「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2015-07-18

=2015-07-18=

ワードからコピー

人間がいつどうなるかから、人間に何をどう出来るのか、どう変えられるのか分かっていた。いつ何が出来るのかから、人間をどういう風に変えられるのか分かった。
社会や心がいつどうなるのか、どう出来るのか分かっていた。
そういう、ヒトラーのような支配者だった。
人間がどのように行動するか、考えるか、人間社会や環境がどのように形成されるか、科学や社会や自然がどのようになるか、どのように出来るか、のようなことを言う。
メタ的なことを言っていた。
想像力、意見、意図、関係、作用、本質、時間、歴史、自然、人間、理由のようなことを、相対的かつ把握的に、想像力と自由な方法で考えていた。
植物は愛から生まれ、動物は自由から生まれた。
未来とは、自由な社会の発展と経緯の可能性を、検討し、皆で実現することだ。
神なんか、信じない方が良い。神を信じずに、数学的でメタ的な想像力を働かせれば、いつもの文章は書ける。
神は、本当に信じない方が良い。地獄になって、精神がおかしくなる。血がおかしくなるドイツ人が多い。神は、存在を無にして、おかしな宇宙と同化するだけだ。
社会とは、それぞれの経緯の共有だ。
自然とは、調和による、それぞれの可能性と融和だ。
神は、居ない。神と思っているものは、最初から全部自分だ。
天使は、自分のことを言っている。神は、自分の文章のことを言っている。
論理的に考えて、矛盾を分かっていた。
文章にも書いていたが、言論や抑圧や支配などの、左翼的な矛盾を分かっていた。
僕は、天使になる。
僕は、宇宙になる。
もう、安心出来る。もう、賢くなった。
昔は、方法やプラットフォームで分かる、青い人間だった。
会社、組織、もの、システム、存在、可能性、関係、考え方は、方法と数学的知性から生まれる。
方法と数学的知性は、照らし合わせから生まれる。
場はプラットフォームであり、皆の手で変えられるようにすべきだ。
そのように、全部分かっていた。
世界観と言葉から、捉えて、言葉を作って分かった。
あとは、影響力、民主主義、共産主義、共同体、自由、平等、独立、一体、愛、価値観、共通認識、集団、個人、意識などの、青くて赤い内容が多かった。
あとは、理解や環境などの、世界観における考え方のようなものを分かっていた。
昔は、人間のモデルと集団との関係を考えて、自由や集団と個人を成り立たせて考えた。
自分は、一番青いのに、一番赤い。虫みたいにキモイ、北朝鮮のドイツだ。
北朝鮮は、嫌いだ。むしろ、韓国は悪くない。韓国は好きだ。
北朝鮮は悲惨だ。最悪の国になった。皆飢えている。ものが無い。生きられない。軍国主義だった頃の日本と同じだ。戦争で勝つしかない。
平和に見えない。共産主義なわけがない。ただの帝国主義だ。
日本が良いと言う。中国の文化が、特に良い。日本的に、島のように美しい。だが、結構、弱者が嫌いで、皆で監視して悪い人間を倒し、そして皆を一部にする国なのが、誰でも分かる。馬鹿なのに強いから、怖い。日本が一番、そういう悪い文化だ。
想像力と判断力を書いていた。行動し、判断し、ものを作り、組織を作るために、想像力、判断力、行動力、発想力、そして実現力が必要だ。
おかしくは無い。北朝鮮や日本も愛した方が良い。
日本は本当に一番良い国だ。民主的で、平和で、楽で、生きられる。発展していて、技術力も教育のレベルも高い。だが、そんなに日本だけを良くし、国民が頑張って働いているのが、ありえない。そんなに同胞のために頑張るのはおかしい。そこが変わっていない。
日本は、頑張って働く。それだけの国だ。
北朝鮮は、おかしくはない。最近、第一書記のキムジョンウンが頑張って発展させている。豊かになっているから、ありえない。中国と一緒に頑張っている。
日本人は、黙っていても働く。何もしなくても放っておけば頑張る。一番優れた、島の人種だ。本当に、日本が一番優れている。強くすると、そこまで強くなる。だが、馬鹿だ。馬鹿なのに強いから、怖い。そういう、社会主義が要らない国だ。
中国は、ものがあって平等だから、一番理想だ。
真面目に考えて、平等が無く発展しても意味が無い。
人口が多いのに、殆ど奴隷になる意味が無い。
日本人は、中国とつるめば良い。何も変わらない。平等で、発展している。
北朝鮮もロシアも、中国みたいにすればものが増える。日本型のモデルだ。
アメリカも中国みたいにすれば良い。それでまともな国になる。
中国は、全てを解決する、ダークホースのような国だ。日本も同じだ。
中国は、まともにG2だから、ダークホースに見えない。
ロシアが、どういう風につくのか分からない。冷戦をまだやっているから、馬鹿に見える。
それらがどうなるのかは予想出来ない。
あとは、座標やかけ算などの数学をきちんと考えれば分かる。いくらでも時間がかかる。子供には、そういう、いくらでも時間のかかる子供が多い。頑張る人間は居ない。
大人になると、こういう風に、1つ1つ頑張って出来るのが、誰でも出来るようになる。
白人は、美しいのにキモイ。キリスト教のせいでキモイ人間になる。
キモイが賢いだけだ。一番美しいのに一番キモイのがヨーロッパの白人だ。
インドやブラジルやアフリカは後進国だ。色々と、何も賢くないが、楽しいように見える。
日本が一番良い。治安が良いまま経済的に発展した。礼儀正しくて、真面目な人間が多い。
人間を分からないとは言うが、哲学者とインターネットのせいで、誰でも分かる。
何か賢いものを分かった方が良い。昔は、オープンソースが賢かった。
数学でもすれば良いが、出来ない。頭を使わないと分からないから、やりたくない。
オイラーの本は良いとは言うが、すぐに読めるような簡単な本ではない。
今日も英単語を20単語覚えた。
ただ、覚えているかは定かではない。覚えていないと思う。それでも、やった方が良い。
もっと賢いことを考えれば良い。
世界の構造を作って、考え方や方法を考えた。レンタルとか、植物の育て方とか。
色んな賢いことを考えれば良い。育てる、教える、約束する、合意する、など。
全ては、生かすこと、殺すこと、手助けすること、迫害すること、意思疎通すること、批判すること、信じること、反すること、作ること、壊すこと、改良すること、秩序を決めること、滅ぼすこと、共有すること、独占すること、意見すること、弾圧することだ。
そういう風に、賢いことを考えれば良い。
変えて、改革するか、止めて、安定するか、継続や変革から国を考えられる。
本当に賢くなった。もっと考えれば良い。いつも、そういうことを言っていた。
定住するために家を作るとか、国は発展し、滅びるとか、発展や歴史のようなことを書いていた。
植物は土から伸びる。そのような基盤のようなことを書いていた。
自発的に考えること。行動し、意見すること。自分から研究すること。そのようなことを書いていた。
皆は、色んなことに気づけば良い。論理的に考えると、気づくことが多い。
いつもの文章は、論理的に考えた構造の文章が多かった。
存在に気づくこと。それで意識が賢くなる。
哲学は、良く考えれば出来る。唯心論とは何か、実存とは何か、自由とは何か、考えれば出来る。
昔は、経験的な比較や具体例で分かった。包丁と車は同じぐらい危ない。
そういう風に、同じぐらいと思って正しさを積み重ねた。
自分だけでセックス出来る。意味はない。
自由なら自由だ。自由に出来るなら、自由になる。自由になる過程では、まだ自由になっていない。そういう風に、論理的に意味を考えると良く分かる。
信頼すれば良くなる。人の良心に任せること。
信頼しないのはおかしい。皆のことをもっと信頼した方が良い。
信頼は、全てを治す、魔法の万能薬だ。信頼することによって、社会が発展する。
信頼すれば自由になる。昔は、信頼の理論を分かっていた。
最近は、想定して文章を書けるようになった。だが、信頼しないのは悪い。
皆のことを信じて、皆のそれぞれの良心に任せる。
あとは、何かしたいだけを書いていた。
平和とは、それぞれの個性を生かし、助け合い、きっかけから経験を与えることだ。
自由とは、それぞれのことを本当に思いやり、必要なものを正しく与えることだ。
人生とは、真実を体験的に展開して知る、プロセスだ。
皆のことを好きになって、環境を築くこと。
その中で、体験し、知ったことから、世界を知り、作り、変えること。
そのような、何かしたいだけを全部書いていた。
あとは、環境の変化のようなことを全部言っていた。
全ての環境は、平和から理想へと行き着く。
そこでは、自由、平等、支配、抑圧、解放、そして解決が存在する。
あとは、思いやりのようなもの、理想や優しさのようなものを書いていた。
戦争と平和から多様性と自然が生まれる。
抽象的な予測から、全体を俯瞰した上での、それぞれの位置のような、概念が生まれる。
自由とは、悟ることだ。
それくらいを書いていただけだ。本当に、何かしたいことを全部していた。
方法とは、それぞれの価値を知り、モデルと照らし合わせて、ページを共有することだ。
あとは、総理大臣や王になったとしたら、どんなことをするかのようなことを書いていた。
王に必要な前提条件や知識、能力や常識を全部書いていた。
また、科学者や映画監督、芸術家のようなものの前提を書いていた。
自由な中で、共産党になるしかないのが分かった。
意識で、人間、自然、宇宙、真実、経験、人生のことを、全部分かっていた。
想像力があった。具体的なパターンと様相から、国や人間のことを分かった。
いつどうなるかから、人間をどう出来るか、社会をどうすべきか、何を実現するべきか、のようなことを分かっていた。
そろそろ、自分は天使になる。どの天使も辛かったが、どれもそこまで賢かった。
昔は、学習と予測が分かっただけだ。全て経験から出来るようになって、全部分かった。
もう分かっている。
最近は、数学的な相対的論理を、ただ書き直して書くだけだ。
何もしないのが悪い。むしろ、もう一度世界を支配した方が良い。
治そうとしない方が治る。足は、セックスになっているだけだ。
もう一度、この世界を最初から支配する。もっと賢くて良い国にする。
そのためには、まず、滅ぼすしかない。そのまま、全部自分にして、全て導いて、教え、助け、支配する。そして、発展させ、変え、維持する。そのように王になる。
そういうわけで、今から神になる。
神は、人生と真実と自由が至高の概念だと言っていた。
日本は、一度滅びるべきだ。そのまま、自分の国になる。怖くなって、賢くなる。
そのうち良い国になる。僕は、もう一度この国、日本を支配する。
最近、アメリカを支配している。全部自分にして、滅ぼした。自分のような人間が多い。
あとは、言葉の構造を作っていた。国、人間、科学を言葉の構造にして作っていた。
そろそろ日本は、もう良くなる。自民党が終わって、自分になる。
日本だけではない。世界中が良くなる。その代り、馬鹿になる。本当にそこまでやるようになる。おかしくは無い。自分のソ連をもう樹立した。そろそろ、世界は楽園になる。
起源や根源、プロセスや経緯など、科学の新発見や宇宙の歴史のようなことを言っていた。
おかしなパソコンの雑誌のアニメのエロの二次元に見えるが、昔からそういうものが好きだったから仕方ない。そういうところには、馬鹿な女が多い。女はキモイ。
触手のようなセックスになった。全くつまらないから、全くしたくない。僕は、セックスは嫌いだ。全くセックスなんか一つもしたくない。そういう男だ。
あとは、社会を良く見ていると分かる。自分の居る位置を認識すること。集団に没せずに、きちんとそれぞれの全体の中での立ち位置を考えること。それによってのみ、分かる。
相手が何を言っているのか、自分が何を言っているのか、言いたかったのか、などを、背後の関係や、認識や思考の裏側を考えて分かっていた。
何を言っているのか、言いたいのか考えて、裏側を支配する。それによって、分からせ、導くことが出来る。まさに自由だ。ネットでそういう風に分かった。
人間がいつどのように行動し、思考するか、理由と場を分析して全部分かっていた。また、自分が支配して、導いていた。ヒトラーのような、サルトルのような人間だった。
昔は賢いことが言える人間だった。
自分の持っている知識や知恵を使って、実際はどうなのか、変えるためにはどのようにすれば良いのかを考える。
考え方を組み合わせて事実を知れば、多くが未知であり、可能性がいくらでも広がっているのが分かる。
大いなる自由はそこから感じ、論理的に理解出来る。
不当な関連付けは良くない。これがレッテル張りである。
分からないものだとして、ゼロベースで考えること。
そのような、賢いことを言っていた。自由だった。何故か、書くと、キモイ。
場合を想定すれば分かる。
道徳のような内容が多かった。
この文章の通りやれば分かる。
ネットはしない。する意味が全くない。
普通、宗教や2ちゃんねるは悪い。良いと思わない方が良い。
数学の本は、難しいから読めない。本当に読めるわけがない。
仏教の本を読んでいる。僕にでも何とか理解出来る。
いつもの文章は、書けない。書けるわけがない。
このノート何冊かだけで、残ったことにするしかない。
見ていると、昔は賢かったようで、馬鹿だ。知的障害に見える。
だが、昔は賢かった。
何でも分析して、分かる人間だった。
経験から、未知と可能性が分かる人間だった。
昔は賢かった。
昔みたいになるためには、きちんと数学的に未知を考えれば良い。
出来ないなら、一度、全てを忘れて、もう一度やり直すしかない。
歴史のようなこと、世界観のようなことと思って、もう一度経験し直し、考え直す。
ネットはしたくない。ネットだけはしなくて良い。
もっと色んな本を読んで、考えれば良い。
昔から、スピノザハイデガーのように、分かる人間が多い。
ブッダは賢く見えて、インド人が賢いだけだ。インド人は一番賢い。
全てのことは、事実から、未知が広がっていて、全ては変えられる、と出来る。
変えるためにはどうすれば良いか、実際の状況は何か、考え方と事実から考えられる。
そういう風に、世界観の方法論のようなものを書いていた。
もう分からない。あとは、この4冊だけで、残っていることにするしかない。
神と対話した。あの時代、賢かったようで、それは無い。知性の無い馬鹿だった。
だが、結構、見ているとまともだったのがあの時代だ。まともに分かっていた。
この世界を概観して、考え方から未知を知り、実際のところから変化の可能性を知る。
簡単に言ってしまえば、そういうことだ。
昔から、そういうことを全部言う。数学的なことを言っているようで、そうでもない。考え方のようなことを言っている。
もう分からない。もう終わりだ。
ワードがガブリエル、ブログがラファエル、いつもの昔の文章がミカエルだ。
どうでも良い三人の天使だ。
良く分からないが、それで、全て分かったのが、現実の自分だ。
全てのことは、分類でき、関係性から実際のところを把握し、変えることが出来る。
そういうことを分かりたいなら、モデルにして、色んな人生の経験と認識の変化から、気づいて分かること、そして、法則にすることで分かる。
そういうわけで、モデルで分かる。
実際と変化可能のような考え方を、モデルにすれば良い。
そこでは、どのようにすれば良いか、のように、方法論的に考えることが出来る。
方法から、いかにして変化可能に出来、いかにして状況を把握出来、いかにしてその結果を想定し、分析し、未知を未知と認識するかが、全てだ。
そういう風に、まともで正しい文章を書いていた。考え方のようだった。
仮想的な世界観の中で、想定し、分析し、仮定し、比較することで、全てのことは論理的に実感出来、感情から理解出来、自由から吸収出来る。
それぞれの価値観の中で、システムは相互に関係し、それぞれの信念の法則は、相互に重なり合って、自由な環境を作る。そこでは、環境は意識であり、人格である。
そのような、まともな文章を書いていた。不思議と、書けた。もう分かった。
きっかけから取り組みを変えられる。
それぞれの決まり、認識、意図、相互作用から、心を考えられる。
認識とは、相互に依存する法則性と、未知の把握である。
そのように、自由なことを考えていた。
もっと馬鹿なことを全部考えれば書ける。
信じることから、信頼が生まれ、信頼から自由が生まれ、自由から秩序が生まれる。
秩序は永遠になり、絆になり、勇気になり、必然になり、神になる。
そこでは、愛とは永遠であり、無限とは有限の中における概念の1つである。
そういう風に書いていただけだ。不思議と、もう書けた。もう終わりだ。
ものには、再利用性がある。特に、コンピュータなどのデジタルなメディアでは、再利用性が高い。コピーから、殆ど完全にそのままで保存し、共有し、再配布出来る。それが、オープンソースの理想だ。
そろそろ終わりだ。あとは、条件や経緯、仮定や成立、プロセスや歴史、存在や時間のことを考えていた。そろそろ、全てもう出来た。あとは、ネットをすれば良い。
自然な法則性は、場と個人の関係において行われる。
自然から、あらゆる場が生まれ、あらゆる社会の変化が現象として起きる。
それは、その現在を分析して、想定して、あらゆる変化を想定することが出来る。
それは、事前でもあり、事後でもある。
昔から、そういうまともな文章を書いている。そろそろ終わりだ。
システム、価値観、法則、命題と証明、定義、考え方など、抽象的な内容が多かった。
モデルとモデルの関係が本質である。
自由とは、影響力を行使し、それぞれが相互に作り合う中で、競争することだ。
もう終わった。そろそろ全部書いた。
今、どのように行動するかは、常に自由に任されている。
考え方や理解や体験の元にある、もっと基盤的な体験や理解を知ること。
全てのことは、段階的に自由を知って、実感から理解することが出来る。
いつも、そういうことを考えていた。
具体的には、体制を理解し、助言や情報を取り入れ、自分の知識と認識から想定し、想像し、実感する。考え方の変化を追う。そのために知識と経験を得る。その上で、他の想定、想像、実感と結びつけ、新たに、何をやったらどうなるかという想定を増やす。そこから、何をどうすればどう動き、達成のためにどんな方法があるかを考える。
自由に様々なことが考えられるようになり、習得、構築、理解、適応しやすくなる。そこまでの段階で、世の中で真とされていることを実感あるいは実体験のように理解出来る。その例は、人と人との関係、学ぶときの態度、謙虚で心髄な気持ち、そして、自由について、未知が沢山あるなどである。
自分とは何か、どのような地点の思考でどのような考え方が出て来るかは、体験と想像や連想によって考え、実感することが出来る。1つの真理であろうと、1つ体験する中で同じことを感じれば、真理を理解出来る。
あとは、自由な活動と判断力や、知は早く知れば早く知るほど良い、とか言っている。
もうそろそろ、もうない。そういう風に、まるで仮想的なビジョンを作るかのように、色んな論理的論考のようなものを書いていた。
もうそろそろ終わりだ。全部分かっている。もっと、色んなことを考えていた。
あとは、改善のために、それがそうであればどうなるか、から、根源的な考え方を辿って、何をどうすればどう出来るか、のようなことを言っていた。1つの考え方が現時点での環境において、どのように残され、関係しているか。元の考え方を辿って考える必要がある。現実がどの考え方によって起きているか、どのように改善するかと、現実からどんな考え方を見出すかによって、改善出来る度合いは違ってくる。改善のために、現状の認識と理想のようなものを考え、どのように解決する方法があるか、何が問題で、何を補充する必要があって、何が欠乏していて、何をどう出来るか、どうすればよりよく認識を行えるか、考え方をどうすれば与えられるか、どうすれば理想の場に近づいて行くか、考えられる。
どのようにすれば楽しい場になるか、表現や活動などを考えられる。何がそのためになっていくかを考えるために、場、表現、体験を自由に、自在に出来るように、社会を理解し、自由に行動して作用と反応を得て、実感、参考、知恵、真理、仮定と結論、物事の積み重ねと洞察を得ることが出来る。また、出来るようにすべきである。