「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2015-07-24

=2015-07-24=

ワードからコピー

忘れれば治る。
すぐに治せば良い。分からない部分を治した方が良い。
皆、ちょっとした催眠にかかっている。僕がかけた。解いた方が良い。
だが、催眠を解くと、馬鹿になる。
催眠のままだと、分からなくなって、自分になる。そろそろ、もう解く。
人生のモデルを作っていた。
皆、何も分かっていない。皆、自分のことしか考えていない。
科学なんか、何も分かっていない。自分の思っていることなんか、何も賢くない。
そういう風に、未知を捉えて、否定的な世界観をすれば分かる。
自分ぐらいが皆のことを考えている。自分が賢い。
書くのを止めると言うが、止めると怖くなる。まだやっていた方が良い。
あとは、カントのような理性批判をする。
経験をモデルにして、自由と生活の意味を考えれば良い。
もう、この世界は皆死んで行く。催眠が解けると、馬鹿になる。そのまま、死ぬ。
自分といくらかの人間が生きている。そういう世界になる。
出版はもう出来たから満足している。新しくしなくて良い。色々と著作権の問題が多い。それに、ナチや共産に見える。何も賢くない。発表すると馬鹿なのが自分の文章だ。
今日も英単語を8単語やった。8単語ぐらいがちょうど良い。
今日は文学の日だから、ドストエフスキーを読む。白痴は本当に面白い。
いつも書いていないが、最近は毎日農園に行って、野菜を採っている。
農業が出来るなら、皆が居なくなっても生きられるかもしれない。
フランス語をすると、最近の自分が出来る。おかしな永遠の神になる。
そういうわけで、宇宙にそれぐらいしかない。
ドイツ語で昔が出来る。何も賢くない。
何かしたいなら、英語の次のフランス語でもすれば良い。それが一番賢くなる。
もう終わったから、完全に数学の頭にするのが良い。それできちんと分かる。誰でも数学しか分からない人間しか居ない。子供になるようで大人になる。空間は座標軸だ。関係と方法から数学的なことが分かる。そういうものが分からない人間がいない。
証明しなければ、何も分からない。昔は、自分の数学を作ってコンピュータで分かっていたが、そういう風にするのは悪い。きちんと数学的に考えれば良い。
矛盾のようなものを考えて、何が正しいかを探っていく。それできちんと哲学も出来る。
自分は、数学が出来ないのが馬鹿だ。ただ、子供に詰め込むのは悪い。詰め込むと、数学しか分からない人間になる。最近の子供は、数学で馬鹿になっている。コンピュータも悪い。普通の機械が作れる人間が減った。ゆとり教育で数学の内容も減っているから、最近の中高生は悲惨だ。ネットで分かるわけがない。
絵と心理学ぐらいが数学で無いが、そういうものは馬鹿だ。経済学も数学だ。数学的に資金や市場を考える経済学が多い。物質的なことや論理的なことは、数学でしか分からない。数学が分からないと何も分からないが、数学が分かると独りでも分かる。
数学的に考えると、どのような方法で作るかとか、機械の原理とか、条件を仮定し、場合を想定するとか、きちんともの作りや物理のようなことが分かる。
そういうことを言いたかっただけだ。
環境をどれだけ自由にするかとは、そういうことを言っている。
きちんと詳細まで分かって、出来るだけではなく、仮定や比較などの想定的、洞察的な考え方も分かるのが数学だ。そういう風に分かりたかっただけだ。
何が作れるか、から、どのようにして作るか、まで、考え方の連鎖のように、想定を推測して考えることが出来る。
普通、考えて数学的なものは、相対的なものの関係と作用、方法と本質、そして帰納と演繹のような考え方がある。そこでは、実際の想定や、場と決まりのような考え方がある。
そういう風に、数学的に考えると、証明のようなことから、達成と目標のようなことまで、社会や物理のことを多様に考えられる。構造と関係から社会を創造出来る。
そろそろ賢くなった。もっと普通に、方法、原因、関係、作用から考えれば良い。
何かをするためには、そのための方法がある。それだけを考えても良い。
人間が社会を形成するために、秩序を考え、それぞれの意志を考え、生産目標と条件と手段が考えられる。そのようなことを、社会を作る方法と言っていた。そのために、学校では社会を作る方法を教えるべきだと考えていた。
そこをもっと考えれば良い。民主主義の学校のようにすれば良い。
数学的に考えると、普通そういう風に、原因、方法、条件から、それぞれの自由な意思による成り立ちと実現が分かる。
それぞれが何をする必要があるか、そのためにどのように出来るか、実現するためにどのような手段と方法があるか、理想と現実における、その実現は何か、考えれば良い。
子供が自分の学習内容を決められるのが理想だが、子供には学習内容で学ぶ内容が何なのか分からない。大人が全部考えて教える必要がある。
だが、高校生ぐらいになって来ると、誰でも一人できちんと分かる。そうなると、むしろ、ネットを与えるのが良い。ネットで色んな経験をすれば分かる。
だが、子供を自由にすると、悪いことをする。自由にはしない方が良い。自分の例を見ても、それは明らかだ。馬鹿なことをして、地獄になるだけだから、何もすべきでない。
ただ、自分を良いと思えば分かる。自由にすれば、きちんと経験から分かる。ドイツやフランスなどでは、社会が子供の自由を容認して、子供を自由にし、自分の力で経験させる、と言った、大胆な文化がある。そういう風にしても良いだろう。だが、まともにはならない。そのために、性の問題やいじめの問題が表面化しているのが、アメリカだ。
そういう風に考えると、おのずと、子供だけではない、大人の問題も見えて来る。もっと、出来るだけ自由にして、それぞれを信頼すべきところもあるが、自由にすると、戦争のようになる。だが、そういう大人の自由は、それぞれが好き勝手にすることを容認すると言う意味で、あまり悪くない。それぞれの事情や状況や環境の違いもあるだろう。
組織を作ることを自由にしなければ、何も出来ない。それに、きちんと頑張って働くべきだと考える人間が、日本に多い。働かない楽は、破たんする。自由が一番楽だ。
生産手段のようなものも考えられる。応用的なプラットフォームをその上に作って、自由にすれば良い。そのような、応用的な社会実現のような内容が多かった。分散した上で、協力し、関与し、時に一緒になり、時に分裂し、それを流動化することが理想だ。
むしろ、ネットで自由にするのは悪くない。自分のように、オープンソースのようなマイナーな分野を研究すれば良い。マイナーは悪くない。大学には、おかしな分野を研究している馬鹿が教授に多い。そういうわけで、オープンソースが良い。
マイナーな分野をしていると、メジャーな分野のことも良く分かる。僕は、オープンソースやインターネットと関連して、博物学のように全部の知識が分かった。
基礎を作ることで、全ての科学を自分で作って分かった。
考え方といつ何が出来るかを考えた。
そういう風にすると、きちんと神ほどに分かる。だが、学校で物理をしなければ、それらは出来ない。学校も必要だ。物理ぐらい分からないと、何も分からない。
努力はしなかったようで、色んなことを必死に頑張っていた経験から、宇宙が分かった。
存在のことを実感から分かったり、認識を疑いながらフィルターを分かったりして、仮想的な世界を作って、この世界の裏側の構造を分かっていた。
あとは、プラットフォームのようなシステムの抽象化と共有、拡張性が好きだった。
大人の社会については、普通発展を考える。
発展して良くなった。皆金持ちみたいに豊かになった。
だが、これ以上発展する意味があるだろうか?
これ以上は、平等にして、弱者を救えば良い。
パソコンの発展なんか要らないだろう。ロボットなんか、どうでも良いだろう。
そういうわけで、最近は、もう発展が終わった平等主義者が多い。
自由は悪くは無い。自由に色んなことはしたい。だが、ネットを見ていると、自由が一番悪い。それに、ブラック企業や詐欺のようなものもある。パソコンも悪い。自由は悪い。
ただ、最近は自由な発展が好きな人間が多いから、自由は悪くない。
平等はどうでも良い。ソ連なんか、大失敗しただけだ。権力を皆のものにするどころか、独りだけの権力による巨大権力国家になった。ただの悪の帝国だ。
ただ、最近アメリカなどの自由が、ソ連より悪い。皆辛い。日本共産党が賢いから、共産主義で良く見える。そういう人間が多い。だが、保守が賢く見える人間も、若者に多い。リベラルや平等は馬鹿だ。不自由な方が良い。誰でも、きちんと従いたい人間しか居ない。
そろそろもうない。そういう風にきちんと社会を考えると良いだろう。
心や意識のことを考えると、哲学的なことも分かる。特に、シェリングのような世界精神が分かると思う。ものごとは、どれも、同じものの1つの現れに過ぎない。
あとは、心理学を作って考えるのが良い。何をどうすれば幸せになるか、楽になるかなど。
あとは、心のことを考えれば分かる。
環境を忘れれば良い。環境が2ちゃんねるになっているから怖いだけだ。
それで治る。環境を忘れてしまえば、楽になって、安心出来る。
昔は、環境と適応を考えて人間のことが分かっていた。
学習と行動を考えて、全部分かった。経験や、人間のすることが全部分かっていた。
昔の文章は、自分にあったものを全部書いている。思い出しているだけだ。
今日も良かったから、今日はこれで良い。もう止めるとは言うが、明日も書けば良い。
くたばるまで書くように見える。それも悪いから、そろそろ終わりにするのが良い。
子供には、権力を与えれば良い。あとは、もっと高度な数学と、フランス語やドイツ語、そしてコンピュータの仕組みを教えれば良い。それで自分が出来る。
だが、そんなものはどうでも良い。子供には、権力や自由が嫌い、しか居ない。こんな馬鹿が普通こうなる。子供が自由なんか嫌いだ。そういうものだ。
あとは、キリスト教イスラム教、心理学が多かった。何より、文章を永遠に書き続けたのが多かった。それらも高校ですれば良いが、そんなにしない方が良い。
自分の全部自由にした方が良い。経験から色んなことが分かる。ネットでも見れば良い。
ただ、ネットには、自由があるように見えて、無い。皆馬鹿だから、馬鹿しか居ない。
経済学を自分で作るのが結構多かったから、それもさせた方が良い。
あとは、もう何も書かない。もう全て書いた。何故か、心臓も治った。言葉を話すのが、そろそろ終わる。そんなに対話する意味が無い。
社会科のような科目で、魂の安らぎと精神の可能性について教えれば良い。それで良い。
あとは、夢の世界が死んだ。夢の世界を壊すのが良い。それで楽になる。
話が止まった。夢の世界が話しているだけだ。
分かる頭が辛い。接続詞や前置詞のようなもので分かるのが辛い。
馬鹿になれば治る。治ると馬鹿になる。
皆、辛くなっておかしくなっている。宇多田ヒカルみたいになっている。治した方が良い。
皆を治すためには、皆、自分の力でものごとを見極めること。
だが、皆、何も出来なくなった。もっと、基本的なところから見直す必要がある。
全部おかしい。そういう社会だから、何もかも全部作り直すしかない。
頭の中にあるものが分かっていない。
昔の世界がそのまま残っている。
元に戻りたいのに反発するのがおかしい。
夢の世界は、きちんと治しているだけだ。
皆のことを治したいのがおかしい。それで辛くなった。
あとは、論理的に考えていない。昔は、論理的に考えていた。
それは、むしろ、一からやるのが良い。最初から論理的に考えて、1つ1つ叶えて行けば分かる。1つ1つ解決していけば良い。AAAが歌っていた。
認識や社会の仕組み、パソコンなどのシステムから考えるのが良い。
プラットフォームみたいなことを考える。
あとは、むしろ、この世界と関わらないのがおかしい。
積極的に関わった方が良いことがある。もっと皆のことを考えた方が良い。
社会の成り立ちと自由な行動から、理想の社会が分かる。
権力は悪くない。平等の方が悪い。そういう人間が多い。それぞれの自由は良いが、時には従うべきだ。
平和は悪くは無い。むしろ、支配は戦争になる。自由な方が発展するとは言うが、平等で発展した方が理想だ。そういうわけで、平和で平等な方が良い。
あとは、今と言う時間の共有のようなことを言っていた。
また、方法や抽象的な考え方や本質のようなことを言っていた。
環境だけではなく、制度や教育などの面で、どれだけ自由にするかを考えていた。
昔の文章をそんなに書きたいのはおかしい。
昔の自分をそんなに分かりたいのもおかしい。
今の自分を見れば良い。いつもの文章は、賢くなれば誰でも書ける。
自由と共生は切っても切り離せないものだと言っていた。
ただ、本当に書くと、虫みたいにキモイ。
そういう、いつもの虫みたいな文章は、忘れた方が良い。
全ては不可知である。
平等と権力は、同じく、切っても切り離せない。
存在のことを知るために、科学を作ることが出来る。
人間には、何も分からない。
最初から分からないつもりで分かっていると、それで分かる。
要は、見れば分かる。
共生とは、環境の構築である。
環境がどれだけ自由であるかによって、共生の度合いも変わってくる。
人生とは、抽象性と具体性のバランスの中で、葛藤や苦しみと戦うことである。
どうでも良いほど、いつもの文章は書けない。
いつも、環境や共生のような文章を、自由に作って、見て考えていた。
ロボットのような人間だった。そういうロボットがおかしいだけだ。
いつもの文章は、そろそろ分かった。
環境と共生、行動と判断力、実際と変化可能性、経験と教育、国家モデル、分散した共同体と影響力、理解と発想、真理、基礎と応用、定義のような文章を書いている。
ただ、作っただけのロボットだ。
方法や概念のようなことを考えて、考え方を分かっていた。
あとは、人生の体験みたいなことを言っていた。そろそろ全部分かった。
あとは、脳や人格みたいなことを言っていた。おかしな心理学を作った。
もう終わった。そろそろ本当に終わった。
ドイツ語、フランス語、英語など、外国語のことを良く考えていた。
パンを配るとか、法王や首相になったらどんなことをするか考えていた。
分からず言って分かるのがおかしい。分からず言って分かるわけがない。
最近は、脊髄で考えている。背骨を変えることで分かる。
馬鹿だから治らないだけだ。賢くなれば治る。
数学が、宇宙に元々あったのか、人間が作ったものなのかは分からないが、必然的に存在していたのは分かる。
地球の歴史から言って、生命や人間が生まれたのは、ほんの最近のことだ。
一秒と千年の間に違いは無い。ポルノグラフィティが言っている。
物理学も、人間が作った学問だ。次元は変わる。そのうち、四次元は五次元になる。今分かっていることも、すぐに変わってしまう。全てはまだ分かっていない。
インターネットは、認識のデータベースだ。情報の共有手段だ。そういうことを言う。
言葉で物理を作る。計算のようなことは、感覚と関係と作用から出来る。
パソコンは、テキストの通り計算する、自動化機械だ。
そろそろ今日はもう良い。もう寝る。続きは明日やる。明日も農園と英単語がある。
パソコンは、ウィンドウではないインターフェースにするべきだ。