会のことを分析して、公開、共有、手段、機会、前提、延長線上、協力を分かった。
何も知らないようで、考えることによって全てを知っていた。科学を作っていた。
人を見て、世界を見て、ネットを見て、活動を見て、人が何を知っているか、何を分かっているか、を考えていた。それぞれが何を考えていて、どのように隔たりがあるか考えた。
そういうわけで、この世界を支配出来る人間だった。救世主のキリストだった。
あとは、この世界を治すために、世界の全てを消して、自由にする。
そういう、世界の初期状態のようなものを、因果性と契機と形成条件から考えていた。
全員の経験と記憶を、一度ゼロに戻す。そして、偉大な体験をさせる。
自分は支配者だ。ただ、そんなに良い人生にしても意味がない。自分で克服し、成長し、実現し、達成することの多い、辛くて強い人生にする。皆はそういう、偉大な成長をする。
挑戦者になるのも悪くはないが、もっと協力して、新しい、分かる体験をするべきだ。
最近、社会全体に洗脳されている馬鹿が多いから、それを自分に直す。
新しい世界では、日本を救うために、全てが悪くなる。本当に、何も出来なくなる。
ただ、それは意味がないだろう。誰かの力で解決するまで、何も変化しなくなる。
昔は、認識と経験から、根源的なもの、根底にあるもの、時間とともに移り変わるもの、関係的なもの、などを考えていた。経験を良く考えた。
自分は、死んで治しすぎたから、ここから先は生きれば良い。生き返ると治る。
皆は、自分を良く確認すること。認識を信じて、正しいことを信じて、自己を認めること。皆、何が正しいのか、何が嘘なのか、分からなくなっている。ある意味、正しくなくても、ありのままに受け入れて、信じること。何か嘘を信じれば、すぐに楽になる。
確信することは悪くはないが、真実は辛い。真実は、ある意味、人を引き離す。
だが、真実と上手く付き合うことで、本当の真実を経験から知ることが出来る。
そういうわけで、皆は正しくなくても、正しいことを信じれば良い。
むしろ、そんなことはしなくて良い。自分が一番、そういう真実が分かっていない。
真実は、真実でない。そこから分かる人間が多い。
何か、適当なことを信じれば分かる。人間は、全員同じだ。理性と経験で全て分かる。
ただ、宇宙はある意味、機械のようなものだ。
そういう風に、色んなことを信じて疑えば分かる。そういう哲学者が多い。
あとは、セックスとパソコンが悪い。そういうものを倒していると、楽になる。
真実を、真実でないと思うと、分かる人間が多い。昔は、それをモデルにしていた。
自分は、もう、何も辛くない。今日は辛いことが無かった。もう全部楽だ。
聖書に書いてあるが、悪者は、自分の作った罠にかかる。神を信じないからだ。
神を信じるのは良いが、何かが間違っている。自分のような人間になりたくなかったのが自分だ。それを信じると、悪いものが次々に負けていく。ユダヤ人は、そのように神を利用する。神を信じないものは、次々に負けていく。神が勝者であると同時に、神は信じるものを決して見捨てない。一番悪く見えて、本当に慈愛にあふれているのが神だ。
学校は悪い。学校で、賢いものが馬鹿に見える人間になると、誰でも悪くて馬鹿な人間になる。社会的弱者が嫌いになる人間が多い。全部、学校が悪い。
そういうわけで、学校の勉強なんかしなくて良い。むしろ、経済学までは、出来ない。きちんと哲学と歴史だけ、した方が良いが、それもしなくて良い。
自分は、もっと色んなことを分かれば良い。本を読むとは言うが、読むだけではなく、読みながら本質を考えれば良い。それできちんと分かる。
学校も悪いが、インターネットも悪い。皆を馬鹿にしている。不思議と、インターネットを見ると、テレビのようなまともな情報源が分からなくなる。本当にネットは悪い。
それこそ、ネットを倒したいネットが多い。皆を馬鹿にしているから、見ると馬鹿になる。
あとは、本を読めば良い。生物学が悪いなら、数学や物理は良く見えない。
もっと、普通のことを知った方が良い。数学と物理なんか、昔、神ほどに出来ている。自分で考える力、と言った方が正しい。物理を勉強するより、自分で考えられるようになるべきだ。分析と仮説と実験の能力があった。そういうわけで、学校では分からない。
自分は、普通にこの世界のことを分かりたくないのがおかしい。むしろ、テレビを見ていると、日本には馬鹿しか居ない。そういうわけで、テレビも見るべきでない。
聖書を読んでいるが、あまりに馬鹿なのが昔だ。古代人なんか、馬鹿だ。
ただ、あまり、そういう、ゲスのようなことを言わない方が良い。
本当に賢い作家の本を読めば良い。不思議と、小説を読むと、賢い本が多い。
学校の勉強なんか、要らない。哲学なんか、勉強しない方が出来る。歴史は、その国に行かないと意味がない。日本史なんか、キモい。経済学は、ただ難しいだけで賢くない。
自分の今の状況を考えないのがおかしい。普通、自分の今の状況を考える。
自分がどこから来て、何をしていたのか、今何がしたいのか、未来ではどうなるのか、のようなことを考えれば良い。人間の過去、未来、今の状況・状態を考えれば良い。
ネットは、良く見えて、悪い。ネットで賢かったのは、15歳だったからだ。ネットは賢くなくて、ただ、普通の自然な成長の体験が賢かった。それだけだ。
ネットで人一倍成長して、青春の経験をしたのは良いが、あまり意味がない。
もっと、この世界がどうなるか、考えれば良い。
そして、1つ1つ、知って、試して、確認して、取り得る可能性を知れば良い。
良く分からないが、環境がどういう風に生まれるのか、経験から考えれば良い。
手段とは言うが、社会の仮想モデルを作って、誰がどのように構築するか、そこでは何が許されているか、どんな社会に出来る見通しがあるか、などを考えれば良い。
ただ、そんなに昔の自分が好きなのはおかしい。自分大好き人間はありえない。
あとは、社会の可能性を意識で分かっていた。あれは、狂っているだけだ。
果てしなく続くが、このまま、まともな人間になる。まともになりたい。
学習でもすれば良い。
むしろ、神は平等だから、これ以上何も与えない。一人の人間がそんなに良いのはおかしい。そのせいで、良い方を取った方が、地獄になる。神が考えるとそうなる。一人だけ、そんなに良いのがおかしいからだ。一番良い人間の方が、険しくて危険な道になる。
それこそ、本当に勇敢に戦ったからこうなった。戦うのは、険しいだろう。
そろそろ終わりだ。あとは、皆をもっと良い人生にした方が良い。皆何も出来ない。
自分は、精神が、くっついたり、離れたりするものではないのが分かっていない。精神は、感じたり、分かったり、自己を意識したりするものだ。
そういうわけで、治すと分かる。くっついて治すのではなく、感じるものを変えれば良い。精神分裂症になるのは、くっつくしかしないからだ。精神のおかしな部分は、全部、何もしないのがおかしいだけだ。足や肩が辛いのは、使わないから退化しているだけだ。
自分は、昔から、哲学者を全員包括する。もっと、知性のある発想をした方が良い。発想と作用を知性と経験で考えることで、認識が経験によって変わるとか、そういう発想が出来る。ロキに書いてあるようで、そうでもない。多様性は独立から生まれるし、選挙によって世界を変えることが出来るし、人生は愛と経験から助け合うことが出来る。認識は、自由な変化の許可によって、あらゆる具体化へと進歩する。そういう風に考えれば良い。
むしろ、大学の通りでないなら、これで良いのが自分だ。情報工学から数学まで、あらゆる全てが神のように出来たのが自分だ。オリラジの言う、パーフェクト・ヒューマンのような人間が自分だ。オリラジは、平等が好きなようだが、僕は平等も自由も嫌いだ。
自分は、発想法と考え方を知れば良い。数学なんか、マクロと論理学だ。物理なんか、法則を発見するだけだ。歴史と哲学は、世界と人間がどこへ向かうか、自己とは何なのか、社会はどのように区別出来るのか、何を支配するのか、考えるだけだ。学問には何もない。
人間は、善悪が分からないと、何も分からない。
何をして良いのかを分かることで、何をすべきなのか、どんな社会にすべきなのか分かる。
ただ、色んなことをただ一度だけ、した方が良い。悪いことも、一度経験すれば良い。
そういうわけで、聖書を信じると分かる。悪は、懲らしめて、全員で排除するべきだ。
あまり意味がないが、悪を悪だと思えば良い。ヒトラーなんか、馬鹿だ。
それこそ、悪い人間が馬鹿だ。良い人間が賢い。
精神は、戦っていると治る。戦っていると、悪いものが必然的に死んで、消えていく。
戦うのは悪くない。悪いのは、世界を弱めて、破滅へと導いて、嘘をつくことだ。
秘密を隠しながら、世界を滅ぼすのが悪い。それが、いつもの自分の罪だ。
視点を知っていくことで、世界をどうすべきなのかが分かる。いつもそういうことを言っていた。人生と世界の変革の段階を、いつも書いていた。目的から社会を実現していた。
精神は、本来、分かるものだ。感情で分かるだけだ。ただ、精神を治していると、分かる。
人間は、数学的な考え方で分かる。客観的法則と指標、そして推論から、新しい精神的、場的な発見が出来る。そして、システム的、会社的、研究的な、オープンソースのような研究から、自分の力と経験で、社会と宇宙のことが分かる。それが楽しかっただけだ。
あまり意味がないが、共有と皆のものなんか何も賢くない。マルクスは馬鹿だ。
自分は、馬鹿なものは馬鹿で、賢いものは少ないのが分かっていない。
ウィトゲンシュタインの哲学を見ていると、賢いとは言うが、何かがおかしい。哲学の妙技とは言うが、本当に奇妙な考え方をしている。何かがありえない発想をしている。
昔は、環境の意識と場の変化で分かっていた。自然な場の形成を分かった。
何が何であるか、実像と認識を分かっていた。
後悔はなかった。良い人生だった。
最初は、プログラミングやチャットのようなことをしていたが、そのうち、一人だけで行動するようになって、色んな文章を書いたり、Linuxの研究や活動をしたりしていた。
最後には、社会の全てを実現し、理想の社会とはどういうものなのかを、子供を守る発想や経験などから分かっていた。
アホな人間だった。2ちゃんねるオープンソースの共有が好きだった。
あまり意味がないが、昔の方が賢かった。
最近、賢くない。哲学をやりたいなら、ウィトゲンシュタインでは悪い。誰かが良い。
精神は、分かるようになると、本当に馬鹿になっているのが治る。
あとは、哲学も、これ以上、しない方が良い。
歴史だけをすれば良い。むしろ、歴史と経済しかしないだろう。数学は出来ない。
昔は、どんな精神から、どんな精神が生まれるか、どんな意識がどんな意識になるか、場や成長が、どんな過程を辿るか、思考はどうなるか、を分かっていた。
意識がどう出来るのか分かっていた。社会と人生から、具体的なものを分かっていた。
脳が分かっていれば良い。脳が分かっていない。
自分は、経済だけをすれば良い。歴史と哲学はもう終わった。
ただ、学校なんか、しなくて良い。もっと、この世界にある相を分かれば良い。
この世界の経験と様相を分かれば良い。数学なんか、誰でも出来る。