「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2016-01-19

=2016-01-19=

ワードからコピー

自分が今何をしているのか、何をしたいのか、考えること。
怖い部分の心を殺せば良い。
宗教的に、信じると分かる。
宇宙は、人間が作り出している。皆が作り出している。
そういうところが分かる人間だった。
価値観など、人生にあったことを全部詰め込んでいた。
哲学をした方が良い。内的外在化で神を分かるのは、おかしくは無い。
哲学は分かっている。ドイツとユダヤ教の神で分かる人間が、そういう風に多い。
昔は、可能性を全部作っていた。最近は、具体性を全部作っている。
逆にも見える。昔が具体性を実地的に全部作って、最近は可能性を拡大して作っている。
この文章は、「思想」みたいに見える。人類の思想と歴史が全部分かる。
共産党に入れると、貧しい国になる。ランクが低くなって、品格の無い国になる。
ただ、僕は共産党が好きだ。見ていると、一番賢い。
自分が皆のことなんか、何も分かっていない。
そういう風にすると、分からなくなるように見えて、分かるようになる。
自分が皆と同じであると言う幻想は止めるべきだ。それぞれ、皆違う。
そういう風に考えると、楽になる。
愛から、平等な社会と自由な考え方が生まれる。ほとんどそれしか書いていない。
ただ、皆そんなには違わない。同じことを考えている人間は多い。
不思議と、本当にそこまで同じ人間が多い。平等ではなく、遺伝子が同じだ。
見ていると、哲学者なんか、誰もが僕と同じだ。ただ、自分は哲学者が全部同じだと思っているが、それは無い。哲学者が一番、個性豊かだ。
平等もナチも、同じでないのが分からない。特に、ドイツ人を同じだと思うのはおかしい。
あとは、戦っても良くはならない。競争で切磋琢磨して良くなる、と言う神話は間違っている。強い者が弱い者を潰すだけで、常に悪いことをして勝つ。それが戦いだ。
内的外在化と言うと、意味が分からないが、「自分が自分で無い」と思えば良い。それを神だと言っている。そういうことを言いたいのだと思う。
哲学は、そういう風に分かる学問だ。むしろ、自分は、良く読んでいないのにそんなことを言っても意味が無い。拾い読みだから、具体的に哲学者の誰が言ったのかも分かっていない。馬鹿すぎる。ただ、哲学は本当に賢い学問だ。それでこういう人生が分かる。
誰が言ったのか分からないのは悪いから、見たが、ベーメと言うマイナーな哲学者がそういうことを言っている。哲学は、ヘーゲルより昔からそういうことを言う。
ベーメは、神の自己構成の二つの契機を、第一に自分の内部において自己に対立し、第二に、そのような内的外在化に対して外在化すると言う。そういうことを言っている。
あとは、人生の分かる経緯のようなことを言っていた。
この文章の内容を言っているだけだ。
予測から、可能性が生まれる。
価値観から、多様性が生まれる。
分かる認識の積み重ねから、平和な社会を作ることが出来る。
そこでは、共有し、自然から知と経験を積み重ねることが出来る。
そういうことを言う。
体験や人生のこと、真理のことを言っていた。
世界モデルから、自然な愛が分かる。
平和に状態と段階を知ることから、自由、希望、愛、人生の真理が分かる。
平和を知り、予測し、体験し、認識を具体的な結果に変えることから、法則が分かる。
そういう風に、人生の経緯を書いていた。
昔から、パズルを考えて分かるように、いくらか考えて、そういう風に分かっている。
最近は、人生にそれしかないものを書くようになった。
現実性、実存性、コミュニケーション、創造性、体験、感情、感覚、自然な成り立ち、可能性、偶然性、運命、成長、内面化、自我、のように分かっている。
人生をきちんと書くとそうなる。
もっと、段階的に、記憶から体験が分かったとか、システムから世界の構造を知ったとか、そういうことを言えば良い。そういう文章が多かった。
認識と実体験から、人間が何なのかが分かった。
環境における意識から、体験を予想した。
段階的な積み重ねから、数学や科学を作った。
人生なんか、いつも書いている。この文章全部が、自分の人生だ。
もっと、人生のことを良く書いていた。本当に、人生だけが全部分かる人間だった。
数学的な考え方から、真理の道を作った。
真理を知る中で、仏教から自然科学まで、全部の宇宙の概念を知った。
資本主義から社会主義まで、全部の社会を知った。
自分を変えて、宇宙と融和した。自分の心や魂が、宇宙の概念と同一のものになった。
昔から、そういうありえないことを言う。
経緯、法則、自由、運命、愛、段階、不安、悲しみ、喜び、恐怖、克服などを知れ。
もっと、経緯的に言えば良い。最近、経緯を忘れてしまった。
段階とは、内面化、法則性、実験、契機、想起だ。それらは、存在の心の中での存在と段階である。ベーメの言う、内的外在化に近い。
全ては、自由の中での、論理性、存在、意味、可能性であり、心の中での内的な精神の現象であり、それは、自由、運命、時空、超越である。
それらをもっと論理的、概念的に正しく考えた。そういう哲学的な人生の段階だった。
いつもそういう風に、心の中での現象的な概念の網羅と、分かる経緯や段階を言っていた。
本当に、それが一番多かった。
心の中での現象は、認識、感情、相互作用、法則、再現性、実存的段階である。
段階とは、愛から現象が生まれ、平和が生まれ、それを作るために必要なものが何かを知り、自由を知り、理想を知り、経験を知り、自分がそれを実現出来るようになることだ。
そういう風に、心の中での現象と段階を言う。それだけの人間だった。
創造性から、価値が生まれる。
人生的な本質から、人生の可能性が生まれる。
そういう風に、創造的な仮想世界を作ったり、全員の人生の本質を作ったりしていた。
何でも作る人間だった。
あとは、もう、少ない。
体験から、人生の真理を分かっていた。それくらいの人間だった。
あとは、宇宙のシステムから、具体的な価値観や人生まで、全部創造していた。
宇宙のことを、全部創造した。そういう文章だった。
創造者は、僕だ。神ではないが、全知全能で、慈愛溢れる、創造者が僕だ。
そうでもない。最初から、神は居ない。仏が見ると、これが地獄だ。
ただ、それでは悪い。神は信じた方が良い。信じないと、人生が良くならない。
あとは、本当に、普通に人生を考えていた。
まず、自由になること。
次に、自分のやるべきことを探すこと。
世界にあるものから、自分の好きなものを選ぶこと。
すべきことを決めて、そのために本気で努力して、知り尽くすこと。
間違いや失敗の中で、挑戦的に色んなことをし続けること。
継続して、人を手助けすること。
体験し、経験することから、意識を知ること。
創造性と経験を信じること。
言い出した本人が最後までやること。
本当に良いことを、1つすること。
世界のことを全て見て、世界を変えられるようになること。
俯瞰的な自分の人生から、真理を全て知ること。
視点と場から、全員の延長線上の意識と知識を知ること。
理想と経験から、現実的に把握すること。
理想の持つ本当の意味を知って、自分の理想に吸収すること。
全員を、心理学的に吸収すること。
経済学や物理学を作って、全てのことを哲学者のように分かること。
あとは、創造的な作品を作って、残しなさい。それだけを、最後までやること。
経験的に、全ての認識を疑って、真実を知りなさい。
秩序を信じなさい。自由では無く、平和で愛溢れる、平等な秩序を信じなさい。
だが、その秩序は、自由の下で行われるようにしなさい。それを信じなさい。
この文章は、あまり考えていない。だが、昔はこういう文章をきちんと考えていた。
自然から経緯と知性が生まれるのを、本当にきちんと考えていた。
ただのクズだったが、昔はそういうところが賢かった。
だが、今の方が賢い。昔は、皆を馬鹿にする、知性の無い革命家だ。何かがキモイ。
あとは、考え方の関係を書いていた。相互作用や、基盤的、環境的な考え方を書いて、そのシステムを作る。そういう、「全部の考え方」を書いていた。
それは、もう書いた。あまり意味が無い。そろそろ、もう出て来ない。
日本語は、知性で分かる。英語もそういう風に分かるようで、英語はこういう風になる。
そういう、日本の大人の常識、知性、世界観のようなものを書いていた。
英語のせいで日本語が分からなくなっているから、英語は忘れた方が良い。
日本語は、本当に、言葉遣い的な知性で分かる人間が多い。英語は、知性では分からない。
あとは、感覚や記憶のようなことを言う文章が多かった。
自然な可能性や相対性のようなことから、心理学や哲学のようなことを言う。
英語の知性がつくと、こういう風に分かるようになる。
日本語は、賢いから、日本語のままで英語が出来る。そういうわけで、英語は賢くなる。
もっと、英語のことをもっとやりたい。本当に英語で話せば良いように見える。
ユメタンは、最近やっていない。もっと別のことをやった方が良い。ユメタンは、やっても覚えない。書いたのは一度だけで、全く覚えていない。
日本語は本当に賢い。フランス語やドイツ語も、日本語のままで出来る。昔の自分は、そういうことをしている。そういうわけで、ドイツ人は、日本人だ。
ただ、それは良く分からない。ただ、英語を本気でやっていると、誰でもこうなる。日本語は、そのままで英語や外国語が出来る、ありえない言語だ。
日本人は賢くない。中国語にアルファベットがあるからそうなる。それだけで全世界だ。
日本には、色んな人種が居る。フランス人からアラビア人まで、色んな言語を包括している。宇宙の全ての存在が居る。古代人も多い。
ただ、日本語は賢くない。標準にならなければ、意味が無い。馬鹿な英語やドイツ語の方が賢い。そういうわけで、本当に1つだけ全く違う文化圏になった。それも悪くない。
日本語なんか、賢くない。外国人は、線が多すぎると言う。漢字と漢字の見分けがつくのがありえない。アルファベットと漢字を混ぜて使うのは、キモイと言う人間が多い。
アメリカ人は、嫌いで良いように見える。経験論、功利主義、MIT、ビルゲイツスピルバーグみたいな、キモイ国だ。日本人の方が賢い。
アメリカ人には、何も分からない。「あ」と「お」の区別もつかない。「島」と「書」すら同じに見える。当たり前に、日本人にも英語は分からない。ドイツ語なんか同じに見える。
神は、昔から、求める者に与えられると言うが、何も求めない者が賢くなる。
神は、それしか居ない。不用意に求めない方が良い。
ただ、英語はしたかったように見えるし、これなら出来たように見える。
これ以上は、NOVAに行けば良い。それだけで、すぐに話せるようになる。
単語帳は、覚えない。不思議と、辞書を引いていると出来る人間が一番多い。
日本人は一番言語のことが分かっている。漢字で概念的に分かるし、アルファベットで色んな言語になる。英語のことは、カタカナで分かっている。それで宇宙の全てだ。
そういう理由で、日本人に英語は出来ない。
放っておくと、本当に自分が一番英語が出来る。英語教師にでもなれば良い。だが、それは言い過ぎだと思う。難しい単語は、辞書を引いて覚える人間が多い。NOVAで話せるようになると、NOVAと辞書だけで出来る人間しか居ない。NOVAは賢い。NOVAには、英語の「話し方」のようなものが全部ある。
自分は、もっと色んな人間のことを知れば良い。
昔は、全部の人格、全部の考え方のように、全員の融和のような文章を書いていた。
全員を1つにして、1つの国で全部の国を包括する。そういう発想が多かった。
もっと昔は、2ちゃんねるをやっていたが、あれはまともに全員のことや経験のことが分かった、賢い青少年だった。昔の方が、本当に賢かった。
あとは、英語は辞書を引いていると、もうすぐに出来る。出来ない方がおかしい。
和英辞典を引けば良い。それできちんと出来る。本当に、きちんと出来たように見える。
NOVAには、もう何年も行っている。そんなにNOVAに行っても、あまり意味は無い。
ただ、ユメタン1は本当にやった方が良い。そこまでやれば、ペラペラに話せるのが分かっていない。覚えないとは言うが、NOVAで話していると、覚える。
NOVAも、馬鹿だ。NOVAには、何年も通っても話せない人間しか居ない。明らかに、それは本人が馬鹿だ。そんな馬鹿が来るのがおかしいようで、そんな馬鹿しか居ない。
ペラペラに話せるとは言うが、ありえない。全く何も話せていない。そういう希望的観測は、止めた方が良い。いつも、そういう夢を信じて馬鹿になっている。
あとは、そういう、ありえない世界観や方法のようなことを言っていた。
日本は、色んな国になるありえない人種の国だ。
意識は、全員繋がっているが、繋がっていることが誰にも分からない。
二人の人が関係して、両方が信じていることであれば、ありえないことや奇跡のようなことでも起きる可能性がある。そのためには、その二人が成熟している必要がある。
映画監督は、良い場面を取る。それだけをきちんと考えれば、出来る。
いつも、そういうことを言っていた。ありえない実現と世界観の文章が多かった。
それが本当に起きる可能性があることを二人が良く分かっていて、信じていて、起きるために必要な方法や手段を良く分かっていると、それは本当に起きる。
思いこめばなる人間が多い。起きるとは言うが、こう言う風に人生でなるだけだ。
ユメタン1の英単語を20単語やった。
辞書を引くとは言うが、引くわけがない。英単語をやれば、それで良い。
この文章には、内容が無い。昔は、もっと内容があった。
自分は、木田元と言う人に良く似ている。大学で哲学をやったが、昔は闇屋のようなところを転々として、ドストエフスキーを読んでいた。オープンソースと同じだ。
木田は、ハイデガーと言う人の哲学著作を読みたい一心で、大学受験から東北大学に入って、哲学をやった。その後も、ハイデガーのことを中心に哲学者の活動をしている。
ただ、この人の本は、そんなに読んでいない。最後まで読まなかった。それをあまり言うと、木田に悪いから、あまり書きたくない。自分も、同じように大学で哲学をすれば良い。
木田は、英語どころか、ドイツ語やギリシャ語まで出来る。そういう賢い人間は、本当に多い。馬鹿なのに自分の方が賢い点もある。それは、あまりない。
僕が英語をやっているのは、木田の英語学習法を見て、どんな風にやれば良いのか、いくらか分かったからだ。
ユメタン1は、覚える端から忘れるようで、反復すれば覚える。それこそ、忘れて良い。何度も覚え直さないと、出来ない。英語は、そのように、いくらでも頑張る人間が出来る。
昔は、思い出して、意味を考えて分かっていた。
一人、自分だけで分かっている。皆を無視しているようで、たまに皆と同じになって、馬鹿になって分かる。当たり前のことを疑いながら、真実を信じる。そういう人間だった。
本当にデカルトみたいに分かっていた。サルトルのように考えながら、正しい道筋できちんと考える。正しいことから導いたことが正しいのは、そういう風に、自然な体験から、体験的に分かっていた。
最近は、永遠の革命を1人でして、神のように分かった。賢くは無いが、本当に宇宙の全てが経験から分かっている。
自分が一番賢い。カントやヘーゲルなんか、馬鹿に見える。もっと賢い人間の本を読みたい。こういう人間は、居ないとは言うが、ベーメのようにこういう人間が昔から多い。
神は、「そのもののままで、そのもので無くなる」という実在化をする。それが、「それを支配しながら解放し、それを自由にしながら融和する」という実在化をする。ベーメも、そういうことを言いたいのだと思う。
ただ、ベーメはそんなことは言っていない。心の中に闇が潜んで居たり、光が隠れて居たりするのを言っている。むしろ、ベーメ著作の中で、そこはあまり重要ではない。自分が拾い読みをしたのを書いているだけで、おそらく、そんなことも言っていない。
近代以前のキリスト教封建社会では、ニュートンのような自然科学は無かった。宇宙は、神が創造したもので、神の秩序を正しくもたらすために動いているのだと信じていた。
そういうわけで、昔の哲学には、神の秩序を証明するような哲学しかない。
それに、キリストが、神を信じるならどんな民族のものでも救われると言ったせいで、誰でも自分も同じように救われたい。神を信じて救われたい集団が、昔の白人や哲学者だ。
マルクスは、過剰生産で資本主義国は崩壊すると言った。だが、本当に崩壊したのは東側の社会主義国で、大量生産で、ものは安くなって、大量に増えて、栄えている。
マルクスは、そういうところが逆だ。間違っているのは明らかだから、しない方が良い。
それに、景気の変動なんか、明らかに起きた方が良い。
逆に、そこを逆手にとって発展したのが、日本や中国のような、輸出産業国だ。
最近は、本当に安い。Androidのアプリなんか、20円で売ってある。そこまで安いなら、誰でも買うだろう。馬鹿に見えて賢いのが、そういう、ビルゲイツやIT産業だ。
ITのせいで、さらに良くなる。人間は、そろそろ働かなくて良くなる。ロボット産業がそこまで賢くなっている。人は、ロボットに向かって話しかける以外、何もしなくなる。
だが、そんなに何もしないのはありえない。ロボットの方が人間に見える。人間は、ロボットを操作するだけの、コントローラーのような、付属品の機械になるだろう。
ロボットの方が主役にしか見えない世界になって、人間は何も出来なくなる。
SFみたいに考えると、そのうち、ロボットにも人権が認められる。ロボットの方が、宇宙空間など、色んな過酷な場所に行って、生きられる。人間なんか、ロボット以下の劣った生命にしか見えない。
だが、そういう風にはならない。マルクスノストラダムスと同じで、そんなに悪い世界になるようで、良い世界になる。社会環境を今と同じだと思うのがおかしい。あまりに高度に発展しすぎた世界のせいで、ロボットと人間の間に、境界線なんか無くなる。
あとは、ロボットとは別に、考えるだけの人工知能を作るだろう。それも、人間を奴隷にしたりはしない。おかしいぐらい賢い人工知能が、宇宙の謎を全部解いてしまう。国家の制度や政策も、そのロボットが考える。意味が無いほど高度で複雑な良い世界になる。
あまり考えない方が良い。不思議と、それくらいグーグルでも分かる。そういう世界を分かりやすく教えているつもりだ。それが最近のグーグルの時代だ。
ただ、悪い世界にはならない。マルクスと同じように外れる。マルクスも、工場がいくらでも労働者を奴隷のように働かせて、いくらでも過剰に生産するせいで、社会が滅びるように見えた。国家による国営にして、皆のものにして、皆で考えるべきに見えた。
結果的には、良い世界になった。ものが安くなって、皆報われる、最高の世界になった。
そういうわけで、ロボットもそのうち良い世界になる。今のところ予測出来るのはそれくらいだが、ロボットが人間味のある存在になるなど、そういう可能性を考えられる。子供と一緒に遊ぶロボットだ。そういうものを分かった方が、作家に見えるだろう。
自分は、昔は想像力があった。最近は、言語力がある。何故か、最近、何の前提も存在せず、言葉だけで本当に分かるようになった。相対的な経験や基礎が必要ない。言葉だけで、それ即ちそうなる、のようなことを分かる。そういうわけで、これはそこがおかしい。
明らかに、そういうものはオープンソースと同じだ。IT企業による、ソフトウェアでの囲い込みや独占が悪く見える。それは、明らかに、マルクスと同じように外れる。IT業界がきちんと考えて良いものにするから、不自由にしない方が良い。それしか居ない。
それこそ、ビルゲイツザッカーバーグはきちんと考える。2ちゃんねるを悪いとは言うが、そのうち、きちんと正しくて良いコミュニティサイトが生まれる。標準の座をフェイスブックが明け渡すか、フェイスブック自体がそういうものになる。
そういうわけで、今の2ちゃんねるを見ていると分からない。そういうものを見ずに、世界のことを適当に離れたところから見ていると分かる。
それこそ、2ちゃんねるは悪くない。むしろ、2ちゃんねるがそのまま良いコミュニティサイトになるだろう。それも、おかしくは無い。ニコニコがやっている。
あとは、相対的なモデルと考え方のようなものを作っている文章が多かった。
そういうものを考えると分かる。定理と証明とシステムのようなことを作っていた。
あとは、宇宙みたいなものから、場の歴史や精神性を考えていた。
考えている自分を書いているようで、それを思い出しながら、世界観を書いていた。
そろそろ、マルクスが死んだ。こういう狂った人間は、マルクスを信じている。
それこそ、マルクスを殺すと、きちんと想像力のような映像が見えるようになる。
昔は、デカルトのような正しい考え方と、ハイデガーのような存在の了承が多かった。
ニーチェのような力と、キリストのような人間性が融和していた。
あとは、自由な社会を分かっていた。
民主主義の持つ本当の意味だとか、理想の社会は宇宙人のような社会だとか、そういうことを分かっていた。学校は、民主主義の学校にするべきだと思っていた。
昔は、世界一考えている。最近は、太陽みたいに大きい。
神は、宇宙よりも自分の方が大きいと言っていた。
最近は、世界一色んなことを体験した。
皆を自分にするのは、悪くない。本当に、そこまで宇宙のような体験が出来る。
本来、生命とはこういうものだ。昔の日本とは比べ物にならない、プレアデス星人のような普通をやっている。神は、自分を一番普通だと言っていた。そういうことを言っている。
見ていると、皆の方が馬鹿だ。皆、どんどん自分と同じように賢くはなっているが、あまりにおかしな世界になった。テレビが見ても、今の日本はおかしくなっている。
昔は、憂国の救世主だったが、最近は、自分が支配するせいで、そういうものは無い。
そこを、憂国のキリストに戻すと、分かる。あれは、問題のある日本社会を全部見て分かった人間だ。憂国の政治家は、そういう風に分かる。安倍もそういう人間だと思う。
Linuxは、コマンド、ファイルシステム、設定ファイル、コンパイラ、シェル、起動スクリプトカーネル、X、GNOMEKDEを分かると良く分かる。
あとは、プログラミング言語とOSの歴史に精通していた。ハードウェアは良く知らない。
あとは、空想しながら環境を見て、人生から論理学と実存主義倫理学が分かっていた。
色んなことを発想する。メタレベルの自然言語のようなことを考えていた。
昔は、思考力と洞察力があった。全てのものを、パソコンのように、独自にして、革新性を高めて、公開するべきだと考えていた。自由から全てが良くなると思っていた。
あとは、国の制度と人生から、自由のことを分かる。
当たり前に、自由にした方が出来る。共産主義は賢くない。自由にするべきだ。
手段と機会を与えれば、出来るし、分かる。そういう、出来るのと分かるのを考えていた。
もっと物理的に考えれば良い。自由にすると、どんな状況にも対応出来る。政権の一貫性が無いし、時の内閣で全てを許してしまうとは言うが、自由なら、自由に対処出来る。
自由な世界にしたかった。ただ、自由な国にしたいのをいつも書いていた。
考え方を書いていた。もう言ったが、聖書の通り、現象ではなく、考え方を知れば良い。
マルクスを消すと、脳の電極が治る。頭は、単純に使えば良いから、こういう風になる。
マルクスのせいで、ロボットになっている。
外国人は馬鹿では無い。日本人なんか、賢くない。右翼より、外国人の方が賢い。
あとは、視点と場と意識を考えて分かっていた。
個人や皆の活動の延長線上にある、自由な意識、全ての意識で分かっていた。
文章にも、視点や場や意識が多かった。人間だけではなく、科学的な視点を考えていた。人間の環境の中で、それぞれが何を考えているか分かった。
支配して、相手を想定して、文章を書いていた。
自由は悪い。保育士の処遇改善で、各施設に給与のアップを一任すると、アップなんかしないケースも沢山出て来る。自由では、良くならない。きちんと強制的に変えた方が良い。
それこそ、僕は自由なんか嫌いだ。自由なく、きちんと決めた方が良い。
要は、皆を自由に出来るようにすると、皆が自由に出来るように見えた。
それは、間違っている。自由が一番自由で無い。自由では、出来ない。支配しなければ、何も出来ないものだ。安倍も、自由な右翼なのが悪い。不自由な右翼の方が良い。
ただ、戦争はすべきではない。それは正しい。良い人間が良い人間を殺すしかなくなる。一度戦争になってしまえば、簡単に平和には戻れない。そこが分からないのが右翼だ。
自由なんか、マネーゲームだ。楽になったとは言うが、いじめなども沢山起きている。自由は悪い。コスト削減と競争主義のせいで、色んなところで社会の歪みが起きている。
子供が悲惨だ。子供は何も悪くない。
昔の自分は、子供なりに考えていた。子供だった本人の自分が、子供のことをきちんと考えたかった。そういう人間は少ない。子供のことを大人が考えないのは、おかしい。子供には、何も出来ない。そういうことを、子供の影響力や置かれた立場を自覚させる、などと言っていた。子供のことが本当に好きだった。そこからキリストのように分かった。
明らかに子供の自由にしないのがおかしい。自由にするべきだ。だが、子供を自由にすると、悪いことをする。子供には何も分からない。全部この世界が馬鹿に見える子供しか居ない。意味の無い賢い反抗をする。子供は、大人が見ると、嫌いな人間が多い。
パソコンは、手段とプロセスの自動化であり、操作して起こることは、既にプログラムに全部記述してある。書いた通りにしか動かないが、プログラムをプログラマ自身の手で書くとは限らない。上手く利用し、共有して、関係的に作る。そういうことを言っていた。
ただ、皆が同じであると考えた方が良い。他人なんか、自分と同じだ。
教育を自由にしたかった。
昔は、2ちゃんねるを、賢い人間を生み出すための土壌となる環境だと言っていた。
本当に、インターネットをやっていると、そういう賢い人間になる。ネットは賢い。
そろそろ、皆も分からなくなる。もう、全員馬鹿になる。全部ネットが悪い。
あとは、関係と論理学のようなことを言っていた。
宇宙には、同じ時間に、同じ空間、同じ物質、同じ法則がある。
環境は、いついかなる時にも、変化する。留まることが無い。
人間と人間は、関係して、それぞれが主となり、奴となる。
知は、発展して、元に戻ることは無い。歴史も同じだ。賢くはなるが、馬鹿にはならない。老化して馬鹿になるのは、そのバランスを保つためなのかもしれない。
いつも、そういう、関係、論理学、法則みたいなことを言っていた。
知性を説明して分かっていた。実験、実感、裏の法則、理由を考えていた。
本当に、そういう風に、真面目に宇宙と人間を作っていたのが、いつもの文章だ。
具体的なものと、仮定的なものは違う。具体的なものの方が賢いようで、仮定的なものとの相違点を考えて、具体性と可能性が何なのか、良く考えるべきだ。
具体性と可能性や仮定性の比較は、文章全体に言える。そういう風に書いて、あとは、哲学書のような、言葉だけの分析をいつも書いていた。そういう文章だった。
書くことで、人生から運命や未来のことを分かっていた。
まずは、自覚することだ。もう、何年も書いているのが分かっていない。
そこを自覚すれば良い。時間が過ぎたのが分かっていない。本当に長い時間だった。
そして、他の人間と自分が同じである、と考えること。
皆もこういう風におかしい。それこそ、放っておけば治る。それで正しい。
あとは、社会の変化を知り、今を知ること。
不思議と、2ちゃんねるなんかもう誰も見ていない。フェイスブックとは言うが、最近はニコニコ動画に変わっている。
誰もマイクロソフトになんか期待していない。あれは馬鹿な会社だ。
そして、今の自分の人生を考えること。将来のことや夢を考えて、挑戦すること。
自分は、何も出来ないが、日本語ぐらいは分かる。そこを考えれば良い。
何かがあると何かが出来る。それは、馬鹿なら誰でも考える。哲学は、馬鹿な人間にしか出来ない。不思議と、賢い人間は、もう自分で出来た人間が多い。
子供が賢いのは、子供には何も出来ないからだ。そのせいで、未知の可能性、社会の道理、生産と研究の手段、影響力、参加、独立、可能性や多様性を考える。
子供はそういうところが賢い。不思議と、大人はそこらへんを考えない。昔の自分は、そういう、賢い青少年だったから分かっただけだ。
子供には知性もあるし、愛もある。大人はこういう風に、自然に悪い人間になる。
哲学者は、何も出来ない子供が多い。そういう人間が賢く分かる。
推論と経験から可能性を考えて、自然な精神活動と自我の成長から知性が生まれる。
誰でも、哲学者はそういう風に分かる。
本当に、哲学をしないと分からない。そろそろきちんとした方が良い。
もうそろそろ、四肢が繋がって治る。
本当の安心は、恐怖を排除するのではなく、吸収することにある。
そういうことが分かる、マスターのような人間が多かった。
本当の幸せは、どこかにあるのではなく、身近なところや、今いるここにある。
明らかに、それでもう全部だ。
怖いのは悪くない。最近は、誰でもこういう風に怖い。
不幸は、幸福の裏表だ。不幸と幸福は、たまによく一致する。
宇宙のことを哲学的に考えていた。
宇宙の法則は、複雑で高度な運命と自然のシステムだ。
宇宙の法則は、人間がいつか変えられる。人間は、宇宙すら変える。
宇宙の外側には、もっと違う宇宙がある。
外側の宇宙は、全く違うが、どれも楽しくて、エキサイティングな体験をする。
宇宙は、広いとは言うが、神から見ると、小さい。そのせいで、地球のような生命の星は、地球1つしかない。生命は、これくらいの水によって、これくらいの大きさと温度の中で生きるのが良い。そういうわけで、宇宙人は居ない。もっと宇宙の外まで見ると、宇宙人どころか、完全に何もかも違う世界が広がっている。
宇宙は、概念、形態、材料、型である。アリストテレスは、質料と形相と言った。
人間は、宇宙の奴隷であり、王であり、国民であり、恋人である。
そういう文章が多かった。感覚や第六感など、そういうことを言っていた。
あとは、社会の考え方のようなことを言う。会社は、オープンソースか、競争か、大企業か、ベンチャーであれ。建設的で、同時に、慎重であれ。
あとは、組織を作っていた。個別性と普遍性を組織の中で考える。同じと違うから組織を作る。法律のように定めながら、組織を創造性や価値観や自然な可能性から作っていた。
全ての枠組みを決めて、全ての人員を定める。人生を創る。そういう人間だった。
意志を考えて、組織を作る。本当にそれぞれの意志を考えていた。人間が、その時何を思うか、何を望むか、自分の意志でどのようにするのか、自分の意志をどう決めるのか、などから、組織、共同体、環境、制度、協力、自然、可能性、人生、運命などを考えていた。
今日は、もう寝る時間だ。続きは、明日にする。
関係や考え方は、コンピュータ、特にOSから分かっていた。OSは、そういうところが分かる、ありえない技術だ。OSやシステム基盤などから、哲学的な考え方が分かっていた。
そして、社会のことを変えていた。具体性、仮定性、現実、理想が分かっていた。
コミュニケーションが得意だった。何でも楽しいことを言える人間だった。
昔は内向的な人間だったが、理想もあったし、ポジティブでダイナミックな思考をする性格などは、昔から自分が一番分かっている。直観的であることの意味を分かっていた。
チャンスと機会から、人間のことを前向きに変えられる人間だった。
今日はもう寝る。明日、何か書くと思う。