「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2016-04-16

ワードからコピー

自由に人生を生きて、知り、考え、経験し、感じることを、「自由」だと言っていた。
そういう風に、自由を書いていた。
何か書きたかったが、忘れた。2ちゃんねるみたいなことを言いたかった。
皆のことなんか、考えなくて良い。普通の人間なんか、考える意味が無い。
人間の限界は、知覚の限界だ。
宇宙の本当の姿、実際の姿を考えて、精神を物理にして、実験と推論で考えれば良い。
ブッダのように考えれば良い。
普通の人間のことなんか、考えても意味が無い。この世界は否定してしまえば良い。
経験から教えを分かると分かる。学校や大学だけでは無く、仏教キリスト教の教えを、経験から分かる。経験から教えを分かると、その分知性がついて、自由になる。
そういう経験から分かる教えは、想定して、色んなことを仮想的に考えていると、良く分かる。ブッダが人生の道を解脱であると言うように、「何が何を表しているのか、具体化しているのか」などを考えれば良い。そういう風に考えれば分かる。
昔は、科学的な基礎を作ったり、パソコンを知り尽くしたり、理想の世界や共同体を心理的に作ったりしていたが、そういうものは、全部2ちゃんねるだ。賢くない。
もっと、賢くなった方が良い。現世を否定して、神を信じていると、良く分かる。この世界は、普通の人間の世界だが、普通の人間にはあまり意味が無い。
農園に行ってきた。
執着を止めること。執着から自由になると、苦しみや煩悩から解放される。仏教の真理は、全て、そういう、苦しみからの解放を目指している。
皆は、それぞれの世界で生きている。それぞれの世界を自分の世界だと思って生きている。
認識は、経験的で、記号的だ。
論理学を作ると分かる。
価値と応用を分かっていた。
生命は、仏が生かしている。
体験からマスターのように分かった。
気づくこと、新しい発見をすることを、構造的、関係的に分かった。
社会の真実を考えていた。
苦しみと克服の体験から、神のように分かった。神の愛が分かっていた。
自分は、馬鹿になりたいのがおかしい。昔なんか、ただの馬鹿だ。
知性の比較から実感して分かっていた。
活動と社会把握を分かっていた。
意識と時間と存在を分かっていた。
基盤をモデルにして分かった。基盤のモデルを全部作っていた。
ブッダが言うように、一切は苦しみである。
心の把握をしていた。
世界は子供になっている。どんどん、幼児になっている。歴史とともに、世界は滅びる。
ヘーゲルは、プロイセンをドイツの歴史の終着点だと見ていたらしい。
ただ、最近見ていると、EUで最初に戻ったように見える。ローマ帝国もある意味、終着点だったように見える。ある意味、古代ギリシャが始まりで、古代ローマが終わりだ。
一度幼児に戻ったのが、ナチやソ連だ。
農園に行って分かった内容は、ここまでだ。
愛は、滅びである。愛すると、滅びる。
まともを殺せば治る。
最近は、愛が登場したように見える人間が多い。それは、これのことを言っている。
何故か、この文章は、神で、王で、子供で、学者だ。そういうものに見える。
この文章があると、欲望や確執のようなものが、全部無意味になる。
その代り、何も分からなくなる。意味がきちんと分かる代り、完全に馬鹿になる。
良く分からない。悲惨だから、それを治した方が良い。
この文章を、一番悪いと思えば良い。それで治る。これは、一番悪い。ヒトラーより悪い、神の愛だ。神の愛は、世界を滅ぼす。イスラエルヒトラーだ。
そういうわけで、何故かこの文章が好きな人間が多い。最近、この世界に何も無く見える。
もっと、この世界を、あらゆる裏側まで、全部見ていると、分かるように治る。
そういうわけで、世界は終わりだ。世界史が終わったせいで、終末になる。
終末には、何も無かっただけだ。そろそろ、最初の時代に戻る。永遠から始まりに変わる。
執着を無くしていると、人間の心の構造が良く分かる。全て、苦しみと、それに対する執着しかない。そこが分かる人間が、普通、まともな人間に多い。
何故か、皆あまりに馬鹿だ。皆が馬鹿だから、自分だけ賢くなった方が良い。
羊と鋼の森を読んでいるが、この小説は展開が早すぎるところがある。
もっと、自分だけ賢くなった方が良い。それは、工学や技術のことをやると良い。
進化論はつまらない。進化はまだ良いが、水から細胞が生まれたのは、おかしい。人間も、動物や植物も、最初から、地球と一緒に居たように見える。元はエデンの園に居た。その方が良いと思う。幻想とは言うが、猿から生まれたことにすると、人間が人間である意味が無い。ビッグバンとは言うが、何故ビッグバンが起こったのか、良く分からない。
そういうわけで、神を信じれば賢くなる。不思議と、神は本当に居る。こういう、神を信じると、偉大な人生になる。宇宙に1人、賢い神が居て、歴史を支配している。それこそ、居ないように見えて、良く見ていると、ほとんどのことは神がやっている。社会から人生まで、全部神がやっているのが、信じていると良く分かる。
昔は、全員を融和して分かっていた。
天国や地獄のようなものを感情で分かっていた。絶対者や仏のようなものを分かった。
経験から神の愛を知って、国家モデルを作って、心の裏の理由を分かった。
全てのことを、感情で分かっていた。それは、悲惨な人間なら、誰でもそうなる。
皆が馬鹿だから、自分を賢いと思った方が良い。自分が一番賢い。
何故か、誰もが昔の自分だ。それこそ、こんなに誰も分からない。昔しか居ない。
天をどこにもないとは言うが、天はきちんとある。眠っている時に見える、夢の世界だと思えば良い。この世界と全く違う、ありえない宇宙がいくらでもある。天国だけではなく、地獄もきちんとある。ブッダも言っている。
それから、この宇宙は、皆の心の中にある。そういうわけで、存在なんか存在していない。バークリが言っているが、存在はどこにもなくて、心の中にある。
昔は、歴史を感覚で分かっていた。歴史現象、精神現象を感覚と認識で分かっていた。
社会と歴史のことを、感覚で分かっていた。何でも歴史で分かっていた。
足の精神は、自然治癒と薬で治る。そういうわけで、治さない方が治る。
現象学と言うより、水は精神だとか、そういう構造的考え方のモデルをいつも作っていた。
世界の創造と天を信じれば、神を信じている。あとは、キリストの言う愛と、終末における救済を信じれば良い。終末は、何かの形で訪れるだろう。
宗教は悪い。むしろ、キリスト教を信じると、悪い宗教が嫌いになる。キリスト教が嫌いなキリスト教徒が、そういう風に多い。何故か、宗教が一番悪いのが分かる。
それこそ、キリスト教が嫌いな人間は多い。教会が悪い。悪いどころか、キモイ人間が多い。何故か、神父や牧師があまりにキモイ。宗教はキモイだけ、しか居ない。
それこそ、明らかに皆を騙している。あとは、キリストは悲惨に見える。キリストが賢いのに、教会が馬鹿だ。それこそ、普通、キリストもただの馬鹿だ。
教会が嫌いな人間が、最近、ドイツにも多い。ドイツだから仕方ない。一番自由な国だ。
論理的な推論のモデルを作って、仮定と成立や、三段論法などの論理性を分かっていた。
物理学者のような、実験の知性があった。精神のことや社会のことなどを、カントのように、科学的な方法で分かっていた。カントと言うより、ヒュームに近かった。
そういう、理性的な、部分化や基盤のような考え方を、いつも書いていた。
そろそろもう分からない。むしろ、宗教はもう良い。もっと、科学者になった方が良い。
皆が馬鹿なら、科学者になるのが良い。科学者が一番自分だけ賢く分かる。
王にはなりたくない。もう、王を終わりにしたい。
足の精神は、神に治してもらうと治る。それで、もう既に治ったはずだ。
見ていると、小説家なんか、馬鹿だ。作家になんか、ならなくて良い。もう、充分出来たのが、自分だ。そういうわけで、あとは、科学の勉強をすれば良い。
むしろ、理系になった方が良い。哲学も、普通、これくらいで終わりだ。フッサールをするとは言うが、フッサールは一番理解出来ない人間が多い。厳密に考えるのは、今の自分にはもう出来ない。現象学なんか、自分が一番分かっている。する意味が無い。
実存主義現象学は、昔自分が一番分かっている。そういうものは、パソコンをやっていると出来る人間が多い。そういうわけで、そんなものはしなくて良い。
物理は、しない。何故か、あまりしたくない。ただ、自分の経験から言って、物理が分からない人間には、何も分からない。物理が分からない人間は、100年生きても分からない。物理が分かる人間は、1週間生きただけで分かる。そういうわけで、物理は必要だ。
ただ、小説を読んだ方が良い。羊と鋼の森は、そんなに賢くない。ただ、まだ最初の方しか読んでいないから、そんなに分かっていることは言えない。今から読みたい。
自分は、「分かる」と言う発想が無い。普通、色んなことを知って、覚えれば分かる。
それこそ、経験から「定義」のようなことが分かる。いつも、そういうことを書いていた。
それから、考えない部分は考えなくて良い。考える部分だけを考えれば良い。
決定の知性から、誰がどのように支配するか、のようなことを考えると良く分かる。
政治経済のようなものは、自由から考えると分かる。物理のようなものは、推論と可能性と自然から考えれば良い。昔は、そういうことがまともに分かっていた。
そういうわけで、ただ、普通に色んなことを常識的に考えれば分かる。そこから理性がつく。常識とは言うが、普通、生きているだけでは分からない。色んなことを知れば分かる。
精神のことは、場と成長から考えると分かる。場と成長から、環境のことが全て分かっていたのが昔だ。「井の中の蛙」の理論で全て分かっていた。
それから、マルクスのように、「歴史上の全ての責任は、全員にある」と考えて、歴史の必然を分かっていた。それこそ、いつか共産主義社会になるとは言うが、それは間違っている。正しくは、高度な無料のオープンソース社会になる。それも、ある意味、意味が無い。
そろそろ終わりだ。意味の無いことを言う意味が無い。
もっと、判断基準や集合知のような、社会的な現象のことを考えれば良い。そういう発想が、昔多かった。革新的なものを生み出すとか、そういうことから、独自性と創造性が分かって、革新的な体験を作り出すことが出来る。投資から国が発展する。
あとは、社会的コミュニティを自由に作るとか、共同体を互いに関与させながら分散して作るとか、そういう、「社会的現象と形成」のようなことをいつも言っていた。
そろそろ終わりだ。本当に、それくらいしか言っていない。
経験から、記号論のような認識を書く。そういう発想が本当に多かった。
分かっていたどころか、何も分かっていない。今から、きちんと成長すれば分かる。
自分は、自分が変わらないのがおかしい。
そういう、「自分が変わること」を良く考えれば、分かる。
あとは、哲学はもう出来ない。Linuxと同じだ。きちんと全部分かったから、もう哲学はしなくて良い。新しいことをした方が良い。パソコンのことも、きちんと分かって終わった。
そういうわけで、神はいつまでも続くのが悪い。それは、何もしないのが悪いだけだ。
人間は、分かると馬鹿になる。分かれば分かるほど、馬鹿になる。
分からない人間が、賢くなる。
ボールを投げるとか、風が吹くとか、雨が降るとか、そういうことを考えれば良い。
そういうことは、誰でも分かる。分からない人間が分かるのが、物理だ。
あとは、昔賢かったのは、全部2ちゃんねるだ。何もかも、キモくなって分かっている。
昔はキモイ。最近、そういう、ネットをしていると分かる人間が多い。分かるのは悲惨だ。
昔は、実験して、物理の原理を分かって、科学を作っていた。人間のことが分かっていた。
そういう発想は、賢くない。もっと賢いことをした方が良い。
意識が消えるのは、昔がそういう馬鹿だったからだ。意識を消すのは賢いから、意識を消した方が良い。昔は、精神分析で、心のことが分かっていたが、それは、分からない人間なら、誰でも出来る。それこそ、意識を消して行くと、すぐに正しい答えが分かる。
善悪のようなことは、自由を信じていると分かる。本当に、それを正しいと信じて、間違っているものを倒して、きちんと守ること。右翼には、そういう良い人間が多い。
右翼が多いのは、右翼になると、誰でも楽になって賢くなる。そういう理由で多いのが右翼だ。そういうわけで、右翼は悪くない。右翼は賢い人間が多い。
自由は、与えられるものではなくて、戦って勝ち取るものだ。そういうことを言う。
あとは、そろそろもう何も無い。あとは、自然に意識が消えて、全員楽になる。
最近辛いのは、自分のせいで意識が消えなくなった人間が多い。それが一番辛い。
意識が消えるのが怖かった。いつものロボットに見える。いつものロボットが、認知症のように意識が消える人間だった。意識が消えるのは、悪くない。意識が消えないせいで辛かっただけだ。それこそ、それは、本当に馬鹿になる。馬鹿になると楽だ。
そういうわけで、意識を今から全部消して終わりだ。足はそれですぐに治る。
意識から宇宙のことを全部創っていたが、いつもの自分は、意識が無いようで、意識はいくらでもあった。今でも、その「何も無い意識」で分かっている。それが最近の自分だ。
自分が怖いのは、そういう、頭の周りにある「何も無い意識」が怖い。神のように全部分かっている。革命家みたいに怖い。何故か、本当に怖かった。それを消すと楽になる。
歴史を段階的に分かっていた。体験的な精神分析や、自由の段階から、悟っていた。
自分は、賢くない。これではただの馬鹿だ。
もっと賢くなりたい。
あとは、もう心は治った。それで、物理なんか、悲惨な人間が出来るだけだ。
誰でも、物理、心理、経済は出来る。誰でも出来るから、しなくて良い。
ニュートンのように考えたのは、何も賢くないが、哲学者にこういう人間が多い。
あとは、色んな知識を知ると良いだろう。
昔の文章は、こういう風に書いただけだ。意識、考え方、歴史、組織、経済などを書いていた。自然科学のような内容も多かった。
あとは、生物学でもすれば良いように見える。自分が見ると、生物学が良い。生き物の名前が分かると、地球のことが良く分かる。物理は悪い。物理は、昔の自分が出来ている。
昔は、「皆が何をしたら分かるか」とか、「自分のように分かるためにはどうすれば良いか」などが分かっていた。社会を知るとか、考える機会を持つとか、手段を与えるとか、環境と余裕を与えるとか、自由な経験をするとか、正しい信念を持つとか、価値観を分析するとか、社会の形成を分析するとか、社会の変化を知るとか、そういうことを言う。
いつも、そういうことばかり言っていた。本当にそういう文章だった。
父親は、自分は哲学をやれば良いと言う。それこそ、生物学も哲学だ。
社会の決まりや規則などから、自由になること。自由になって活動していると、そういう、決まりや規則の何が正しいのか、どのような形態が考えられるのか、可能性がどういう風にあるのか、どんな意味を見出せるのかが分かって来る。
いつも、そういう社会的な発見のことを言っていたのが、昔の文章だ。
あとは、考え方や見方を変えるとか、正しいものの見方を持つ、とか言っていた。
それから、組織や国は誰でも作れて、誰でも参加し、変化させることが出来るようにすると言う。そういう、革命家のような、自由な国家の制度とシステムを作っていた。
そろそろもうない。本当に、それくらいの文章だった。
フッサールはどうでも良いし、サルトルハイデガーは悪いし、ウィトゲンシュタインは意味が無いから、そこらへんの哲学者はしなくて良い。一度、キリスト教仏教に戻った方が良い。それこそ、見ていると、ブッダが一人だけ、飛び抜けて賢い。仏教が良い。
カントやヘーゲルは、まともに見えて、全くまともではないが、賢い。
それこそ、もう一度カントやヘーゲルをする意味が無い。デカルトの方が良い。デカルトは、普遍的なことを言っている。カントやヘーゲルは、具体的過ぎるところがある。デカルトの方が、柔軟で、色んな人間になれる可能性がある。デカルトの方が良い。
歴史は、ドイツ史とフランス史は、どちらもやった方が良い。イギリス史やロシア史もやるべきだ。それこそ、フランス史は、あまり意味が無い内容しかない。ドイツ史の方が賢い。ただ、もうヨーロッパ史はしなくて良い。日本史をした方が良い。
あとは、聖書を読んだ方が良いかもしれないが、聖書は賢くない。信じればそれで良い。
そんなに読めるわけがないから、読めると思わない方が良い。
不思議と、カントだけなら出来る人間が多い。
あとは、いつも、ヤスパースのような人生論のようなことを言っていた。
それから、世界の可能性を構造的に作っていた。それくらいの文章だった。
「自由とは」みたいな文章を、ただ、書き直す。それで世界を支配していた。
本当に馬鹿だから、忘れた方が良い。
哲学なんか、カントとヘーゲルが適当に分かるだけの馬鹿しか居ない。
放送大学を見ていると、色んな哲学者が分かっている。それは結構、良く分からない。
放送大学は、そんなに賢くない。良く分からないが、実存主義現象学の授業や、経験論や功利主義分析哲学の授業、それから、近代哲学、ドイツ哲学、現代哲学、古代の哲学などもきちんとある。放送大学できちんと分かるように見えて、内容は賢くない。
ただ、放送大学で哲学をすれば良いのは分かるが、本の方が色々と良い。
放送大学を参考に、実存主義現象学、経験論、分析哲学、などの本を買うと良いだろう。
母親と買い物に行ってきた。
スピノザとアランの言葉の本を買った。言葉の本だから、簡単に読める。それに、キャラクターが可愛い。こういう、簡単に読める本を買った方が良い。哲学書は読めない。
定義と説明のような文章を書いていた。何故か、単純な説明を書いている。
それから、皆にいじめを止めるように言えば良い。いじめぐらいが一番悪い。
買い物に行って分かった内容はここまでだ。
色んなことに目移りするけど、一つのことを味わった方が、ずっとためになる。アランの本に書いてあった。その通りだと思う。
昔から、自分はそれが分かっていない。JavaとかPerlとかCとか、色んなものに目移りするせいで、何も出来ていない。
哲学をやるなら、ヘーゲルだけをじっくりとやれば良い。その方がはるかに良い体験になる。歴史も、日本史だけをやった方が良い。本当に、アランは賢い。
見ていると、アランの本が一番良い本だ。きちんと正しいアドバイスをしている。
不思議と、最近の自分なんか、狂っているだけだ。
狂うと、こういう風になる。本当に、おかしく狂って地獄になっている。
皆を、昔に戻した方が良い。そうすると、良い国になる。皆も最近になって狂っている。
そういうわけで、皆を昔に戻す。自分も昔に戻る。それで、まともな世界になる。
あとは、日本史も、ヘーゲルも、しなくて良い。それらはもう終わりで良い。
もっと、自分のしたいことを、1つだけ、じっくりとやれば良い。
自分は、分からないものは馬鹿なのが分かっていない。人間は、馬鹿なものは分からない。
それこそ、ヘーゲルなんか、普通、大学で覚えるだけだ。ただの馬鹿だ。
もっと賢いことをやりたいなら、聖書と仏典だけ読めば良い。それが一番賢い。
むしろ、アランが良いなら、アランを読めば良い。それが一番良い。今、目移りしている。
昔は、数学や物理学など、色んなことを「同じ発想」で分かっていたが、それは、単純に、分からなくなっているだけだ。それが一番馬鹿だ。
学校でやっていることなんか、全部馬鹿だ。学校は賢くない。何も分からない人間が多い。
それこそ、数学者なんか、体得が分かるだけだ。何も賢くない。
昔は、数学の方だっただけだ。数学のことがUNIXで分かっていたが、馬鹿過ぎただけだ。
AAAが言っているように、結果を知らないから自由だ。そういう風に、論理的に考えれば分かることが多い。知らないから、不安になる。それは、自由だ。
あとは、むしろ、もう何もしなくて良い。本当に終わった。きちんと出来て良かった。
そして、皆は狂って終わりだ。滅びるのは、滅びることが不安なのがおかしいからだ。それで、自分だけきちんと治る。それこそ、滅びても何も損害は無いし、本当には滅びない。
自分が辛いのは、常に辛くないからだ。普通、誰でも、常に辛い。そういうわけで、辛いのが良いからこういう風になる。辛い方が楽だ。それこそ、最近は辛い人間が多い。辛くないのが辛いだけだ。いくらでも、常に辛い方が、楽になる。その方が良い。
あとは、アドバイスのように書くよりも、きっぱりと言うべきだ。
楽になったのを辛くする。そうすると、すぐに精神が治るだろう。
アドバイスのように書くのが一番悪い。
日本語は、意味を保留にして、聞いた後で意味を考えれば、理解出来る。
あとは、何か言いたかった。治すようなことを言いたかったが、忘れた。