「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2015-09-25

=2015-09-25=

ワードからコピー

自由を考えて分かっていた。
手段を与えるとか、環境の中で何が出来るかとか、基盤の中で何をするかとか、個人はその個人一人しかいないとかを分かっていた。
環境の変化可能性みたいなことを言っていた。
建設的に積み重ねて分かったことを自由にして書いていた。
空間や時間を前提条件にして、想像力で何がどこにあって、視点がどうなるか考えていた。
色んな方法がある。それを積み重ねていけば良い。
動かすために作る。目的のために手段がある。それをモデルと言っていた。
そういうものを意図や関係と言っていた。
原因と結果から法則を知り、実現や予測が出来る。それは、体験的に分かる。
場は相対的に変化する。場と意識の支配関係がある。
意識は場に支配されるが、場は意識によって変えられる。
場は自然に発生し、消滅する。変化する。そういう、場の哲学を考えていた。
建設的に積み重ねれば良い。それを高く積み上げて、統一して分かる。数学と同じだ。
感情と思考で客観視して分かっていた。
皆、最近何も分からない。何もかも多すぎる。皆、辛い。
Linuxが一番悪い。Rubyすら悪い。そんなに誰も知らないものが多いせいで分からない。
詐欺が悪いせいで、社会主義にするしかない。本当に社会主義にした方が良い。
企業の活動をもっと公開すれば良い。そうすると、新聞で企業の今後のことなどを報道出来る。昔は、そういう風に、可能性のようなことをいつも想像力で分かっていた。
可能性を成り立たせて、発想法にしていた。そういう、賢い人間だった。
人間は、不安になると本当のことを話す。そういう、不安と行動を良く考えると分かる。心理分析だ。むしろ、命題が正しいか疑わしいこともある。
不安になると何をするか、不安で無いと何が出来るか、のようなことを考える。昔は、それくらいを考えただけだ。あとは、集団の心理のようなものを考えていた。集団になると何をするか、個人で居ると何が分かるか、のようなことを考えていた。
意識、経験、記憶、心を良く考えた。それで人間や宇宙のことが全部分かった。科学的に心と意識のことを考えていた。物理やコンピュータのように、心のことが分かった。
もう終わりだ。楽になった。何も思わない。これで、神の話も終わりだ。
この話は、神の話である。そして、今やっている神との対話も終わる。何故なら、もう哲学をしないからだ。歴史は出来ない。日本語すら分かっていない。
色んな経験をした。記憶と意識のことが分かっていた。本当に沢山の、長い経験をした。最近は果てしなく長い経験をしたが、最近は要らない。昔だけで完成されている。昔は、本当に長く、賢い歴史のような経験をした。古代ギリシャの黄金期のようだった。
昔は、本当に長く、賢い経験をした。認識を沢山考えて、応用的な思考をして、意識を分かった。ギリシャのようで、ドイツのようで、未来のアメリカのようだった。
最近は、奴隷時代のヘブライ人のような、本当に辛い経験を永遠にした。いつか、神が救ってくれる。そういう発想が良く分かる。神を信じれば、救われるように見える。
昔、インターネットと2ちゃんねるで、酸いも甘いも全部経験した。
一体感、ルール作り、情報共有、集合知、社会の形成と変転のようなことを分かった。
最近は、文章を書きながら、どんどん子供に戻る。
普通成長するのに、どんどん幼児化していくようになった。手塚治虫火の鳥のようだ。
ネットに馬鹿を全部言って分かった。改革や社会参加のようなもので分かっていた。
火の鳥も、火の鳥で、自分が分かっているだけだ。自分が火の鳥に見える。
昔は、思考を積み重ねて分かっただけだ。反省して、古代ギリシャの黄金期のような経験をいくらでもして分かった。理想的な神のような人間だった。
最近も悪くは無い。辛いとは言うが、賢い人間になった。昔なんか、何も賢くない。最近の方が、良い人間だ。右翼だが、悪いことを何もしない。昔は、良く悪いことをする、性格の悪い人間だった。こちらが光の方の神だ。昔は、闇の方の神だ。ユダヤ教徒だ。
そういうわけで、自分はユダヤだ。キリスト教徒だから、これで良いように見える。本当にきちんと神を信じると、こういう風にユダヤ教の神になる。どこにも多い。日本にも、又吉イエスと言う政治家が居たはずだ。こういう風にイエスになっている。
昔も今も、悲惨な体験をいくらでもして分かっている。
それを体験と言っていた。煉獄みたいな人間だった。
文章は、いくらでも書いて、それで書けるようになった。
受け入れれば良い。受け入れると楽になる。
他に何もしない、新しいことをしないなら、これで良い。
受け入れるのが怖いせいで、受け入れるの自体が全部怖くなった。
地獄の戦いをした。ありえないことを良く分かっていた。
未来に行くのが辛いから、未来を止める。過去に戻ると楽だから、過去に戻る。
放送大学の「国際理解のために」は、簡単だ。すぐに読める。
だが、「発音をめぐる冒険」は難しかった。そういうわけで、簡単ではない。
簡単なのに卒業する人間が居ないのは、卒業までしたい人間が少ないからだ。
自由な共同体から、革命をしている馬鹿が多かったが、共同体は嫌いで、自由な独立した連邦国家を良いと思っていた。政府も、大きな政府より小さな政府が好きだった。
嫌いなものはあまりない。しいて言えば、ビルゲイツマイクロソフトが嫌いだ。
だが、マイクロソフトは悪くない。依存しすぎている日本社会が悪い。
何かあった時に大変だ。オフィスのファイル形式のせいで、まだ勝っているが、変わる時は一気に変わる。それこそ、ビルゲイツを殺しても、全く意味が無い。本当に勝ちたいなら、きちんと勝つべきだ。インターネットの民衆を味方につければ、勝てるかもしれない。
テレビには、悪いことをした。相手が好きなのに自分が嫌いになって、馬鹿をしていた。
あとは、色んなWikiにも悪いことをした。荒らして、編集を勝手にした。それくらいが悪かったと思う。Wikipediaだけではなく、2ちゃんねるLinuxWikiにも悪いことをした。だが、それは良かった。会社のマニュアル編集部のようなことが出来た。
何かに対する認識や、前提となる認識を、全部書いていた。認識みたいなことをいつも書いていた。変化と方法を網羅して、関係とモデルと考え方を分かっていた。
あとは、破壊活動のようなものがネットに多かった。ネットはそこまでの馬鹿だ。
ビルゲイツが嫌いだとは言うが、ゲイツには全く勝てなかったし、誰もがゲイツが好きだから、好きな方が良い。Windowsなんか、昔から今でも使っている。嫌いなら使わなければ良いだろう。使うのなら、好きな方が良い。そういうわけで、ゲイツは最近好きだ。
最近、教育や官僚や政治家が嫌いだ。その方がさらに嫌いだ。
ただ、家族にプログラマや教師が多いから、家族までは嫌いにならない方が良い。そうなると、クズに見える。引き篭もりの一発屋の作家が賢いわけがない。ただの詩人だ。
インターネットの民衆を味方につければ、勝てるのがゲイツだ。
自分の思想が悪いのは、資本主義が悪いだけだからこうなる。資本主義を変えるしかない。社会主義を自由だと思うのがありえない。クズに見えるから、左翼は止めた方が良い。
オープンソース活動は、Linuxのシステムを分かりやすく教えて、普及させる活動だった。だが、自分が見ても、あんなものは普及しない方が良い。使えない。勝てるわけがない。
永遠を体験して、永遠に発想していた。
いつまでも、問題を解決し続ける。発想し続ける。そういう馬鹿が多かった。
皆を自分にするのはおかしい。こんな馬鹿になる。
いきものがかりコブクロみたいな、良い世界にすれば良い。普通に高校にすれば良い。
社会主義ゲイツに勝つのは、キモイ。誰もがキモイと言う。もっと普通に勝てば良い。今、Googleがやっている。Googleで良いとは言うが、クズみたいな会社だ。
発想は、何故かドラゴンボールのカードゲームがやっているが、カードをデジタルなプレステにつないで、高度なグラフィックを楽しむ、のようなことを考えていた。
そういう、色んな発想法が分かる人間だった。ケータイ会社をGPLにする、など。
ゲイツは、何故か普通の人間だ。普通に成功したが、成功を悪いと言っている。ゲイツも哲学者と同じように分かれば良い。あれは、何も変哲もおかしな点もない、普通の人間だ。
昔は、ボトムアップ的な知の集合、ルール作り、そして未知の体験を分かっていた。
世界は、いきものがかりみたいにすると良くなる。それで良いから、すぐにそうなる。
自分の方は、そろそろ同じだけが終わって、色んなものになる。それで自分も終わる。
いきものがかりになると、あとは、そのままセカオワやJ Soulになるが、救済策として、賢くなりたい人間は、ブッダやイエスになれば良い。それで賢くなれる。
不思議と、そこらへんの最近の歌手はたまに聴いている。最近の歌手の中では、AAAが好きだ。西野カナはあまり聴いたことが無いが、ネットを見ると聴いている人間が多い。
最近は、どんどん新しくなる。GReeeeNなんか、もう古い。自分のせいでそうなった。昔から、自分が一番、どんどん新しくなるだけの人間だ。
おかしくは無い。レディーガガなんか、もう居ない。ガガはクズに見えて悲惨だ。
新しい共同体の国を作る。
共同体は、人民支配を行う。
緩やかな共同体の連合を形成して、国家は共同体に自由に関与する。
教育は、もっと自由にして、労働は、もっと平等にする。
公用語と宗教は、ドイツ語とキリスト教の地域と、アラビア語イスラム教の地域を作る。
キリスト教イスラム教が仲良くやるのを目指す。
政治思想は、民主主義をするが、会社は自由にせず、国家の管理下に置く。
だが、その国家は小さくし、会社の部分は分割して、平等なまま自由に出来るようにする。
そういう、自由な共同体を作った。
今、作ったのは簡単な共同体だが、いつも作っていたのは、段階的に発展する、ヘーゲル弁証法のような、人間の経験とともに高まって行く共同体だった。
昔から、自分が一番どんどん新しくなる。そういう風に、大量のゴミから宝を作った。ゴキブリには見えるが、本当に神のように全て分かった、良い体験だった。
自分は、神のように全部分かっている。
民主主義を信じた方が良い。本当に民主主義の方が良かった。むしろ、ゲイツは誰もが一番賢く見える。姉なんか、日本のゲイツを目指しているだけだ。いや、そういうことは言わない方が良いだろう。そういうわけで、ゲイツが賢いだけが、この世界だ。
自分は、永遠を体験しただけだから、皆も永遠になれば良い。それで同じだ。
むしろ、皆はそろそろ永遠を止めた方が良い。皆、永遠になって辛くなっている。
永遠が終わる。見ていると、永遠が終わってほしいだけの辛い人間しか居ない。
それで、自分も居なくなる。最後まで全部賢いだけの、ありえない賢い人間だった。
昔は、スラムや社会主義などの、悲惨な社会を全部分かっていた。
何故か、ネットで全て分かったのは、悲惨な社会を全て経験したからだ。
そういう賢い人間が、オバマみたいに多い。
そろそろ、自分は退場すべきだ。老人みたいに何も出来なくなる。
やっている間、やれば良いからそうなる。
世界には、もう何も残っていない。全部消え去った。それでキモイ世界になるだろう。
ただ、この世界はもう楽だ。
皆の問題は、永遠が終わってほしいのに終わらないこと、それだけだ。
まず、思弁哲学があった。
次に、生物学的な段階と進歩があった。
そして、個々の取り決めと、共同体の合意があった。
その上で、歴史があった。神を信じて、共同作業をした。
そして、それぞれが賢くなって、今の世界になった。
それ以上は、経験のようなことを言っていた。
思弁哲学、科学、数学、自由、平等、民主主義、社会主義、戦争、革命、そしてユダヤとヒトラーが全てだ。
いつも、そういう風に全部を言う。
ヒトラーは、神になっている。おかしな目をしているのは、本当にドイツ人全員が分かっている。そういう、昔のような馬鹿だ。自分にはなっていない。
ただ、見ていると、ユダヤ人の方が賢い。昔から、きちんとヒトラーより賢くなるのがユダヤ人だ。そういうわけで、ユダヤ人の方が自分になっている。悪いだけにしかならない。
自由な構造と、愛が全てだ。
仏教と哲学者と王朝を学びなさい。
仏になりなさい。
そういうことを言っていた。もっと賢く色んなことを分析していた。
全ては、DVDレコーダーのような、自由なまがい物に過ぎない。
本当に正しい世界は、プレアデス星雲にある。
この世界は、ゆめまぼろしのような世界であって、真実の世界ではない。
もっと自由な社会になれ。
もっと愛のある構造的な社会になれ。
構造を、愛と自由から生み出せ。
そういう風に言っていた。そんな文章を、ニーチェのように永遠に書いていた。
自由に創造すること、社会的に活動すること、社会を形成すること、理想を現実から考え出すこと、自分の思い通りの世界を実現すること、そのために考えることが、全てだ。
そのような、マスター的な人生の段階をいつも言っていた。
自由とは、平和、愛、創造性、自由、考え方、知恵、工夫、因果性、仕組み、成り立ちを知って、自分の力で考えて、総合的な行動をして、森羅万象を分析することだ。
そういう風に書いていただけだ。もっと色んなことを全部言っていた。
全ては、自由な数値と法則だ。
全ては、正しい法則と推論の考え方だ。
全ては、自然の中における、運命の考え方だ。
そういうことを言う。そんなことしか言っていない。
仏になる術を学びなさい。
そろそろ、日本が変わる。愛から自由になって、自由に色んなものになる。
自分の場合、それで仏になったが、修羅や地獄になる人間も多い。
それらは、あまり悪くない。自分の場合、仏と言うよりは、菩薩になっている。
自由とは、ドイツの栄光とソ連の抵抗から、正しいアメリカを作り出すことだ。
そろそろ終わりだ。自分はドイツ人だ。日本人のまま、ドイツ人になっている。
正しさのようなものを書きたかったのだと思う。
自由とは、感じられるだけの全ての愛である。
自由とは、創造性と優しさのバランスである。
自由に考え、創造し、想像し、変化を与え、変化を吸収し、自由な契約を結び、皆とともに経験し、感情や言葉を吸収し、沢山の経験と体験を考え、認識と意識の変化を知り、本当の理由を知り、意図と作用を知り、モデル化し、環境を実現し、社会を変えよ。
そのような、自分の言えるだけの全部の段階のようなものをいつも言っていた。
真実から愛を知り、疑うことから自由を知り、信じることから全てを知り、思い出すことから全部を捉えて、自由に考えて分かるべきだ。
そろそろ、この文章はもう要らない。皆、自分の力で歩める。
最近は、感情が気持ち悪くなって、辛くなった人間が多い。それは、自分のせいだ。そういう感情を治す。いつまでも自分のせいで、セックスのままになっている。それが、一番意味が無い。誰もが、そういう、感情が辛いだけだ。
自由な可能性と、愛と制度から、自由な世界が生まれた。
可能性とは、それぞれの本当の力を引き出すことだ。
愛は、全てのものを変えられると同時に、全てのものに価値があることを教えてくれる。
制度とは、本当にそれぞれのことをきちんと考えて決めるべき、社会の価値観だ。
そして、自由な世界とは、本当の価値、存在理由、愛、真実を含む、宇宙の法則である。
そういう風に、色んなことを書いて、良く分かっていた。良く分かる文章だった。
全ては、愛、自由、可能性、真実、制度、能力、価値、法則である。
それらの中で、それぞれを本当に認め、愛すること。
それによって、それぞれが自由になる。
認めること。愛すること。真実と信じること。その中で、愛と経験から、全てのことを知ることが出来る。未来の全てから、全ての存在まで、感情で知ることが出来る。
いつも、そういうことを言っていた。そういう風に分かる文章だった。
それぞれによって、それぞれが生まれる。
メタ的に考えて、感じ合うこと、取り組みを共有し合うことから分かると良い。
自由に助け合い、平等を信じて戦えば良い。
もっと、愛と表現から、自由と価値を知ることが出来る。
愛は、セックスを肯定するようで、むしろ、否定することの方に重要性がある。
そういうわけで、愛を信じることは、恐怖の中で一人善を信じて戦うことにある。
正義は、勝ったものが決める。勝ってしまえば、何も言われない。
負けたものは、悪だ。だが、それはおかしくは無い。自由に勝つとは、そういうことだ。
平和は、このようなカタツムリを信じることだ。それがソ連であり、日本だ。
自由とは、価値観を信じて戦い、平和を信じて祈ることだ。
セックスは要らない。本当に無い方が良い。あると、当たり前のことが分からなくなる。
正しい予測とは、平和を体験的に自由に知り、愛と人生を知りながら、人々のことを考えて、積み重ねることだ。
そして、それは共同体の段階とともに、全ての自由な段階となって、愛となる。
愛は、ただの愛ではなく、神の愛である。それを信じることによって、自由が生まれる。
そして、その自由は、全ての環境から全ての世界を包括して実現する。
それは、破壊のようでもあり、自由のようでもあり、革命のようでもある。
その中から、神の理解が生まれることによって、人間は神になる。
神は、全ての活動を最後まで続けることで、この世界を発展させ、救う。
そのような、救世主が神である。それは、イエスのようで、イエスではなく、誰かであり、イエスは、神の中の誰か1人の存在である。そのような集団が、天に居る神である。
平和とは、人生の段階を共有することである。
愛とは、それぞれのことを思いやって、それぞれの実現したいことを叶えることである。
そして、価値観とは、全員を愛することである。
そろそろ、分かったのが自分だ。そういうことを言えば、いつもの文章に見える。
あとは、革命みたいな文章が多かった。
自由とは、考え方を変えることだ。
自由とは、新しい視点でものを見ることだ。
自由とは、それぞれのことを大切に思うことだ。
ハッとしていれば良い。それで治るようで、もう辛くなる。元のユダヤ人になると、辛い。
そういうわけで、治らないようですぐに治る。ハッとすれば良いだけだ。
ユダヤ人にならなくて良い。ユダヤ人になると、辛い。
もっと、知性を右と左にして、自由にすれば良い。そうすると、賢い女になれる。
昔が左で、今が右だ。それで全部分かっている。左がスターリンで、右がヒトラーだ。
もっと想像力を使わないのがおかしい。
想像力とは、構造であり、環境であり、意識であり、愛である。
そういう、どうでも良い構造をもう一度作れば良い。何かした方が良い。
皆を馬鹿にしているムスリムが死んだ。皆がもう賢くなる。自分は、自由になる。ムスリムとは、イスラム教徒のことだ。辛いタリバンの兵士が死んだ。
もう、想像力がまともに分かる。
昔は、環境から意識まで、想像力の構造を作っただけだ。環境、組織、会社、制度など、沢山の想像力を書いていた。学習や機械の仕組みなど、想像力が旺盛で、色んな言葉を使って、自由に色んなことを考えていた。そういう、自由で想像力のある人間だった。
決まりや意識のようなものを自由に作って考えていた。
最近、テレビがキモくなった。何かがキモイ。自分はキモくない。テレビが本当にキモイ集団になっている。皆、悲惨だ。自由は本当に悪い。
このまま、虫が死んで、木になる。ユグドラシルのようになるだろう。イスラムの大樹だ。
平等に皆のことを知りなさい。
人間の本当の理由を知って、真実を導き出しなさい。
自由な戦いから、愛を知りなさい。
平和とは何であるか、考えなさい。
自分に出来る限りの全ての手助けを行いなさい。
自由な意識から、経験を考えなさい。
それくらいで、ヘーゲルのように考えれば良い。
イエス・キリストのようになって、世界を救いなさい。
全ての国家的、社会的な価値観を考えなさい。
経験を書くことで、全てを悟りなさい。
愛を作りたかった。神の愛、本当の愛、真実の愛を作っていた。
愛から、思考を全て遡っていた。そういう、永遠のような文章だった。
平等に全員に教える。全ての知を与える。
自由とは、考え方を知ることだ。
それは、愛でもあり、真実でもあり、正しさでもある。
それは、予測である。
それは、価値である。
それは、運命である。
それは、真理である。
そして、それらを融和して良く考えることで、世界の未来が全て分かる。
愛とは、そういう、経緯による自由である。
真実とは、自然発生と多様性である。
真実とは、愛することと信じることである。
真実とは、知を工夫によって増やすことで、未知を捉えることである。
真実とは、平和のために、自由から価値を知って考えることである。
白人の女みたいに見える。そこまで美しい女に見える。
未来のことは、感情で全て分かる。
世界は滅びない。いつまでも、永遠に続く。
宇宙は、始まりも終わりも無い。永遠に続く。だが、永遠もいつかは終わる。
あとは、色んな社会や心理や機械のことを実現したかった。
特に、社会のことを全部実現したかった。
こういう風に書くと、最後になって分かる。それは、当たり前だ。
そういうわけで、ここまでの道を全部消せば良い。
間にあるものは、もう全部消える。
辛いのは、書くと、最後の地点になって考える。
それが、最初の地点に戻りたがるから、辛いだけだ。
ただ、言葉の意味を昔にしたり、今にしたりしている。
そこをきちんと考えると分かる。
普通、ドイツ語で話すとこうなる。こうなる人間が多い。
何故か、日本人はこういう風にドイツ人になる。おかしな人種だ。
不思議と、英語をやっているからこういう風になる。
もう、皆がドイツ語で分かっているのが悪い。
ドイツ語を消した方が良い。こういう馬鹿がクズだ。
ケムシみたいにキモイ。そういう発想がドイツだ。
ドイツもキモイが、日本もキモイ。テレビを見ていると、キモイ国にしか見えない。
そろそろ、もう良い。ドイツはクズだ。誰もそんなことは言わない。
我々がドイツ人だと言っているのは、自分に対して言っている。ドイツ人がこれではおかしい。それらがドイツ人だ。自分がドイツ人なわけがない。それを言っている。怖い。
ドイツが終わった。ユダヤに戻る。
このまま、イタリア人みたいになる。
宇多田ヒカルみたいな馬鹿が終わって、聖人みたいになる。
どうでも良い。何故か、皆はイタリア人になっている。それが治ると思う。
問題を全部解決したかった。そういう風に、全部分かっていた。
イタリア人になると、昔みたいな馬鹿になる。
皆は、ドイツ人になって、最近になる。
もうそういうことを言わなければ良い。
もう終わった。もう分からない。完全に分からないのがイタリア人だ。
イタリア人が死んだ。
ドイツ人も死んだ。
ユダヤ人も死んで行く。
そろそろ、アラブ人みたいになる。
全部、逆を言っている。正しい方を言えば良い。
辛くない。キモくない。馬鹿では無い。そういう、全部分かっているのに逆を言っているから、辛くなる。そういう風に治れば良い。
何故か、ドイツ語で話していると、逆ばかり言うようになる。
アラビア語に変わる。タリバンのやりすぎでアラビア語が分かるようになった。
きちんと最初から正しいことを言えば良い。
何もかも、馬鹿を言っている。こういう人間が、普通にどこにでも多い。
ユダヤに従わないのが悪い。ユダヤに従った方が良い。
皆、死んで行く。そろそろ、本当に死んだはずだ。何故か、第二夜のようになる。
そろそろ、目が治った。ユダヤを信じると、セックスが死んで、目が治る。
目を治したいだけで、目がキモくなっている。何故か、瞳は綺麗になった。
アメリカ人にこういう馬鹿な目をした女が多い。
左目が治ったから、右目が治る。不思議と、良く分からない動くものは、キモイ。
左目はおかしくなって、右目は何も無くなっている。何故か、哀しいだけになっている。
右目で見れば、すぐに分かる。そういう右目がおかしいせいで、こういう人間になった。
右目にあるものを全部消すしかない。ニーチェみたいなものが消えていく。
不思議と、右目で見ればすぐに分かる。
人間は、最初は誰でも怖い。怖いものが怖い人間が多い。そういう風に覚える人間が多い。
ドイツがイスラムになるとすぐに目が死んで治る。
不思議と、目はもう治った。もう良い。
アニメの女には見えない。昔は、きちんと正しい想像力で分かっている。
ニーチェのような文章を全部作った。それが右目をおかしくしている。
愛するのが辛い。そういう、愛が辛くなった。
もっと、殺していじめれば良い。その方が誰でも楽になる。
そういうわけで、テレビが死ねば良い。
全ての本質のようなものを書いていた。何でもかんでも本質を書いている。
成り立たせる文章が多かった。
自分は、自分で自分が分かっていない。自分が分からなくなっている。
自分の本質を見失った。永遠にそれだけが続いている。
ビルゲイツが死んだ。
ゲイツの魂を吸収して終わる。もう、これ以上敵は居ない。もう楽だ。
まだ、死んでいないと思う。本当に死ぬと、つまらない。
何故か、自分はいつもゲイツが倒している。そのゲイツが消えただけだ。
もう終わりだ。Windowsや英語が怖いせいで、狂った。ゲイツなんかどこにも居ない。
皆を自分にするせいで、自分がゲイツになっている。ゲイツがそういう風に倒した。
因果応報だ。全ては、自分のせいでこんな自分になる。
ただ、良かった。もう楽になる。一安心出来る。それで、楽に言えば良い。
ゲイツによって死んだ部分が全部復活する。
三層ぐらいに分かれている。三天使みたいに見える。
自由な国や環境を実現する、実現性みたいな文章が多かった。
論理的なことを全部良いこととして実現していた。
言っただけで分かるのがおかしい。言っただけで辛くなった。
ゲイツが、普通こうなる。全部ゲイツがやっている。
言っただけで辛い。
自分は、ラファエルを残したかったように見える。そろそろ、ミカエルに戻る。
全部死んだ部分を復活させれば良い。ゲイツのせいで、日本語が死んでいる。
ゲイツが死ぬと、一時代が終わったように見えるが、明らかに死ぬわけがない。
自由な人間が多かった。自由に考えて見せるだけの人間が多かった。
何もかも、自由なものを作っていた。全ての意味で、自由だった。
独自の自由主義のようなものを作っていた。自由な経済システムを考える。
心がもう楽になった。足も治る。
ミカエルに戻る。それで、すぐにガブリエルに戻る。
ゲイツが自分をいじめるせいで、辛かった。ゲイツは、鬱だ、死のうと言っている。ゲイツもそういう馬鹿だ。
日本には、最近ゲイツしか無い。そこが怖い。一番意味の無い国だ。
最後の戦争のようなことをしている。もう辛くない。戦うのは、本当に辛い。
そろそろ完全に楽になった。
ゲイツのせいで、心がおかしなものになっている。おかしい。それがもう、楽になった。
昔は、皆より経験して、応用的なものを考えて分かっていた。
社会のことを良く知っていた。
マイナーな分野からメジャーな分野へと進むべきだと言っていた。
もう、心が完全に楽になった。何も辛くない。
普通、金が自由で、法律が国家だ。これを逆に出来るかもしれない。金を国家にして、法律を自由にする。それは、計画経済にして、皆で意見で国を決めれば、成り立つ。
そういうわけで、資本主義と社会主義は、そういう風に違う。
もっと色んなことを考えれば良い。警察と法律、税金と資本家、会社と共同体など。それらを、自由と国家、個人と全体、などの視点から考える。昔、そういう発想が多かった。
そういうわけで、努力に応じて報酬を与えるとか、理論的に平等に配給するとか、計画経済とか、個人所有とか、独立企業の可能性を高めるとか、色んなことを言っていた。
モデルにして、国と思想を考える。そういう人間だった。それくらいを言っている。
自由な会社はそれぞれ活動し、場は多様になれと言っていた。そういう、相対的な、個々と全体の自由、のようなことを言っていた。普遍性と個別性とも言える。
今日は、そろそろ終わりだ。もう寝る。明日も書いた方が良い。今日は、本当にもう完全に治った。心が楽になって、ゲイツが死んだ。今日は反ゲイツの日だ。
ただ、ゲイツと名前を指して批判するのは、止めた方が良い。名指しするのは悪い。それで、死んだのを喜んでいると、一番悪い。仕方ない。今日はそれだけの日だ。