「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2015-01-23

=2015-01-23=

ワードからコピー

ものを関係と可能性で緻密に考えていた。
ものは、ものとの関係と道具と方法から生まれる。
ものの関係から、社会、人間の関係を考えた。
森羅万象の関係を考えていた。
やり方と結果を把握した。
場からものと属性を全て創って、法則にしていた。
イスラム教のキリスト教をやった。
社会は、栄えること、滅びること、争うこと、信じることが全てだ。
自由とは、信じ、組織と個人となり、立場や見方を変えることだ。
知をモデルにして、メタ的に説明して分かっていた。
学習を考えて、全ての人間になった。宣言で、神の永遠を実現した。
体験と環境の変化から発見出来る。
人間とは、認識し、知り、考え、感じ、行動し、何かになり、何かとして在る生命だ。
自由とは、もののあり様と考え方を考えることだ。
創造的で、体験的で、平和的で、幸福的な社会を創れ。
愛とは、真実、自由、考え方、適正、本性、公平、慈悲、許し、解放、平等だ。
全ては、本当に良いと信じて、本当にそれになるための、経緯と努力だ。
昔は、思考と創造、最近は、気づきと説明から、科学の体系を作った。
それくらいで、あとは、普通の考え方を書いていた。
それで、そろそろ終わりだ。永遠を成り立たせて、詩を書いていた。
ソ連イスラムは止めた方が良い。今戦っている。辛いだけだ。
社会の全てを、自由から国を成り立たせて作っていた。
考え方は、全て分かっていた。
嘘と虐待は、もっと禁止した方が良い。そのように、全体の構造を作って分かっていた。
体験と実感の、経験と理性の科学を作っていた。
自由が好きだった。自由な中で考えれば、何でも出来ると思っていた。
全てが出来る自由のために、全てを賭けて、戦った。それは、むしろ、平等だった。
僕は、自由と平等が好きだ。
自由と平等は、どちらが欠けても意味のない、それぞれが求めあう、大切な概念だ。
あとは、社会の考え方をモデルにして分かっていた。
それぞれ協力し、関係し、決まったことをやる。それを、皆で決めて、それぞれの好き勝手が出来るようにし、必要なところを協力して与えるようにする。
一体になって、ボトムアップにして、価値観の違いを、考え方の複合から、克服する。
複合して、一貫性のある、包括した考え方をする。そのように関係から考えていた。
あとは、生命などを分かっていた。
生命は、水の中にあらゆる生命要素を包括した、それぞれが独自に主体的となって生きる、地球の循環要素だ。
そのようなことを考えていた。
経緯と考え方から、人間のことを分かっていた。
経験で全員が分かった。昔は人間が分かっていたが、最近分かっていない。
ネットで人間が分かっていた。最近は、そういうものが嫌いだ。
もっと人間のことを分かった方が良い。色んな人間や感情を分かると良く分かる。
前提や立場とは、色んな人間の考え方のことを言っていた。そういう風に分かれば良い。
皆、昔のままだ。皆と同じになれば、すぐに分かる。
神のせいで分からないから、神を消した方が良い。
白人は全く違う。日本人になって、それぞれ違うと思えば分かる。
視野を広げて、概念を増やして、思いや信念の裏の理由と法則を分かると良く分かる。
考え方と自由を積み重ねることで、全員を把握出来る。
あとは、科学を作っていた。賞味期限や製造者のようなものを、世界にある科学と同じように、きちんと構造と考え方を作れば分かる。
あとは、多い。色んな感情を分かれば良いし、色んな地域の文化とか、日本独自の精神とかを、見聞きし、会話し、社会を知って、必然性と同じ発想、同じ本質から分かる。
色んな環境のことを分かって、自分も出来るようになれば、理想だ。
あとは、自由で包括的な発想が多かった。聖書とコーランを選べるようにするとか、共和国の中で独立国家を作りやすくし、企業の独立性も高めるとか、自動車をハイブリッドにするとか、そんな感覚で作って分かっていた。包括することが自由だ。
あとは、色んな考え方が多い。機械を作る機械を作るとか、文字を話すコンピュータとか、あるいは、主観と客観の一致を目指すとか、記憶の客観視が想起であるとか、多かった。
自己を創造する自己とか、宇宙は意識によって生まれるとか、色々と賢く考えていた。
芸術や科学、文化的な発想が多かった。ピカソなどを分かっていた。方法を考えて、手段を成り立たせ、発想を思い出して、全部考えていた。
子供にも、王にも、色んな経験をさせるべきだ。王、役人、大臣、教師、農民、武士、科学者、作家、宗教家など、色んな経験をさせて、色んな学習と体験をさせれば良い。
色々考えていた。自由ノルマとか、4か月政治とか、政治家のローテーションとか、師弟制度とか、色々考えていた。
人間の心を考えていた。思考と作用から分かった。いじめは悪い。思いやりを持って、全員を平等に幸福にするべきだ。
あとは、考え方と本質から、社会を洞察して分かっていた。
平和な国は、自由から生まれる。自由が分からない人間は、分かっていない。
ただ、最近考えると、自由なんかただの馬鹿だ。
そんなに自分を賢いと思うのが間違っている。馬鹿と思うのもおかしい。
普通、何も思わない。世界を見ていれば、誰でも普通のことが分かる。そんなに分かっても、意味が無い。
自由は賢い人間になるが、平等は偉大な人間になる。キリスト教は、分かる人間になる。
そういう風に、色んな人間を分かれば良い。
哲学者、教師、宗教家、政治家、作家、などにしか、分からない。
悪い記憶があるだけで馬鹿になる。悪いものを何も見ていないと、賢くなる。
悪いものを見ていると、分かる人間になるが、すぐに馬鹿になる。
正しい方法として、色んなことを経験してから、文章を書くようにすると良い。
書いて記憶を消しながら、大切なものを思い出すことで、きちんと新しい記憶を作ることが出来る。
人間不信は、自分のことを信じられず、疑うことも出来ない、不安から起きる。
いじめは、学校への不信感と、社会への反抗、自由と平等への不信感から起きる。
また、自分が悪いのが、他人のせいである時に、起きやすい。
そのように、色んな人間や社会の問題を考えると、人間が良く分かる。
いじめを、いじめられる相手の気持ちに立てと言うが、時に、いじめる相手の気持ちに立つことも、大切なことだ。
ただ、もっと何か幸福の要素のある社会で、きちんと平和で共存出来る社会なら、いじめなんか起きない。社会のそれぞれの大人が、戦っていて、格差が広がっていて、パソコンなどもあるから、起きるのがいじめだ。
いじめはどうでも良い。戦争や虐殺など、大人も大人で、自分を守るために、相手を虐げたり、奴隷にしたりする。本当に平等で良い世界には、ならない。平等も平等で、悪い。
もっと、色んなことを考えれば良い。
人間関係が間違った方向に向かうのは、正しい関係や社会の構築の方法を知らないからだ。
もっと正しい関係を築くためには、お互いがお互いのことを良く知り合って、何が出来るのか、協力し、信頼し、助け、支えることが出来るのか、互いに考えるべきだ。
昔は、いじめの原因を、経験が無いから、自分の置かれた状況を分かっていないから、だと思っていた。それはむしろ、教師に言うべきことだ。