「不思議だ」の日記

Assy(在導万創)のブログ。デザイナー見習いの作家です。小説と詩集と日記を書いています。

2019-09-18

この世界を自分の目で見て、そこから、再利用可能な構造やモデルを、初期投資のような感覚で作りなさい。
自由になって、自分なりに、自分のやりたいことを何でも自由にやりなさい。
影響力の高みに立ちなさい。どのように世界を変えたらもっとも効果的に世界を変えられるかを考えなさい。
可能性を捉え、実例と因果性を考えることから、原理原則を見出しなさい。この世界の全ての法則を、自分で作ったもののみから説明しなさい。
自分の実感から歴史と環境の変化を捉え、「この世界はありのままに存在する魂のふるまいである」と知りなさい。
さまざまな具体的な発想をし、具体例から法則の「感覚」を、作用とふるまいを科学的に考えることから知っていきなさい。
人間を、その人固有の経験であると考えなさい。

2019-09-17

核兵器は人類を滅ぼすことのできる兵器だが、実際のところ、新しい文明を創造するよりも前に、すでにある文明を破壊することもできるべきである。そうでなければ、文明を継承することも、実験することも、間違った文明を消し去ることもできない。宇宙に進出する上で、ひとつの文明を滅ぼすことのできる技術は、進出するよりも前に必要だったのである。
この世界は、正常になる。正常な法則が支配するようになれば、全てが治る。精神の法則は逆になるだろう。
僕は、自由を否定する。自由を否定した方が、結果的に自由な社会になる。まさに、帝国主義が良い。それによって、新しい時代になる。人類は、戦わなければ、何もしないだけである。
世界は、帝国に戻る。言ってしまえば、ナチに戻る。それだけで、成長と開拓と聡明な理性のある、「哲学の世界」になる。
また、強迫性障害のような心の病気が増えているのは僕のせいである。裏で怖くないことが分かっていても、本当の裏側には僕の存在があって、そこで僕は支配しているからである。もう、僕はこれ以上、悪いことは何もしないし、あなたに対して何もしない。それによって心の病気は必ず治る。僕は責任をもって、最後まで治し続ける。
そもそも、人生で間違った経験はしない方が良い。間違った経験をすると、あたかもその経験が宇宙において正しいかのように、「地獄を乗り越えられる自分」が変な自信になってしまって、何も分からなくなる。
だが、人間は経験することでしか分からない。学習や反応、あるいはふるまいすら経験であると考えられる。人格とは環境における経験の成立だということを考えられる。また、人々は経験を増やすために価値観を作り出すことができ、そのプロセスを改善することが社会の意義であると考えられる。
だが、実際のところ、そんな観念論の経験主義哲学はどうでも良いものである。本当は、自由など必要ない。それぞれが環境に適応し、環境を増やしていくことが、正しい「本当の自由」に繋がっていく。そのためには、ただ自由にするだけではなく、できるための手段と情報を与えた上で、権利を与えて自由になければならない。その上では、正しい考え方と行動の仕方が何であるかを、きちんと分かりあえるように教えていくこと、そして一方向の情報伝達ではなく、相手からも相互に情報を得ることが大切である。安倍首相がいつも言っているように、常に挑戦する必要はあるが、逆に最初の「本当の挑戦」は一度だけで良く、一度培われた成果を再利用して安定へとつなげていくことも必要である。

2019-09-16

最後に、僕はこの世界を正常な世界にする。
世界は、自由を取り戻して、僕と同じ「クローン」ではない、「正常な法則の支配する世界」になる。
全ての病気は治って、普通の世界になる。これ以上、おかしな世界は消え去る。こんなにおかしくなっても、必ず正常な世界になる。

2019-09-15

実際のところ、僕は世界を変えるために何ができるか、どのようにすればこの世界を自分が変えられるかを考えて、自由と言っていただけである。
手段や生産システムのようなものは、全て、自由な合理性、すなわち、「それぞれがやるようにやる」ことから、この世界をどのようにすれば新しい世界にできるのかを考えた、それだけにすぎない。あとは、さまざまな経験をした、というだけである。
この世界は最後に滅びる。全員が認知症になる。
最後まで分かってしまったら、着眼点を変えて、頭がまるっきり同じ考え方をしているのを改めてみよう。特に、脳というのは、答えを探し、意志(すなわち自分が見つけ出した答え)を貫く機械であり、その答えとは、それを「どのようにしたら目的を達成できるか」と「そのための実現可能な方法は何か」を考えるだけである。これが分かると、人工知能とコンピュータが、人間をすでに超えられることが分かる。自分の答えを見つけ出した時、その答えを信じて行動できるようになったら、それを人間という。それはもしプログラムであっても、探して見つけた答えを信じて行動できるようになって、次の答えをそれによって探すことができるようになったら、それは既に、コンピュータというレベルを超えて、人間である。
どんなに気持ちが悪くても、どんなに汚くても、それに耐えること。それでしか、精神病は治らない。
だが、諦めなさい。諦め、投げ出した先に、自分で見つけ、自分で作る、本当のゴールがある。
今から、僕が一番恐れていたことが起きる。それは、法則が変わる、ということである。精神の法則が、ここで逆に変わる。子供が大人になって、自由が勝利する。
実地的に、自らの行動と経験から知って、反省し、考え、そして可能性から法則と原理を発見しなさい。それが、新しい「大人たちの世界」で起きるすべてである。
精神の法則が変わることで、何も怖くなくなる。今までの法則は「子供の法則」である。子供はロボットのように、全て支配され導かれながら知っていく。大人は自由だが、守ってくれる存在が居ない。だが、大人は怖くない。必ず、強くなってもう一度会おう。僕はこの世界の法則を、完全に逆に変える。