「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2015-08-18以降 新しい詩集

発想 2015.08.18

本当にオリジナルなものを作りたいと思ったら
あなたなら何をしますか。

一度全ての発想を消して、
ゼロから独自の発想をするか、
それとも、沢山の発想を知って、吸収して、
自分なりの新しい発想をするか。

場と場の真理の中で、
客観性と法則性を知って、
知が形を帯びてくる。
それも良いでしょう。

永遠の時間の中で、
沢山の文章を作る。
そこでは、森羅万象に対する愛がある。
それも良いでしょう。

平和と秩序の中で、
本当の愛と自由を体験的に知る。
変わる世界と変わらない世界の中で、
1つの大きな柱を立てる。

国と思想を比較する中で、
社会的な成り立ちと、手段と目的をモデルにする。
自由な発想は存在と変化を積み重ねて、
信じることからあらゆる不可能な問題を解決出来るでしょう。

時に戦い、時に守ること。
それは、愛と試練の中で、新しい自由な偉大な存在を生むでしょう。

時間と空間 2015.08.18

時間と空間と思ったら、
あなたなら何を考えますか。

無限性や永遠性。
神と宇宙の関係の中で、
本当にこの宇宙は無限なのか、有限なのか考える。

そして、経験論と合理論の哲学を超えて、
カントという哲学者は、
人間の先天性と経験性に、
時間と空間と言う前提条件を与えました。

ハイデガーと言う20世紀の哲学者は、
存在と時間という著書の中で、
存在の時間性と言う観点から、
存在とは意識である、と言ったことを言いました。

ニュートン力学の次元を超えて
アインシュタインと言う科学者は、
時間と空間も変わっていき、
多様体と言う観点から、新しい次元の物理学を作りました。

でも、科学や哲学では、分からないこともある。
時間と空間と言うテーマなら、歴史が考えられるでしょう。

ローマの時代、ヨーロッパはローマ帝国の一部になることで、
沢山の新しい知恵と発明をローマからヨーロッパの各地へと広めました。
フランスは、ナポレオンのフランス革命の後、帝国主義の植民地国家として、
沢山の戦争と奴隷支配を行い、ある意味では奴隷であり、ある意味では文明化である、
沢山の国への植民地支配を行いました。
ある意味では、発展のために、奴隷や強制労働は、
仕方ないところ、受け入れるしかないところもあるのです。

人間の存在と出来事を、時間と空間の視覚化で考えられるでしょう。
そして、地球のモデルを使って、
グーグルが新しい地図や地球儀のソフトウェアを作っているように、
人間の可能性は、そこまでの可能性を現実に出来るところまで、来ているのです。

人間とは何なのでしょうか?
その問いに、時間と空間の哲学が、何かを応えられるでしょうか?
人間の未来はどうなるのでしょうか?
そこに、経済学者、哲学者、未来学者は、何を説明出来るでしょうか?

本当のこの宇宙の時間と空間の先にあるもの。
それは、今から見て、未来が決まっているのか、白紙なのか、そう言う問題でもある。
バックトゥザフューチャーという映画が言うように、未来は白紙である。
自分たちで、作り出せる。そういうものなのです。

哲学者 2015.08.23

何故か、僕は哲学者に詳しい。

まずは、古代ギリシャから。
自己や魂の安らぎを考えたソクラテス
イデア論と言う、永久不滅の真実の型と世界を考えたプラトン
森羅万象を、特に自然と社会のことを考えたアリストテレスが、まず挙げられる。

そして、アウグスティヌスの悪の起源や、
トマス・アクィナスアリストテレスキリスト教の融和から、
哲学は中世から近代へと広がって行く。

近代のデカルトは、我思う、故に我ありを考えて、
検査や部分、疑うや推論などの、合理的な方法論を著した。
その後に、スピノザの世界全体は神であるとか、
ライプニッツの、神の運命は予定的に起きると言う、予定調和などの
合理論が発展した。

イギリス経験論では、ベーコンが思い込みを分類したイドラ論を唱え、
ロックやヒュームが、経験的な世界と人間の把握と、頭の中の大掃除をした。
そして、バークリがこの世界は神の意識であると言ったことを言った。
経験的な賢い哲学は、今でも古典哲学として、影響力を持っている。

そして、ドイツ観念論
カントが、アプリオリと前提条件、二律批判と矛盾、
科学的な思考の方法を唱えた。
フィヒテの自我論とシェリングの人間と世界は同じものの現れであると言った。

そして、ヘーゲルドイツ観念論を完成させる。
意識の発展と言う名目で、精神の成長と歴史や市民社会の相対的な哲学を打ち立てた。
キルケゴールが言うように、ヘーゲルには全世界があるが、人間の心が無い。
キルケゴールは、実存主義の祖として、
実存の段階である、美、倫理、宗教の段階と、絶望の意識の関係などを言った。

また、マルクスの哲学は、世界を捉えるだけではなく、世界を変えるものだった。
人間の社会を、上部構造と下部構造に分けて、生産関係や条件や手段を考える。
そして、資本主義の問題を洗いざらい考えた後に、
新しい世界である、階層と搾取の無い、共産主義社会の到来を唱えた。

だが、それは失敗した。
ソ連は、権力を否定するどころか、権力者の権力争いと独裁による、
強大な権力国家になった。
民衆は、何も出来ず、奴隷となり、辛い中で本当の平和と平等を望むようになった。

ソ連にも、良い点はある。
社会所有は、工場を皆のものにすることで、
会社が資本家のものであることを共有に変えられる。
平等分配は、貧しいものでも生きられるし、金による無意味な社会が終わる。
計画経済は、平等のままで、高度な社会を期待出来る。
だが、実際のソ連は、失敗した。冷戦になって、国民は奴隷になった。

あとは、サルトルハイデガーヴィトゲンシュタインだ。
サルトルは、人間の実存性を考えて、実存は本質に先立つ、と言ったことを言う。
ハイデガーは、存在の時間性を考えて、存在とは意識であると言う。
ヴィトゲンシュタインは、論理的に明晰な構造を作って、言語分析をする。

他にも、ニーチェとか、フロイトとか、色んな哲学ではない哲学はある。
それに、最近の哲学者であるデリダ脱構築や、
アメリカの哲学であるプラグマティズムの、
功利主義的で心理学的な社会考察もある。

あとは、色んな哲学者が色んな時に居た。
ヴォルテールモンテスキューやルソーなどは、啓蒙主義の時代の社会哲学者だ。
ベンサムやミルは、功利主義の快楽主義的な哲学者だ。
他に、キリストやブッダなどの宗教家も居る。僕は、ブッダも少し詳しい。

そういうわけで、詩に見えない詩になったが、
僕は、哲学が一番好きだ。