「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2015-10-01

=2015-10-01=

ワードからコピー

自由に勝っていた。
平等な生きる知恵から、自由で愛のある自然な社会が生まれる。
社会のことを考えて、分かっていた。
数字や人口を感覚と記号で分かった。
文章なんか、2ちゃんねるのように書いていただけだ。
昔になると、精神が治る。今の精神が悪い。
自由は、何もしないだけだ。
意識で全部分かっていた。頭の中では全部分かっていた。
精神と意識を研究すれば治る。
前提の構造を作っていた。
いつも、自由になって分かっていた。
自由になって、環境を思い出す。
自由になると治る。最近、自由になれなくなった。
事前の考え方を作って分かっていた。
比較して、覚えて、想定して考えていた。
僕の予言だと、もう終末が起きる。皆、馬鹿になる。
環境だけではなく、心が自由になって考える。
そこから、適応が分かるようになった。
自由に支配して分かっていた。自分の出来ること、出来ないことから分かっていた。
あとは、それぞれの経験を体験的に分かっていた。感情を信じて分かった。
昔には、戻りたくない。こんな馬鹿に戻る意味が無い。ただのネットオタクだ。
ただ、戻るしかない。昔はまだ人間だった。最近は、ハエみたいな虫だ。
最近は、皆の人生を書いている。
模範的な人生像が分かっていた。皆の人生が全部分かっていた。
それだけが賢かった。本に書いてあるが、人生は全部分かっていた。
宇宙の科学的な構造のようなものを、意識と言葉で分かっていた。
自由な経済システム、経済モデルのようなものを分かっていた。
代表とルール、会社と工場、組織とプロセスなど。国家の構造を作っていた。
そういう、最近のものが、全部虫だ。
もっと、昔に戻って考えれば、すぐに分かる。昔は、きちんと分かっていた。
指導者、システム、環境、組織、国家構造のようなものを考えていた。
昔は、意図の伝達を経験や環境から考えていた。
何かを言った時、その裏にある環境的な事象が、どう関係し、どう伝わるか考えていた。
経験、創造性、基盤を信じていた。影響力を考えていた。
意識と意識、感情と感情が伝わるレベルのようなものを考えていた。
言葉遣いで分かっていた。
法則を考えて分かっていた。その法則が本当はどんな法則なのか考えた。
あとは、仏教のように考えていた。無我の境地を分かったりしていた。
体験的に、皆の言葉から、社会がどのようになっているのか、分かった。
自分の経験から人生が分かった。繰り返し経験するうちに、宇宙が全部分かった。
基盤、システム、プラットフォームの中で、人間はどうするか、どうなるか、どうすべきか、基盤はどのようなものを作るべきか、のようなことを考えていた。
集積から、可能性が生まれる、と言っていた。自由な可能性の分かる人間だった。
何が何になるかを考えながら、芸術作品がどのように生まれるか、のようなことを考えた。
自由にこの世界を考えて、工場やプロセスや生産手段の実現を考えていた。
社会の可能性のようなものを、具体的な手段と経緯から考えていた。
今日は、昔の日になった。そろそろ、昔に戻る。最近は、狂っているだけだ。
きちんとマスターのように、人間の理由や人生の構造を分かっていた。
きちんと分かる人間だった。むしろ、何も賢くなかっただけだ。
人間の実存性のようなものを、実像と意識と存在から考えていた。
環境における人間の存在のようなことを、無我の境地から考えていた。
心理学的に、社会の形成を考えた。
ネットを色々と知っていた。賢くは無いが、職業や労働のことを全部分かっていた。
歴史を分かることで、分かる人間だった。
世界モデルを作って、人間の構造や、知性と精神の現象学を考えていた。
状況と場合をパソコンのように、実地的に考えていた。
いつもの文章は、このような人生の経過を書いていた。こういう人間だった。
いつも社会を書いているように見えて、昔はいつも、理科を書いていた。
知っている理科の構造を全部書いて、新発見やそのための方法を書いていた。
特に、生命の発生要因や、波の実際、電子や作用などを良く書いていた。
最近、理科が分からなくなった。何も覚えていない。もっと、学校を学んだ方が良い。
ソ連は、土地や家で決めたりしない。そういう発想が嫌いだ。全員、完全に平等にして、きちんと個人主義の自由のようにしている。ソ連が一番現代的な良い国だ。
日本史は、豊臣秀吉のところまで読んだ。そろそろ、江戸幕府だ。
秀吉は、朝鮮で地獄のような過酷な戦争をしている。日本人も、朝鮮人も、どちらも辛かった。朝鮮が日本のことを嫌いになるのは当たり前だ。朝鮮人は、悪くない。
日本には、そこまで過酷な戦争しか出来ない。犠牲になるのはいつも朝鮮だ。日本は、最悪の馬鹿だ。どこでも、日本史では、日本が悪いと言う。
人買い商人も横行して、修羅の巷と化して、沢山の人々が死んだ。朝鮮人だけではなく、日本人も辛かった。日本は、そんなに何も出来ない、辛い戦争をしたいのはおかしい。
日本は、嫌いな人間が多い。日本語を見ていると、サムライの国に見える。侍しか居ないように見える。何故か、ただの馬鹿な人間しか居ない。馬鹿な国だが、皆日本が好きだ。
最近は、自動車や洗濯機などの機械が生まれて、人間は楽になった。
だが、昔はそんなに辛かったわけではない。ものは無いが、奴隷や召使が居て、貴族なんか、何もしていない。農民の生活は苦しい。だが、武士や大名の生活は楽だ。
最近のパクリ経済は賢い。本当に大国になった。最近、何も悪くない国になったから、日本は好きな人間が多い。黒人やアジア人をきちんと支援している。黒人は、こんなに頑丈なテレビが作れるなんて、日本人は凄い、といつも言っている。それも、安い。
黒人が見ると、日本は良く見える。日本人が勝てるなら、黒人も勝てるように見える。
黒人は、アメリカと日本なら、日本を良いと言う。アメリカなんか、勝っても意味が無い。日本、アメリカ、ドイツ、ロシアなら、日本を良いと言う。他は白人の国だ。
日本は、黒人のヒーローで、英雄だが、何かが怖い。ソ連を良いと言う黒人が多い。
最近は、中国がヒーローになっているせいで、日本と言う人間は少なくなった。
地球上は全員日本が好きなのに、朝鮮と中国だけ日本が嫌いだ。当たり前だが、そこがおかしく見える右翼が多い。朝鮮だけ日本が嫌いなのは、理由が分かってもおかしく見える。そういう右翼が多いから、右翼は分かっている。
もっと、人生のことを考えれば分かる。昔は、そういう風に分かっていた。
体験から考えれば良い。皆のことを考えれば良い。
誰でも、普通、人生のことが良く分かる。もっと、経験して、経験のあり方のようなものを考えれば良い。何も経験しなければ、分からない。そういうわけで、誰でも分かるのに、自分だけ分かっていない。
むしろ、中国と日本は仲間にしか見えない。冷戦構造になっているのは、米ソが悪いだけだ。そういうわけで、敵は朝鮮しか居ない。ただ、白人が全部敵なのが悲惨だ。
日本に味方は居ない。外国人は皆日本が嫌いだ。
放っておくと、また朝鮮を植民地にしたがる。また殺すように見える。
日本は、ありえないほど悪い。そんなに馬鹿だから、悲惨な馬鹿に見えるのが日本人だ。
色んな体験をすれば、人生が分かる。
むしろ、一通り普通の体験を全部すれば良い。昔なんか、それをしただけだ。
朝鮮は悲惨だが、日本は黒人のヒーローだ。そして、白人の方が悪い。
白人は、差別をして、奴隷にして、殺す。ナチやアパルトヘイトや世界分割や植民地だ。本当に辛いから、誰もが嫌いだ。黒人を殺して、馬鹿と言いたいだけだ。
日本が一番良い。新しい時代だから、朝鮮人とも仲良くやれば良い。それが出来ない、日本人と朝鮮人の右翼が悪い。どちらもヒトラーだ。そういうわけで、民主党は善人だ。
つるめば良いのに、分からないのが、中国と日本だ。
冷戦と言うよりは、どちらが勝者になるかを争っている。そういう戦いが日中関係だ。
プーチンに勝って欲しい黒人は居ない。それで世界が滅びるのぐらい、黒人でも分かる。
誰もが共産党は嫌いだから、日本に勝って欲しい。黒人はそれしか居ない。
最近は、中国やイスラムが勝てば良いようにしか見えない。アメリカなんか馬鹿だ。
一番良いニュースだったのは、黒人のオバマがアメリカの大統領になったことだが、期待外れだった。大して何もしていない。日本の安倍の方が良く見える。
あとは、民主主義のことを分かった方が良い。
昔は、ネットで社会のことを良く知って、自由で分かっていた。
自分でマルクスのように経済学を作った。
だが、それは忘れた方が良い。ただの2ちゃんねるだ。
自分が左翼なのは、悪くない。日本人が左翼だと、善人だ。それこそ、ソ連は平等だから、アジア人や黒人の味方だ。日本人が左翼で、右翼なのは、ソ連が見ても悪くない。
そういうわけで、自分はソ連と黒人の仲間だ。
あとは、アメリカが悲惨だ。何も悪くないのに、皆悪いと言う。アメリカは、日本人なんか、クズにしか見えないだろう。アメリカでやっているイチローや松井が悲惨だ。
昔、マルクスみたいに経済学を作っていたのを、何にも覚えていない。何を作っていたのか、分からない。あったように見えないが、確かにあった。実地的に可能性を考えていた。最近、ゼロから作り直した。賢くは無いが、普通の経済学になった。左翼すぎて悪い。
もっと、日本のことや民主主義のことを分かりたい。それは、日本史を読んでいると、正しい。政治経済でもやれば良いようで、覚えても意味が無い。考えた方が良い。
ネットを知り尽くして、IT業界を知って、労働やアイデンティティを考えると、誰でも出来るのが、マルクスのように考える昔の経済学だ。
自由は、意志を良く考えれば分かる。手段や可能性がそこから分かって来る。それぞれの意志を尊重し、それぞれが努力し、それぞれが考えること。そういう風に社会を考える。
怖いのが楽だ。怖い方を取ると、楽になる。分かる人間が多い。
精神でも分析すれば良い。
昔は、精神を分析して社会のことを考えていた。理想の社会はいつどのようになるかとか、どんな社会がどんな社会になるかなどを、精神から考えていた。
また、ネットを見て、人間との会話を使って、実験して分かっていた。
そろそろ日本史は江戸幕府だ。そろそろ面白いと思う。
国家からの自由、会社からの自由、と言った発想が多かった。
そういう理由で、共同体、自由な人生、集団と個人を考えている。
あとは、昔から、左翼の右翼だ。ナチは嫌いだったが、昔から救世主のような人間だった。
どちらが悪魔で、どちらが神なのか、分からない。
昔を悪魔と言うが、こちらも悪魔に見える。最近を神と言う意味が無い。
平和な秩序を信じていた。自由な中で、平和な秩序を実現する方法を考えていた。
あとは、とにかくパソコンをしていた。ネットの廃人だった。
そういうわけで、パソコンは好きなように見えて、嫌いだ。ゲイツを倒すしかない。
パソコンで色んな活動をした。何から何までやっていた。
労働は、建築から土木工事まで、色んな労働の経験を考えて、想像力で分かっていた。
自然や価値観をパソコンで分かった。
数学者のように、コンピュータと知の創造で分かっていた。
世界は自然の積み重ねであり、認識と価値観の共鳴だ。
そろそろ、怖い方を取れば良い。それで楽になる。
楽な方、怖くない方を取っていると、キモくなる。戦う人間が分かるだけだ。
戦っていると、賢くなる人間が多い。戦いたくないのが、一番馬鹿になる。
あとは、それぞれの意志と経験を考えていただけだ。
ネットは悪くない。戦っていると、分かる人間が多い。もっと、戦った方が良い。
そういうわけで、戦争は賢くなる。戦争はあった方が良い。戦争出来ない国にしたいせいで、国民が馬鹿になって、何も出来なくなる国が、ソ連だ。
戦争した方が賢いのが、日本だ。本当に、日本人の方が賢い人間になる。
僕は、平和が好きだ。自由から平和な社会を作ることが出来ると、いつも言っていた。
自由は、戦うことも出来るが、平和にすることも出来る。
平和のためには、教え、導くことだ。支配した方が平和になることもある。
だが、そうではない。平和にならないと言うよりは、戦うべき時もある。
人間は、怖い方を取って、戦っていた方が楽で、賢くなる。
宇多田ヒカルのように、敵を倒して、支配していれば良い。それが一番賢い人間になる。
自由で平和と言うのは、おかしくは無い。普通、自由と愛が平和だ。
だが、一度はきちんと戦うべきだ。それできちんと分かる。そういう人間も多い。
自分は平和が好きだ。それもおかしくは無い。自由が平和だ。
むしろ、本当に平等の方が良い。ソ連の影響から、自由をナチと考えるようになった。
ただ、従わない自由が平和なだけだ。
支配なんか、しない方が良い。自由と平和を謳歌していると、本当に楽になる。
むしろ、戦争なんかより、自由と平和の方が賢く見える。
そういうわけで、昔から自由と平和が好きなのが自分だ。
自由には、平和にも、戦争にも出来る、可能性があると言う考え方がある。
そういう風に考えると、哲学が出来る。場には、可能性が包括されている。
つまり、ソ連を倒せば良い。ソ連が悪いだけだ。誰でもソ連を倒すと賢くなる。
ソ連は黒い。良いわけがない。こういう国だから、世界を馬鹿にしていじめる国になる。
正しい国にも出来るし、可能性がある国にも出来る。そういう、自由には可能性がある、と言う考え方が多かった。自然から、全ての多様性が生まれると言っていた。
あとは、賢いことを言っていた。
数学的な方法、プラットフォーム、相対的な実現、場と目線のように、賢いことを言う。
中国語とアラビア語、日本語とドイツ語などを、歴史と数学的知性の視点から考えていた。
視点と言っていた。視点と言うだけの文章が多かった。
自由に国の構造を作って、内部の要素を全部自由に変えられるようにしていた。
環境とは、意識的な本質と基盤の準備と整備である、などと言っていた。
因果性、依存性、意味、状態、基盤など、賢いことをいつも言っていた。
もう終わりだ。そろそろ全部書いた。
自由な社会を作る、可能性の文章が多かった。
教育から宗教、国籍や言語、国の体制まで、全部自由に考えていた。
特に、国の体制と思想を考える、自由な文章が多かった。
知性とは、準備である。そういうことを言っていた。
永遠と、色んな体験をして分かっただけだ。それを思い出せば分かる。意識で分かっていた。いつまでも、魑魅魍魎のような体験をしていた。いつもそれで分かっていた。
あとは、いつもそれしか無くて、次の一つにしか続かない、そんな文章を書いていた。
オープンソースのような文章だった。思考の記録から、世界の構造を作っていた。
皆の人生と社会の構造を考えて、どこに問題があるのか、どこをどうすれば良いのか、考えていた。教育を悪いと言っていた。ネットの方が良いと言っていた。
だが、それはそれでおかしい。教育は悪くない。自分の性格と趣向が悪いだけだ。自由な人間なんか、どこにも居ない。全部自分が悪い人間が多い。受け入れないのがおかしい。
だが、自分は良かった。本当に良い人生を生きている。もっと自由にすれば分かる。
自由な体験をさせれば、誰でも分かると思っていた。そういう、自由にこの世界を分かったのを、いつも書いていた。会社ではなく、引き篭もりの不良の高校生として、自由な経験と活動で分かった。それを書いていただけだ。
感情豊かになって、自然な経験から感情で分かる。そういう、感覚と感情を書いていた。
あとは、ネットは自由なシステムで、自由に場が生まれ、多彩な社会になると言っていた。
海や空を生きていると言う。そのような、見なすことによる、概念の表現化のようなことを言っていた。地球の意志のように、進化を考えていた。
宇宙の全て、この世の全てを書いていた。そういう文章だった。