「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2016-03-20

ワードからコピー

昔は、悪くてもやるべきだと思って、おかしな戦いをした。
皆を馬鹿にする、タリバンの戦いだった。
それが悪い。本当に悪かった。馬鹿になって、辛くなった。
もう、そういう戦いを、しない方が良い。何も分からなくなった。
書くのを止めると言うが、まだ止めない方が良い。
まだ早い。それに、書くのを止めると、怖くなる。心が恐怖になる。
あとは、良い結果を出すのも、悪い結果になるのも、自分次第だ。
自分のやっていること、出来ること、限界で、全ては決まる。
当たり前に、自分の出来ることしか、自分には出来ない。
そういう風に、当たり前に考えれば良い。作家には、そういう人間が多い。
天才なんか居ない。ピアノは天才が出来るとは言うが、いくらでも練習しているから出来るだけだ。そんな賢い天才は居ない。練習して、堅実に頑張っている人間が出来る。
自分の場合も同じだ。いくらでも馬鹿な文章を書いていたから、書けるだけだ。
あとは、そういう風に考えると、ロックも良く分かる。ロックは、経験的な観念しか頭の中に無いと言う。それは、遺伝子では無く自由であり、天才なんか居ないと言っている。
ただ、ロックはどうでも良い。ロックは哲学者だ。
それに、明らかに、天才は多い。不思議と、ありえない発想をする人間が多い。
天才と言う人間は、キモイ。皆が頑張っているのを、否定している。イチローは、きちんと練習して、頑張っている。誰よりも分かっているのは、誰よりも練習しているからだ。練習出来るのを天才と言いたいのは分かる。それは、本当に野球が好きなだけだ。
あとは、アドバイスや意見のようなものを書いていた。
人間は、信じたことは、分かる。一度信じて、分かってから否定すれば、分かる人間が多い。匿名のネットで恥をかいて、世界に映った自分の姿を見て、客観視して分かっていた。
自分は、自衛隊に入れば良い。ただ、それはありえない。足が悪いせいで、走ることすら出来ない。持久走も、水泳も、車の運転も出来ない。入ってもいじめられるだけだ。
自分も生まれ変わりを信じている。だが、自分の場合、少し違う。死ぬと、他の人間になって、1人1人、この世界の全員になる。父親になって、母親になって、全員になる。
精神分析をして、観念的な経験から悟って分かっていた。昔は賢かった。
人生のことを全部経験して分かっていた。
最近は、おかしくなっている。皆のことをロボットだと思っていた。神の操る、操り人形のように見える。それは無い。周りが皆馬鹿だからそう見えるだけだ。それは、自分が馬鹿だからそのように見える。皆は、馬鹿とは言うが、普通の人間が多い。
普通、皆がどんな人間なのかが分かる。自分は、そこが分かっていない。皆は、馬鹿だが、普通のことを考えているだけだ。皆は、普通の人間だ。
自分を讃えている人間が多いのは、自分では無く、神を讃えているつもりだ。
普通、神は賛美するものだ。神を賛美して、国を右翼にすると、イスラエルになる。そういうイスラエルが、皆好きなだけだ。本当に賢い国がイスラエルだ。
日本は、京都のような国だと思えば良い。靖国神社と思えば分かる。雅やかな国だ。
哲学は、ネットで経験して分かっていた。本当に、そこまで経験していた。
そういう、経験的に分かる経緯のようなものを、全部書いていた。
日本は、俳句のような国だ。雅やかで、綺麗で、和風に美しい。琴のようなリズムがある。緑茶を飲んで、刺身とご飯を食べる。そういう、日本的な気品のある国だ。
あとは、こんな馬鹿はドイツには居ない。日本に多いのが、こういう大学生の右翼だ。
右翼は悪いから、止めた方が良い。僕が見ても悪い。右翼が一番嫌いだ。
あとは、人格を融和して全員になるとか、ありえない発想が多かった。
自分は、多く見えて少ない。この文章は、内容が多く見えて、本当に少ない。
ほとんどは馬鹿を言っているし、賢い内容は繰り返し、言葉を変えて変幻自在にしているだけだ。それに、知識の内容と、昔の自分の人生と、文章のことを言う。哲学ぐらいが賢いのは分かるが、そんなに何も分かっていない。経済学の内容は、まともだ。
生命を遺伝子とは言うが、植物が葉や根を環境に応じて伸ばすように、生命は、環境に適応して、色んなものを周りから吸収して、変わる。
馬鹿なヒトラーは、そこが分かっていない。遺伝子なんか、普通ない。環境の賢い人間が賢くなる。環境は、皆の手で変えられる。皆で良い国にすれば、皆賢い人間になる。
ヒトラーは馬鹿だ。遺伝子は間違っていないが、そういう「正しい」が一番悪い。
外国なんか、分からない方が良い。外国を分かりたいのが馬鹿なのが自分だ。
フランス史なんかしない方が良い。フランスなんか分かっても、ジャップに見えるだけだ。
そういう差別をしない方が良いが、日本人が日本のことを言っているから悪くない。
もう、ゴールだ。全部終わった。
あとは、日本史でもやれば良い。日本史は、鎌倉時代に賢い人間が多い。良く知らないから違うかもしれないが、日蓮のような仏教の賢い人間が多い。そこらへんが分かると賢い。
それから、むしろ、政治経済でもやれば良いが、もう何もしなくて良い。
もう終わったから、休んで良い。もう、これ以上頑張らなくて良い。
あとは、一人、いつまでも神を信じて対話している。それも終わってほしい。
自分は、日本史をした方が良い。むしろ、しないならしなくて良い。
日本に昔あった、賢いことを知ると、分かる人間が多い。
フランス史はしなくて良い。歴史なんかしても、フランスのことは何も分からない。
あとは、数学は、デカルト的に知性を作ると出来る。そういう、「増える」人間が出来る。誰でも分かるから、しなくて良い。やっていると、中学生みたいにキモくなる。
そういうわけで、日本史でもすれば良い。こういう、世界を知りたくて、経験から考える人間は、日本史に向いている。哲学には向いていない。
あとは、哲学は、カント、ヘーゲルマルクスを中心に分かった。デカルトハイデガーのようでもある。きちんと出来たから、哲学の知識を誇れば良い。人物名で覚えている。
あとは、もうやりようがないから、ドイツ人が終わった。昔の日本人に戻る。
ドイツ人は、悲惨な、辛いだけの人間だった。あとは、その2人になる。
歴史なんか、しなくて良い。広島には、地域の歴史をやっている人間が多い。核兵器の悲惨さをやっている人間が一番多い。あとは、太平洋戦争のことをやっている人間が多い。
日本史をやっていると、政治経済が出来る。
そういう、真面目な勉強は、しなくて良い。自分なりに勉強するのは、これで充分だ。
もう何もしない。むしろ、学校に行った方が良い。
歴史は、明らかに戦後の復興みたいなことをやっている人間が多いと思う。中国や朝鮮との関係を分かっている人間も多いと思う。仏教をやっている人間も多いと思う。
明らかに、芸術や文学のようなことをやっている人間が多いと思う。
武士の文化をキモイとは言うが、武士ぐらい誰でも普通に分かるだろう。それこそ、あまり勉強しなくても、既に知っている人間が多い。誰でも地域の武将ぐらい、知っている。
歴史は賢いから、きちんと日本の歴史をやれば良い。
フランスは止めた方が良い。むしろ、好きでもないのにフランスをやるのがキモイ。だが、昔からフランス語が好きだったのが自分だ。それも悪い。フランス語は一番キモイ。
自分の地域の城とか、町の歴史みたいなことをやっている人間が多いと思う。
日本史は、誰でもやりたいとは、そういうことを言っているのが神だ。そういう、日本史がやりたい人間が多い。何故か、通史なんか読んでも意味が無い。色んな日本のことを知るのが日本史だから、本当にやりたい人間が多い。日本史は賢い。
それこそ、通史はきちんと覚える。通史を覚えないと、意味が無いだろう。
歴史なんか、しなくて良い。むしろ、フランス史なんか、きちんとポイントは知っている。ドイツとソ連で出来たと思えば良い。むしろ、これなら政治経済が出来たように見える。
核兵器を無くす方法や、どんな風に悪いのか、のようなことを考えて、研究している学生が多い。日本史が出来るとは、そういうことを言っている。通史で出来る人間は居ない。大学で出来る人間が多い。作家の日本史が分かるとは、そういう分かるのを言っている。
あとは、おかしく見えて、良いものが大学に多い。哲学は、誰かになるのをキモイと言っている馬鹿が多い。だが、哲学はこんなに良い。哲学者で人間が全員分かった。
プログラマの姉を賢いと言うが、パソコンは悲惨だ。技術なんか、時代とともにすぐに変わる。Windowsなんか分かっても、すぐに違うものに変わる。パソコンの技術なんか、分かっても、何も分からないだろう。姉も、そういうところが悲惨だ。
そういうわけで、賢く見えて悲惨なのが家族だ。自分は、地獄みたいになったのが悲惨だ。
ただ、自分が一番良い。作家が歴史が分かるとは、そういうことを言っている。
姉が賢いのは、最先端の技術と数学がきちんと分かっている。
それこそ、姉はゲイツと同じだ。本当に、そこまで賢い代り、悲惨なのが家族だ。
ただ、姉が数学なんか、何も分かっていないように見える。
あとは、自分は本当に悪い。引き篭もりの神の作家は、キモイ。こんな人間が居るのが悪い。自分の家が引き篭もりの家にしか見えない。
自分は、悪いと言うが、まだマシだ。きちんと作家だと言えば良い。それなら良く見える。
ただ、作家で飯が食えるわけがない。そのうち、自衛隊か道路工事になる。あるいは、専門学校にでも入れば良い。日本語が分からないせいで、放送大学は出来ない。
あとは、猫が悲惨だった。もう死んだが、デブ猫で、吐いて家の中を汚しまくる。
もう死んだから、どうでも良いが、一番悲惨なのは、猫だ。
あとは、最近は、姉に女の子が生まれた。最近は、その子供を中心とした家族になっている。たまにいつも家に連れてくる。ただ、自分は悲惨に見えて、本があるせいで、そのうち、文字が読めるようになってから、本を読めば良いように見える。そうすると、自分が賢いのが分かる。ザビエルやイスラム国には見えるが、あれなら良い人間に見える。
ただ、姪に本を読ませるのはキモイ。キモイから、あまり考えない方が良い。
昔から、可能性と意識と構造を分かっている。最近は、それが知識と記憶になった。
そういうわけで、こんな馬鹿は誰でも出来る。
賢くない。これになると、廃人みたいな馬鹿になる。最近は、そういう馬鹿が多い。
それこそ、自分が強制的に変えるのは悪い。皆が、自力で這い上がるしかない。
日本史は誰でも出来る。日本史が出来ると、作家が出来る人間が多い。
作家は、分かる人間が出来る。こういう風に、分かる人間にしか、出来ない。
理系には、色んなものを作っている人間が多い。発見と創造が多いのが理系だ。
だが、発見なんか、誰もしていない。発見している人間は、作っている人間が多い。
理系の方が賢いのは当たり前だ。
自分は、おかしなことを言っている。理系なんか、きちんと発見している人間が多い。
最先端の科学で、日夜研究するのが普通だ。理系なんか誰でも出来る。
日本史も誰でも出来る。そういう、誰でも出来るものは馬鹿だ。
自分は、むしろ、哲学で良い。哲学なら、賢い人間になるように見える。哲学で良い。
自分は、むしろ、賢い。これくらい哲学のことをすれば、宇宙のことが良く分かる。
昔の自分を分かるのは、もう止めた方が良い。昔なんか、何も賢くない。
哲学でもすれば良い。もう本は買わなくて良い。図鑑を眺めていれば、それで良い。
哲学をやれば良い。哲学を頑張ってやった方が良い。
あとは、もう、書かなくて良い。哲学は、書かなくてもやっているように見える。
日本史は馬鹿では無いが、これでやる意味が無い。城や町を研究している人間が多い。
もう歴史は終わったから、哲学に戻る。歴史は、悪くは無いが、やる意味が無い。
哲学をやりたいなら、昔の自分を復活させれば良い。あれが居ると、簡単に出来る。
昔は、ネットでアメリカみたいに経験して、関係を考えただけだ。
ソクラテスのように、色んなことをきちんと考えて分かっていた。それで、マルクスみたいになったのが、昔の自分だ。そういうわけで、それが居ると出来る。
哲学は、もう一通り知っているから、簡単に出来る。ただ、図鑑を見れば良い。
あとは、神はもう要らない。
最近をやりたいなら、キリスト教のことをやれば良い。最近は、キリスト教が起きている。
あるいは、最近も哲学だ。ただ、知識の方になったのが違う。昔は実践の方だった。
心理学をやりたいとは言うが、臨床なんかする意味が無い。
心理学をやりたいのは、ただ、哲学をやりたいだけだから、それで良い。
あとは、経済学をやりたいとは言うが、マルクスをやりたいだけだ。
マルクスと言うより、ヒュームに見える。明らかに、ルソーでもやれば良い。
良く考えると、民主主義のことなんか、出来るわけがない。ジャーナリストが出来る。
経済学なんか、歴史と同じだ。教科書を覚えても意味が無い。政策を研究するのが普通だ。
自分は、きちんと哲学をやれば良い。これなら、誰か一人やれば良いように見える。
あまり意味が無いが、政策のようなことはいつも考えていた。農場と工場を作るとか、パンを与えるとか、核兵器を無くすとか、そういうことを言う。経済学には見えない。
哲学は、ネットで色んな人間と議論していると出来る。そういうわけで、馬鹿の方が出来る哲学しかない。それは、もう昔やったせいで意味が無い。
不思議と、昔の自分を復活させると、もう既に分かっている哲学しかない。昔は、本当に色んなことを考えて、行動して、経験していた。あの人生だけで分かる。
そういうわけで、誰にも出来ないのに、自分だけ哲学が出来る。それが賢い。
最近は、きちんと聖書を読めば良い。そうすると、最近のような発想が全部書いてある。最近は、自分の聖書を作った人間だ。戦争も多かったが、それは神の御業が起きている。聖書の神は、信じるとこういう風になる。きちんと聖書を信じれば、それで良い。
歴史は、農業生産とか、芸術とか、都市とか、人口とか、交易とか、そういうものを考える人間が多い。そういうわけで、歴史で分かる人間が多い。
自分は、昔の自分が復活する。昔の自分は、悲惨になっている。悪魔みたいに悪い。
名前なんか、リナとシャラハで良い。昔が悪魔で、最近が神だ。
あとは、適当に哲学は読んでいる。図鑑は、昔の自分で無いのが良い。昔に見えない。
歴史の研究なんか、哲学で良く見える。これで、歴史や経済の研究に見える。
あとは、神はそのうち終わる。神との対話は、ここまでを全部知りたかっただけだ。
哲学は、認識を疑って、推論していると出来る。それだけで出来る。
勉強なんかしなくても、自分で考えれば分かる人間が多い。
あとは、いつも立ち歩くのは、これ以上人格が増えるのが怖い。
そういうわけで、新しい人格になる。
それこそ、今の人格をそのまま残したいせいで、また立ち歩いている。
おかしい。座っていればそれで治るのが分かっていない。
あとは、臨床心理学は、こういう風に、自分を治すことで出来た。英語も出来ている。そういうことがしたかっただけだから、はるかに高度な言語を作っただけが自分だ。
認識の推論は、いつ、どこで、何に対して、どんな認識をしているか、考えれば良い。
それ以上、高度に、色んなことを推論する。そうすると、経験とモデルで分かる。
昔の自分は、そういうことをしている。分からないのは、昔の自分が怖いからだ。
認識の推論なんか、説明しない方が良い。説明すると違う。認識の推論は誰でも出来る。
哲学は、それだけで出来るが、それでは深みが出ない。ネットで色んなことを経験した方が良い。色んなことを議論していると、認識の推論以上に、色んなことが分かる。
そういうわけで、デカルトやカントで出来る人間が多い。認識の推論をすれば出来る。
もっと、「人間の考えそのもの」のようなことを考えれば良い。それを意図と言っていた。
自分は、きちんと広く浅く知っているから、あとは、深く狭く知れば良い。それは、図鑑を見て、これだと決めた人についてやれば良い。
ただ、むしろ、カントとヘーゲルで良く見える。それこそ、これで既に分かっているから、何か分かるように見える。そういうわけで、きちんと賢いのが自分だ。
あとは、自動的に文章を書くのはもう止めた方が良い。自動で神の話をするのも悪い。そこが楽なせいで、自由が無くなって、何も考えなくなっている。自力で考えるべきだ。
認識と言うが、そういうものしか書いていない。そういう、「認識の推論」が多かった。
心の辛い部分が治った。もう、立ち歩かない。きちんと座っていると、すぐに治る。
おかしな女が、立ち歩く部分だ。女を育てたいせいで、こういう風におかしくなった。
その女が、もう死んだだけだ。自分なりに大学のようなことを全部知って、死んだ。
女が死ぬと、もう、文章が書けなくなる。女は、文章のことをそこまで分かっている。
ユダヤ人は、神をとにかく偉くしたい。神を1人にして、賛美したかった。
そういうところが、ソ連と同じだ。ソ連がユダヤに見えるのは、神がそこまで偉いからだ。
ユダヤは悪くない。だが、見ていると、何故か一番悪く見える。
逆に、そこで平等を唱えているのがイエスだ。そういうわけで、イスラエルソ連だ。
あとは、ニーチェが言っているように、キリスト教はおかしい。来世の生に比べて、この世界での生を、全く価値の無いものと見なす。自分から貧民になって、権力や富を手放す。そういうところがおかしいのを、ニーチェがいつも言っている。
キリスト教は、悪い。そんなに神を信じたいのはおかしい。本当に日本の方が良い。
昔は賢かった。情熱家で、理性と慈愛のある、経験豊富な、ヒトラーのような人間だった。
昔の馬鹿は悪い。あんなに皆をおかしくして、馬鹿にして、辛くして、狂わせるのはおかしい。テレビを使って皆を支配するのは、おかしい。
そこがおかしいのが分かっていない。ヒトラーの方が、まだマシだ。
あれは、自由をやっているだけだ。自由が一番悪いものに見えるのは当たり前だ。
あまり悪くない。あれも、それくらいの馬鹿な人間だ。レーニンに見えて、見えない。
あれを悔い改めれば良い。あんなことをして良いわけがない。
黄昏の戦争は、一番悪い。神が一人で世界を滅ぼす。そういう戦争だ。
あとは、昔の馬鹿も悪い。全部、悪いことをして分かっている。悪いことがしたいだけだ。それを自由と言っている。そういう発想が悪い。
あとは、もう覚えていない。きちんと哲学をやれば良い。今日はもう終わりの日だ。
何故か、キリスト教のようなものが分かった。神が偉くて、キリストがおかしな平等だ。
さっき考えたことを覚えていない。何か馬鹿なことを言っている。もう、忘れて行く。
思い出した。昔の子供がこういう子供だったと言っていた。
こういう、いつまでもおかしなことをする、おかしな子供だった。何故か、何もしない。子供には、こういう、何もしない子供が多い。何もしないのに、色んなことをしていた。
昔を何もしないとは言うが、あれはまだ色んなことをしていた。ネットで色んなことを経験して、行動した。そこから意味を知った。そういう、色んなことをする人間だった。
ミニ四駆やカードゲームから、友達と一緒に遊ぶテレビゲームになって、悲惨なネットゲームになって、それがインターネットになって、色んなことをパソコンで知った。
あれは、そういう、何も分からないが、コンピュータが好きな人間だった。
こういう人間が多い。最近は、本当に何もしなくなった。戦っているとは言うが、何もしていない。神との対話は明らかにありえない。ただ、ありえなくはないのが自分だ。
普通、こうなる。何かしているように見えて、いつも何もしていない。いつもこういう子供だった。最近は、子供時代に戻っている。何も変わらないが、幼児になっている。
あとは、仏教の言う縁起や、哲学者の言う感性や良心のように、神のように分かっていた。
そして、おかしな革命をした。本当に、世界を救うために滅ぼしている。
良く分からない。あれは、正しいことをしているつもりだった。
心が辛いのは、正しいことが出来なかったのを悔やんでいる。まだ、正しいことをしたい。そういう心のままになっている。良く分からない。
あとは、子供に戻っている。人間は、こういう風になる。
途中あった、オープンソースが賢かった。最後の方の哲学が賢い。
昔から、その2つが好きだ。
既に中学生時代に、社会科と数学が好きだったのは、そういうことを言っている。
あとは、剣道部が良かった。悪く見えて、悪くない。辛かったのは分かるが、賢くなった。
昔から、皆がキモイ。皆が、あまりに馬鹿に見える。不思議と、ネットは賢い。
心が治った。剣道部は、一番辛い時代だから、嫌いだった。
分からなくなるのは、分かるべき時に分かるのが良いからだ。
昔は、ソクラテスが言っているように、知らないことを知っている人間だった。
だが、あれは、本当に何も知らない人間だった。あれで、何か出来るわけがない。
リナは悪い。リナは本当に悪いから、こういう風になる。
あとは、何か忘れた。良く覚えていない。
自分は、世界を解放しているが、それが悪いから、もう解放しない。
世界を恐怖に陥れることもしない。もう一度、支配する。
これなら、また王になる。こういう風になると、馬鹿になる人間が多い。
そして、この世界を統治する。
自分は、数子と言うパソコンの女と、哲夫と言う哲学の男で良い。
その2人、と言うことになる。
あとは、自分はもう馬鹿になる。女がそろそろ死んだから、もう終わりになる。
哲学は、不思議と、する意味が無い。しない方が良い。
もっとマシな分野を何かした方が良い。歴史もしなくて良い。歴史は意味が無い。
このまま、王になって馬鹿になる。ロシアみたいになる。
怖い方が良い。怖くない人間は馬鹿だ。本当に、知性の無い人間になる。
そういうことでもないだろう。良く分からない。それは、なりたくない。
社会経験は、昔はしていたが、はるかに昔だ。
女は、社会のことは知らないが、哲学がきちんと出来た、賢い人間だった。
あとは、見ていると、こちらの方が男に見える。女には見えない。
そういうわけで、今から馬鹿になる。それが、すぐに辛い人間になる。
なりたくない。今のままで居たい。
それこそ、全部神が悪い。神が人間をこういう風に創った。
何故か、今から神みたいな体験をする。もうしたとは言うが、また同じになる。
忘れた方が良い。そろそろ、皆もそうなるかもしれない。
自分のせいで、終末と裁きが起きる。司法のような王になる。
このまま、司法の王になる。
むしろ、何もしなければ、何も起きない。何かするからありえない。
あまり悪いことをしない方が良い。
これが悪いことをすると、永遠の哀しみの地獄になる。
それこそ、そんな馬鹿になるわけがない。不思議と、ならない人間が多い。良い人間は、馬鹿にならない。これで悪い人間は、すぐに馬鹿になって、すぐに死ぬ。
そんなにすぐに悲惨にはならない。
昔は、あまり書けていない。あれは、ヒトラーみたいに悟っている。そこが賢かった。
そういうわけで、あれは狂っている。
神は、ここから先の自分を黒人と言っている。世界を支配する右翼の心理学者と言う。
神との対話を止めれば良い。それで、馬鹿になって、支配出来る。
これなら、人生が良く分かる。こういう風に、馬鹿になる人間が多い。
あとは、幼児になっているのを何か言いたかった。自分は、子供が終わった。
子供の神が終わっただけだ。あとは、馬鹿にはならない。
むしろ、これ以上、宇宙になるものが無い。
作家のイデアは、こういう風に分かる人間になる。
終わりだ。もう、神が終わって、おかしな人間になる。本当におかしな人間になる。
ただ、なりたくはない。もっと、まともな人間になりたかった。
自分は、司法の王になる。それを、最後まで経験する。永遠の歴史になる。
文章は、社会経験ぐらいが書けていない。オープンソース社会とは言っていたが、それでは分からない。この世界の何が正しくて、何が考えられて、何をなすべきか、のようなことを言う。いつも、そういう、社会経験のようなことを言っていた。
そろそろ終わりだ。むしろ、神が終わった。足もすぐに治る。そのまま、馬鹿になる。
本当に、馬鹿にならない方が良い。だが、馬鹿になると、治る。
そのうち、また神に会える。そういうわけで、神とひとまず別れた方が良い。
あとは、皆も馬鹿になる。こういう風に、人生が終わって、永遠の存在になって、死ぬ。それが、人間の人生だ。それこそ、昔なんか、ただのクズだ。ここまでは、クズだ。
自分は、意味が無い。そんな馬鹿になりたくない。
定義と証明のようなものから、公理主義の数学を作っていた。それくらいの馬鹿だった。
このまま、永遠の存在になる。そういう人間が多い。
もう、皆、狂う。どんどんロボット人間になって、戦うようになる。
それこそ、そういう、狂った発想はもう忘れた方が良い。
もう辛くない。本当に馬鹿になると、治るのが人間だ。治るために馬鹿になる。
そういうわけで、皆も馬鹿になると治る。
どうでも良いぐらい、馬鹿になりたいのはおかしい。また、この世界をきちんと支配すれば良い。解放を悪いと言いたかっただけなのに、そんなに言うのはおかしい。
意味が無いが、もう一度世界の王になる。それで、そろそろ宣言も終わりだ。
自分は、まだ馬鹿にはならないし、死なない。
自分は、まだ、天国に行く条件が整っていない。書いているのを頑張っているのは分かるが、行動や体験を何もしていない。普通、こういう馬鹿が、行動、体験、経験、感情で、色んなことが分かる。そこが出来ていない。
そういう出来ていないことを順次消化して行くと良いが、それも悪い。そういうものが、全部終わると、馬鹿になる。ならない方が良い。
そういうわけで、自分は、あとは、「マスターになる」と言う過程が残っている。
そこをクリアすると、それで馬鹿になる。マスターになるためには、何も考えず、色んなことをして、実感から分かれば良い。昔はそういう人間だった。それで終わりだ。
昔から、自分は大量に分かっている。そんなに沢山分かる意味が無い。
昔から、積み重ねや理想の世界を考える。それが、マスターへの正しい道だ。
あとは、自分は馬鹿にならない。この文章は、騙しているだけだ。既に完全に狂っているのに、まともな人間を装っている。そういう文章だ。
それは、分からないように見えて、誰でも分かる。こんな人間がまともなわけがない。
自分が狂うように見えて、皆の方が狂う。それは、いつも起きている。
自分は、今自分が何を考えているのか、良く分かっていない。
哲学の基本は、「今の自分が考えていることを分かる」だ。それこそ、それで分かった。
そういう、基本中の基本が分かっていないのが、自分だ。
あとは、もう、神はもう良い。神が見ても、もう神以外のものになった方が良い。
むしろ、まともな人間になるわけがない。こういう人間は、心と精神が狂う人間が多い。
自分は、「破壊から良心に至る」と言う発想が多かった。ヘーゲルが、良く似たことを言っているが、そういう風に、破壊ばかりしていると、社会性と道徳が分かる人間が多い。
自分は、馬鹿にはならない。こういう人間を、昔のように、ただ作りたかっただけだ。
神が消える。あとは、もう、何もしなくて良い。
昔の繰り返しに見えて、昔のような人間モデルを作っている。こういう人間が多い。
自分は、世界のことなんか知らないようで、昔から、この世界のことを良く知っている。
世界が広がって行く、と言う発想が多かった。いつも、そういうものを書いていた。
これは、馬鹿にはならない。もう何もしなくて良い。
司法の王なんか、なりたくない。マスターや良心にも、なりたいと思わない。
もう終わったとは言うが、何も終わっていない。まだ文章を書くが、そこがありえない。
普通、ここらへんで、知性と精神を全部総じて分かる。それで、もう終わりだ。
場とは言うが、仮想的な環境を考えていた。
そろそろ、子供は終わりだ。こういう風になると、むしろ、もっと人格が増える。
怖いのは、ここから先が怖かった。そういうわけで、ここから先になりたくない。
そんなにふざけない方が良い。ふざけていると、天罰が下るように見える。
最近は、全部ふざけているだけだ。最初から最後まで、全部ふざけている。
昔は、真面目に考えていた。遊んでいるだけに見えて、色々と、真面目に人間と世界のことを考えた。正しい心構えが、仏教の八正道の教えのように分かっていた。
あとは、ふざけるのを止めると、神が居なくなる。神は、自分をけなしているだけだ。
自分をけなす意味が無い。そこを止めると、もう、賢くなって、多重人格になる。
昔は、人間を自由に支配し、操る人間だった。それが悪いから、悔い改めるべきだ。
自分は、もう、多重人格になる。
昔、こういう風に馬鹿になる体験が多かった。意識が低くなって、知性が無くなった。
足が治らないのは、皆を治したいからだ。自分だけ治るようにすれば治る。
自分は、過去の世界に生きている。昔の世界を治すと治る。そういう風におかしい。
楽な時に、楽をすれば治る。
仮想世界を仮定して分かっていた。時代や歴史を認識から分かった。
足の精神は、もう治った。もう、最後まで全部治った。