「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2015-07-17

=2015-07-17=

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おかしいままで良い。おかしいまま放っておけば治る。
おかしいまま放っておくと、おかしい部分を消して、すぐに治る。
おかしいままが、一番治る。
おかしくはない。もう9年間も書いている。書くしか無くなっただけだ。
皆の方がおかしいし、昔の方がおかしい。
パソコンで廃人になっている馬鹿は、こういう風になる。
頭の中の2人が、対話して、自分の頭を占拠している。
何にでも反応して、教えるようになった。
そこを止めて、自分で考える、新しい人格にすると治る。
すぐに治る。ロイもマーガレットもそこまでのクズだ。
正常が無いから、正常を増やす。
そろそろ言う意味が無いが、昔は他にも色々とあった。
世界を変えたかった。世界を救いたかった。
希望のある世界にしたかった。
そういう、憂国の政治家だった。レーニンのようで、キリストのようだった。
視点と立場を成り立たせて分かっていた。
思い出すだけが多かった。昔も、今も、思い出すだけが多い。
文章は、思い出すだけの文章が一番多かった。
昔も、ものごとを良く思い出して分かっていた。
王になった。イスラエルのような王を、今でもやっている。王を頑張った。
神と対話した。天使のようなテレパシーの、対話の神をやっている。
あとは、パソコンのことを父親と話した。
マイクロソフトは、Windows XPをサポートしないのがおかしい。
古いパソコンを守るために、XPだけはサポートするべきだ。
7なんか、何も変わっていない。昔の2000が好きだったのが僕だ。
他の会社がサポート出来ないのがおかしい。オープンソースにすれば良い。
他の会社は、同じものを作れば良いとは言うが、マイクロソフトと同じものをモノマネして作っても意味が無い。
パラダイムを変革する、革新的なものを作らなければならない。
そのためには、マウスやキーボードから、従来の半導体まで、全てを変えるものにする必要がある。
だが、カーネルや基盤のソフトウェアは、Linuxで良いところもある。
ただ、Officeは使いたい。革新的なインターフェースと同時に、Officeも使えるようにする必要がある。
マイクロソフトは、目に見えないところを金をかけて作っている。馬鹿な部分を賢く作っている。それなら、Linuxで良いだろう。
最近、WindowsよりもLinuxの方が賢いのが、分かる人間が多い。
ただ、オープンソースは、狂っているところがある。GPLで良いわけがない。見ていると、昔の自分になっている人間が、2ちゃんねるに多い。何も分かっていない。確かなことが何も分からなくなる。それがLinuxだ。
英単語を、今日も20単語覚えた。
高校は、勉強なんかしない方が良い。難しすぎて出来ない。誰でも馬鹿になる。
行かないなら、行かなくて良い。馬鹿に見えるが、仕方ない。
おかしいままをすぐに治せば良い。それですぐに治る。
一度おかしくなって、何も出来なくなると、そのうちいつか治る。
パソコンの開発は難しい。GNOMEKDEをコピーすれば良いとは言うが、それは出来ない。良く考えると、独自の部分や環境依存性が多すぎて出来ない。革新的なインターフェースなんか、誰も作れない。
Officeが標準を独占しているのは、悪くない。VHSやベータと同じだ。ドリームキャストが馬鹿なだけ。誰でもそれくらい分かる。つまり、Windowsを有難く使うしかない。
日本に希望を取り戻したかったが、それは馬鹿だから言える。希望なんか何も無い。
神を口に出して喋るのがおかしい。頭の中で、自分で考えれば良い。それでもうまともだ。もう全部治った。何も治らないようで、いつも治っている。安心出来る。
昔なんか、馬鹿を真面目に言えば出来る。馬鹿を言わないと、分からない。
悪いことを全部ネットで言って分かった。そういう人間は、子供に多い。
最近、昔なんか、出来る人間が多い。
こちらは馬鹿だから、しなくて良い。神の地獄なんか、誰もしたくない。
そういうわけで、自分なんかしなくて良いから、どうでも良い。
そろそろ終わりだ。あとは黙っていれば良い。
僕は酒は飲まないが、飲めば良いように見える。たまにワインを飲んだりはする。飲めないわけではない。父親なんか、いつもビールを飲んでいるだけだ。
UNIXだけまともに分かったのが、昔の自分だ。
WikiGentoo LinuxLFSで分かった。2ちゃんねるとブログで分かっただけだ。
そろそろ終わりだ。自分が一番、楽で、まともで、賢くて、正しい。
そろそろ、皆も治った方が良い。何かおかしなことをして、それが続けば、誰でも治る。最近は、それで出来る。こういう風になる馬鹿が、神に多い。神は悲惨だ。治りたいと言うから、こういう地獄になる。それしか居ない。賢くなりたいと、こうなる。キリストがこういう人間だ。ブッダは、昔のような人間に見えて、ただの普通のインド人だ。インド人全体がそこまで賢いだけだ。輪廻なんか、ブッダより前からある。ドイツ人は、こういう風に馬鹿だ。2ちゃんねるがドイツだ。ロシアも、革命がロシアだ。
むしろ、皆それぞれ賢いように見える。
中国人も、漢字を作って、中華料理を作っただけ、賢いようにしか見えない。
日本人は、治安が良いし、発展しているし、悪い人間がいない。日本が一番良い。外国人のことなんか、考えなくて良い。
技術力が本当に高いのは、最近、日本より韓国だ。韓国の方が賢いと言う人間が多い。
むしろ、国なんか分かる意味が無い。人間のことを分かった方が良い。
昔は、日本人を積み重ねて、全員分かっていた。全員吸収した。
おかしなことはしない方が良い。
右翼みたいなものは、おかしい。こういう、民族的に分かる右翼は、日本に居ない。ユダヤ人と言うのが普通だが、ユダヤ人やドイツ人にこういう馬鹿が多い。聖書がこうなっている。そういうわけで、キリスト教なんか信じない方が良い。
日本のことを分かるために、色んな人間のことを考えた方が良いが、友達づきあいが無いから分からないだけだ。友人が居ないなら、ネットで良く見える。ネットはしたくない。
ユダヤ人には、こういう、神を信じれば救われる人間しか居ない。ユダヤ人が仲間だ。
日本や中国ほどの技術力があると、ソ連はそろそろ実現出来る。
だが、日本が見て、それは意味が無い。自由で豊かになったから、皆自由が好きだ。
ソ連はただのユダヤだ。あれで正しいのがソ連だ。アメリカも同じだ。
日本は、ユダヤで無い良い国だ。そういうわけで、日本人を分かっていると分かる。
日本や人間のことを分かれば良い。そういうまともな人間の方が分かる。
仏教で分かる人間は、多いどころか、居ない。もっと普通の、漫画のようなもので分かる。そういう人間が日本に多い。子供しか見ないようで、漫画を見る大人は多い。
皆平等に豊かになって、平等に働けば良い。それが理想だ。
自分が言うとなるように見える。皆、全員豊かになれ。
そういうわけで、ソ連なんか何も悪くない。ドイツが悪いだけに見えて、普通だ。
人間のことを分かった方が良い。思い出して、想像力と感情で分かれば良い。
理性的に経験が分かれば良いが、それはもう良い。
色んな人間のことを、普通に分かれば良い。
要は、こんな文章を書いているのがおかしい。そのせいで何も分かっていない。
もっと考えれば良い。それも、賢く考えれば良いだけだ。
仮想的に考えると、分かるかもしれない。
ナチはキリスト教徒とユダヤ人しか居ない。そういうわけで、右翼も左翼も、どちらも正しい。良く考えて、自由にするべきだが、自由は悪い。それも正しい。
計画経済は悪くない。皆を平等に全員豊かにして、楽にしたい。そのために、強制労働を頑張っている。だが、一番逆に、貧しくなって、ものが無くなって、辛くなった。
ソ連は忘れた方が良い。一番悪い、大失敗の国だ。破たんした。今でも悪いことをしている。軍隊だけは強い。何も無いし、良い点が無いから、嫌いな方が良い。
金持ちなんか、居なくて良いだろう。
皆全員豊かになれば、終わりだ。
自由なんか要らない。
共有や共同体は、まともだ。
ロシア人には、そういう人間が多い。ロシア人はまともだ。
ただ、ロシアはおかしい。おかしな人間が多い。
そんな終わった国に意味が無い。自然や可能性は、おかしい国になる。
そういうことを真面目に言う人間が多い。
強制労働は悪くない。独裁の方が、頑張って発展する。
そうでもない。普通強制労働と独裁が悪い。ロシア人でもそれぐらい分かる。
平等な労働は、良く見えて悪い。皆全員限界まで辛くなるから、止めた方が良い。
働いても意味が無いせいで、誰も働いていない。
ロシアの法律なんか、誰も守っていない。
そういう、一番賢いのに馬鹿な国がソ連だ。賢いのに、辛いだけになる。
おかしいから、辛い人間が賢くなる人間が、日本にも多い。辛いのは、賢い。
こういう風に言う馬鹿は、本当にフランスやドイツに多い。
むしろ、他の国に居ない。共有は誰もが嫌いだから、嫌いな方が良い。ソ連が見ても共有は悪い。集団農場が辛い。オープンソースは馬鹿だから、忘れた方が良い。
共産主義は、全部悪いと言う人間が多い。こんな馬鹿しか居ない。一番悪いのが社会主義だ。誰もが、社会主義が全部嫌いだ。日本だけだ。日本の方が悪いのは分からない。日本が一番良い国だ。大和魂で、皆楽に良い人間だ。ソ連の逆だ。日本は全部良い。
この文章では死なない。この文章を書いているだけで、革命はしていない。何も死なない。政治家になったり、大物になったりすると、本当にロシアが殺すから、ならない方が良い。こういう馬鹿な自由な民衆は、無害だ。殺してもあまり意味が無い。
政治家にはならない方が良い。安倍は、ロシアならすぐに殺す。すぐに死ぬようにしか見えないが、石原も生きているぐらいだから、日本は民主的な良い国だ。自分も生き残る。
言葉の構造を全部作っていた。方法や基礎を全部書いていた。
それくらいしかしなかったはずだ。
あとは、成り立たせて、信じる、のような内容を書いている。
ソ連共産党を批判するのは、止めた方が良い。日本だから許される。ソ連に行かない方が良い。それなら、すぐに死ぬ。ロシア語なんかしなくて良い。間違っている。
英語は悪くない。アメリカでは、いくらでもアメリカを批判する馬鹿しか居ない。明らかに、その方が良いとは言うが、その方が馬鹿だ。
いつもの文章は、変化可能、目的、手段のようなことを考えているだけだ。
開発や発明のような文章が多かった。
パソコンをやっていると分かる。パソコンを止めると、最近になって、まともになる。
もう一度、パソコンをすれば分かる。何か作りたくなれば良い。OSやブラウザやデスクトップ環境を作りたかった。もう一度、それをやれば良い。
そういう人間に、分かる人間が多い。夢が無いと分からない。パソコンだけ、意味が無いほど賢いせいで、全部分かる。
哲学には意味が無い。数学も止めた方が良い。数学なんか、出来るわけがない。
そういうわけで、パソコンに戻る。パソコンは賢いから、パソコンでしか分からない。
パソコンには、本当に賢い人間が多い。パソコンが嫌いなのは、止めた方が良い。
パソコンが嫌いになると、最近になる。いつまでも継続が出来る人間がいない。そういうものは、出来ないと思った方が良い。分かってから続けると、出来るものだ。
パソコンの問題は、馬鹿ばかり多い。英語が出来ない人間が多いせいで、見ていると、そういう賢いことが出来なくなる。その代り、それで分かる人間が多い。
2ちゃんねると思わず、ブラウザでWebを見ていれば良い。賢いものが多いからだ。はてなブックマークは悪い。賢くない。もっと賢いものを見た方が良い。
ニュースぐらい、誰でもネットで見る。見なければ何も分からないから、ネットは見る人間が多い。父親ですら見ている。ヤフオクが面白いと言うが、ありえない。
昔なんか、そういう風に、ネットで色んなものを見て分かっただけだ。
ネットは、何故か、しない。する意味が無い。
何をしても馬鹿になって、狂うだけがネットだ。何もかも、馬鹿になって、分からなくなってしまう。何も出来ないだけだ。
オイラーの贈物、と言う吉田武さんの本を読むことにした。数学の本で、昔買ったが、読んでいない。良い本らしい。数学のことが分かるかもしれない。
ネットは、とりあえず、見ない。何かキーワードで検索すれば良いが、すぐに見ると、怖い。ただ、2ちゃんねるが怖いだけだ。ネットは怖いから、見ない方が良い。
仏教の本を読んでいるから、数学の本はまだ読まない。
解脱は裏切りが無く、また使えるものが全部ある状態だと言うが、自分も昔はそういう風にネットで分かった。そのうちに分からなくなって、使えるものを全部忘れた。そのように、解脱と煩悩は逆の働きをする。それを、神と悪魔と言えば、キリスト教だ。
仏教を読みたいとは言うが、そろそろ一通り分かったから、十分だ。数学の本をいくらか読みたいと思う。
数学は分かった方が良い。数学のことが分からないインテリは居ない。哲学者のプラトンも、幾何学を知らずもの、この門に入るべからず、と言っている。
あとは、社会科の専門家を名乗りたいなら、日本史や政治経済など、日本のことは完璧に分かっていないと悪い。ドイツしか分からない社会科の学者は居ない。日本ぐらい分からないと意味が無いが、まぁ、それは良いだろう。きちんと世界史が分かっているなら良いと言う。だが、それもそれで危うい。世界史なんか、何も分かっていないだけだ。
数学の本を読むことにする。自分の何も知らないものが出て来るから、面白い。
オイラーの本に書いてあるが、新しい問題に取り組む時、既存の方法や考え方は役に立たない。少数の基本的な方法が、全体の中でどのように関係しているかが役に立つ。そのようにすると、数学者のように見えるが、これは分かると良く分かる。
少数の事項が、全体の中で位置するところを知る、とは、昔に多かった。KDEGNOMEの改良と思えば分かる。そういう風にすれば、数学も分かって来る。
パソコンはしなくて良い。数学の本を読めば良い。それできちんと分かる。
数学は賢い。読んでいると、考えないと分からない。考えると、頭が賢くなる。
不思議と、数学だけで昔は本当に出来る。色んなことを考えて、予想しながら想定して考えると分かる。
いつもなんか、予想と予測しかしていない。
パソコンは賢い。そこまで知性がついて、意識で分かる。そこまで経験がある。
最近は、馬鹿になって最後まで分かっている。それが終わる。
数学をした方が良い。日本語は数学で分かる。数学には、考えるための方法がある。
数学は、頭脳だ。
昔なんか、認識とモデルを数学的に作って、積み重ねて、感情を経験から考えただけだ。
数学をした方が良い。この本は、僕の知る限りでは、良い本だ。
数学的に関係を考えただけだ。物理は、関係、作用、予測、知性だ。
数学を分かると、いつもの文章が分かる。数学的な方法と関係を書きたかっただけだ。
環境から自由まで、全ての数学的なことを書いていた。
環境をどれだけ自由にするかの他には、価値観をどのような経緯で得ていくか、そのようなことを言う。
数学的で、環境的で、基盤的で、メタ的で、可能性と構造のようなことを言っていた。
可能性を高めるために、変化可能から多様性が生まれると言っていた。
そういう、数学的なことを言っていただけだ。
また、心理学的で、経験的で、手段的で、成立的で、仮説的なことを言っていた。
経験とは、存在価値と考え方を考え、信じ、思い、作り、共有し、実現することだ。
そのような、一行で考えられた哲学的なことを言うだけが多かった。
いつもの文章は、書かなくて良い。そこまでキモイ。もう止めた方が良い。
数学をした方が良い。数学をすると、きちんと分かる。
基盤的なことと、認識的なことと、心理的なことと、関係的なことを言う。
理解と発想から、事実と事象を知ってさらに分かる、体得のようなことを言う。
そして、プロセスと環境のようなことを言う。
また、心や認識や学習のような、心理的なことを言う。
そして、人生、地球、宇宙、科学、社会、経験、感情、知性、感覚の構造を作った。
全ては歴史であり、芸術であり、原因であり、体験であり、実験である。
そのように、全てのことを、まるで物理学のように全部分かっていた。
本にも書いてあるように、自由な中に道を作ること。あまり考えなくて良い。その時その時、考える。自分の本に書いてある。
数学が分かると、自分の本の何が賢いのかが分かる。
全てを知りたいもの、世界を変えたいものへ。あなたのすべきことは、全てを創ることだ。そのように、解決方法や実現手段のような、「すべきこと」を書いていた。
科学を作り、社会を自然にし、価値観を共有し、システムを作ることから、多様性、慈愛、善悪、基準、思いやり、理想が生まれる。そういうことを言っていた。
今日もそろそろ終わりだ。明日書けば良い。今日はこれで終わりだ。
ものには、方法、順序、再利用、知恵と工夫、システム化、文化への帰属、がある。
自由には、行動、組織、環境、プロセス、手段がある。
そして、それらは考え方である。
人間の行動には、発想、理解、感受性、成長、環境への適応、意識、心の理由がある。
そこでは、成り立ちと自由度を考えられる。
社会には、制度、環境、経験、構造、考え方、関係、手段、影響力がある。
そういう風に考えていた。色んな数学的な知性を言っていた。
数学をすると、量が減る代わり、賢く分かるようになる。そういう、考え方のことを言っていただけだ。誰でも分かる数学的な関係の考え方を全部言っていただけだ。
全ては、思いと記号である。
全ては、論理的な解と、説明的な事象と、心の捉え方と、自然と正しさの分析である。
もっと、数学的なことを言えばいつもの自分だ。
思いやること。守ること。そして、教えることと助けることだ。
信じなさい。信じることで、全ては上手く行く。何も当てがなくても、信じることだ。
信じること、共感することが、一番楽しい。
神の言葉をそこまで信じるのは、一番愚かだ。
心を信じてはならない。自分を信じてはならない。
心と自分は、最も簡単に移り変わる、最も流動性の高いものであり、自分を騙し、自分のことを陥れる。それが心であり、自分だ。
経験は、皆との共同性のある、普遍的な経験なら、信じて良い。
だが、基本的に、経験は信じてはならない。
信じられるのは、理性だけである。だが、純粋理性を信じてはならない。
確証のある関係は信じられる。だが、良く現象と法則を見極めなければならない。
そのような関係や現象が見出せても、それは間違っていることがある。
神話や天動説がそれに当たる。
イドラ論のように、思い込みは悪魔であると同時に、思い込みが分かる人間が賢者である。
仏教で言う無明と覚りは、同じものである。
人間は経験の束であり、知覚の束である。場の一部である。そのように考えれば良い。
心を信じてはならないと言ったが、心の数学や意識の物理は良く作っていた。
だが、それは裏目に出ただけだ。おかしく壊れて、何も分からなくなった。
これで昔と同じことをしたいのがおかしい。それが悪いから狂っている。
心を信じるのを、馬鹿と思って、止めること。それでまともに治る。
自分のやったことが悪いからこうなるのが分かっていない。やったことを全部良いと思っている。こういう、おかしな精神病にはそれしか居ない。教師に多い。自分のやったことを良いと思っているが、そのせいでおかしくなっている。
自分の数学なんか、作らない方が良い。豊かな想像力や感情、発想法は、無い方が良い。出来たことは、出来なくて、知っていることは、知らない方が良い。
ネットで理性的に分かるのは悪い。実験や予測は、知性が無くなる。多様性は馬鹿だ。
そういうわけで、昔の自分を馬鹿と思えば治る。それもそれでおかしい。当たり前だ。
経験に頼らず、解を正しく求めること。経験は当てにならない。数学的に、いつでも、どんな状況でも、法則は同じであることを知るしかない。違う環境になったように見えて、同じだ。環境的なものは変わるかもしれないが、裏にある法則は同じだ。分析すると、複雑怪奇に見えて、分かってしまうと、シンプルで単純だ。
原因と条件は複雑に関係すると、ブッダも言っている。そのように環境や体験を考えれば分かるだろう。1つ1つの法則が、くっきりと現象と実存を映し出すだろう。
あとは、相対性、正しい考え方、理由、体験と状態、などが多かった。
分からない。もう、きちんと分かった。数学をやると良い。きちんと分かる。
正しくそのことを知って、理由を知れば分かる。それは、パソコンでしか出来ない。
そろそろ終わりだ。もう、全てが成就した。新しいことを考えれば良い。
全ては、影響力、作用、効果、システム、考え方、関係性の成立と照らし合わせだ。
そのように、数学的にこの世界を分かっていただけだ。
全ては、行動と経験だ。
全ては、心と宗教だ。
全ては、自然と科学だ。
それらは、人間が観測し、作ったものだ。関係から、作り出したものだ。
そういうことを言いたかっただけだ。
全ては、法則と可能性から作り出したものだ。
言語と状態から分かっていた。原因と結果から考えていた。
法則と本質から、物理的な構造物の構築を考えられる。
ロシア語とスペイン語が一番賢い。ドイツ語とイタリア語は全く違う。フランス語は、あまりに賢すぎて、馬鹿だ。中国語と日本語は、ある意味馬鹿だ。
そろそろ、悔い改めなさい。自分も、懺悔して、哀れんで信じる。
ナチや社会主義は、悪いが、むしろ、そんなに悪くない。あまり悪くない。
自由で民主主義を信じること。全ては、民主主義者と独裁者の戦いだ。
偶然は、神だ。偶然に任せていると、それは神になって、地獄になって良くなる。
宇宙の法則だ。偶然に任せると、神にはなるが、地獄になる。
そういうわけで、神を信じると地獄になる。
きちんと疑って、偶然を止めるようにすると、楽になる。
何も考えず、スケジュールのような適当なものを作ったせいで、地獄になる代わり分かるようになった。時計とカレンダーを最初に全部決めた。
良く考えて、治せば良い。
時計は、推論し、信じ、見方を変え、根源を知り、原因を知り、予想し、想定し、説明し、実験し、最後に分からなくなるのを、全部1日でやっている。
神との対話も止めた方が良い。
話は、すでに分かっていることを言葉にして、判断し、思い出して、分からなくなって分かっているだけだ。全てのことが、言葉と判断と記憶から分かっている。
もう終わりだ。推論と判断から全てのことが分かった。
毎日、全く同じだけを繰り返している。
一年のスケジュールでは、毎日毎日何かの概念を分かっている。
毎日の価値観は、全ての人間の人格を分かっている。毎日1人、人間を創ったのを、まだやっている。
そういうわけで、推論と言葉と全員の人生で分かっている。
正しく、正確に言うと、死んで、分かる。
あとは、日本のことを分かった方が良い。日本は、創造的で、平和で、思いやりのある社会になって、それぞれが自己の居る位置と日本の未来を経験から分かるべきだ。
心理学的に分かっていた。心理学的な文章を書いて、治していた。
共同体を作って、国家の構造を作った。
関係を考えて、脳や心の働きを考えて、恐怖の原因と治す方法を考えていた。
治す、と言う発想は間違っている。ただ、おかしいことを止めれば良い。
おかしいことを止めるために分かる、理解して変えるのは、おかしい。
ただ、しなければ良い。もう間違ったことはしなければ良いし、するのを止めれば良い。
分かって治るのはおかしい。おかしくなっている原因や理由は無い。ただ、経緯的におかしくなっただけだ。経緯をそこで止めれば良いだけだ。
昔から、そういうところが分かる。絶対的で不安のある理由など、無い。それがたまたまそれにあって、続いているだけだ。相対的に原因を考えれば良いようで、原因なんか無いのが相対的なこともある。絶対的な法則や理由は無く、ただ必然的にそうなるだけだ。
あとは、体験や経験をしていると、正しく行い、瞑想することに繋がって来る。
それは、成長であり、理性であり、経験であり、存在であり、楽しさである。
もう終わった。今日は、楽な良い日だった。辛いことは、何も無かった。
最近、農園が辛い。何もしていなくても、疲れて、怖くなって、辛くなる。
信じることから、解が見えて来る。
守ることから、勇気が生まれる。
そういうものを分かっている時代が多かった。
目標には、そろそろ近い。そろそろ、もう分かったから、全て終わる。
あとは、レンタルやサービスなどの、社会的な考え方を考えていた。
それぞれが利用出来るように、初期投資して貸し出すことで、儲けられると考えていた。
パソコンは基盤であり、プラットフォームであり、開発と再利用であり、拡張性だ。
創造性と再利用によって、多様性が生まれる。
多様性とは、Windowsだけではなく、Linuxがあり、それもUbuntuFedoraがある状況のことを言っていた。
多様性のある場が正常であると言っていた。人間的であると言いたかった。
もう今日は終わりだ。もう寝る。
ケータイはシステムとインフラの共有であり、機械は物理と作用と原理である。
そういうことを適当に言いたかった。もう終わりだ。
真理を知ることから、知性がつく。
数学的な定義から定義と公式が生まれる。
良く分からないが、そういうことを言いたかった。
もう、この文章は書かないかもしれない。それでも英語と仏教と数学はやっていると思う。
会社ともの作りは、工夫の共有と手段の実現だ。
理解とは、発想と手順だ。手順の合成と融和だ。出来事の分析と、説明と思考だ。
オブジェクト指向は、ボタンだ。GTK+/GNOMEと思えば分かる。Java/Swingだ。
具体的な開発をするためには、沢山の手順をする必要がある。
全ての工程を辿って、プログラムを一行一行辿って作る。それが開発だ。
変数と代入を読んでいくことの出来る人間が出来る。
殆どの機能は、必要に応じて必然的に作る。状況と条件に応じて正しいコードを書く。
こういう賢い人間が出来るのが普通だ。
パソコンは初期投資だ。一度作ってしまえば、自動化し、共有出来る。
自分の使いやすいように、関数やライブラリを作る。1つにどのようにまとめるかは、自由だが、オブジェクト指向にすると賢い。一番賢いのは、Javaだ。クラスライブラリが使いやすく揃っている。必要最低限なのはCだが、最大限なのはC++だ。
ネットの場合、共有が賢い。無料で、いくらでも揃っている。
社会主義も、社会所有が賢いはずだった。皆が平等になって、皆のものを皆で作る、そういう共産をしたかった。結果は、間違ったものになった。
だが、ネットの場合は、共有が賢い。そういうわけで、MozillaLinuxなどのオープンソースは、どこでも、馬鹿ではない。嫌いな人間が多いが、本当にきちんと賢いのがオープンソース・ソフトウェアだ。フリーソフトウェアの理念は、最近分かる人間が多い。
コマンドとアイコンなら、コマンドの方が良いように見えて、アイコンもあった方が良いと言う。そういう発想が、GUIだ。アイコンも直観的で、楽だ。
そろそろもう書かない。もう良い。あとは、明日になるまで、放っておく。
場を正しく捉え、創造的な環境を知り、環境の意識の内側と外側を知った。
コマンドでも、GUIでもない、何かが作れないか。最近は、衣服のように身に着けるインターフェースが流行っている。ウェアラブルだ。だが、それはすぐに消えると思う。
ニュースを全部まとめるとどうなるか?時間はどのように生活空間を決めているか?時間が存在しなければどうなるか?そのように、時間と存在を考えることが多かった。
もう何も無い。終わりだ。
あとは、考え方のようなものを分かっていた。
あとは、宣言する。もう、文章を書くのは止める。それでおしまいだ。
関係とは、テレビとリモコンのようなものだと考えれば分かる。
宣言は、あまり関係ない。もう止めたいが、まだやっている。
Linuxでは、最近グーグルが貢献している。そういう、貢献する企業が賢い。
もう書かない。もうこれ以上、書くことは無い。