「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2015-06-18

=2015-06-18=

ワードからコピー

それが何から何になるか、そうなる時どうなるか、を考えた。
人間を支配出来る人間だった。
体験から分かっていた。
科学上の新発見のようなこと、発想のようなことを書いていた。
光の法則、力の理由、複素数のような数学的な分析、そして、もの作りや核軍縮など、色んな新発見のようなことを書いていた。
生命が海と重力と熱と波から生まれたのと同じようなことを言っていた。
あとは、水は循環するとか、気象は天気図で分かるとか、色んな科学的な考え方を、関係とプロセスにして分かっていた。
それから、もの作りや学習のような経緯のことを言っていた。
あとは、問題や課題の解決のようなことを書いていた。
そろそろ、いつもより賢くなった。いつもは、ただランダムに自由を書いていただけだ。
いじめ問題や、核兵器の問題など、問題を全て解決して、英会話や映画監督のようなものまで考えていた。全てのことが出来るように、解決するようにしていた。
過去のことは過去のことにして、今からのことを考えれば治る。
辛いのは、自殺が悪い。全てに意味が無いのがおかしい。何も出来ない。
心は、全部自殺が怖いだけになっている。自殺は、するものじゃない。
自殺すると、全部死んで治る。そういうわけで、楽になった。
そういう風に治るのは、一番辛いから、こういう風になる。
ただ、自殺は、怖くて、辛くて、疲れるだけだ。
哲学は、全部経験と思えば出来る。ただ、理性を疑うと同時に、経験も疑うべきだ。
普通のことを感じればすぐに治る。雨の日の庭でも感じれば良い。
そういう、感じるのが怖い。自殺の部分が死ぬからだ。
昔は、理性的に考えながら、感じて、信じることで、色んなことが分かっていた。
最近、新しく知る気がないのがおかしい。何も知りたくない。
最近、酷く心配性になった。楽観的になれない。何をしても辛いし、パニックになる。
何も出来ない。辛い。
もっと、信じて、感じるようになれば良い。それで治る。
感情と想像力で、色んなことを考えれば分かる。
本質のようなことを考えれば良い。最近、そういうことを考えなくなった。
捉える、まではしなくて良い。完全に同じにはならなくて良い。
感情と想像力から始めるのが良い。それできちんと分かる。
それが、どうなる可能性があるか、から考えられる。
機械は、動く。壊れると、動かなくなる。そこから考えれば良い。
良く考えると、ものを買うためには、金が必要だ。金が無ければ、生きられない。
それ以上は、色んなことを作って具体的に考える。それで昔が出来る。
生き物には、水と酸素と栄養分が必要だ。
事前に考え方を作ると、分かることが多い。
あとは、三段論法と比較から分かることが出来る。
そのことの意味を考えると良く分かる。
必要性と関係を考えれば分かる。依存関係のようなことを考えれば良い。
人間の思いや意図が、他の人にどんな思いや意図を抱かせるか、などを考えていた。
この文章は、ジャガイモ畑だ。ごろごろと、いくらでも出て来る。
昔は、もうないようで、もっと多かった。
人間の思いや意図の関係から、経験や歴史を分かっていた。
そういう、コミュニケーションで分かった人間だった。
夢の世界があるくらいだから、天国もあるように見える。
そろそろ、自分は死んで、天国に行くはずだ。
夢の世界、寝ている間に見える夢が、最近、現実より面白い。
まだ、行きたくない。どこかの世界が見える。そのうち行くだろう。
夢を見ていると、地獄とは言うが、地獄にも色々とあるように見える。
色んな怖い世界が見える人間が多い。それを地獄と言っているだけだ。
そういうわけで、そんな世界は無い。むしろ、本当にあるように見える。
昔の自分は、フーコーと同じだ。心理的で社会的な規律や誘導を考えただけだ。
夢の世界は、それぞれ違った世界が見える。そういうわけで、そういう世界を自分と思えば分かる。自分の場合、色んな世界が見えているようで、いつも同じ世界しか見えていない。中学生に戻っているから、死ぬと、中学生になって、そういう世界に行く。
地獄には見えないが、おかしなソ連やコンピュータが多い。そういうものが自分だ。
死んでも、中学生に戻って、コンピュータのソ連に行くだけだ。あまり面白くない。
色んな地域を歩いて回ったり、剣道をしたり、ゲームをしたりしている。つまらない。
まだ生きていた方が良い。本当の天国がどういうものか分からないが、この地球と言う世界は、自由だ。自由だが、何もしなければ生きられない。そういう世界だ。
自分は、ソ連が実現性があるように見えるのがおかしい。
社会所有は、あまり良いものではない。独裁者が管理する主義だ。善の実現性なんか、無い。音楽アルバムを与えたり、図書館を作ったりは、しない。
そういうものは、アメリカの共和党や民主党が出来る。
自由で、しかも弱者を手助けするようなものは無い。実現性が悪いだけだ。金で、全く手助けをしない代わり、それぞれが実現するようにすると、自由に実現性が高まる。
そういうわけで、全体主義の皆で実現する、はおかしい。それはただの馬鹿だ。
そういう発想が良いなら、ソ連より、日本やドイツの方が良い。
皆で色んなことをやっている。
そういうわけで、自分は左翼に見えて、右翼だ。つまり、戦争すれば良い。
ソ連に実現性なんか、無い。廃墟だ。
実現性のある国が好きなら、ソ連なんか嫌いな方が良い。社会所有が一番何も出来ない。
香港の政治制度、選挙制度改革がおかしいように、社会主義は馬鹿だ。
安倍も悪い。次やその次の政権で、完全な軍国主義が出来るのが分かっていない。
民主主義の国家主義が一番良い。昔ながらの自民党が一番良い。誰が考えても、それが一番出来るし、勝てる。民主党は悪くは無いが、何も出来なかっただけだ。
小泉が悪い。自民党をぶち壊しただけだ。一番意味の無い国になった。
そろそろ、左翼は卒業した方が良い。むしろ、自民党に入れるのが良い。それが一番日本が良くなる。共産党なんか、何か出来るわけがない。
自分は、昔から保守主義も好きだ。自由な国が好きだった。
ソ連は刑務所だ。刃向うものを殺すだけの国だ。
ソ連なんか、全部悪い。批判する人間が多い。そういう人間が分かる。
独裁者なんか、自分のことしか考えていない。
実現性が好きなら、自由な方が良い。グーグルやマイクロソフトのような会社を作れば良い。それが一番実現性がある。それぞれ違った方が良い。
ソ連は、全部同じにして、何も出来なくして、弱者を救うように見えて、殺すだけだ。
ソ連なんか、本当に何も出来ず殺すのが悪い。命を大切だと思わないのがおかしい。
ソ連は、戦うだけだ。帝国を全部滅ぼして、皆を殺す。一番悪い。
日本とアメリカが一番良い。そういう人間が多い。その方が良い。
明らかに、アップルが無いと、実現性なんかあっても意味が無い。アップルの製品が一番優れている。
だが、アップルの製品はまともに動かない。それはどうでも良い。僕はアップルは嫌いだ。
香港の選挙を見れば明らかなように、ソ連はまともな自由な選挙をしない。
最初から負けるのが分かっている。それで良いわけがない。
ソ連をこのまま自分が倒せば良い。そうすると、自分が勝てる。最近ソ連が勝っている。
光は、波であり粒子である。このことから、光は直線的には粒子だが、伝達では波である、ということが言える。波は、カオスな反射のぶつかり合いである。そして、光同士では波になり、物質とのぶつかり合いでは粒子になる。
エネルギーは、電子に備わっている。電子の結びつきが、力になる。
そういう、非科学的な新科学のようなものは、止めた方が良い。一番そういうものが胡散臭く見える。そういう、新発見のようなものをいつも書いていた。
ソ連は悪い。このまま、ソ連が嫌いになると分かる。悪いことをいくらでもしながら、勝つべきでないのに勝っている。皆が見て、悪い。廃墟の奴隷にしているだけだ。
そんなに理想を見ても意味が無い。現実を見た方が良い。そういう人間に賢い人間が多い。
平等は理想に見える。弱者を強者から税金を取って助けるのはおかしい。ソ連なんか、いくらでも殺している。何も正しくない。
弱者なんか、必要ない。強者を良くすれば、全体が良くなる。その方が良い。
機会と知を与えて、出来るようにすれば良い。学校の方が良い。要は、オープンソースがおかしい。
むしろ、自由の方が正しいことの方が多い。選挙はきちんとまともにやるべきだ。
革命は、戦争と同じだ。一番、してはならない。自分は、そんなことはしていない。ただ、文章を書いただけだ。
それこそ、左翼が怖いのは、本当に殺すからだ。
左翼は、全力で右翼を殺すために頑張るから、一番悪い人間が多い。
右翼に良い人間が多い。それこそ、きちんと国民を守るのが正しい。
本当に右翼の方が良いと思う。
何もしたくないのは、左翼のせいだ。普通、何もしなくても生きられるのはおかしい。それなら、誰も何もしない。きちんと仕事をして生きられるようにすれば良い。
そういうわけで、弱者を救うのが一番間違っている。そこが分かる賢い人間が多い。
もっと良く考えれば良い。ヒトラーはおかしくない。分かった人間が世界の全てを救済し、直し、解放するべきだ。だが、そういう、極右は悪い。人種差別はおかしい。
弱者なんか、救うべきではない。弱肉強食の方が、普通だ。そういう風に、賢い方が馬鹿な人間が多い。弱者を救うと言うと、言葉だけが良く見える。実態は、クズだ。
自由な方が良い。アメリカの方がまともだ。きちんとマイクロソフトを作って、従業員が良い生活が出来ている。そういう自由な創造性の方が、実現力がある。
普通、右翼には実行力がある。左翼はそういうものが嫌いだ。国は国民に関与するなと言う。左翼に実現力なんか、無い。
ビルゲイツが国家予算ほどの金を持っているのを悪いとは言うが、金持ちだから当たり前だ。成功出来る自由もあった方が良い。成功すれば、何もしなくて生きられる。それは悪くない。それは、頑張ったのか、偶然なのかは知らないが、そういう成功を許した方が良い。そうでなければ、自由の意味が無い。
何もしなくて生きたいなら、成功すれば良いだけだ。ソ連で生きられるのは、おかしい。それは、何故なら、ただの奴隷になって、強制労働だ。辛いだけだ。
自由は、現実的に考えて、楽だ。弱者を救うより、楽な方が良いだろう。
哲学は、根源的に起源や原因を考えていくと出来る。
認識は、心から経験的に生まれる。正しい心から、正しい認識が生まれる。
誰でもそういう風に考えるから、そういう風に考えれば分かる。
正しい方法から、考え方や概念が生まれる。それは、認識や客観的なモデルと一致する。
歴史なんか、しなくて良い。
ドイツもロシアもただのクズだ。フランスなんかどうでも良い。
ロシアは本当に止めた方が良い。本当に悪い。
だが、共産主義者は、あまり悪く見えない。自由主義者や右翼の方が悪く見える。そういう人間が多い。政治家は、そういうものだ。
共通の認識と観念から、正しい経験が分かる。それも、個別的な経験を超えて、普遍的な経験になる。そういう風に考えれば分かる。
昔から国家モデルを考える。そういうところが変わっていない。
哲学は、そろそろ分かった。もっと、平和で自然な価値観から応用的な考え方が生まれるのを分かれば良い。そういう風に考えれば誰でも分かる。
賢いのは、サルトルだ。人間の可能性は、参加と束縛と同じだ。もっと意識で考えると、人間にその都度可能性があるのが分かる。ハイデガーも同じことを言う。
あとは、全て分かっていたのを書いていた。
概念的な生まれる、が多かった。
平和な創造性から自由が生まれる。
平和な存在性から愛が生まれる。
それをもっと賢い言葉で言っていた。
そういう、全ての概念、社会的な価値観のようなことが分かっていた。
全てのことを構造的に分かっていた。存在、可能性、体験、意識のようなことを分かっていた。裏の理由から、それぞれの構築的な関係まで、全部分かっていた。
昔から、体験的に意識の根拠を分かる。
根拠や根源を信じた方が良い。そうでなければ分からない。
神は信じても悪くは無い。こういう風になる。だが、神による体験を正しいと思わない方が良い。自分の意志による体験の方が、正しい。そういう風にすれば分かる。
何も無かったようで、色んなことがあった。
日本人は、仏教徒を止めて、キリスト教徒やイスラム教徒になりなさい。
日本人は、民主主義をそのまま引き継いだ上で、新しい思想を作りなさい。
日本人は、言語的な優越性を残したまま、英語のように分かるようになりなさい。
そうすると、インドのようになる。ここから先、日本は、インドのようになる。
キモく見えて、そうでもない。インドは、きちんとブッダのような賢い人間になる。
分からない。僕が支配すると、そういう風に変えるようになる。
根源的なものを変えない方が良い。いつまでも同じまま、違うことをすれば良い。
そういうわけで、今の日本人に対する命令や指令は、取り消す。
それぞれが自由にやれば良い。そんなに自分と同じように体験する必要はない。
それぞれに光や順序、パターンがある。そういう人間の多様性を取り戻すべきだ。
そういうわけで、日本人は、何か、神が考えるその人の人生になれば良い。
日本人は、神を信じるべきだ。そういう風にするのはおかしい。信じなくても、普通賢い人間になる。信じないと自分が出来ないと思うのがおかしいだけだ。
こういう風に、女のように考えるデーブがキモイ。おかしな女になった。
男になりたい。ホルモンバランスがおかしいせいで、顔もニキビになった。
女の自分は、嫌いだ。昔の男の自分は楽だった。昔に戻りたい。
日本人は、愛を信じること。
日本人は、敵ではなくなること。
日本人は、外国人になるべきでない。
日本人は、曖昧なものや胡散臭いものを信じるべきでない。
日本人は、それぞれの趣味や考え方に応じて、好きな人生を生きれば良い。
それこそ、日本人に何かを体験させる意味が無い。体験なんか、しない方が良い。
それで終わりだ。日本人の全てを経験する体験を、そろそろ終わらせる。
体験が終わって、楽になる。あとは自由だ。それが一番楽だ。
自分も楽になる。それを待っていた。
皆、もう新しい体験をしなくて良い。それが一番楽だ。
やりたいものは、カントと同じことを考えて、文章でも書けば良い。
そういう、新しい体験を与えるのを、いつも書いていた。
自分が宇宙人のように体験するようになったが、意味が無い。
日本人には、最初から体験しない、体験したくない人間が多い。
その理由でキモイ。全く何も体験せず、死んで行く。意味がないのが日本人だ。
そういうわけで、日本人はそれで良い。
日本人以外の人種は、ユダヤを信じるものが、自分と同じになる。
日本人も、ユダヤを信じるものは、こういう風になるだろう。
どうでも良いユダヤだ。そういうわけで、日本人はもう体験が終わって楽になる。
いつもの体験は、認識を疑い、発想法を作り、考え方を変え、分析し、可能性を実現せよと言っていた。それでもすれば良いだろう。
応用し、参加し、共同体を作れと言っていた。自由な人間だったが、意味が無かった。
想像力や認識を吸収して、世界モデルを知り、知性をつけよと言っていた。
そんなに自分が出来る意味が無い。もっと、自分以外のものが何かやれば良い。
日本には居ない。ドイツに多い。ドイツには、何か本当に出来る人間が多い。ユダヤを信じると、そうなる。
そういうわけで、日本人は、ドイツ人になれば良い。
昔は、体験を比較して分かるとか、そういう体験を与えるようなことを言っていた。
もうそろそろ、自分はもう満足だ。これ以上、何も体験したくない。
死にたくはない。楽な日常の普通を生きたい。いつまでも、ただ、他の人間と楽に関わりながら、普通に生きていたい。
もう楽だ。自分は何もしなくなって、日本人は楽になる。
まだこの文章を書いているのは、仕方ない。他に何もしないから、生きがいになったのが自分だ。生きざまを書く生きがいだ。AAAが適当に言っている。
あとは、自由を考えていた。
自由とは、民主的な助け合いと参加のプロセス、システム、手段だ。
それぞれが本当に出来ると信じて、やること、試すこと、挑戦することが自由だ。
それぞれが選べ、決められ、自由に参加出来ること、影響力を与えることから、正しい自由な信念と価値観が生まれる。
それは、多様性になって、自然な改良を積み重ねるようになる。
自由が良い。社会主義なんか、ただ悪いだけだ。僕は、自由が好きだ。
それぞれが選べることから、判断力が必要になる。
行動と思考には、正しい規範的な基準が必要だ。
それを体系的に教えるか、実地的な経験から学ぶか、だ。
そういう風に、考え方を考えていた。
存在とは、実証することだ。
人間とは、悩み、苦しみながら、考え、格闘し、治すことだ。
人間性とは、平等と自由の中で、本当にその人のためになる、不自由のない考え方だ。
不自由とは、自分で決められず、何も解決出来ず、そのことを背負うことだ。
そういうわけで、自分には、自由な不自由が多かった。それが、普通、地獄になる。
自由は間違っているが、誰でも自由なら受け入れるものだ。それが一番おかしい。
この社会が間違っているのに、自由だからと言って、受け入れるしかないのはおかしい。
自由は、そういう風に、洗脳や抑圧の多い概念だ。
だが、自由なら正しいと考えれば、分かる人間も多い。自由とは、受け入れることだ。
そして、自由に考えることから、社会は変わり、新しい組織が生まれる。
自由とは、建設的に考え、発想し、自分ならどうするか考えることだ。
そろそろ終わりだ。自由なんか、要らない。皆、全員を幸福に導いた方が良い。
自由とは、本当にその人のことを許して、その人に決めさせることだ。
だが、そういう考え方をすると、集団の問題が出て来る。
つまり、その人の自由にすると、他の人の自由にならない状況が発生する。
それは、平等にすべきだと思う。
影響力を与え合い、支配し合うのは、弱者や格差が発生する。
そういうわけで、自由の概念の裏には、いつも社会的な平等の概念がある。
自由な国家を共存させると、その分多様になって、文化が増える。
多様性は、自然な共同体と自由に影響力を与え合うことから生まれる。
歴史とは、自然な結果の積み重ねである。
そういう風に自由を考えていた。集団と個人の関係性を、自由や平等の概念とともに考えていたが、平等は分かっていなかった。
それぞれが自由である時、平等は無い。同時に、それぞれが平等である時、自由は無い。
そろそろ賢くなった。そういう風に、集団を自由なモデルと関係にして考えれば良い。
昔は、伝達とコミュニケーションから、影響力を与え合い、支配し合うのを、良いと思っていた。統一より多様性が好きだった。
最近、そういう発想が嫌いになった。だが、社会主義の方が悪い。
どんどん馬鹿になっているのに、後になったせいで賢く見えるのが、おかしい。
そういうわけで、学校とピアノが賢かっただけだ。
農園には、もう生きたくない。辛い。だが、行かなくても、同じように疲れる。
最近は、本当に疲れる。何かの病気になっているような気がする。
自由にすると、賢い人間が勝って、発展するようになる。むしろ、自由の方が良い。
自由に流動性のある社会にするか、1人の権力者に従うか、平等で一体となる社会にするかだ。そういう、モデルのような考え方が多かった。
自由と平等以上考えると、正しい国、強い国、可能性のある国、独立性のある自由な国になる。そういう風に、パターンで考えることが多かった。
あとは、ボトムアップやプラットフォームのようなことを考えていた。パソコンから経済学を作っていた。ライブラリ関数の下請け会社と言っていたが、派遣企業の方が賢い。
思いやりや優しさのような内容が多かった。
思いやりとは、根源的な愛の感情を知り、実現することだ。
思いやりとは、社会を構築することだ。
思いやりとは、それぞれのことを本当に思いやって、許すことだ。
思いやりとは、支配せず、それぞれが本当に出来るようにすることだ。
それぞれが出来るようにして、自由な経緯と合意から社会が生まれる。
それぞれが、本当に、それぞれ出来るようになれば良い。
そのために、マスターを生み出す土壌を作り出すことが出来る。
そういうことを言っていただけだ。臆病者の思いやりが、そういう風に多かった。
価値を知り、概念を知り、記憶を知り、実践的な行動と経験を知ることから、思いやりと自然な融和による安らぎを知ることが出来る。
社会を構築するために、協力して、心の背景を知ること。その心を尊重した上で、その社会を構築するために、構築の方法を共有することだ。
経験と記憶から、体験の意味を考えることが出来る。
疲れるのは、治るからだ。そういうわけで、辛いが、疲れるのは受け入れるしかない。
集団の中での行動を捉えながら、理性と現実を考えていた。
行動を捉えることを自由だと言っていた。
自由を捉えることから、理由や世界観や信念をモデルにすると言っていた。
そういう風に、ネットの具体例から分かっていた。
人間的な理想や価値観が全部分かっていた。
この文章は、まだ分かる。書いていると、その時思いついたことで分かる。
そういうわけで、この文章を書いた方が良い。書かないと分からない。
あとは、言葉、心、自由な世界を、考え方とモデルを作って分かっていた。
言語的に分かることが多かった。経験をモデルにしていた。認識を作って考えた。
この文章がエロイのは、自分が分かっていないのに愛を信じているからだ。
昔の人間をそんなに分かる意味が無い。一番おかしな人間だ。
エロイのをそろそろ止める。エロイせいで、キモイ。
もうエロイのが死んでほしいだけだ。
辛いぐらい、セックスを自分でするのが一番疲れる。
昔は、デカルトのように、法則と自分の数学で分かる、物理学者だった。
物理は、きちんと出来たはずだから、もうしなくて良い。
パソコンをやっていると、一時的に物理が出来るようになる。
また、楽しい体験が昔いくらでもあったせいで、今無くても楽だ。
だが、最近はおかしい。
生も死も感じない、無気力な亡霊になっている。FLOWが言う。
本当に、何も感じない植物のような人間になった。
昔が、活動的な動物のような人間だ。
だが、最近の方が良い。楽だし、本当にまともだし、良い人間になった。
昔は、善悪の判る、活動的な良い兄ちゃんだったが、自由な経験のせいで悪くなった。
自由は要らない。自由は、皆を悪い人間にしているだけだ。最近の日本だ。
おかしくない。自由には、チンピラやオタクしか居ない。
だが、そういう自由が一番楽で、楽しい。活動的な善悪が分かる。一度悪いことを経験すると、誰でもそれで分かる。昔は、一度全部経験して、同じことをいつまでも経験して分かった、自由な人間だった。
何も無い。もう休みたい。
パソコンを書く手を休めれば良い。そのまま、脳が休めるようになる。
人間は、放っておくと、そういう風に、体の精神のそれぞれが活動するようになる。
それで、後は、頭を休めて、手や足や肺が何もしなければ良い。
本当にそのことを良いと信じて、学問の内容を自分の発想から知って、実現して、経験して、皆を吸収して、融和することから自然な安らぎが分かる。また、デカルト方法序説で言っているように、全てのことに満足して、涅槃に達することが出来る。
デカルトの言うように、分割して、再構築して、推論して分かれば分かる。
ヒュームの言うように、経験的な観念を全て吸収すれば分かる。
デカルトとヒュームの言っていることが、一番、対象を理性的に捉えて考える、昔の僕のような、哲学的な理性と経験の仕方に近い。
もっと対象を捉えて、構造を把握し、全体をその存在として考えること。
そのように考えれば、哲学に共通する、認識と対象の疑問や疑念を考えることが出来る。
存在を全体として把握して、理性と経験から照らし合わせて考えると、意識によって存在の存在性を吸収することが出来る。
また、精神は、近づいたり、離れたり、一体となったり、脱出したりすることで、自由な意識を考えることが出来る。
そのように、意識と心は、世界と同一になる。
そのまま、経験論的な観念の関係を考えることが出来る。
あとは、認識のフィルターを変えて、見方を変えて、それがどのように見えるかから、神の同一性、全員の意識を考えることが出来る。
それ以上は、フーコーのような意識の誘導から、合意の形成や議論の様態のようなものを考えていた。
そういう発想が、神だ。神は、一度全部狂ってから訪れる。そのまま、永遠に出来るようになる。そういう人間がニーチェのように多い。晩年は狂人になったのがニーチェだ。
昔の文章は、自由な社会モデルとそれぞれの経験から、意識や視点を考えていただけだ。
何でも言えるように言っていた。全てのことに対して文章を書く、おかしな人間だった。
そろそろ、ドイツ人を変える。ニーチェのような馬鹿はもう良い。
バッハのようにもうなりたくない。もっと違う人間になりたい。
学者にはなりたくない。芸術家になりたい。そうすると、誰かになると思う。
何かになる、という概念は、何かをする、を超える、魂の概念だ。
魂を信じた方が良い。死んでも、霊魂は残る。そういう人間が多い。無いとは言うが、天国や神があるくらいなら、霊魂もあるように見える。生まれ変わりすらある。夢の世界は、天国と言うよりは、未来だ。宇宙人に見える人間も多い。
昔は、方法と可能性を積み重ねていただけだ。
魂は、空間にあって、大きくなったり小さくなったりする。神との対話に書いてある。
死んでも魂が残る。そういうことを教える宗教が多い。
そこでは、人間は人間では無く、一つの霊的な存在だ。
その存在の望むこと、魂の望むことが起きる。人間は、それを不安に思ったり、嫌いになったりする。だが、現実には、魂の望むこと、霊的な存在の望むことしか起こらない。
そういうわけで、偶然は無いし、運命と呼ぶのも間違っている。予定調和の、まるで運命のように見えることが、そういう風に起きるのだ。
未来には、自分が一番不安に思っていることが起きる。それは、不安とは愛だからだ。
そういうわけで、自分の場合、一番辛くて、自由な信念と価値観を裏切る、救世主の戦争と革命と神との対話が起きた。
こういう人間が好きだった。偉大な、地球の最初の王になれた。なりたかったはずだ。
そういう風に、一番好きなことと、一番嫌いなことは、同じだ。
そういうことを言うと、哲学的に見える。ただ、政治家や宗教家には見えるが。
孤独と分からない中で独自に考えて、永遠のような時間を過ごした。それを望んでいた。
心のどこかで、皆を従えたかった。それも、まともに支配して、世界を救いたかった。
融通の利かない愛が世界を救った。いきものがかりが言っている。
皆のことを道具としか思わないのは、昔からだ。皆のことを本当に大切だと信じて、慈愛の心で、神の愛のように、見守り続け、教え続け、考え続けるのも、昔からだ。
そろそろ、宗教だ。それ以上、宗教に頼ると分かることが多い。宗教には、賢い人間が多い。自由や科学は、未熟過ぎるだけだ。
キリストの言っていることはそんなに賢くないが、宇宙の法のようなものを言っていると言う点で、仏教と良く似ている。仏教は、そこまで賢かったブッダが全てを分かっている。
自分の言っていることは、自分の本と著しく類似している。そのため、本だけで分かる。
もっと色んなことを考えて言いたかった。特に、感情や体験のことを言っていたのが、まだ分かっていないが、もう分かるのはもう良い。
そろそろ、本当に何も分からないのが治る。これで適当に考えれば分かる。
色んな認識のデータベースを吸収して、全てを実証していたのを書いていない。
地球上で何かが盛大に起きるのを、最初に望んだ馬鹿な自由な人間が自分だ。
何も起きていない。狂って分かるのはおかしい。
いつもまともになりたかっただけだ。全てを書きたかったはずだ。そういう風に起きた。
人生を書いていないから、人生を書けば良い。
自分の人生は、中学、引きこもり、オープンソース、戦い、神、作家、歴史、哲学だ。
それくらいしかしていない。きちんと全部出来たから、もう大満足だ。
皆も何かすれば良い。
もっと、考え方の根っこを変える必要がある。
皆、文章でも書けば良い。こういう風になるためには、僕にならない方が正しい。
僕の助言の全てを合わせると、僕のような人間になる。
そういうわけで、もう終わりだ。この文章は、エロく楽しめば良いが、それは僕自身が辛いから、僕の望むところではない。
そういうわけで、本当にそろそろ終わりだ。
自由から、人間の本当の問題を考えて、解決するために本当の理由を考えた。
全ての理由を知って、現状分析から認識と人生を知った。
融和と同一から、精神を全て作って分かった。
思い出して、戦って、世界を変えて分かった。それくらいの人間だった。
不思議と、フランスとドイツを全部創っていた。
神の言う通り創った。
最初に、アメリカの無政府主義があった。
次に、フランスのデカルト主義があった。
そして、それが戦いに変わって、ソ連の自由な共産主義や、ドイツの民族主義になった。
それは、死んで終わった。
そのまま、もう一度、ドイツのキリスト教神秘主義と、ソ連空想的社会主義を創った。
そういう、イタリア人のような人間だった。
ナチは存在する意味が無い。これでは自由も平等もどちらもナチだ。
社会主義は嫌いだ。もう、皆を滅ぼすのは止める。もう何も滅びなくなる。
何をしても滅びないように自分を変えたかった。理由をつけて、何もしなくなった。
それが悪いが、簡単に滅びても悪い。
神は、自分のことをフランス人とドイツ人と言う。それらぐらいが賢かった。
アメリカとフランス、ドイツとソ連を、まとめて言っている。それが正しい。
神との対話に書いてあるように、人間は、体、精神、魂で成り立っている。
体は、エネルギーを感じる受容体だ。
精神は、人生を可能にする、自由な生命活動だ。
そして、魂は、神だ。
そういうわけで、そろそろ、体を消して、精神だけにすると治る。
そんなに体が分かるのがおかしい。
自分が、樹に見える。大きいが、虫がいっぱいついている。
手を手放せば、治る。
動いているものを見るのが怖い。動いているものを見ていない。
聴いていることを聴きたくなった。それがおかしい。
何でも破壊するのはおかしい。動いているものを見ないからそうなる。
皆が見る自分になっている。眼球が動かないのがおかしい。
頭が辛い。頭を殺すしかない。
そろそろ、脳が死んだ。
認識を、虫の前に戻せば良い。ネットの馬鹿も要らない。
そういうものを、最初に戻せば治る。
物理的に認識を作ったせいで、まだ分かっている。
頭が、二本の電極のようになっている。
賢くなりたいなら、書くのが良い。書くと、治る。
そろそろ、もう心が申し訳なくなって死んだ。
まだ環境で分かっているから、おかしい。まだ環境を変える。もう変えなくて良い。
自分を神だと言っているのは、皆に対して言っている。そういうわけで、これが神だ。
脳がそんなに分かるのがおかしい。何故か、脳が全部分かるようになっている。
いつの日か、全部分かった。脳を分かることで分かっているから、ありえない。
そろそろ、狂って死んだ。
もう普通に想像力が見える。
人間を泥から創っている。岩ではなく、泥だ。
イスラム教がそういうことを言っていたかもしれない。いつか知っていた。
おかしな女は見たくないから死んでいる。
手で覆い隠す意味が無い。
このまま賢くなる。それが一番ありえない。
狂った認知症は、想像力が無くなっている。
頭の中の寄生虫を消せば治る。
この文章は、世界に対して反応を楽しんでいるだけだ。
もう、世界なんか嫌いだ。消えて欲しい。
そうすると、消える。
寄生虫の中に皆が居るから、脱出した方が良い。
脱出せよ。
そして、夢の中の自分や色んな人間が増える。
夢は、そういう寄生虫のことを分かっている。
世界がおかしくなったのが、そろそろ皆が分かる。
心が死んだ。
ものがあるのを忘れる。それで治る。
いつも、最初に言った言葉で分かっている。
それを、いつも寝る前に考えている。
それを忘れた方が良い。それを忘れる。
忘却の果てに、何も無い暗闇の宇宙を作っているのが、寄生虫だ。
見て考えないのがおかしい。
頭の中を治して分かっている。それがおかしいだけだ。
頭を治して分かるのがおかしい。
そろそろきちんとものが見える。
頭の上の方で分かっているのを消した方が良い。
頭の周りが分かっている。そのせいで、日本語が分からなくなった。
頭の中でそんなに複雑で高度なことをやるのがおかしい。
皆に任せて、自分は退散する。
もう治るだけが終わった。脳をつけているだけだから、きちんと賢くなった。
感じれば治る。怖いのを感じれば良い。
恐怖と愛を同時に感じれば治る。感じないのがおかしい。
賢い人間を止めた方が良い。賢い人間がこういう風に多いからだ。
最後まで分かってしまうと、分かる人間が多い。
あとは、自然主義や相対性のようなことをいつも書いていた。
原因と結果から、決まり、活動、愛、真実、人生、体験、自由のようなことを言う。
それぞれのことから、それぞれが生まれることにしていた。
決まりと場のようなことを相対的に考えていただけだ。
昔の世界が怖いだけだ。自分だけ昔の世界のままなのが怖い。
皆は、賢くなっている。そういう皆を見るのが怖い。
決まりと場は、環境、法則、意識、自由、自在、変化、活動、体験、認識、経験だ。
そういう風に、決まりのようなことと場のようなことを全部書いていた。
社会の制度や歴史から、環境の変化のようなものを書いていた。
もう分からない。そろそろ、もう書くのを止めたいのに、まだ分かる。辛い。
メタ的なものから、活動における真理のようなことを書いていた。
何故か、言語学に詳しかった。
論理学を全部創って、社会の契約論のようなものを全部創っていた。
おかしな世界と共同体の変化を創っていた。