「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2014-12-26

=2014-12-26=

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想像力

想像力や、可能性や能力を高めるようなことを言っていた。
想像力は、知恵とデータ、認識と人間の理解から高まる。
日本語の言葉遣いを変えれば治る。
あとは、全てを材料や手段と見なすことで、自由が生まれると言っていた。
何故か、辛い。何も辛いわけがないのに辛い。何故辛いのだろう?分からない。
文章に何行か書くのが、辛いわけがない。辛いのがおかしい。
自分を信じて、正しく分析し、認識することだ。
考え方や生き方が辛い。明日、止めるまで待つのが辛いだけだ。
24時間文章を考えるのがおかしい。もっと他のことを考えて、頑張れば良い。
何もしていないだけだ。何もしなくなると、辛いだけだ。
言葉は、感覚、経緯、意味、手法、結果だ。
脳を休めれば良い。止めるのではなく、いくらでもやるなら楽になる。
馬鹿のままで良いと思えば良い。あとは、悪いのを分かるのが辛い。
相手と見なすことや、一部と見なすことも出来る。
正しい、間違っている、出来る、出来ない、敵、味方、などとすることが出来る。
嘘、真実、消え去る、現れる、なる、ならない、特性、視点などとも出来る。
目的と手段、原因と結果にも出来る。
そのように、言語的に関係を考えることが出来る。
多重人格になるのが辛かっただけだ。もう分からない。
支配は、国家や官僚による税金での国民の支配と、資本家による契約での労働者の支配の、2つがある。
もう、楽になった。あとは、多重人格になって、3人になる。
僕の中の天使は、ガブリエルとミカエルとラファエルだ。
ガブリエルは、まじめに賢くて、全部分かっている。
ミカエルは、馬鹿なのに天才みたいに賢くて、何でも出来る。
ラファエルは、普通の人間で、全部知っている。
ガブリエルが考え、ミカエルが書き、ラファエルが思い出す。
この3人は、逆なのに、1つのこの文章で融和している。
そして、それは、ワルキューレジークフリートとロキになっている。
僕の文章だ。ロキは全部知性があって、ジークフリートは賢くて、ワルキューレは全部知っている。
あとは、適当にフレイやオーディンが居る。
そして、内容がチュールとトールだ。それくらいが居る。
それに、昔のフリッグと最近のフレイヤを合わせて、全部で12人居る。それが僕の人格だ。
ギリシア神話にすれば良い。12人なら、それで良い。
昔は、感情で分かっていた。自由に人間を意識で支配していた。
ハイデガーは、意識の中に存在があると言う。
1つ1つ、色んなことを分かって、論理を積み重ねて構築すれば分かる。
最近は、いつも辛かったののつけが来ただけだ。
昔はヴィシュヌ、次はシヴァ、最近はブラフマーだ。
国家や資本家が嫌いだと、独裁者になるのが社会主義だ。一番おかしい。
自由が良い。むしろ、金で良く見える。世界は、有り得ないほど発展した。全員豊かだ。
独裁者が悪いから、民主主義の方が良い。そういう発想が民主主義だ。民主的な方が良い。
独裁者が戦争や革命などで人を殺すのは、一番悪い。
共産主義は、粛清や強制収容所で人を殺し、逮捕し、監獄へ入れる。
ただ、あまりそういうことを言わない方が良い。そういう風にすると、おかしい。
皆が豊かになれば、豊かになる。そのために、頑張って働くのが良い。
自分の会社が勝つ。それで、アメリカなどに勝つのが日本だ。
社会主義は平和に見えない。民主主義が一番平和だ。
平和な国が良い。戦ったりするのは良くない。
革新も保守も悪い。日本の民主主義が良いと言う。平和な自由が良い。
皆仲良く手を繋いで、平和を生きる。その方が良いと思う。競争を否定するのは悪いというが、勝ち負けはつまらないだけだ。
もっと協調性のある、隣人を愛する世界になれば良い。
平等の方が良い。皆、本来は同じ人間だ。地球と言う、同じ故郷の兄弟だ。地球は皆のものだ。
社会主義を悪いと言うが、まだマシだ。右翼が一番悪い。
統一した方が良い。多様性は、強弱に分かれて、戦うようになる。イギリスとフランスは、植民地を作りながら、競争して戦争している。平等に統一した方が良い。
民主主義の問題点は、金と選挙だ。民主的とはいうが、何も考えていないし、変わるわけがない。
だが、国家主義は悪い。戦争して、支配する。滅びた国になる。
軍備は要らない。軍事費用をカットするだけで、莫大な金が使える。軍事なんか、無い方が良い。
共産党がどこでも言っているが、庶民から税金を取るより、大企業から税金を取れば良い。
だが、共産党は無責任な政党だ。何かあった時のことを考えていないし、経済を平等にすると、国民が豊かにならなくなる。
政治は悪い。あとは、自由が無く、辛く、ものが無く、ひもじいだけが社会主義だ。
技術の方がまだマシだ。マイクロソフトに勝てば良い。
Linuxを改善すれば、勝てない。あんなものは誰も使わない。
ネットの常識だ。Linuxが一番使えない。マイクロソフトに勝てる人間は、居ない。グーグルは、一番悪い。
科学技術が賢いから、そういうことを言えば良い。
日本は賢かった。何故か、負けたのにナンバー2になった。巨大な経済圏を、小さな島が実現した。背後には、技術者の努力の結晶があった。
科学技術が出来る国は、勝てる。それに、ノーベル賞も取れる。日本は、きちんと取って、勝っている。
最近、中国に負けているが、中国より勝つためには、もっと中国に出来ないことをやれば良い。
そういう風に考えるのが、資本主義の民主主義だ。
安倍は、経済成長と世界一を目指している右翼だ。軍事も強くする。支持されるのは当たり前だが、ああいう風になると、ドイツのようになる。いつのまにか、弾圧が広がって、一番悪いことをやるようになる。
ただ、現代の民主主義の世界では、それはあまりないと思う。
自民党には色んな考え方の人間が居るから、分からない。
民主党に入れるのが良い。きちんと暮らしの声を聞いて、生活を支援する。民主党は馬鹿に見えて可哀想だが、民主党は賢い。
民主党は賢い。小沢の時代、民主党で皆賢かった。本当に僕も賢かったから、僕は民主党が好きだ。
人間は、意識しないと分からないが、意識しなくても法則はそのように起きる。
昔の自分は、そういう風に考えていた。
安倍は、理想の国を作りたいだけだ。
歴史なんか、しない方が良い。帝国主義社会主義が歴史だ。一番、無意味な学問だ。
哲学をするのが良い。まだマシだ。世界のことなんか、社会哲学できちんと考えれば分かる。ルソーなどをもっと勉強すれば良い。
物理は、出来ると良いが、出来るわけがない。天才が出来るだけだ。
ハイデガーは、バークリやシェリングが似たようなことを言っている。哲学は、昔に遡れば遡るほど賢くなる学問だ。哲学は、退化していく。
技術のことが分かると良く分かる。ただ、僕は、VBJavaなどは、あまり分かっていない。本を買っても、読まなかった。ネットで常識のようなものは分かったが、実際にコードは書けない。やる意味がなかったから、Linuxのインストールと設定ぐらいしかしなかった。システムのことは、おかしなWikiで分かった。
哲学とコンピュータに戻りたくない。狂っているだけだ。そこらへんの自分は、賢かったが、馬鹿だった。ただ、馬鹿が賢いだけだ。
ゲームもしたくない。何故か、技術なんか出来ない。もう何も出来ないのは、感受性の高い青少年は終わって、大人になっただけだ。
大人は働くだけだから、こういう風になる。文章を書きたいだけになった。何も分かっていないようで、いつも分かっている。
むしろ、否定的なことを言わなければ良い。
哲学で一番賢いのは、カント、ヘーゲルマルクスだ。それらで、きちんと分かる。
ヒュームは、それぞれの人生や環境の違いを言いたいのかもしれない。読んでいないから、分からない。
ロックは間違っている。全て、生得をゼロとする考え方は、悪魔のような考え方だ。最初から分かることぐらい、ある。
ヴィトゲンシュタインも間違っている。言語ゲームも、同じように、悪魔のような考え方だと思う。分析哲学は、自分と同じことをしているから、賢く見えない。馬鹿になっているように見える。
哲学は、悪魔が分かるだけの学問だ。ヘーゲルも、ハイデガーも、ニーチェも、サルトルも、そこが同じだ。完全に逆を分かっていると、真実が分かる。正しいのは、普通の人間の生きている、普通の常識だ。だが、それはそれで間違っている。そんなものは正しくない。
判断だけをして分かるのは、結構悪くない。だが、頭が疲れる。休んだ方が良い。
哲学は、遊んでいるだけの部分が多い。何もしていないのに、あるとかないとか言っている。全員、同じことを言っているだけが、哲学者だ。
生得と経験と理性と観念なんか、あってもなくても同じだ。語り得ないことも、語り得ることも、同じだ。
国家は、支配されながらにして、支配している。
誰かが一方的に支配し、決めると、奴隷だ。
そのように考えると、考え方が分かる。
フリッグからフレイまで、昔の自分を催眠療法のように体験している。
チュールは、クズだ。
トールは、存在や価値観のようなことを書いている。平和とは、平等と愛と真実を信じることだ。
哲学は、全部正しいが、全部間違っている。正しい哲学は、僕の中にある。
トールは、思ったより楽な人間だった。だが、怖かった。そのまま、恐怖が消え去るとともに分からなくなって、行動と習慣だけが残った。それで分かっている。
戦いは、最初の内は怖くなくて、楽だった。
皆を下がるだけにした。いくらでも罪悪感を覚えて分かるのはおかしい。その、下がるだけを止めた方が良い。罪悪感は、辛くても良い人間になる。
どんどん分からなくなりながら、分析してモデルにしていた。
ありがとうとさようならのあいさつで、人間を作って、全部の感情を教えていた。
分からなくしていた。もう分かって良い。皆、もう分かれ。
チュールとトールを永遠に繰り返す。それが自分だ。ロキやワルキューレは、要らない。何もしていない。
心が終わったから、頭を繰り返す。あとは、辛い年月になるかもしれない。
そういうわけで、チュールとトールの二重人格になる。その後は、チュールとトールを繰り返す、しかしていないから、それで良い。
チュールとトールを合わせてロキだから、それで良い。
神の言うフランス人がチュールで、ドイツ人がトールだ。昔から、他に居ない。あとは、ただの普通だと言っていた。ロキから後は、普通だ。
ここから先違うし、男同士ではカップルにならないから、フレイヤとバルドルということにする。昔がフレイヤで、今がバルドルだ。
フレイヤとバルドルは、北欧神話では美女と美男子だ。ヘイムダルは老人だから、悪い。
13人の神にすると、数字が悪いから、ユダヤの天使を除いて、10人の神ということにする。
フレイヤは会話して分かっている。バルドルは戦いながら考えている。神が、2人を神聖な関係にした。
フレイヤが考えたことを、バルドルは文章に書いて思い出す。そのまま、永遠に続く。
フレイヤは賢いものが全部分かっている。バルドルはあらゆるものを分かりつくしている。
フレイヤは18歳だが、バルドルは何百年も生きている。
フレイヤは、まともに賢くて分かっている、救世主のような人間だった。
バルドルは、経験が多い。沢山の経験をして、分からなくなりながら、全てが分かったまともな人間だ。
それは、逆にも出来る。フレイヤにも経験が多いし、バルドルも救世主を信じている。
トールは、戦っているが、何も辛くなかった人間だ。それが分からなかった。
心で世界を支配している。いつまでもそのままで良いのが分かっていない。王は、勝手に支配すれば良い。馬鹿でも分かる。
トールには色々あったが、チュールに色んなことがあったと思うのがおかしい。何も無かった代わり、楽だったようで、2ちゃんねるがあまりに罪悪感で辛かったのが、チュールだ。
チュールとトールが逆になっている。そのせいで、辛い方を望む。楽を出来なくなった。
2ちゃんねるはどうでも良い。罪悪感なんか、感じなくて良い。Linuxを馬鹿なものにしたのは、悪くない。きちんと賢く書いただけだ。
あとは、トールは楽だ。怖いのは、戦っているから、仕方ない。あれは、何もしなくて良いのが分かっていない。世界を治したり、希望を復活させたりする意味が無い。努力なんか、どうでも良い。
戦っている方が男だから、トールの方がバルドルだ。
全てを失い、破滅したのが辛かった。世界を発展させたかったのに、悪いだけになった。昔から、絶望の世界を生きていた。そういうところが悪い。
頭はロボットになって、心は虚無になって、時間が止まった。そんなものがやっているのもおかしいが、戦っている時点でおかしい。何もしない方が良いから、ロキぐらいから何もしなくなった。
作家は、こうなる。狂っているだけが作家だ。
最近は、まともになった。本当に何もしなくなった。ただ、まともには見えない。単純な文章を書くようになった。もう止めたいのに止められないのが悲惨だ。
昔なんか何も分かっていない。意識の段階と世界観を知って、洞察力と本質を見抜く力があった。そうは言うが、何も分かっていない。おかしな引きこもりが経験で人生を分かっているだけだ。
パソコンと実体験と思いだすで、自分の科学を作って、哲学を分かっていた。環境を思い出して、変化を知った。本当に経験が多かっただけで分かった。あとは、ピアノを弾いて、Linuxに関して色んなことをしていた。
昔は、人間を積み重ねて、全員作って分かっていた。そういう風に日本を分かった。感情の数学だった。物理と信じる力で分かっていた。
キリスト教は、イエス・キリストユダヤ教の王国を作る救世主と信じる宗教だ。ただの、ユダヤ教だ。全員に罪があると考えるのはおかしい。罪悪感を植え付けるように見える。
キリストは、自分を救世主と勘違いしているだけだ。良くある、狂った人間だ。まともに賢いから、そういう風になる。自分と良く似ている。
キリストの言っていることは、隣人愛とか、神の愛とか、わざわいとかを言っている。普通の良いことを言っているから、善の平等な共通の価値観、ということになっている。
キリスト教は止めた方が良い。仏教の方が良い。仏教には、賢い点が多い。ただ、僕は、仏教は分からない。図書館で借りた仏教の本は、読んでいない。仏教独特の言葉や言い回しが、おかしく見える。
宗教を信じる人間には、悲惨な人間が多い。人生の失敗者が多い。賢い人間は居ない。
ただ、やっていると、良い人間になって、賢い人間になる。宗教に賢い人間は多い。
宗教はマシだ。犯罪者ややくざなんかになると有り得ない。共産党は、悪く見えてマシだ。
ニーチェは間違っていない。明らかに、自分よりビルゲイツの方が賢い。資本家が嫌いなのはおかしい。ただ、それはそれで自由だ。
キリスト教は、カトリックの伝統が悪い。神を崇拝するために、人間の全てを捧げ、放棄するようにさせる。そういうところがおかしいのが宗教だ。
カトリックは、芸術が美しいから、良く見える。プロテスタントと戦っている。ドイツやアメリカでは、プロテスタントも多い。聖書だけを信じる、宗教改革で生まれた新しい宗教だ。
強者を良いとはいうが、本当に良いのは東大ぐらいだ。普通の工業大学だと、あまり意味の無い、IBMの下請けのような会社になる。酷いと派遣になって、アルバイトのように働くようになる。最近、そういう悲惨な30代の結婚出来ない人間が多い。
賢い人間は居ない。作家は、ここまでの馬鹿だ。官僚と医者ぐらいしか賢い仕事は無い。自衛隊は良い方だ。
僕は結婚しない。相手に悪いと思う。こんなキモイ引きこもりと結婚する意味が無い。それに、色々とおかしいし、馬鹿だ。変な病気が多い。
社会の基本が分かっていない。普通、競争が良い。競争原理で良くなる。金儲けで出来るところは会社がやる。出来ないところは、行政が税金で公共サービスとしてやる。金は、農業以外の職業が増える。そういう普通が、最近、正しくない。そういう普通が通用しなくなったのが、最近の世界だ。
ニュースを見ていると、アベノミクスは地方に来ていないし、集団的自衛権はおかしい。安倍はおかしい。
色んなことが分かっていない。物理が分かると良く分かる。色んな社会の普通のことが分かっていない。普通のことに興味が無いのがおかしい。
社会を解決したりしても意味が無い。普通に、コーヒーでも飲めば良い。そういうことを分かれば良い。
ただ、そういうものはつまらない。もっと普通のことを分かりたいなら、VBでもすれば良い。
そういうことをしたくなくなって、分からないだけになった。
ありのままが体現しているように、人間の状態や、集団と個人などを分かると良く分かる。ありのまま、自然体が良いと思えば良い。
強い方が良くは見えない。弱者を助けるとは言うが、それは出来ない。募金でもすれば良いのが分かる。
安倍が軽率になったのは、性格が辛いからだと思う。
自分に出来ることを全部やるとか、自分の人生を捧げるのは、意味が無い。そういう風にすると、分からない。そんなに自己放棄しても、キモイだけだ。
自分のことを投げ出して、本当に人のためになれる人間が理想だ。そういうことを言えば良いが、それはむしろ、理想に見えて、おかしいだけだ。
仏教では、そういう人間を菩薩と言う。ボサツと読む。
世界政府は悪い。世界政府にすると、何もしなくなる。自由な独立国家の方が良い。共同体とはいうが、ロシアは悪の帝国に見える。
日本が良いとは言うが、日本は悪い。善の価値観が無い。死刑制度が残っているのは、少ない国なのが日本だ。
日本には男女の平等もあまりないし、大学の学費も無償で無い。福祉や医療も遅れているし、借金も多い。だが、治安は良く、国民は豊かで、平和だ。戦争を放棄する平和憲法がある。これを変えるのはおかしい。
日本には、銃が無い。それに、技術力と資本力がある。日本は、強い。昔から、いつも強かった。
浄土真宗は、真実か定かではないが、父親に聞いたところ、仏様に生かされていて、阿弥陀如来に対して念仏を唱えれば、死んだ後は極楽浄土に行ける、という宗であるらしい。良く分かっていない。
浄土真宗は、阿弥陀経を基に信仰している。阿弥陀経に書かれている阿弥陀如来を信じる。日蓮宗は、法華経を基に信仰している。法華経に説かれる仏である妙法蓮華経を信じる。浄土真宗では、南無阿弥陀仏と唱える。日蓮宗では、南無妙法蓮華経と唱える。父親がそういうことを知っている。仏教に詳しい。
この唱える言葉は、翻訳だ。三蔵法師が天竺(今のインド北部)に行って、経典を持ち帰って、翻訳した。サンスクリットでは、別の言い方をするのを、漢の言葉に訳した。南無妙法蓮華経というのは、サンスクリットでは、ナム・サダルマ・プンダリーカ・スートラという音になる。意味は、ナムは、それを信じて、それに従いますという意味で、サダルマは、宇宙の妙なる法則という意味で、妙法、プンダリーカは、原因と結果の法則という意味で、蓮華、スートラは、そういうことを書き残した文章という意味で、経、と訳したそうだ。
今自分の文章を見ると、世界にあるものを否定しすぎている。キリストも良い人間だし、共産党は平等にしたい普通の集団だ。そういう風に、肯定的に考えた方が良い。自分は、狂っている。
仏教では、空間的には本有常住、時間的には無始無終という考え方をする。始まりも無ければ、終わりも無く、元から在って、常に存在している。キリスト教では、神が世界を創り、いつか終わると言っている。対比すると、良く分かる。
キリスト教では、神の下にある、1つの世界と考える。仏教では、元より在る世界が、何千億という無限の数だけ、宇宙に存在していると考える。
三千大世界と表現されている。
キリスト教は神との契約を教える宗教だ。仏教は自らの原因と結果を教える宗教だ。簡単に言うと、そういうことになるらしい。キリスト教は、神との契約に背かないように生きよ、と教える。仏教では、悪い原因を積まないように生活しなさい、と教える。キリスト教は、神が絶対だが、仏教は、宇宙の因果性や法(カルマ)のようなものを絶対とする。
キリスト教では、神に背くと罪になる、と教える。仏教では、宇宙の法から外れると、その結果が出る。法に合わせると、合わせた結果が出る。このことを、因果応報と言う。
キリスト教では、神と天が定めたものという意味で、運命、という考え方になる。仏教では、全てのことは法に基づいて変化をして、止まることが無い、という意味で、宿命、という言い方をしたりする。宿命とは、自らの原因と結果というものを捉えながら、前向きに解決していく、という考え方だ。運命は、神が決めているから、どうしようもない、という考え方だが、仏教は、法に則って前向きに捉えて解決出来る、という考え方だ。
仏教は、自由や科学と良く似た考え方をするため、物理学と良く似ている。
輪廻転生とは、生まれたものは必ず死に、死んだものはまた生まれ変わる、という考え方である。そういうものを繰り返す。輪廻とは、繰り返すという意味で、転生とは、生まれ変わること、という意味である。人間だけでなく、全ての命と存在がそうである、ということを、仏教で教えている。生き物だけではなくて、地球も、宇宙もそうである。
命ある存在が生きようとする力を、仏ではないかと言っているのが仏教だ。
慈悲とは、慈しみ、はぐくむ、という意味の言葉であり、自分と他人を生かそうとする、思いと行いだ。キリスト教の愛は、神に認められ、神を認めようという思いと行いだ。
仏教には、生きる力と宇宙に対する尊敬の念があるように思う。
昔は、覚えるとか、感情、記憶、認識、想像力、体験、行動、判断、結果など、考え方を良く分かっていた。
自分の数学を作った。論理と自由を積み重ねて、人間の法則を分かった。それだけが賢かった。人間の変化と理想が分かっていた。
ヘーゲルの言う、有用性や、疎遠になった精神、共同性の自覚などが多かった。
色んな人間になったつもりになった。
schwarz1009 2014-12-26 08:53